ショーロク!! 5月ー4
6.いざ遠足へ
遠足の日は教室を出たら最後、学校に戻ってくるまでは『完全班行動』を強いられる。
オレとテッつんは戦地に赴くかのような形相で別れを惜しみあった。
「小田~、ゆうちゃんの水筒持って行ってや!」小田とはテッつんの苗字だ。
班の女子から声をかけられたテッつんは、泣く泣く地獄の女子班へと向かっていった。
死ぬなよ、テッつん!生きてまた教室で会おう!
さて、人の心配ばかりしていられない。オレもまたなかなかの地獄である。
どういうことかというと、今日は朝から清川も小笠原もお腹が痛いと言って顔面蒼白なのだ。
必然的に荷物をオレとマグロが代わりバンコで持つことになるのだが…
「僕は無理だよ。参考書を2冊入れてるから君たちの荷物より重いんだよ」
とマグロが最初に宣言した。いや、置いて行ってくれませんか、それ・・・
オレは仕方なく。背中に自分のリュック。お腹に清川リュック。手持ちで小笠原リュックという重装備で山を登ることになった。
「ごめんな、横山。昼ぐらいになったら多分落ち着くから・・・」
と、小笠原が言ってきた。
最近、女子は急にお腹が痛くなったり、急に狂暴になったりすることが多くなった。そのくせ1時間後位には元気になっていたりもするので、ますますもってややこしいと感じていたところだった。
おおむね、今日の小笠原も『そういう1日』なのだろう。
清川は男なんだからもっと頑張ってほしいのだが・・・
「横っち、ありがとう。僕、この学校に来て横っちに会えてよかったよ」
最終回か!お前は!!今日死ぬのか!
荷物が重かったので声には出さなかったが、オレは脳内で突っ込みながら山道を歩いた。
ただ、ラッキーだったのは、遠足の行き先が生駒山だったことだ。おまけに散策コースも以前サトチン一家と歩いた道そのままだった。
休憩ポイントも知っているから体力の配分もできたし、何よりオレには無敵の呪文『ワンダーホーゲーゲーキョー』があった。
きっとサトチンも今頃脳内で唱えながら意気揚々と歩いていることだろう。
休憩ポイントで小笠原が復活した。ベホイミを唱えられた後のような爽快な顔になって
「よかったわあ、薬効いてきたみたい、ありがとう、横山」
と言って自分の荷物を持ってくれた。これでだいぶ身軽になった。
「僕も頑張ってみるよ」
清川も小笠原に触発されて自分のリュックを背負ってくれた。
やっとオレは自分のリュックだけで歩けるようになった。よし、いっそ残りの3人を置き去りにして山頂まで走ってやろうか。
などと考えているとマグロが情けない声をあげだした。
「ダメだあ、もう無理だあ」
大方、おニューの靴でも履いてきて靴擦れが痛み出したのだろう。めんどくさいから無視無視。
と思ってお茶を飲んでいたのだが、小笠原に肩をゆすられた。
「なあ、横山!黒丸君、靴ズレひどくて歩かれへんみたい!」
「知らんがな。こんな日に新しい靴履いてくる奴がアホやねん」
と吐き捨てるように言うと、急にマグロが切れだした。
「君にアホ呼ばわりされる覚えはない!僕は君たちが遊んでいるときに塾に行ったり、君たちが知らないような勉強をあーだこーだ・・・」
ととにかく五月蠅い。
「うるさい!今はそんなどうでもいい!」
と、ピシャリと言ったのは小笠原だった。
「ぐう」と唸って、マグロは黙り込んでしまった。ちょっと半泣きである。
こうなってくると可哀そうに思えるので、オレは甘い性格だと自認するのだが・・・
「ええよ、ここから山頂までの時間とか、しんどいポイント知ってるから、ある程度おんぶして行ったるよ!」
と、オレは言った。
マグロは最初、助けなどいらないなどとゴネていたようだが、小笠原にまたしても何か言われたようで、渋々とオレの背中に体を預けた。
「おも・・・」
リュック2人分とは比べ物にならない。
さすがの『ワンダーホーゲーゲーキョー』も効力を失うほどにオレは疲労した。
5分歩いては休み、5分歩いては休みの繰り返し。気がつくとオレたちは断トツ学年ドベチームになっていた。
遠足のときは1番乗りをして最高のお弁当スポットを探して、誰よりも早く弁当を食べ終えて、おやつ片手にたっぷり残された自由時間を満喫するのが何よりのステイタスとなっている。
このままでは自由時間はおろか弁当時間まで短縮せざるを得ないかも知れない。
オレたちの前を歩く班はもう後ろ姿も見えない。
おまけにどんどんオレの歩みは遅くなってきた。当然だ。マグロの奴、人の背中で堂々と居眠りを始めやがったのだから!
重い!投げ捨てたろか!
