ショーロク!! 6月前半ー6
6.大いなる誤算
しぶるクリちゃんをなだめて(半強制的に)オレは自分の家に連れて行った。
残りのメンバーには公園で待ってもらうことにした。
親父の前でヘタレ化した自分を極力見せたくなかったのだ。
「怒られるよなあ。どつかれるかなあ・・・」
クリちゃんはオレの5歩くらい後をトボトボ歩きながらブツクサ言っている。
「意外と大丈夫やと思うで。オレ以外には優しいはずやから」
と、オレはクリちゃんに聞こえるように大きな声で言った。
嘘である。
以前、オレなみにサトチンがどつかれたことがある。
さすがによその家で殴られると思ってなかったサトチンはショックのあまりしばらく親父を直視できなくなったほどだった。
ただオレの嘘は功を奏したのか、クリちゃんは
「そうやんな、横っちのおっちゃん、大卒やもんなあ」
と訳の分からない納得の仕方をしていた。
果たして家に着くと親父は腕組みをして待っていた。
オレの家の作りは特殊で玄関面積がやたらと広い。
これはオレを生んだ女(3歳で出て行ったそうだ)がバーやら喫茶店やらを1階でやっていたせいである。
その名残で、扉はいまだに喫茶店みたいなステンドグラス調のガラスが埋められている。
なので、ごく稀に見知らぬ人が喫茶店と間違えて扉を開けたり、入ってきたりする。本当に迷惑だ。
扉を開けると左手にはちょっとした本棚、右手には1m50cm位の水槽が置いてある。これも飲食店の名残だが、オレの唯一といっていい自慢だ。
低学年の頃はこの水槽を見に、たくさん友達がやってきたものだ。
今は親父が手入れをさぼっているのと、オレがタニシを大増殖させすぎたりしたせいで見た目が汚くなってしまった。
親父はその水槽の斜め前で腕組みをして立っていたのだ。
「ただいま。お父さん。連れてきたで。クリちゃんが犯人やったわ」
オレは『大手柄!』とアピールするようにクリちゃんを親父の前にずいと押した。
「こんにちは。ご、ごめんなさい。鍵を壊すつもりはなかったんです・・・」
と、クリちゃんが慣れない標準語でしどろもどろに謝っている。
オレは後ろで笑いをかみ殺しながら、成り行きをそっと見守った。
すると親父は、急に大人みたいな笑顔を見せて、クリちゃんの頭を撫でた。
あれ?何か思ってたのと違うぞ・・・
「栗田くんやなあ、久しぶりやな。また卓也と同じクラスなったんか」
「はい!」
その優し気な猫なで声にクリちゃんがありったけの可愛さを放出して返事した。
何だこれ。
「卓也が遅くまで寝ててごめんなあ、おっちゃんも気ぃつけるわ」
おい、親父よどうした?鍵を破壊された怒りを忘れたのか・・・
「ちょっと上がっていき。カルピスでも作ったるわ」
「はい、ありがとうございます」
何じゃこの展開!?
驚く俺を尻目に親父はクリちゃんをもてなしながら話し始めた。
「最近、こいつが学校でどんな悪さしてるか聞いてなくてなあ」
・・・ん?
「栗田くんがアイスの棒差すよりもっと悪いことしてるんちゃうか?」
え?え!?
「はい。横っちはめっちゃいっぱいイタズラ考えてくれます!」
おい、待てクリよ!
「ちょっとおっちゃんに教えてくれるか・・・」
「はい!僕が覚えてる限り教えます!」
待て待て待て!
・・・どういうことだ!
今や親父とクリちゃんはオレを完全に無視して、オレの悪行で盛り上がっている。
最初は笑って聞いていた親父も『脱がし合い』あたりから目の底が冷たくなっている。
なのに顔は余所行きで笑っている。これはたぶん最悪の状況だ。
『クリちゃん爆弾』の話に関しては・・・
「僕はめっちゃ嫌がったんやけど、横っちに無理やり自転車に括り付けられてん。ホンマに怖かったですぅ。あの時『やめてえや!おっちゃんに言うで!』って言ってんけど、横っちは『言うてみろや、オレは親父なんか怖ないんじゃ!』って言ってました!」
などと言わないでいい情報まで付け足しやがった!
いや、ていうか、ホンマにそんなこと言ったか、オレ?記憶にないんだが・・・
クリよ、何か日ごろの復讐を兼ねてねつ造してないか!?
「そっか、ありがとうな。クリちゃん・・・」
親父はいつの間にか、クリちゃん呼びになっていた。口調は優しいが声はゴリラだ・・・
「はい、いつでも聞いてください!」
クリよ、あとで殺すぞ。
「もし、こいつにまた何かされたら、すぐおっちゃんに言いにおいで!」
「はい!ありがとう!おっちゃん!」
ぐむ・・・殺せない・・・
「さてと、卓也・・・」
やばい、親父がこっちに視線を向けなおした。
あれ?人間ってこんなに一気に汗が出るいきものだったっけ?
「ちょっと、お前と話さなアカンことがある・・・」
「あ!思い出した!」
オレは親父の言葉を遮り、大きな声を出した。
何とかしてこの場だけでも逃げたかったのだ。
「2時から野球しよって言ってたわ!なあクリちゃん!!」
今はもう昼の2時10分だ。クリに向かって、思い切りウィンクをかます。話を合わせろのサインである。
「いや、野球なんか予定に入ってないやん」
クリィィィイイ!!!空気読まんかいいい!!
しかし、親父は自分を落ち着けるように一呼吸おいて、こう言った。
「まあええわ。夕方まで遊んで来い。ただ・・・」
ここで間を取るのが親父のやり方だ。心臓に悪い。
「覚悟して帰って来いよ・・・」
後頭部の奥の奥みたいな自分でも意識できないような場所で『チーン』と何かが鳴ったような気がした。