Cuchulain of Muirthemne I. Birth of Cuchulain:ムルセヴネのクーフリン 一章 クーフリンの誕生
新しい翻訳です。1902年、グレゴリ夫人によるクーフリン伝説をまとめた本であるCuchulain of Muirthemne(ムルセヴネのクーフリン)の翻訳、まずは第一章のクーフリンの誕生から。今回は、前回と異なり、本自体がクーフリンの伝説を広めることを目的にした側面があるものなので、音として日本人によりなじみがありそうなクーフリン読みを採用しました。
まちがいないなどのご指摘は@mkrnitkまで。
Cuchulain of Muirthemne
By Lady Augusta Gregory
[1902]
ムルセヴネのクーフリン
I. Birth of Cuchulain クーフリンの誕生
昔々、ネスの息子、コンホヴァルは、アルスター王だった。彼はエウィン・ワハの宮殿で、御前会議を開いた。コンホヴァルが王に至るまでの道はこうだ。彼が父のいないただの一人の若者だったころ、アルスター王、ロイヒの息子フェルグスが、コンホヴァルの母であるネサに求婚していた。
今ネサという名である彼女は、かつてはアイルランドで最も物静かで、優しい女だった。しかし、その身に降りかかったある残忍な出来事により、冷酷で抜け目のない女と化さねばならなかった。ネサは、フェルグスから王国をとりあげて、息子へ与えようとしていた。ゆえに彼女はフェルグスにこう言った。
「コンホヴァルに一年間、王国を任せてほしい。さすれば、彼の子供たちは王の子供たちと呼ばれることになるでしょう。それが私がこの婚約に際し望む持参金です」
「いいのではないだろうか」アルスターの男たちはフェルグスに言った。
「たとえコンホヴァルが王につき、名を得たとしても、貴方こそが我らの王なのだから」
故にフェルグスは、この案に同意し、彼はネサを妻として娶った。そして、彼女の息子たるコンホヴァルは彼の宮殿で王となった。しかし、このコンホヴァルが王であることを約束された一年を通じ、ネサは息子が王国を維持しつづけられるよう動き続けた。彼女は、アルスターの主要な男たちが彼女の味方に付くように贈り物をしていた。また、コンホヴァルはその時、まだ若かったが、彼は裁判においては賢明であり、戦場においては勇敢であり、容姿において優れていた。そして、男たちはコンホヴァルを好んだ。一年の終わりに、フェルグスは王国を返すよう要求したとき、アルスターの男たちは互いに意見を出し合った。そして、コンホヴァルが王国を引き続き取り仕切るべきであるとということで合意した。彼らはこう言った。
「フェルグスは我々のことについてはほとんど何も考えてはいない。フェルグスは、我らへの統治を一年間諦めるのをいとわなかったのだ。コンホヴァルに王位を続けるものとする」また彼らは言った。「フェルグスには彼が得た妻をそのまま彼のものとしよう」
また、ある日、コンホヴァルが、エウィン・ワハで、ロイの息子スアルタヴと自らの妹デヒテラの結婚を祝う宴を開いた時のことだ。宴で、のどが渇いたデヒテラに、一杯のワインが与えられた。彼女がそれを飲もうとすると、一匹の蜉蝣が飛んできて、杯の中にはいってしまい、彼女はその虫をワインと一緒に飲み下した。するとすぐに、彼女は日に照らされる応接間に赴き、彼女についている50人の侍女を伴って、深い眠りへと落ちた。そして、その眠りの中で、長腕のルグが彼女の前に現れて、こう言った。
「お前の杯の中に入った蜉蝣は私自身であり、お前は今すぐ、50人の侍女を伴って、私と共に来なければならない」
ルグは彼女たちを鳥の群れの姿へと変え、彼とともに南へと向かい、ついにはブルー・ナ・ボーニャ、シイ(妖精たち)の宮城にたどり着いた。エウィン・ワハにいる誰も、彼女のたちに関する噂や便りを得ることはできず、また何処にいるか、彼女たちに何が起こったのかを知ることはできなかった。
それから約一年が過ぎ、また別の宴がエウィン・ワハで催され、コンホヴァルとその側近の男たちが座っていた。すると突然、鳥の巨大な群れが地面におりたち、葉っぱの一枚すら残さず、彼らの前ですべてを食べつくしていくのが、窓から見えた。
アルスターの男たちは、彼らの目前で鳥がなにもかもを破壊していくのを見て、苛立たしい悲しみを覚え、この鳥の後を追うために、9つの戦車をつないだ。コンホヴァルは自身の戦車に乗り、ロイヒの息子フェルグス、戦場の勝利者ロイガレ・ブアダハ、ウシュナの息子ケラーや、ほかの者たちも続き、毒舌のブリクリウも彼らと共に進んだ。
