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ショーロク!! 4月

4月

名札が変な色に変ってしまったのと謎の転校生の件


1.6年生初日

 3月の終わりから咲いていた桜がすっかり散ってしまった通学路を、オレとサトチンは春休み前と同じようにプロレスラーの言い合いをして歩いていた。
 「ヘイスタックカルホーン」とサトチン。
 「豊(とよ)登(のぼり)」とオレ。
 カルホーンも豊登も実際に動いてるのを見たことなんてない。この二人がレスラーとして活躍していたのはオレたちが生まれるずっと前のことだ。プロレス大図鑑などの本から仕入れた知識である。
 1982年、オレたちが小学校2年生から3年生にかけて、全国的にプロレスが一大ブームになった。タイガーマスクの空中殺法にクラスの全男子が釘づけになったものである。 
 あのブームから3年も経つと、普通の子供たちの興味はどんどん別のものに移っていく。
 キン肉マン、北斗の拳、タミヤのラジコン、ファミコン、ドラクエ、スーパーマリオ、最近出始めた光GENJIもそうだ・・・オレたちの興味をひくものは次から次へと現れては消えていった。
 その中でオレとサトチンは相変わらずプロレスの話ばかりして、お互いの見識を深めあっているのだった。
 毎朝の恒例行事になっている『レスラー言いあいっこ』もオレたちにとっては、自分の知識を再確認するための重要なイベントなのである。小4の頃からほぼ毎日欠かさず続けている二人の朝のルーティンとなっている。
学校が近づくころになると、オレたちの応酬は相当マニアックなものになり、同学年では誰一人としてついてこれない。
「キラーカールコックス」
 少し考えたあと、サトチンはゆっくりと言った。キラーカールコックスはサトチンの切り札的レスラーで、こいつを言わせた朝はたいがいオレが勝利をおさめて学校に着くのだ。
 「じゃあ~」
 と、オレはゆっくりためを作ってからサトチンにとどめをさしてやろうとした。
 そのときである。
 「イテッ!」
 と、サトチンが絶叫した。すでにオレたちは小学校の門前まで来ていた。
 「何や、これ?」と、オレはサトチンの頭を直撃した上靴を拾いあげた。
何や?と言いつつも、空から降ってくる上靴の持ち主なんて、クリちゃんしかいないってことは、拾い上げて名前を確認する前から分かってはいたのだが。
 案の定、次の瞬間3階の教室の窓からクリちゃんの女の子みたいな甲高い声が聞こえてきた。今にも泣き出しそうな声でオレに手を振る。
 「横っち~!持ってきてえや~」
 クリちゃんの後ろにはキタンの笑顔が見えた。どうやらキタンがクリちゃんの上靴を取り上げて、投げ捨ててしまったんだろう。それが運悪くサトチンに命中したわけだ。
 「返して~」
 と、クリちゃんは間抜けな声をあげていたが、サトチンは怒ったようにオレの手からクリちゃんの上靴を奪うと、道路をはさんで反対側にある商業高校―中尾(なかお)商業―の校舎へ投げ入れて、オレを置いてずんずんと下足室へ消えていった。
 オレはしばらくクリちゃんが途方に暮れてわめき散らすのを下から見て笑っていたが、サトチンにプロレスラー言い合い勝負を流されたことに気づき、誰も周りにはいないというのに「待てや!!勝負はまだ終わってへんやろ!」と怒鳴って、走り出した。
 それが、6年生になった初めての日のことだった。クラス発表は見ていなかったけど、クリちゃんのいた教室が、たぶんオレの教室なんだろうとなぜか確信していた。
 ちなみにオレがこの日切り札に用意していた最終レスラーは『大井山勝蔵』だった。誰やねん、それ・・・


2.新クラス6年3組

 教室に入ると、春休み前と何も変わらない面々がオレを迎えてくれた。
 毎年クラス替えがあるとはいえ、6年生ともなると全員が見知った顔になっているので、何の新鮮味も緊張感もない。
 教卓の上に座っているキタンを中心に5,6人が集まっていたので、オレはランドセルを持ったままその近くへ行った。
 「あれ?クリちゃんは?」
 おはようの挨拶もなしに聞いてみる。そういえばクリちゃんの姿が見えない。
 「中高(なかこう)行きよったで」
 「かなり焦っとったわ」
 と、笑いながらブーヤンとテッつんが教えてくれた。
 「横っちとクリちゃんって6年間同じクラスちゃうん?」
 キタンがオレに向き直って言った。
 「うん。オレ新しいクラス知らんけど、クリちゃん見たからたぶんここやと思ってん」
 「横っち、ここで合ってるで。5年のときとあんまり変わらんわ~」
 ブーヤンはそう言うと、各クラス(といっても学年に3クラスしかないが)のメンバーの状況を教えてくれた。
 ワイドショーのレポーターみたいな性格のテッつんは1組では誰と誰がケンカ一番をかけた覇権を争うだの、2組では誰が一番の人気者になるだの、学年1の美少女大野(おおの)洵子(じゅんこ)が1組で残念だなど、自分たちのクラスとは関係ない話をベラベラと話しだした。
 オレたちは6年3組だった。テッつんの話だと、サトチンは2組なので、これで5年連続サトチンとは同じクラスになれなかった。朝のプロレスパートナーは近くて遠い存在なのだ。
 こいつらもいい奴らなんで、多少悪い気もするが、一人だけ親友をあげろと言われたら、オレは迷わずサトチンを選ぶ。
 サトチンとは小学校1年のときだけ同じクラスだった。そのときは1度ケンカをしたぐらいで、あまり仲よくしていた記憶もないのだが、小学校4年の夏休みに近所のスーパーマーケットで偶然出くわして、おう。久しぶりなんてお互いに挨拶を交わしたのだ。たまたまその日がサトチンの誕生日で、何となく家に誘われて以来、妙に話が合うので兄弟のように仲良くしているのだ。春休みのような長い休みになると、キタンやクリちゃんとは会わなくなるが、サトチンとは毎日遊んでいた。
 だから、小学校最後のクラスを二人で過ごせないのは寂しいような気もしたが、よく考えてみたら、別のクラスの方がお互いの話題が増えるので楽しみだとも思えた。
 「ところで担任って誰かな?」
 キタンが全員を見渡しながら言った。
 「横っちとクリちゃんがおるってことは・・・」
 「どうせキシモトやろ」
 と、ブーヤンが吐き捨てるように言うと、オレたちは一斉に「あ~あ」と肩を落とした。


3.担任はキシモト(たぶん)

