Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第63話 犯罪都市クランの現実
前回の話はこちらから
https://note.com/malaysiachansan/n/nc91a49678b09
この話は2021年まで遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日もポートクランにあるオフィスへと向かっていた。当時マレーシアでは新型コロナウイルスのデルタ株が猛威を振るっており、街には厳格なロックダウンが敷かれていた。その結果、多くの商店が潰れ、貧困は増し加わっていた。
それと時を同じくして、治安も悪化の一途を辿っていた。ちなみに氷堂の会社があるクランは、マレーシアで最も治安の悪い街として知られている。もとより港湾都市というものは、どの国においても治安が芳しくないものだが、それに加えてクランには無数の外国人労働者がいる。 その中で経済がズタボロになれば、治安が悪化するのは火を見るよりも明らかだった。
さて氷堂の会社は保税区から約2kmの距離にあり、その周辺には港湾関連の会社が軒を連ねている。この辺り一帯は、1階に商店、そして2階より上に事務所が入っている建物が並んでいるのだが、こういった造りをマレーシアでは「ショップロット」と呼ぶ。氷堂の会社が入るショップロットも、ロックダウンの煽りを受けて多くの店舗が潰れていた。ところで氷堂のオフィスには6人ほどの内勤スタッフがおり、彼らの定時は朝9時なのだが、朝型の生活を続けている氷堂だけは、毎朝8時前には必ず出勤していた。ただこの日はとりわけ朝早く目が覚めてしまったこともあり、氷堂がオフィスに着いたのはまだ朝7時前だった。マレーシアの日の出は午前7時30分頃のため、周囲はまだ暗かった。
ちなみに氷堂の会社は3階にある。毎朝の日課として、氷堂は健康のためにエレベーターを使わずに階段で昇り降りしているのだが、2階にある会社を通り過ぎた際に、大きな異変に気付いた。そのオフィスの格子戸が壊されており、入口のガラス戸も割られていたのだ。
どうやら空き巣に入られたようだ。それで氷堂はオフィスの中を覗き、外から大きな声で「誰かいるのか!」と声を掛けてみた。しかし中は静まり返っており、返事はなかった。犯人は逃げてしまった後のようだ。それで割れたガラスで足を怪我しないように気を付けながら、氷堂は取り急ぎ3階の自身のオフィスへと足を早めた。
オフィスに着いた氷堂は、周囲を見回した。幸いなことに被害にあったのは階下の会社だけで、自分の会社には被害がなかったようだ。入口のカギを閉めた氷堂は、スマホを取ると警察に電話をかけた。10コール目でやっと繋がると、事の次第を説明した。警察もすぐに事情を理解したようだったが、今は警官が出払ってしまっているとのことで、現場に到着するまで30分近くかかるかもしれないとの事だった。それで氷堂は電話を切ると、一人で警察の到着を待つことにした。
窓の外を見ると、まだ月がうっすらと輝いており、夜の帳が続いていた。その月を見ながら、氷堂はマレーシアに来たばかりの事を思い出していた。氷堂がポートクランに会社を立ち上げたのは2016年で、それから早いもので5年の月日が経過していた。しかしこのような犯罪がすぐ近くで起きたのは、実は今回が初めてだった。犯罪都市と呼ばれるクランにおいて、これまで被害に遭わなかったことの方が不思議なのかもしれない。氷堂は一人そんなことを考えていた。
その時だった。オフィスの入口のドアから、「ガシャガシャ」という物音がした。間違いない、誰かがドアを開けようとしている。しかしまだ社員が出勤する時間ではない。また電話を切ってから3分も経っておらず、警察が来るには早すぎる。いったい誰だろう。まさか階下の会社に押し入った犯人がまだ近くにいて、氷堂の会社にも侵入を試みようとしているのだろうか。背筋に緊張が走った。それでゆっくりと、慎重にドアの方に近づいて行った。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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