とオレの我慢が限界に達しそうななったとき、清川がふうふう言いながら口を開いた。
「横っちは、本当にすごいよ」
こう言われると悪い気はしないが、本当にたった今マグロを捨て去るところだったんだぞ。清川よ、お前の目は節穴か。
「普通、同級生とはいえ、ここまで頑張れないよ。僕ならすぐ先生に助けを呼ぶよ」
と清川は言うのだ。
オレはめんどくさいと思いつつ答える。
「なんでやねん。これはオレらのための遠足やろ、何でセンセーたちを楽しまさなアカンねん?」
しゃべるとしんどい。しゃべるんじゃなかった。なのに今度は小笠原から質問が来た。
「先生たちを楽しませるってどういうことなん?」
めんどくさい。知るか!と言いたい。でも言えない。このあたり、オレは性格がいいのだ、たぶん。
「だから!センセーとかハプニング起きるの期待してて、オレらが助けてくれなんか言うたら、待ってましたとばかりにやってくるやろ!」
ほうほうとうなずく大女とオカマ。
「おまけにキシモトなんかメダチ(目立ちたがり屋)やから絶対マグロおんぶして行って、頂上で『ドヤ顔』決めまくるやん」
はあはあ、オレは息を切らしながら力説する。
「あいつが主人公みたくなんのはオレらの負けになるみたいでイヤなんじゃー!」
と言って、最後の気力を振り絞ってオレは坂道を駆け上がった。
自分の言った内容の幼稚さに赤面した顔を隠したかったのかも知れない。
でもしょうがない。今言ったのは本心だ。何が悲しくて先生に助けを求めないといけないんだ、低学年か!
「すごい、すごいよ!横っち!」
「うるへー!」
ついてきた清川に大声を出したのが最後、オレはついに力尽きてしまった。
・・・
「横山!ちょっと横山・・・!」
大女、小笠原の声が何処か遠くの方で聞こえた気がした。抗えない眠気のようなものが猛襲してきて、オレの目の前は突然真っ暗になってしまった。
7.終了、色んな意味で
「しまった!!」
と思ってガバッと起き上がったときはもう遅かった。
「おはよう」
なんて呑気にぬかす清川の横で、オレはどうやらしっかりと眠って(気絶して?)いたようだ。
誰かの弁当マットの上に寝かされていた。屈辱(1回目)だ。
「目が覚めた?無理させてごめんやで」
と、小笠原がオレの水筒を差し出してきた。
オレは二人を睨みつけながら水筒を飲み干して言った。
「結局キシモト呼んで運ばせたんか!?」
すると、二人は一瞬キョトンとしてすぐに笑い出した。
「全然覚えてないの?」
「へ?」
どうやら聞いた話によると、オレは一度ぶっ倒れた後、もう一度息を吹き返し、マグロを担ぐと、二人を置き去りにして一気に山頂まで駆け上がったらしいのだ。
ただ、山頂に着いた時点でまたぶっ倒れてしまったようで、何と小笠原に背負われてここで寝かせてもらったらしいのだ。女に背負われていたなんて、キシモトに助けてもらう以上に屈辱的(2回目)だ。オレは一人で「ああ~」と身もだえた。
ちなみにマグロはオレが倒れた衝撃で完全に目を覚まし、今は弁当を食べて呑気に勉強の本などを見ている。しばきたい。
「もう、どうでもええわ」
精魂疲れ果てるとはこういう状態を言うんだな。一つ勉強になったわ。などと思いながら弁当を開けると、小笠原がご飯の上に鳥の唐揚げを置いてきた。
「何これ?」
オレは驚いて言う。
「別に・・・まあ、お礼かな?」
と、小笠原が少し照れたように笑った。
今日はポニーテールにしている髪の毛が少し風に揺れて、シャンプーのにおいがオレの鼻先をくすぐった。何だ、この感じ。腹立つとともに、やたら嬉しい。唐揚げごときで!いや、本当に原因は空揚げなのか。解せぬ!
「あんた、今日頑張ってくれたからな」
「そうだね、横っちはこの班のヒーローだ!」
「最後には担がれるヒーローって聞いたことないわ」
と、オレが言うと、そうそう。と小笠原がポケットをゴソゴソし始めた。
「あんたには空揚げよりこっちがよかったんよね」
と言いながら差し出してくれたのは、口の中で大爆発を起こすと評判の最近出た駄菓子『シゲキックス』のストロングタイプだった。
思わずオレはテンションをあげて叫んでしまった。
「おお!やった!早速食べよ!」
と、勢いに任せて叫んでから、しまった!と思ったが、時すでに遅しだった。恐る恐る小笠原を見ると・・・
「ほら、やっぱりめっちゃ子供やん」
と思い切り笑われた。屈辱だ(3回目)こいつ、いつかどついたる。
・・・そうは思いながらも、晴れ渡る初夏の風はあきれるほど清々しく、オレの口の中でバチバチと弾けまくるシゲキックスも心地よくて、しんどかったことも腹がたったこともどうでもよく思えたりもするのだった。
まあまあ、来てよかったか・・・。
そう思えた矢先!
「横っち~!女に運ばれてきたらしいなあ!」「カッコわるぅ~」
と、キタンやブーヤンがわざわざからかいにやって来た。4回目の屈辱。
さらにこの話題でオレはしばらくからかわれまくることになるのだろう。ああ最悪だ。屈辱エンドレス・・・
ともあれ、こんな感じで最高学年春の遠足は終わった。