 オレとクリちゃんは小1からずっと同じクラスなのだが、実は小2から小5まで岸本和三(きしもとかずみ)という同じ先生に担任を受け持たれている。
 普通、小学校なんて毎年、あるいは2年に一回位担任が変わるのが当たり前で、その変化が楽しみなのに、キシモトはこの学年に漏れなくついてくる。ついてくるだけだったらいいけど、5年も連続して担任をされるなんて、こっちとしては刺激がまったくなくて、非常に面白くない。
 そう思う反面、なぜか今年もキシモトが担任だったらいいなと思う自分もいたりして、我ながら複雑な気分がした。
 そして予感は的中し、アサイチのチャイムが鳴って少しすると、ひょろひょろでアサグロでビン底メガネのキシモトが教室に入ってきた。
 初めて会ったのがキシモトが28歳のときだったから、今年で32歳になるんだろう。もう完全にジジイだ。本人はまだ若いつもりでいるらしく、オレたちの読むマンガを借りようとしたり、流行りの歌を覚えてギターで歌おうとしたりするけど、やればやるほど何だか見ていて痛々しい。
 キシモトの青春時代にはフォークブームというのがあったらしく、音楽の時間はギターを伴奏にして、教科書に載っていない歌を無理矢理歌わされるのだが、生徒からはかなり評判が悪い。小2から歌わされ続けているオレは全てを熟知している。キシモトはおだててやると、延々と音楽の授業をするので楽でいい。今年初めてキシモト組になった連中はイチから「戦争を知らない子供たち」や「あの素晴らしい愛をもう一度」を覚えないといけないのだろうから、ご苦労なことだ。
 そう言えば、キシモトを怒らせようとして小4位の頃に「センセエって、さだまさしにそっくりやな~」と言ってみたところ、満面の笑みを浮かべて「ありがとう」と喜ばれ、度肝を抜かれたことがある。オレとしては病弱そうで貧乏神みたいだと言ったつもりだったのに。やっぱりオッサンの気持ちは分からんもんだ。
 そのキシモトから少し遅れて、相変わらず半べそ状態のクリちゃんがやってきた。
 足元を見るとちゃんと両方とも上靴に納まっているので、自分で中尾商業に入って取り返してきたのだろう。何だかんだでたくましいものである。
 キシモトはオレとクリちゃんからすれば毎年恒例のオヤジギャグを入れた自己紹介をすませ、とりあえず自分がよく知っているからという理由だけでオレを仮の学級委員に任命した。女子は上岡(うえおか)裕子(ゆうこ)だ。考えたらこいつとも小1からずっと同じクラスだった。あんまり話したことないけど。
 オレはしつこく嫌がるのも子供じみててイヤだなと思ったので、ここは素直に引き受けることにした。実際去年も学級委員をやっていたのだが、存外他の委員より仕事量が少なく、えばっていればいいので楽だった記憶がある。
 あとは1学期の注意だの訳の分からん説教だのを聞かされた。最高学年だから下級生の手本にならなアカン、とか最高学年だからお家の手伝いをせなアカンとか、何かにつけて最高学年を強調されるもんだから、歳なんてとるもんじゃないなと思った。

4.小笠原良子はキツネ女(イメージ)

 「じゃあ、みんな宿題の最終期限は明日だからな。今日は家に帰って早く寝ろよ」
 と、長々とくだらない話をしたキシモトだったが、ようやく話を切り上げようとしていた。皆も早く帰りたいので、号令を待たずしていそいそと帰り支度を始めたのだが、女子の一人がすっと立ち上がって言った。
 「先生、新しい名札をください」
 どことなく怒ったような、それでいて美しいよく通る声だった。目もとがやや切れあがっていて、これまで同じクラスにはなったことがないヤツだった。雰囲気はキツネみたいだった。何だか白くて尾っぽが長そうなキツネだ。ちなみにオレはキツネはテレビの映像でしか見たことがないが、雪の中ですっとたたずむイメージのそれは、動物の中で一番綺麗じゃないか、などと思っている。
 「あれ誰?」
 と、前に座っていたテッつんの頭をペシペシ叩いて聞いてみると、小笠原(おがさわら)良子(りょうこ)という答えが返ってきた。去年の今頃隣町にある中尾南小学校から転校してきたらしい。違うクラスだったオレが知らなくても無理はないだろう。今は中尾2丁目に住んでいて、コジローという名の柴犬を飼っているというプチ情報も添えてくれた。さすがオレたちの情報源テッつんスポーツである。
 「おがさわら・・・なげえ名前」
 と、オレが笑っていると、キシモトがあたふたしていた。
 「いや、名札な~。業者は今日中に持ってくる言うたんやけどなあ。校長がなあ、いや、教頭が言うには」
 と、何が言いたいのかさっぱり分からない。
 「何が言いたいのかわかりません」
 と、小笠原の攻撃はさらに続いた。
 「えええ!」
 と、驚いたときのマスオさんのような声を出し、キシモトは困り果てていた。
 長い付き合いだから分かってしまう自分が面倒臭いのだが、キシモトはよく言えばできるだけ生徒の願望にこたえようとするタイプの先生なので、生徒の願いにこたえられないと簡単にパニクってしまう。悪く言えば、本当に頼りない。それでも大人かよ、と言いたくなるタイプの先生だった。立場的にも決定権のない下っ端教師なんだろう。何だか可哀そうでもある。おおかた今日は業者から届くはずだった名札がまだ届かなかったんだろう。準備登校の日に新名札をもらって、始業式にそれをつけて登校するのが決まりになっていたので、小笠原の指摘はもっともだ。とはいえ、パニクっているキシモトを見捨てるのも忍びなかった。
 面倒くさいなあと思いながら、オレはちょっと大きめの声でみんなに聞こえるように言った。
 「どうせ明日もらえるんちゃうん?名札なんか、なあ?」
 と、クラスの男子に呼びかけるような言い方をしたので、口々に「そうそう」「名札なんかどうでもええやん」「はよ帰ろうぜ」という声があがった。
 キシモトもあからさまにホッとした表情で、明日には皆に渡せるはずやからな。と言って教室から出て行った。
 オレはキタンたちと帰りの準備をしながら、なぜか小笠原に対して、ひょっとして悪いことをしてしまったんじゃないかと少し後悔していた。
 もちろん、それを確かめたり、話しかけに行くなんてことは思いつきもしなかったし、思いついても出来なかっただろうけど。
 そんな感じで、春休みの準備登校が終わった。
 明日は始業式だ。