彼らは鳥たちの後に続き、南方にすすみ国全体を横断し、スリーヴ・フュドの山を横切りオー・レザン、オー・グラハとマグ・ゴッサの傍、フィル・ロイスとフィル・アルダェの間を通って行った。鳥たちはが常に彼らの前を先行した。それは、彼らが今まで見たなかで最も美しい光景だった。群れは9つあった。二匹と二匹が銀の鎖で繋がれ、各々の群れの先頭は異なる色の鳥が二匹おり、それらは金の鎖で繋がれていた。また、彼らの傍には3匹の鳥が飛んでいた。この鳥たちはそろって戦車の前を行き、この国のはるか果てまで進んだ。とうとう夜の帳が落ち、鳥は一匹たりとも見えなくなった。
暗い夜がやってきて、コンホヴァルは人々に言った。
「今は戦車をつなぎ、我らが夜を過ごせる場所を探すのが最善だろう」
それから、フェルグスが場所を探しに出かけると、小さく、貧相な家にたどり着いた。中には一人の男と女がいて、彼らはフェルグスを見とめると「ここに、あなたのお仲間を連れてくると良い。歓迎しましょう」と言った。フェルグスは仲間のもとへ戻り、自分が会った者を彼らに伝えた。しかし、ブリクリウが言った。
「部屋も食料も敷物ものもないような家に行くことに意味があるのか。そこに行く価値はないでしょう」
ブリクリウは自らその家があるという場所へ向かった。しかし、彼がそこについたときに目にしたのは、壮大で新しく、とても明るい家で、ドアには鎧を着た、非常に背が高い、精悍な輝く若い男がいた。彼は言った。
「お入りなさい、ブリクリウ。なぜそう周りを見回しているのですか?」
またこの若い男の横には、見目麗しく高貴な、巻き毛の若い女性がいた。
「私からあなたを歓待します」
「なぜ彼女が私を歓迎するのです?」
ブリクリウが男に言った。
「私が貴方を歓迎する理由は彼女にあるからです」
若い男が言った。
「エウィン・ワハで、あながたの前から消えた者がいないでしょうか?」
「確かに、おります」
ブリクリウは答えた。
「1年もの長きにわたり、50人の乙女たちの行方が分からずいるのです」
「もしも万一、貴方が彼女たちにあったならば、あなたはもう一度、彼女らのことがわかるでしょうか」
若い男が尋ねた。
「もしも、私に彼らがわからぬというのなら」ブリクリウは答えた。
「それは私には確信がもてぬよう、この一年の月日が彼らを変えてしまったかもしれぬ、だからだろう」
「再び彼女たちを知ろうとするがよい」男は言った。
「50人の若い少女はこの家におり、我が傍らにいるこの女は、彼女たちの女人、デヒテラである。まさに彼女らこそが、鳥に姿を変え、お前たちをここに連れてくるためにエウィン・ワハに向かったのだ」
それからデヒテラは、ブリクリウに、金色に縁どられた紫の、袖のない外套を渡した。彼は、自らの仲間を探しに戻った。しかし、行く間、一人で彼はこう考えた。「あの50人の少女たちと、彼女たちに共にいる妹君を見つけたとあれば、コンホヴァル王は褒美を下さるだろう。王には彼らを見つけたとはいうまい。私は屋敷を見つけ、その中に美しい女性がいたとだけ伝えることにしよう。それ以上は何も言うまい」
コンホヴァルはブリクリウを見ると、報告を求めた。「なんの知らせを持ち帰った、ブリクリウ?」彼は言った。「私は、素晴らしく、とても明るい屋敷にたどりつきました」ブリクリウは答えた。「私が見たのは、ひとりの女王です。高貴で、お優しく、王家の気高さを漂わせる見目をした、巻き毛の方でした。また、女性の一軍にも会いました。美しく、よい服を着ておりました。家の主人の男にも会いました。背が高く、寛大で、輝くような人でした」
「では今晩を過ごすために、そこへ行くとしよう」コンホヴァルは告げた。彼らは、戦車と馬、それから軍隊を引き連れて、その屋敷までやってきた。彼らが屋敷の中に入ると、すぐに、彼らが知っているものから知らないものまで、様々な料理や飲み物が、彼らの目前に置かれた。それは、彼らがこんなに素晴らしい夜を過ごしたことがないほどだった。酒を飲み食べ終わり、満腹になたころ、コンホヴァルが若い男に尋ねた。
「この歓待の場には入らっしゃらないが、この屋敷の女主人は何処に?」
「彼女に会うことはできません――今夜は」若い男は言った。
「というのは、彼女は今、出産の苦しみのさなかにいるのです」
