Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第66話 観光税が導入された国
前回の話はこちらから
https://note.com/malaysiachansan/n/n4920e0329515
この話は2017年に遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称チャン社長)は、この日、車をマラッカへ向けて走らせていた。氷堂はその前年の2016年、香港の親会社から使命を受け、子会社を立ち上げるためにマレーシアにやってきた。それからというもの、1年以上にわたって死に物狂いで働き続けてきた。法人設立、許認可申請、口座開設、そしてローカルの採用等…本当に嵐のような時間が過ぎていった。その間、休みらしい休みなど全くなかったのだが、ここにきてようやく仕事が一段落ついてきた。それで自分で自分をねぎらうために、マラッカ旅行を計画したのだった。
マラッカはクアラルンプールから南に約150kmの場所に位置する観光都市で、車で2時間ほどの距離にある。15世紀に誕生したマラッカ王国は、マラッカ海峡という世界屈指の海運の要衝に位置していたことから、貿易を通して大きな富を得ることになる。しかし16世紀以降は逆にその好立地が災いとなり、ポルトガル、オランダ、イギリスといった列強の統治が続く。加えてこの頃から、中国大陸からの移民も増加する。その結果、東洋と西洋の文化が共存する、世界でも稀に見る多様性に満ちた都市が形成された。ちなみに2008年にマラッカは都市全体が世界遺産に認定されており、マレーシアを代表する観光都市として毎年大勢の人々が訪れている。
さて氷堂がマラッカに足を運ぶのは、今回が2度目だった。最初は2010年に、当時付き合っていた彼女と旅行で訪れた。今振り返れば、その時には、まさか自分がマレーシアで会社を立ち上げることになるとは、予想だにしていなかった。人生どうなるか分からないものだ。当時の淡い思い出に浸りながら、氷堂はひたすら南へと車を走らせた。
さて今回氷堂が予約しておいた宿は、「1825 Gallery Hotel」というホテルだった。マラッカには高級ホテルが無数にあるのだが、一人旅でそのような豪華なホテルに泊まっても、余り落ち着かない気がした。一方でもう若くもないので、不衛生な安宿に泊まるのも気が引ける。そんな中、ネットで見つけたのがこのホテルだった。1825 Gallery Hotelは、その名の通り、1825年に建てられた家屋を改装して造られている。当時、この建物は小麦粉の倉庫として用いられていたようで、清朝の末期に中国から逃れてきた大陸の人達により運営されていたらしい。その後に時は流れ、現在のオーナーがこの建物に一目惚れをし、ホテルへ改装してオープンに至ったのが2015年だった。趣向を凝らした木材の床や無垢材のドア、さらにはロビーには噴水や絵画が配されており、東洋と西洋の融合がホテル内では体現されている。
さて氷堂はレセプションで自分の名前を伝え、パスポートを提示した。するとレセプションは言った。
「本日から2泊ご予約のリツ様ですね。お待ちしていました。お支払いは既にインターネットの予約サイトを通して済まされておられますね。ただ実は今月から、外国人のお客様から観光税をいただくことになっていまして、1泊1室あたり10リンギット(約300円)、計20リンギットを別途お支払いいただければ助かります」。
氷堂は少し驚いた。観光税のことは寝耳に水だったからだ。いや、そう言えばニュースでも多少は扱われていたかもしれない。ただ旅行など全く縁遠かった氷堂は、気にも留めていなかったのだ。それで氷堂は尋ねてみた。
「分かりました。では現金で支払えば良いですね。でも一つお伺いしても宜しいでしょうか。この観光税は宿泊者全員が支払わなければならないのでしょうか?」
するとレセプションも答えた。
「いいえ、そうではありません。マレーシア政府の通達によれば、マレーシア国民は観光税を支払う必要がなく、外国人にのみ課されております。ご不便をおかけして申し訳ありませんが、ご了承いただければ幸いです」。
そう言うと彼女は丁寧に頭を下げた。それで氷堂も財布から20リンギット札を取り出し、彼女に渡した。ただその時、氷堂は少し疑問に感じた。なぜマレーシア政府は観光税の導入を決めたのだろうか?反対はなかったのだろうか?それで氷堂はこの件について調べてみることにした。しかしその後に氷堂が知ることになったのは、マレーシアの観光業界が抱える大きな問題と、観光税の導入によってもたらされた大きな経済効果だった。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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