5.名札は橙色

 昨日はうまくサトチンに逃げられてしまったが、今日こそはとどめを刺してやる。
 そう思いながら戦略を立てて、今日もプロレスラーの言い合いをしながら登校していた。なのに途中でテッつんがオレたちを見つけて駆け寄ってきたので、オレとサトチンのプロレスラー言い合い対決は新年度になって2日連続のドローになってしまった。
 「お前ら、まだプロレスなんか見てるん?」
 と、オレたちの神聖なるプロレスラー言い合いっこを馬鹿にするような発言をテッつんがしたので、サトチンがヘッドロック。オレがアームロックをかけてやった。
 「痛い痛い、ギブギブ」と、テッつんはあっさり降参し、そんなことよりな、と切り返した。何だか軽くいなされたようでちょっと恥ずかしい。
 「転校生が2人来るらしいで」
 テッつんがいつもどこから情報を仕入れてくるのかは謎だが、誰もが興味を持つ情報を集めてきてくれるからこいつは人気がある。転校生情報など、刺激の少ない大阪の下町の平凡な小学生のオレたちにとっては一番の好物である。 
 「うそ?何組に来るん」とオレ。
 「たぶん、1組と3組やで。オレらのクラスには来るわ、やったな!」
 とテッつんはおおげさに喜んでみせる。2組のサトチンは面白くない様子だった。

 はたしてその日の朝、キシモトは見慣れない制服を着た細身でやや背が低めの男の子を連れて教室へ入ってきた。
 「おお!ホンマにきた~」と喜びの声を一番にあげたのはテッつんだった。
 自分で言っておきながら、本当に転校生がくるという根拠も自信もなかったのかも知れない。いい加減なもんである。
 「おお!昨日言うたやろ。ちゃんと持ってきたで」
 と、キシモトは抱えていた小さな段ボール箱を高々とオレたちに見せびらかした。黒マジックで『新6年名札』と書かれている。この天然なボケ具合がキシモトのよさでもあり、今ひとつ信頼を集められないところでもある。
 「いや、名札なんかどうでもいいって」とキタンが面倒臭そうに言う。
 「早く転校生の紹介をしてください」と、女子の誰かも言う。
 キシモトは、ああそっちか。という表情になって、転校生を教卓の前にたたせ、自分は黒板に向かい大きく書き始めた。
 「キヨカワツトム・・・」
 キシモトが黒板に「清川孟」と書き終える前に、その細身の転校生はボソッと言い終えた。
 よろしく。とも、なめんなよ。ともつかない、無感情なその声は明らかにオレたちのカラーとは違っていて、一気に教室の空気を冷めたものに変えるようなものだった。

6.謎の転校生(よくあるよねこういうタイトル)
 「え?それでツトムって読むん?」
 意識したのかどうかは分からないけど、空気を元に戻すような明るい声を出して黒板の孟という文字を指差したのはクリちゃんだった。
 「ていうか、そんな漢字自体知らんし」と、キタンが続ける。
 その声に触発されたのかどうかは知らないが、女子たちが続々と質問を投げかけ出した。
 「趣味は~?」
 「大阪の子なん?」
 「兄弟おる?」
 「好きな歌手は?」
 その間も転校生、キヨカワツトムは表情を変えることなく、うつろな視線で教室の後ろの壁のロッカーの上あたりを見つめていた。
 女子が聞いてくることなんて、およそ真剣に答える価値のないものばかりだけど、ここまで不愛想な奴も珍しいなと思って見ていると、キシモトがオレに向き直って言った。
 「横山、しばらくお前の隣の席に座ってもらうから、色々教えたってくれよ」
 何でオレが・・・というアクションを見せるまでもなく、キシモトは続けて言った。
 「学級委員やろ、頼むで」
 言われた清川はキシモトに背中をおされ、オレの隣の席に何も言わずに座った。
 「オレ、横山。横っちって呼んでな」
 と、オレが笑顔で言っても反応がない。しばいたろか。
 どうせならもうちょっと面白くて明るい転校生がやってきたらよかったのに。オレは前の席にいるテッつんに小声で愚痴り続けた。
 
「じゃあ、名札配るから~」
 キシモトがやや声を張って、名札を配り始めた。
 配られたものはかなりの大声で「おお」などとリアクションをとっている。
 6年にもなって、名札ごときで騒ぐなよ。と思っていたが、オレもまたテッつんがまわしてくれた名札を受け取って「おお」とひと際大きな声をあげてしまった。
 その瞬間横にいた転校生の清川がオレを馬鹿にしたようにニヤッと笑ったように見えて、一瞬ムッとしたが、気のせいだと自分に言い聞かせて、あらためてたった今配られたばかりの名札を見つめなおした。
 これは、橙色と言えばいいのだろうか。鮮やかなオレンジとは言えないくすんだような嫌な色合いの名札カバーは、オレたちの思っていた6年のカラーとは違っていた。
 オレたちの学校、中尾中小学校、通称ナカショーでは各学年ごとに違った色の名札を付けている。
 1年は赤、2年は白、3年はピンク、4年は緑、5年は青、そして去年まで、オレたちが知っている6年の色というのは黄色だったのだ。
 ところがさっき渡された名札の色は・・・やっぱり橙としか言いようがないんだろうが、中途半端な黄色のようにも見える。まさか黄色の染色ミスでこうなったんだろうか。
 「見ての通り、今年から6年生はオレンジ色になったからな。よかったな」
 と、キシモトが一応説明してくれたが、何がよかったのかも、本当にオレンジに見えるのかも分からなかった。
 「何かイヤやな」
 と、テッつんに言うと、「そうか?オレ結構気に入ったで」と返された。何だが腹がたったので、ネームマジックでテッつんのイスに『むっつりスケベ』と書いてやった。テッつんは気づいていない。
 余談だが、テッつんは卒業までこのイスの落書きに気づかず、まる1年を過ごした。


7.6年3組グループ構成(男子のみ)
 「じゃあ、式はこの後9時からやから、トイレとか行っとけよ~」
 ざわざわするオレたちを静かにさせるでもなく、キシモトは独り言みたいにそう言うと、教室から出て行ってしまった。
 とたんにオレの隣、清川の周りにおせっかい好きの女子を中心として「第1グループ」の男子たちが集まってギャーギャー騒ぎ始めた。もっとも当の清川は相変わらずだんまりを決め込んでいるが。
 
