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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第98話 博覧会が残した功績と罪過とは
前回の話はこちらから
https://note.com/malaysiachansan/n/n7ea3eb09b432
この話は2004年に遡る。思えば今から20年以上前の話だ。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、当時、横浜の港湾で働いていた。片田舎の商業高校を卒業した氷堂は、高卒で港湾の中小企業に就職したが、そこは壮絶なブラック企業で、仕事はきつく、朝から晩まで働いても手取りは10万円台だった。ただ幸か不幸か、忍耐強さだけは人一倍あったため、辞めることなく仕事を続け、そこでの勤務も6~7年を過ぎた頃だった。
さて当時氷堂は東海道沿線の大船駅の近くに住んでいたのだが、大家の事情で住んでいたアパートが取り壊されることになった。敷金や礼金を貯金していなかった氷堂は、あやうく路頭に迷うところであったが、そこで流れ着いたのが横浜・寿町だった。寿町は東京の山谷、大阪の西成と並ぶ日本3大ドヤ街の一つとして知られており、日雇い労働者のための簡易宿所が延々と軒を連ねている。簡易宿所は1泊1000~2000円程度で泊まることができ、デポジットなども不要だった。それで氷堂は寿町に居を定め、そこから毎日職場の港湾へと向かっていた。
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ところで当時の横浜は、横浜開港150周年を記念して、『開国博Y150』という大きな博覧会が計画されていた。陣頭指揮を執っていたのは2002年に就任した中田宏市長で、彼の号令の下、大規模な再開発も併せて進められていた。横浜という街が、大きな転換期を迎えていた時期だった。
ある日、氷堂が仕事を終えて宿所に戻ると、隣室の男性が部屋をノックしてきた。この男性は島田さん、通称島さんで、氷堂より20歳近く年齢は上だ。島さんは寿町にもう10年以上住んでおり、寿町の言わば主のような存在だった。彼は朝早くに出掛けて行き、仕事の手配師から日雇いの仕事を得て、日銭を稼いでいた。そして夕方に帰宅した後、必ず向かう場所があった。それは違法賭博場だ。寿町には公営の場外舟券場があるのだが、島さんはそこへは行かずに違法賭博場へ足を運び、毎晩賭け事を楽しんでいた。その方がレートも良く、手数料も安いかららしい。寿町界隈にはこのような違法賭博場が数えきれないほどあり、なぜか警察もその存在を黙認していた。
島さんはドアを開けると、その隙間から顔を出して言った。
「おいリツ、今晩は暇かい?今日は賭博で勝ったよ。万舟券が当たったから、これまでの負けを完全に取り戻したよ。そうだ、遊びに行こうぜ」。
そう言うと島さんは、右手の小指を上げた。風俗へ行こうという合図だ。島さんは日雇い労働者なので、経済的には全く余裕がないはずなのだが、気前だけは非常によく、賭博で勝つといつもこうやって氷堂を風俗に誘ってきた。それで氷堂も言葉を返した。
「お誘いありがとうございます。でも風俗は興味ないので結構です。島さん一人で楽しまれてください」。
氷堂は苦笑いをしながら答えた。すると島さんは、なぜか急に真剣な顔になった。そして言葉を繋いだ。
「リツ、行くなら今しかないぞ。これは噂だが、黄金町のチョンの間に一斉摘発が入るらしい。あそこは違法風俗で、外国人の綺麗な女を格安で買える。もし摘発されちまったら、もう二度と行けなくなるからな。それにしても中田市長は本当にろくでもない奴だよ。こうやって庶民の楽しみを奪っていくんだから」。
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そう言うと島さんは肩をすくめた。一方で氷堂も理解した。当時の横浜は開国博Y150を控えており、夜の街は横浜のイメージを落とすということで問題になっていた。その夜の街にも、ついに警察の摘発が入るらしい。島さんの表情からは、やるせなさが溢れていた。ただ同時にいくつかの疑問も浮かんできた。なぜこれまで横浜では違法賭博や違法風俗が見過ごされてきたのだろうか?そして街が浄化された後、彼らはどこへ行ってしまうのだろうか?それを知りたいと思った氷堂は、さらに島さんから話を聞いてみることにした。しかしその後に氷堂が知ることになったのは、戦後から続く利権と癒着、そして博覧会が生んだ巨額の赤字と功罪の数々だった。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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