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注目の一冊『月ぬ走いや、馬ぬ走い』豊永浩平〈著〉

(書評)『月ぬ走いや、馬ぬ走い』 豊永浩平〈著〉
【朝日新聞デジタル】2024年10月5日 5時00分

 ■沖縄語(うちなーぐち)のリズムでつなぐ戦争史

 戦争を知らない世代がどう戦争を語るのか。本作はその最良の成果のひとつ。時代や属性の異なる14人の語りをとおし、沖縄の戦中・戦後史を150ページに閉じ込めた、21歳の作家の驚くべきデビュー作だ。

 お盆の海で遊ぶ少年少女が、波間に浮かぶ戦死した日本兵に出会う。そこから若者たちが次々に、ヒップホップのサイファー(複数人で輪になり即興ラップをする集い)でマイクを引き継ぐように語り出す。自分のからだと性を持て余す悩める現代の中高生たち、終戦後に自決を迫られる文学青年の特攻隊隊長、ベトナム戦争下「男でも女でもないからだ」で米兵に性を売る「ぼく」――軽やかに重厚に、個性豊かなそれぞれの語りのなんと豊穣(ほうじょう)なことだろう。

 「ほとばしるバースはライク・ア・黄金言葉(くがにくとぅば)、おれらは敗者なんかじゃねえぞ刻まれてんのさこの胸に命こそ宝(ぬちどぅたから)のことばが、月(ちち)ぬ走(は)いや、馬(うんま)ぬ走(は)いさ!」という具合のラップの、練度の高い文体に溶けあう沖縄語のリズム、「兵隊サンガ、ワンヌ赤ングヮーヲクルシタ!」という糾弾の叫び。小説という器のなかでことばたちが反響する。

 やがて物語は、マイクならぬ一本の軍刀のバトンから、語り手に生を与えた祖先の生を縒(よ)りあわせ、ひとつの歴史に紡いでいく。そこで読者は気づく。愛し愛されて生き、ころしころされて死んだ名もなき無数の人々の足跡が、ことばに宿る言霊や、土地に根づく気配として、いまを生きる私たちのからだをいつも取り巻いていることに。

 また本作には、古今の文学や音楽、漫画やアニメへの言及・引用が溢(あふ)れているが、他者の引用が結末にも大きな意味をもって置かれていることに驚いた。大トリの曲を一緒に歌うかのようなセットリスト。それは自作が過去の作品によって育まれ、ともに在ることの表明のようでグッときた。

 過去を受け継ぎ未来に繋(つな)ぐ意志と覚悟、そして愛にうたれる傑作だ。

 評・小澤英実(東京学芸大学准教授・米国文化)

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 『月(ちち)ぬ走(は)いや、馬(うんま)ぬ走(は)い』 豊永浩平〈著〉 講談社 1650円

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 とよなが・こうへい 03年生まれの琉球大生。本作で群像新人文学賞を受賞。

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