 オレはうっとうしくなって席を立って、キタンの近くにいく。そこにはすでにテッつん、ブーヤン、クリちゃん、ヤマン、おっくんなどの「おもろメンバーズ」が集結していた。
 この辺でオレの新クラス、6年3組の面々を簡単に整理しておいた方がよさそうである。もっとも「第1グループ」も「おもろメンバーズ」もオレが今思いつきで勝手に決めた名前なので、誰に言っても通じないと思う。それでも今後のために簡単に紹介しておきたい。
 まず「第1グループ」は学年の中でも成績で常に上位に入るような連中。(後に『一軍』というクラスのカースト上位を表す、イケイケな連中をひとまとめにする言葉が出来るが、それとはまったく違うので、気をつけていただきたい。誰に言ってるんだ、オレは。)いじめる価値もないし、中学で私立に行ってしまうあいつらの話の中心は塾のことばかりで、話してもつまらない。授業で当てられても決してボケたりしない面白みのない奴らだ。先生からの受けはよくて、何でも言うことを素直にきいているようだ。そのせいかは知らないが、授業で真っ先に当てられるのはこいつらだ。だから差別的に「第1グループ」。
 で、教室の後ろでかたまっている大柄な数名を「お祭り野郎ズ」と呼ぶことにする。これもたった今決めた。こいつらの話題の中心はもっぱら誰がケンカが一番強いかということだ。自分から面白い話題を振る技術はないが、授業で誰かが言った冗談に便乗して場を盛り上げたり、授業妨害をしてくれる貴重な人材だ。ただノリが長い。周りがもういいよって言う位、一つのしょうもない話題を延々と引きずる傾向にある。だからなのか、だいたいこのグループにどっぷりはまってる奴は成績が悪い。単にもともとアホなのか?あと、テレビで流行っているようなギャグを恥ずかしげもなく、そのまま披露したりできるのもこのグループの連中だ。そしてスベッても大してダメージを受けない。やはりアホなのか?
 そいつらからなるべく関わらないようにひっそりと輪になって座ってるグループがあって、こいつらは・・・「草食動物軍団」でいいだろう。4,5人でかたまっていてマンガを描いたり読んだり、ゲームの話をしたり・・・言ってみればオタク予備軍という感じの連中だ。実はオタクなんて言葉、当時はまだ作られてもなかったのだけど。時代が時代なら陰キャなんて言われたりもするんだろうが、当時はただ大人しい奴らってことで皆からそっとされていたのだからいい時代だったのだろう。何を隠そうオレはこいつらがキライではない。話していて勉強になることが多いし、それぞれに得意分野がハッキリしているので、キャラとしても面白い奴が多いからだ。何ならこのグループになら入りたい位だった。
 うちのクラスの男子を大きく分けるとこんな感じ。男子は全部で22名、今日やってきた清川を入れて23名のクラスだ。女子はさらに細かいグループに分かれているが、あいつらは複雑すぎてよく分からない。
 何を隠そう、オレはどのグループにも違和感なく溶け込める自信がある。ケンカもそこそこ強いし、成績も悪くないし、実はオタクだ(もっとも数少ないプロレスオタクではあるが)。
 そんなオレが一番居心地がいいのが、この「おもろメンバーズ」だ。
 ・・・もう少しましな名前にすればよかった。名前がもう面白くない。
 それはさておき、オレたちは自分たちでゲームや遊びを考え、会話の最後には誰かがオチをつけ、日々の笑えるネタ探しに余念がない。ここに集まって話が合う奴らは、小学校中学年では夕やけにゃんにゃんやとんねるずのオールナイトニッポンにはまって、今は若手の漫才師ダウンタウンをヒーローと考えて、そろそろひょうきん族に飽きてきているという共通項を持っている。ドリフなど古典芸能だ。
 3組でのメンバーはオレ、横山(よこやま)卓也(たくや)と運動神経抜群のキタン、抜群のいじめられキャラのクリちゃん、うわさ好きのテッつん、大食いキャラのブーヤンを固定メンバーとして、おそらくクラスで一番ケンカが強いであろうヤマン、口数は少ないが確実に笑いをとるボケで会話をしめてくれるおっくん、あと今は「お祭り野郎ズ」に混じっている年中半そで半パンのバーゴンこと川口信也(かわぐちしんや)と、毎月のケンカ番付を作るのを生きがいとしている真田(さなだ)隆(たかし)などが準メンバー、といった構成である。まあ、覚えてくれなくても今回の話には何の問題もない。
 最近オレたちの間ではやっているのは「いい人生じゃった」ゲームで、これは死ぬ間際のジジイになったという設定で、人生で一番最高の瞬間を思い出して「いい人生じゃった」と言いながら死んだふりをするという他愛もないゲームだ。もちろん、人生最高の瞬間が間抜けで無意味なものほど笑えていい。何を競い合うわけでもなく、お互いのボケ向上のためにやっているだけのものだ。「フランダースの犬の再放送の最終回を欠かさず見ることができた、いい人生じゃった~」・・・文字にすると、非常に寒いのはみんな自覚している。
 もっとも、オレは役割的には突っ込みなので、いちいち頭をひねらなくていいので気楽だ。それに、みんながボケたがるので、突っ込み役は重宝される。休みの日にオレは引っ切り無しに遊びに誘われるのだが、それはオレが人気者なのではなく、突っ込みキャラが不足しているせいだろう。とにかく皆ボケたくて仕方ないのだ。
 「なあ、横っち。あいつと何かしゃべった?」
と、ヤマンがキヨカワツトムを指さしてオレに聞いてきた。
 話がそれすぎていた。忘れられていたかも知れないが、ついさっき転校生の清川孟が俺たちに紹介されたばかりの時間帯だったのだ。オレはぶっきらぼうに答えた。
 「いや、さっき無視された」
 「あいつ、何かチョーシぽくないか?」
 と、オレの答えを受けてクリちゃんが言うと、全員からお前が言うなとどつかれていた。チョーシというのは「調子乗り」ともちょっと違い、「格好つけ」のニュアンスが強めの誰かを馬鹿にするための言葉である。『チョーシ』認定をいったん受けると、しばらくはクラスの男子全体、または学校中の男子全体からいじられる傾向にある。
 「でも普通転校生ってもっと自分から溶け込もうとするよな?」
 と、ブーヤンが言ったので、一同うんうんとうなずいた。
「バーゴンがやってきたときなんか、強烈やったよな」と、テッつんが言うと、5年のときにキシモトクラスだったオレたちは、そうそうと笑いあい、違うクラスだったキタンとおっくんは、どういうこと?と説明を求めてきた。
 「いや、まずバーゴンは服が異様やってん」
と、オレが説明を始めた。申し訳ないのだが、まだ脱線は続く。


8.バーゴンとは何者か(こんな小見出しつけたくないけどあまり本文が長くならない方がいいってnote初心者心得に書いてあったものですから・・・)

