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プロ1年目のオフに元木大介が野球教室に来て、登戸も元木も大変なことになった話
甲子園のスターが登戸に来るという衝撃
小学生の頃、近所のスポーツ用品店の企画で野球教室を開催することになった。
しかも、来るのがあの元木大介なのだという。
都会から近い割に田舎な気質が強い登戸という町なので、その知らせに騒然となった。
今の野球ファンからのするとピンと来ないかもしれないが、元木大介といえば甲子園のスターで絶大な人気を誇っており、クラスの女子が野球教室の開催でかなり沸き立っていたほどだ。
ただ、それはあくまでも一般的なことだった。
西尾家ではかなり冷めた反応をしていたのである。
元木といえば甲子園のスターである反面、ピッチャーフライを打ち上げた後で走らずに酷く怒られるという騒動を巻き起こしたこともあれば、ダイエーホークスからのドラフト1位指名を拒否してハワイで1年過ごし、翌年に巨人に入団するという経緯を持つ選手だったからだ。
人気はあるかもしれないが、いけ好かない選手。
そんな元木大介がプロで1年目を終えた年にこの話が舞い込んできた。
「まだ一軍にも定着せず、2割も打てなかった選手がシーズンオフに登戸辺りで小銭稼ぎをしに来るとはやっぱり気に食わねえ野郎じゃねえか。これだから元木は嫌いなんだよ。」
そんな意見を持つ父が近くに居るので、小学校卒業間近とはいえ私の元木観は父と大して変わらぬものだった。
野球教室前に我を忘れる少年野球チームの監督
野球教室当日。
宿河原小学校は甲子園のスターの登場を前に見たこともない数の観客が殺到していた。
野球教室を取り仕切る少年野球チームの監督も完全に我を忘れていた。元木登場に備えて観客全員で声を揃えて応援しようと言い始めたのだ。恐らく子供のころから大の巨人ファンだったのだろう。
監督の唱和に続き、観客が「がんばれがんばれジャイアンツ!」と声を揃える。しかしそんなシナリオは用意していなかったのでなかなか上手くいかない。完成度を上げたい監督は観客にもっと大きな声で、声を揃えて唱和するよう何度か練習させる。
しかし、そうこうしている間に元木大介は到着し、そこに立っていた。
元木が来ていることに気付かずまだ唱和させる監督。
子供ながらにかなり気まずいスタートである。
元木大介「何か質問はある?」
さて、元木は松谷竜二郎という投手と二人で来ていたのだが、ピッチングの指導は松谷が、野手の指導は元木が受け持つことになった。
ただ悲しいかな、プロとして1年目のオフで場慣れしていないせいか、野球教室の進行の仕方までは心得ていなかった。
野手の生徒や少年野球の指導者、そしてギャラリーが見つめる中で元木大介は周囲に対して「何か質問はある?」と求めたのである。
だが、ここはスター:元木大介の登場に色めき立つ街:登戸だ。近所の釣り堀に織田裕二が来ただけで1か月話題をさらう田舎町である。テレビを沸かせる元木大介を前に誰もが凍り付いているのだ。
二軍のエースである松谷竜二郎はピッチャーを相手に和気あいあいと指導を進めている。この辺りが経験の差なのだろうか。
立ち上がる12歳の西尾克洋
元木もかなり困っている。だが、手持ちの武器が「何か質問ある?」しかないのだ。お互いに困っている。
何とかせねば。
12歳の小太りでスポーツ刈りの少年、もとい私は立ち上がった。
「えっと、チームのコーチはゴロを足の前で捕球しろと指導するのですが、連合チームの監督は体に近いところで捕球しろと指導します。どっちが正しいのでしょうか?」
なかなかいい質問だと思う。この状況にしては我ながらよくやったと思う。41歳の私がこの状況に居たとしたら小太りの少年のことを心の中でほめちぎっていることだろう。
さて、このGood Questionに甲子園の元スターはどう答えるか。念願の「何か質問ある?」が来たのだ。これには丁寧な回答が来ると私は期待した。
苦闘する元木大介、そして浮足立つ登戸民
元木は口を開いた。
「んー、なら中間くらいでいいんじゃないかな」
そして私を群衆の前に立たせると、チームの監督と連合チームの監督のグラブの位置を示すよう促され、まさしくその中間にグラブを置くようにと説いたのである。
…うーん。
まぁ、足の前だと攻めすぎだし、体に近いと捕球が遅れるし、いいとこ取りという意味ではこれで良かった。うん、良かったんだ。恐らく元木大介は細かく説明するタイプではないのだろう。正解を出してくれたのだから、それを信じよう。それでいいのだ。
そして私の質問を皮切りに元木大介に対する質問は…一向に増えなかった。
結局私は群衆の中で3回ほど質問をしたはずだ。紫色のウインドブレーカーを着ている元木大介からバットスイングの指導を受ける私の写真は今でも実家に残っているが、30年間で見返したことは殆どない。
どちらかというと鮮明に記憶しているのは、若い元木大介がどうにか野球教室を成立させようと武器がない中で苦闘する姿であり、テンパる元木に気遣いが出来ないほど舞い上がる登戸の民たちのことである。
かなり大変な2時間が終わり、サイン会には500人が行列を成したそうだ。
そして野球教室の最後には「がんばれがんばれジャイアンツ!」の合唱が空しく響くのだった。
巨人軍のヘッドコーチをしている元木大介を見ると、私はあの日のことを思い出すのである。果たして元木大介はあの日の小太りでスポーツ刈りの少年のことを覚えているのだろうか。いや、覚えていてほしい。何故ならあの場で浮足立っていなかったのは私だけだったのだから。
次回予告:大人になると「真面目」と言われなくなる納得の理由とは
子供の頃に大人から真面目と言われるのはポジティブ評価。でも同級生からするとネガティブ評価。
すごく面倒な奴として扱われて迷惑だった気がします。でも、大人になったら真面目なんて言われない。よくよく考えるとふざけてる大人なんてそうそういないんですよね。
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