彼らはその晩はその場で休みをとり、朝になるとコンホヴァルが真っ先に起き上った。しかし、屋敷に男の姿は見えず、彼の耳に入ってきたのは、子供の泣き声だった。その泣き声が聞こえてくる部屋に入ると、そこにはデヒテラがいた。彼女の侍女たちが彼女の周りを囲んでおり、その傍らには幼い子供がいた。デヒテラはコンホヴァルに歓迎すると告げ、彼女が姿を消していた時のすべてを話し、自分とこの子供をエウィン・ワハに連れ戻してもらうために、彼を呼んだのだと告げた。コンホヴァルは言った。
「お前は、本当に私によくしてくれたよ、デヒテラ。お前は私と私の戦車に屋根を用意してくれた。お前は私の馬を寒さから守ってくれた。お前は私と私の人びとに食料を与えてくれた。さらに今、お前は私たちにこの良き贈り物をくれた。我らの姉妹である、フィンコムに、この赤子を育てさせよう」
「いや、このおのこを育てるのはフィンコムではなく、私だ」
アリルの息子シェンハ、アルスターの主席裁判官にして、詩人の長は言った。
「なぜなら、私には熟練した技巧があり、議論においても優れている。物事を忘れることなく覚えている。ほかのだれを差し置いても、王の目前で私が最初に口を開く。私は王が語りしことを監視する。王たちの争論においては私は判決を下す者であり、アルスターの者たちの裁定を下す者である。誰も私の主張と争う権利を持ちはなしない。ただ一人、コンホヴァル王を除いては」
「もしその子どもを育てるために、強大な書物があたえられるのであれば」分配者のブライは言った。
「この子は彼を守ろうとする愛情の不足に苦しむことも、忘れるということに苦しむこともないでしょう。私の伝えることは、コンホヴァル王の意志がなすことです。私はアイルランド中から戦う男たちを呼び集める者。私は、一週間、あるいは十日間にわたり彼らを良く養うことができる者。私は戦士たちの仕事と競争を用意する者。私は彼らの名誉を支える者。私は彼らの不名誉を賄う者」
「お前たちは自分についてどうもよく考えすぎだ」フェルグスが言った。
「俺こそがその子供を育てよう。俺は強き者、知識を持つもの。王の言葉を伝える者。名誉と豊かさにおいては、誰も俺の前に立ちふさがることなどできはしまい。我こそは戦争と闘争において鍛えぬいた者。我こそは良き職人。俺にはその子供を守る価値がある。我はすべての不幸なものたちの守護者であり、強き者たちが俺を恐れる。我こそは弱き者たちを救う者である」
「あなた方が最後に私の話を聞くのなら、今こうしてあなた方は静かにいなさる」アヴァーギンが言った。
「私はその子を王のように育てることができる。民は私の名誉を、勇気を、勇敢さを、知恵を褒め称える。彼らは私の幸運を、私の年齢を、私の弁舌を、私の名を、私の勇気を、そして私の種族を褒め称える。私は戦士でありながら、詩人である。私は王の情実を受ける価値がある。私は戦車から降りたち戦う男たちすべてに打ち勝つ者。コンホヴァル王を除き、誰への感謝も負いはしない。私は王以外の誰にも従わぬ」
そうしてシェンハが言った。「エウィンにつくまでは、フィンコムにその子の見てもらうことし、エウィンについたら、判事であるモーランに、判断を下してもらうとしよう」
故に、アルスターにの男たちがエウィンに向かって出発した際、フィンコムがその子供を抱いていた。エウィンにつくと、モーランはこう判決を下した。
「コンホヴァルである」彼は言った。「彼こそはその良き名において子供を助けるものである。彼こそが、この子供の近親だからである。またシェンハがこのおのこに言葉と弁舌を教える者としよう。フェルグスはこの子供をその膝に抱くものとしよう。アヴァーギンはこの子の師としよう」またモーランは言った。
「この子供のはあらゆる者たち、戦車に乗る御者と戦士たちに、王たちに賢い者たちに称えられるものとなる。この子は、多くのものに愛されるものとなるであろう。この子はお前たちの過ちすべてに、報いることになるだろう。この子はお前たちの浅瀬を守ることになるだろう。この子はお前たちの争いすべてを戦うだろう」
そうして裁定は下った。子供は、物心つく年になるまでの間は、母デヒテラとその夫、スアルタヴと過ごすこととなった。二人は彼を、ムルセヴネの平原で育てで、その名は、スアルタヴの息子、セタンタとして知られることなった。
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