 バーゴンこと川口信也はちょうど去年の今頃転校してきた。
 その日までにうちの学校の制服が間に合わなかったようで、半ズボンは前の学校のものだった。色違いだったので、かなり異質だった。
 さらに悪かったのが、バーゴンが通っていた学校の半ズボンは茶色だった。オレたちは紺色だったので、誰かがこう言うのは当然のことだった。
 「うわ、こいつババもらしたんちゃうん?」
 茶色=うんこの色という単純な発想からの発言だったが、今まさに自己紹介をしようとしていたバーゴンの出鼻をくじくのには十分だった。ババというのは大阪弁で大便を表す。
 バーゴンが助けを求めるようにキシモトを見たのをオレはまだ覚えている。もっともキシモトはそれに気付かず笑っていたが。
 「はよ名前言えや!」
 と、誰かが言った。さっきの発言に言い返せなかったバーゴンを、こいつ大したことないなと踏んでの強気の発言である。
 「う、う・・・」
 バーゴンは明らかにテンパってしまい、黒板の前でどもり始めた。それがオレたちのサド心に火をつけ、クラスの喧騒はますます大きくなった。
いい加減見かねたキシモトが口を開きかけたときである。
 「ゴン!!」
 と、びっくりする位大きな固い音がして、クラスが一瞬静まり返った。
見ると、バーゴンが教卓に渾身の頭突きをかましていた。「ゴン」というのはその音だった。ゆっくり顔をあげたバーゴンの額から血の筋が鼻に向かって一直線にのびていた。
 「か、川口信也です」
 と、バーゴンはその当時にしては珍しい声変わりを終えた低い声で、やっと言った。
 何となく圧倒されたオレたちは、ちょっとだけバーゴンに一目置いたのを覚えている。
 しかし、その日の昼の校内放送で、当時はやっていた嘉門達男の「川口浩探検隊の歌」が流れた瞬間、名字が同じという理由だけで皆から凝視されたバーゴンが泣き出してしまったので、やっぱりこいつは大したことないと、すぐに全員が思いなおしたのも付け加えておこう。
 ちなみにバーゴンの語源は「ババ山ゴン吉」である。ババ色の半ズボンと、頭突きの音から、あだ名をつけるのが大好きなケンちゃん(現1組)がつけたあだ名である。
 ババ山ゴン吉→ババキチ→ババゴンキチ→バーゴンキチと変遷して、今の『バーゴン』に落ち着いたのだ。人命に歴史あり。


9.ヤバい転校生 (やっと本筋に戻ります)

「あれ?」
 と、ブーヤンが再び清川を指差した。
 全員がそちらに振り返ると、転校生の先輩であるバーゴンが清川に近づいて行っていた。
 清川は両手をポケットに突っ込んで、イスに浅く腰かけたまま、視線さえバーゴンに送らず、うつむいたままだった。
 オレたちが興味津々で見ていると、バーゴンは「こっち来て話そうぜ」的なことを言っているようだった。「お祭り野郎ズ」の中に組み込んで、ケンカの強さを測るつもりなのだろうか、しかし清川は動かない。
 バーゴンとしては、連れ帰らないと格好がつかないのだろう。清川の手をつかみ、有無を言わさず立たせようとした。が、その瞬間である。
 「キャー」
 という女子の悲鳴の方が早かった気もしたが、清川がもう片方の手でバーゴンにカッターナイフを向けていた。
 一瞬にして教室がざわつく。ケンカの多い学校ではあったが、こういうシリアスなムードになることはあまりなかった。
 「触るな・・・」
 清川が聞こえるか聞こえないか分からないような小さな声でそう言うと、バーゴンはヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
 オレたちも何となくさっきまでの話に戻りづらくなって、何となしに清川とバーゴンに近づいて行った。
 「カ、カッターはやばいやろ?」
 と、少し動揺しながらキタンが言った。
 清川がうっといのう(うっとうしいなあ)という感じで舌打ちをして、立ち上がる。ふいに半歩下がってしまうオレたち。自分自身が少し情けない。
 清川は何も言わず教室を出て行った。
 「バーゴン、大丈夫か?」
 と、テッつんがバーゴンに肩を貸す。
 マンガだったらちびっているような場面だったが、バーゴンはちょっと驚いただけのようで、いたって気丈な様子で「あいつ、戻ってきたらしばいたる」とうそぶいていた。ただ顔面蒼白で膝が震えていたので、誰もバーゴンの言葉を真には受けなかったわけだが。
 「それにしても、ちょっとヤバイ奴がやってきたんちゃうか?」
 と、クリちゃんが心配そうに言ったので、全員が黙ってしまった。
 その後9時になって始業式が始まっても清川は戻ってこなかった。
 キシモトに聞いても何も言ってくれないので、仕方なしにオレたちは新しい変な色の名札をつけて、校庭に並んで校長の独り言みたいなお話を聞いた。


10.転校生の弱みを探せ!

 「尾けるか」
 と、誰かが言ったのはその日の放課後のことだ。短縮授業だったので、本来なら昼休みの時間、言い出しっぺは分からないが、ほとんどクラスの全員、特にオレたち「おもろメンバーズ」は同じ気持ちだった。
 謎の転校生、キヨカワツトムの家を探し当て、奴がどういう人物なのかを探ろうというのである。
 考えてみれば、オレたちは付き合いが長いせいもあり、お互いの家族構成や家の貧富具合、家庭の事情なんかを知り尽くしている。
 清川が不気味なのは、誰ひとりあいつのバックグランドを知らないからだろう。家がどこかを知っておくだけでも、その不気味さは大きく軽減される。ただせっかく早く帰れるこんな日にわざわざこいつらとゾロゾロ街を歩き回るのは気が進まない。オレはそれとなく今日は無理だと思わせるように話を誘導し始めた。
 「とりあえず今日は無理ちゃうんか?」
 「なんで?横っち」
 「何の情報もないし、あいつもう学校おらんやろ」
 「そやな、あいつ帰ってもうたし」
 と、オレの思惑通り、今日は帰ることにしようと話がまとまりかけていたのだが、そのとき、廊下からやたらとうるさい声が聞こえてきた。
 声の主は情報収集のため他クラスをまわっていたテッつんだった。戻ってきたテッつんはドヤ顔満開で叫んだ。
 「清川の家、分かったぞ~!!」
 「ええっ?」
 と、驚く一同。帰って新喜劇を見たかったオレは思わず舌打ちをした。一人の静かな午後も好きなのに、この流れだと即席少年探偵団結成は免れないではないか。
 「何で分かったん?」
 ブーヤンがテッつんに聞くと「いや、普通にキシモトから聞いた」と面白みのない答えが返ってきた。とんだ興ざめである。
 清川は早退ということになっていたため、転校初日で心配だから立ち寄りたいと言ったところ、キシモトは電話番号をつけて地図まで書いて家の場所を詳細に教えてくれたらしい。この時代の個人情報管理の感覚って一体・・・
 「で、どうする?」
 キタンが全員を見回して言う。
 全員で行くのか、何人かが行くのか。また何人かで行く場合、誰と誰が行けばいいのか。という顔をしていた。
 こういうときの先の展開はだいたい読める。
 「どうする?横っち」
 全員の目がオレに集中した・・・何だかんだで学級委員なのである。


