Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第60話 宗教学校に通う子供たち
前回の話はこちらから
https://note.com/malaysiachansan/n/nbc48a7c07e54
この話は2017年まで遡る。マレーシアのポートクランでコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、休日の時間を自宅で過ごしていた。2016年にマレーシアに来た氷堂は、当初はモントキアラというクアラルンプール市内の外国人の居住者が多いエリアに住んでいた。しかし都会での生活に息苦しさを感じ、今住んでいるJeramという田舎町に引っ越してきたのが、ちょうどこの数か月前だ。氷堂が住む自宅の周りには30件ほどの集落があるのだが、近隣住民の全員がマレー系のローカルで、外国人は一人もいない。このような集落の事をマレーシアでは「カンポン」と呼ぶのだが、ここは正に典型的な「マレーカンポン」であり、辺りには海沿いの穏やかな風景が続いていた。
さてこのカンポンには1軒だけ大きなモスクがあった。そして礼拝の時間になるたびに、大音量でアザーン(イスラム教のお祈り)が流されていた。氷堂もJeramの街に来た当初は、早朝から鳴り響くアザーンに毎朝の眠りを妨げられていたが、2週間も経つと全く気にならなくなってしまった。人間の慣れとは凄いものだ。もちろん氷堂はイスラム教を信奉している訳ではないが、それでも次第にカンポンのコミュニティに溶けこんでいき、週末になれば隣人たちと一緒に食事を楽しむ間柄になっていた。
さてそのモスクには宗教学校が併設されていた。聞いたところによると、この学校には約50人の小学校および中等学校に通う子どもたちが全寮制で生活しているらしい。このような学校をマレーシアでは「ターフィズ」と呼ぶのだが、ここでは国語や算数と言った基礎的な教育に加えて、コーランを基本とした宗教教育が提供されており、マレーシア国内には同様のターフィズが無数にあると言われている。そして氷堂がターフィズの前を通るたびに、無垢な子供たちが笑顔で手を振ってくれていた。恐らく日本人が珍しいのだろう。そんな様子を見るたびに、氷堂の疲れた心は癒され、温かい気持ちになっていた。
さてソファに腰かけ、おもむろにテレビのリモコンを手に取った氷堂は、チャンネルをニュース番組に合わせた。すると次のようなニュースが流れてきた。
『昨日未明、クアラルンプール郊外にあるターフィズで火災が発生し、少なくとも24人の死亡が確認されました。被害者のほとんどはターフィズに通う生徒であると考えられており、遺体は窓際で多く見つかっています。恐らく窓に金属製の格子が取り付けられていたため、逃げ遅れてしまったものと思われます。今回の火災はマレーシア国内で過去20年に起きた火災のうちで最悪のものとなる可能性もあり、現在も捜査が続けられています』。
そのニュースを見て、氷堂は言葉を失った。いつもターフィズで見かける子供たちの笑顔が思いに浮かんだ。彼らと同年代の子供たちが、火災によって苦しみ命を落としたことを考えると、胸が張り裂けそうになった。ただこの時まで、氷堂はターフィズについてほとんど何も知らなかった。一体どんな子どもたちがそこに預けられているのだろう?またどんな教育がそこでは提供されているのだろう?今回の火災を機に、氷堂はそれらを少し調べてみたいと考えた。しかしその後に氷堂は驚愕の事実を知ることになる。多くの犠牲者を出した痛ましいこの火災は、なんと放火によるものだったのだ。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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