11.転校生清川の秘密

 オレたちの町には3つの小学校がある。
 まずは駅前の中尾西小学校。通称「ニシショー」そこから南にくだって、国道近くにあるのがオレたちの中尾中小学校、通称「ナカショー」がある。そして国道を越えてさらに南に行くとパチンコ屋に両サイドをはさまれた中尾南小学校がある。これは「ミナミ」と呼ばれている。イントネーションが文字では伝えにくいが大阪の繁華街難波のことを呼ぶのと同じ呼び方だ。
 西小は上品、南小は下品で乱暴。同じ公立の小学校でもカラーははっきり分かれる。
 南小は近年特に荒れているらしく、2年前はうちの校庭に盗んだバイクで乗り付けて1階の教室の窓ガラスをたたき割って逃げて行ったり、警察沙汰になる事件まで起こしていた。オレは4年だったので、窓からその様子を見ていたのだが、小学生にして、金髪がいたり、パンチパーマがいたり、めちゃくちゃだと思ったものだ。こいつらだけとは関わりたくないと本気で震えたのを覚えている。
 オレたちの中尾中小、通称ナカショーはどっちつかずの庶民的な小学校といった感じだった。校区も中途半端で、距離的には西小や南小に通った方が近いのに、うちの小学校に無理やり通わされている連中も多かった。
 清川の家もそのくちで、南小の横のパチンコ屋の裏にあった。明らかに南小の方が近かった。こんな所をうろついていたら、南小の連中とトラブルに巻き込まれるかも知れない。それでオレたちは行くのをためらってしまった。
 結局誰かが「みんなで押しかけようぜ」という案を出したので、それで落ち着いた。
 ただ、気をつけないといけないのは、おそらくちょうど下校時間であろう南小の連中に出会わないようにすることだ。あいつらは武闘派バカが多いので、ナワバリがどうしたなど訳の分からないことを言って襲い掛かってくることがあるのだ。サバンナで育ったのだろうか。
 南小の近くに来たときはあんまり目立たない方がいいかと思ったオレは、先頭を歩きながら振り返りつつ
 「やっぱり一気に全員でっていうのは、清川も警戒して出てけえへんかも知らんから」
 と皆に言ってからクリちゃんの肩を叩いて、
 「まずはクリちゃんだけ行ってきてくれ。ほんで戻って状況を説明してくれや」
 と半ば強制的に全員の同意を求めることにした。
 もちろん、クリちゃんは嫌がった。が、困ったときは多数決だ。簡単に1対多数となり、結局クリちゃんが一人で清川宅に向かった。まったく、この多数決を考え出した人間というのは底意地が悪いと思う。弱いものがますます弱い立場に陥るようにできている。
 それはさておき、南小の連中と遭遇する以上にオレたちが恐れていたのは、清川のオヤジさんが家にいて、それがメチャクチャ怖い人だったらどうしよう、ということだった。
 だからクリちゃんが清川の家について、気の弱そうなそこそこ美人のおばちゃんが顔を出した時には、オレたち全員がホッとした。
 クリちゃんはおばちゃんと少し立ち話をして、すぐに戻ってきた。
 「何やってんねん。キヨカワ連れて来いよ」
 キタンが少し怒ったようにクリちゃんに詰め寄った。
 「いや、おばちゃんが名前呼んでんけど、おらんみたいやったわ」
 クリちゃんがあわてて言った。さらに「奥から女の子の声がしてん、たぶん妹やと思うわ、まだ小さい感じの声やったで」と付け加えた。
 「妹??あいつ妹おったんか~」と、オレ。
 「うん、たぶん。顔は見てないけど」
 「どうする?このままキヨカワ帰ってくるの待つか・・・」言い出したのはテッつんだったが、その後をキタンが受けて言った。
 「妹呼び出して色々聞くか、やろ?」そしてニヤリと笑う。
 つまり、妹と遊んでやるふりをして、実は人質にとってしまおうというのだ。
 もちろん本当にいじめたりはしないが、身内が、しかも幼い身内がオレたちみたいな奴らに囲まれているところを見ると、どんな奴でも結構動揺して、早く解放してもらいたがるのだ。オレたちはそこにつけこんで、返してほしかったら・・・なんて言いながら聞きたい秘密や情報を全てはかせるのだった。
 個人的にはあまり好きなやり方ではないが、オレたちは幼い兄弟を持つ友達を見つけると、たまにこういうことをして遊んでいた。なかなか最低である。
 「じゃあ、妹呼んでこいよ。たぶん低学年位やろ?」と、ブーヤン。
 「もうクリは行かれへんやろ、・・・横っち、行ってえや」とオレを見て、テッつんがヘラヘラ笑った。
 もっともテッつんに言われる前に、オレが行くことになるんだろうな。という気はしていた。
 自慢ではないが、オレはクリちゃんの次にクラスで背が低い。見た目もまだ幼いので、3,4年でも通じてしまうのだ。
 「わかったわ。ちょっと待っといてや」
 オレはみんなにそう言うと、清川宅へ向かった。
 呼び鈴を押して、しばらく待つと、閉められた玄関のガラス戸越しに「はぁい」という返事が聞こえた。声の質からしておばさんっぽいので、キヨカワママだろう。
 オレはキヨカワママと初めて向き合って、しおらしく頭を下げた。
 「えっと、清川さんいますか・・・」
 おばさんが怪訝そうにオレを見つめた。
 「・・・さん?」
 「はい、転校してきたばっかりで困ってないかと思いまして」とウソを重ねる。
 「清川くん、じゃないの?」
 「いいえ、女の子の方です」と、オレが言った途端・・・
 「うちに女の子なんていません!」
 と、さっきまで優しかったおばさんの表情がこわばって、ガラス戸を強く閉められてしまった。学年確認や自己紹介もなく話し出したオレもまずかったとは思うが、それにしてもそこまで警戒しなくても・・・と思うような変貌ぶりだった。
 みんなのところに戻って説明をすると、訳が分からんという結論になり、明日こそ本人を捕まえて、逃げられないようにして色々聞き出そうということで、各々家路についた。新喜劇は終わっていて、おっさんコンビばかり出てくる漫才のネタ番組が始まっていた。何が面白いか分からないけど、ネタ番組をやっていると変な使命感で見てしまうから不思議だ。何でだろう。
 ともあれこうして始業日が終わった。


12.1学期初日(今日から退屈な授業が始まる、うげえ)

 「ええか、横っちは隣りに座ってるんやから、絶対立たせるなよ」
 と、真剣な顔でオレにアサイチで言ってきたキタンの顔を思い出す。
 キタンは基本的にSっ気のある性格なので、複数で一人を取り囲むという状況だけでも十分テンションが上がるんだろう。
 最終的に、1時間目終了と同時にオレ、テッつん、ブーヤン、バーゴンの4人で前後左右をふさいで、人当たりのよいクリちゃんとおっくんが質問役で、清川がノーリアクションのときには怒らせる必要があるので、キタンがおちょくり役・・・こんな感じで役割分担がまとまった。
 1時間目は国語だか社会だかだった。キシモトは何の授業をしても、最終的に戦争はよくない!的なことを語りだして熱くなるので、こっちからすると何が言いたいのか分からないどころか何の授業をしているのか分からないことが多い。この日も1学期の授業日初日ということで相当気合が入っていたらしく、一人で興奮していたが、聞いているものは一握りもいなかったのではないだろうか。オレたちも先述のような計画を手紙で回しているうちに時間が過ぎていったわけだ。
 しばらくしてチャイムが鳴った。
 清川は思っていたよりも素早く席を立ち外へ出て行こうとした。危険を察知したのだろうか、明らかに教室から逃げようという意思を感じた。
 一瞬オレとテッつんが出遅れたが、昨日の恨みも手伝ったのかバーゴンがほとんど無理やりのように清川の行く手を阻んだ。
 予定よりだいぶ教室の後ろ側でのフォーメーションになったが、オレたちは清川を取り囲むことに成功した。
 そして、最初の一言は予定通りクリちゃんだ。
 「なあ、オレらお前のこと何も知らんから、ちょっと話しようや~」
 「・・・」清川は何も答えない。
 予想の範囲内とはいえ、正直無言を貫く奴というのはかなり不気味である。


13.転校生清川包囲網発動!

 「ペット飼ってる?」「前の学校の名前は?」「妹おるんちゃうん?」「夜何時に寝る?」・・・などなど。
 クリちゃんとおっくんが代わりバンコに質問を浴びせかけるが、清川は「どけよ」という仕草だけしてオレたちを押しのけようとするだけで、一言も口を開かなかった。
 終始うつむき加減だった清川が、唯一一瞬だけ顔をあげた質問がある。妹の件だ。キタンがここぞとばかりに清川の神経を逆なでする。
 「ところで、腹違いの妹のことやけど・・・」
 清川が再び顔をあげた。その顔に衝撃が走っている。いいぞ、キタン。さすがだ。
 「毎朝ミヨシ鉄工所の集会所に行ってるらしいな」
 「なんでやねん」キタンの真意が分からず、思わずオレが突っ込む。
 「夏休みのラジオ体操の下見してるらしいで」
 「どんだけ気ぃ早いねん!」てか、おちょくってるのとはちょっと違うやろ。と思いながら、またしても、オレは突っ込んでしまった。「まだ4月やぞ」と付け足すと、クリとブーヤンが笑ってくれたのが、せめてもの救いだった。
 少し遅れて、キョトンとしていた清川が顔をほころばせた。そして
 「うふ」
 と笑った。
 え!?・・・
 ・・・「うふ」である。
漫画以外でその言葉を聞いたのは初めてだった。しかも言い方が最後にハートマークでもつきそうな勢いだった。
 「お、おまえ・・・」
 バーゴンが驚いた顔で清川を見た。清川の顔に明らかに動揺が表れ、先ほどまでのポーカーフェイスが崩れ始めた。伏し目がちだったので顔つきが分からなかったのだが、顔をあげたこいつはまるで女の子のような顔をしている。まつ毛がめちゃくちゃ長くて、鼻がすっと細く、色が白い。よく見ると手足もオレたちの半分くらいしかないという位に細い。
 「うふ、て・・・」
 とキタンが言って、清川の肩を押そうとしたときだ。
 「やめて!!触らないで!!」
 絶叫だった。いや、本人はそうは思ってないのかも知れない。
 だけど、オレたちからすれば、その声は・・・そう、ヒステリックな女子が体育の時間、ドッジボールで期せずして最後の一人に残ってしまい、コート内を右往左往していっぱいっぱいになったときに無意識のうちに出てしまうような、そんな叫び声だった。
 実際、クリちゃんとテッつんはクラスの女子の誰かの声だと思ったと、後日語っている。
 最初に清川の異常性を言葉に変換したのはおっくんだった。
 「おまえ・・・オカマか!?」
 その瞬間、これまでの緊張が一気に砕け散った。オレたちは同時に以下のことを見て、騒いで、楽しんで、やってのけた。
 まず、清川がワッと泣きだした。女の泣き方だった。さらに泣き崩れた。いわゆる内股座りで崩れ落ちたのでオレたちはさらに爆笑した。
 そして、オレとクリちゃんとテッつんは狭い教室中を駆け回った「清川、オカマやぞ!!」と叫びながら・・・誰のために何のために報告する必要があるのだろう。
 騒ぎを聞いた残りの男子の大半がざわざわとやってきて、オカマなん?え?オカマってホンマにおるん?こいつオカマ隠してたんけ?ていうか、オカマって子供でもなれるん?などと口々にオカマ関連の話題を口にしていた。
 最後にキタンとバーゴンが大声で「オーカーマ~♪オーカーマ!」と節をつけて、はやしたてていた。

14.生まれて初めて見たオカマ

 クラス中の注目が今やオレたちに、いや清川に注がれていた。誰もが清川の声を聞きたがっていたし、何なら無理やり喋らせてやろうという雰囲気が教室内に充満していた。
 「もう、ほっといてよう・・・」
 泣き声で言った清川の声がさらに教室を沸かせた。
 「うおお、マジで女の声やんけ!」
 「オレが聞いた妹の声って、こいつの声やったんや~」
 「妹がおらんってこういうことか!」
 「もっと何かしゃべってくれ!」
 「おすぎです!って言ってくれ」
 「チンコ見せろ、チンコ」
 などのリアクションは男子サイドから。
 「かわいい~」
 「清川君、女の子みたいやなあ~」
 という、どうでもいいようなリアクションは女子サイドからだった。
 やっと清川の秘密を暴いてやったぜ!とオレはいい気になって、教室内を走り回った。
 そのときである。
 教室の後ろの方の席で、喧騒から少し離れて座っていた黒い影がゆらりと立ち上がり、清川の近くに進み出た。その瞬間の顔を見たオレは、なぜだろう。胸がしめつけられるような気分になった。あれ?オレ何か怒られることやってしまったか。本能が自問していた。その顔とは昨日存在を知ったばかりの小笠原良子の怒気をはらんだ顔だったのだ。
 「アンタら、ええ加減にしぃ!!!」
 誰もが開いていた口を閉じてしまうような凛とした声だった。 
 一瞬にして静まり返るクラス。最後に誰かが発した「チンコ」という言葉がまるでエコーがかかったように響いているような気がした。
 小笠原良子はアホみたいに固まってしまったオレたちに一瞥をくれると。泣き崩れている清川をかばうように肩を貸してやり、奴を立たせ席に座らせた。
 「何やの!子どもみたいに!清川君ただ単に声が高いだけやろ・・・アホみたいにオカマ、オカマて・・・」


15.キツネ女、小笠原良子、怒る

 クラス全員を相手にして、小笠原が怒鳴り出した。不思議と嫌な気持ちにはならなかった。他の連中を見ると、驚いて固まっているものも多いが、シュンとしてうつむいてしまっているものも多かった。
 「特にアンタら、一番サイテーやで!!アホ!」
 小笠原はそう言いながらオレとクリちゃんとテッつん・・・いわゆる清川オカマ説広報部隊を正面から睨みつけた。
 オレは4年生の夏休みにケンカで負けたとき以来、久々に涙が出そうになった。何でこんなこと位で泣きそうになってしまったのか、不思議でたまらなかった。
 「だいたい、考え方が子どもやねん。声が高いだけでオカマなわけないやろ!」
 小笠原はいったん火がつくと止まらない性格らしい。
 「ついでにアンタ学級委員なんやろ!ちゃんと清川君守らなあかんのちゃうん!」
 ピンポイントで攻撃されると、泣きかけていた感情から、若干ウザいという感情にシフトしてしまう。オレは少し冷静さを取り戻しあらためて小笠原を見返した。睨みつけてやろうと思ったら。
「何よ文句あるん」
と声には出さないけど、目で制された。またあのキツネの目だ。クソ白いキツネは何かキレイすぎてケンカの対象にならない。オレは結局うつむくしかなかった。
 「なあ、清川君・・・オカマなんかと違うやんな」
 と、彼女は少し落ち着いた清川に向き直って笑顔で優しく言った。
 が、次の清川の言葉が教室を再びカオスの世界に変えることとなった。
 「ううん・・・僕、オカマなの!」
 「どひえええええええ!!」by3組全員。
 衝撃のカミングアウトだった。


16.オカマでレッツゴー

 言ってしまって気楽になったのか、清川はその甲高い声でこれまでの沈黙を取り戻すかのように話し続けた。
 「僕ね、自分でもよく分からないの。前の学校でも、その前の学校でもオカマっていじめられてて・・・それで、優しくしてくれた男の子の友達が本当に好きになって・・・ああ、やっぱりオカマだったんだって自分で思っちゃったんだけど、前の学校でその男の子に告白したら、優しかったのがウソみたいに嫌われて、本気で気持ち悪がられて・・・それで僕、もう学校に行けなくなって、お母さんとこの街に引っ越してきたの・・・」
 は、はぁ・・・。という反応しか返せないような早口だった。
 「で、お母さんと相談した結果、話したりするとまたオカマだって思われたり、バレたりしていじめられるから、この1年はなるべく話さないことにしようって決めたの・・・で、カッターナイフなんか見せたりして。ちょっと危険だって思われたかったの。でも・・・でも・・・でもみんなしつこすぎるよ!!何なの、このクラス!!」
 といって、再び泣き出した。
 最後のコメントはかなり面白かった。オレは爆笑した。しかし、オレのセンスについてこれたのは、あとはおっくんとテッつんだけだった。笑ったのは3人だけだ。何と、小笠原にいたっては・・・
 「清川君がまじめな話してるのに、何で笑ってるんよ!!」と怒り出す始末だった。
 あれを真面目な話と受け止められるこの女の神経はどうなっているのだろうかと、オレにはまったく理解できなかったが、とりあえずこの場は笑って話をまとめた方がよさそうだと直感で思った。それは一部のメンバーにも伝播したようで・・・
 「いや、でもな。清川」おっくんが笑いながら清川のそばへ歩み寄った。
 「オレら、オカマってだけでお前をいじめるほど『しょうもないことしい』ちゃうで」
 「そやそや。てか、オカマってめっさキャラはっきりしててうらやましいわ」
 と、おっくんに続いて言ったのがバーゴンである。キャラの塊のような奴がそんなこと言ったので、あちこちで失笑がもれた(バーゴンは年中半そで半ズボン、おかっぱ、ついでに出っ歯)。
 清川が「え?」というように顔をあげた。
 「オカマ万歳!!」テッつんが叫んだ。
 無理やりこの場を収めようとしているのが、痛いほど分かったので、オレも便乗することにした。
 「オカマ最高!!」
 すると、あちこちで「オカマ上等」だの「オカマレッツゴー」だの訳の分からない掛け声が響いて、拍手まで起こってしまった。
 「何、それ・・・もう!」と、清川は再び泣いてしまったが、その泣き顔はさっきみたいな悲しい雰囲気ではなく、笑顔のまま泣いているようなうれし泣きにも見えた。
 オレは大騒ぎするクラスに溶け込んで暴れまわりつつ、そっと小笠原を盗み見た。
 やれやれ。といった顔であいつも笑っていた。思わず小さくガッツポーズをしたところで目が合ってしまった。
 あわてて目をそらすと、名札の橙色の残像がかすかに目の奥に残ったような気がした。
 チャイムが鳴った。キシモトが戻ってくる。オレたちはもちろん席について待っておく気なんてサラサラない。どうせ次も国語なのか社会なのか算数なのか分からないようなどうでもいい授業なのだから。
 清川の机の前に代わる代わる皆がやってきた。よろしく。よろしくな。
 清川も今度はちゃんと口を開いて、自分の声で答えていた。「よろしくね」「ありがとう」
 「おい、そう言えばオレは無視されたままやぞ!」と、オレは笑いながら清川に言った。
 清川は照れたように、真っ赤な眼をこすりながら「よろしく・・・横っち」と言った。

 そんな風にして、オレたちの小学校最後の学年は始まったのだった。


(投稿後記)

初めての投稿ということで訳も分からないまま長文出してしまいました。ここまで読んでくれる方は稀だと思いますが、いてくれたなら額が擦り切れるまで土下感謝いたします。さらに厚かましくもコメントなどでご批判、誹謗中傷、日々の愚痴などいただけると、これ幸いに存じ上げ奉りそうろう、かしこ。・・・こんなんで続けていいのかしらん?

いつか投稿がたまったら電子書籍化したいなあ。どなたかにイラストか題字など提供していただけたら、めちゃくちゃ嬉しいな。note始めてよかったって思いたい!!