宗教2世問題について、いま思うこと
──今回はあおいさんのリクエストに応えていただきましょう。「私の個人的な体験ですが、子供の頃短期間エホバの証人に入れられ、生死観、生きているだけで罪だという原罪感覚、欲望を満たしてはいけないような感覚を、記憶が曖昧なまま持っています。横道さんが宗教から受けたと思われる価値観への影響を伺えたら嬉しいです」
横道 宗教2世として私に共通する体験があったんだなとわかりました。たいへんだったと思います。
──エホバの証人ってキリスト教系ですよね。
横道 キリスト教の異端にあたるカルト宗教ですね。正式名称は「ものみの塔」。「エホバの証人」は本来は「ものみの塔」信者の通称です。三位一体を否定する、旧約聖書を一般的なキリスト教より重視する、熱心な終末思想を信奉しているといった特徴があります。
──しばしば社会問題の文脈でも話題になりますね。
横道 1980年代の日本では、この教団の輸血拒否に関する教義が社会問題になりました。輸血できなくて死んでしまった男の子がいたんです。最近の日本では輸血問題に加えて、子どもに対して「ムチ」と呼ばれる体罰を積極的に振るってきたことや、信者グループから仲間外れにする「忌避」の問題が悪質な人権侵害だということで、カルト宗教としての認知度が高まっています。海外では児童に対する性的虐待で裁判を起こされています。
──2022年に起きた安倍晋三元首相銃撃事件から始まった、いわゆる「宗教2世問題」は「統一教会問題」の変奏としての印象が強かったですよね。
横道 犯人の山上徹也が統一教会2世でしたし、この事実から政治と統一教会の問題が追及されていったので、当然というところもあります。
2022年末には統一教会被害者救済法案と呼ばれるものが成立しましたが、これは統一教会のいわゆる霊感商法を狙い打ちするものでした。
──宗教2世を含む「宗教被害」の当事者を幅広く支援するものではなかったのですね。
横道 しかし、そのしばらくあとに厚生労働省が発表した「宗教の信仰等に関係する児童虐待等への対応に関するQ&A 」は、児童に対する「宗教被害」を多方面から防止しようというものでした。そして、こちらではむしろエホバの証人がターゲットになっていたような印象を受けます。
──そうなんですね。横道さんの活躍も関係していますか。
横道 いや、私の活動よりも、エホバの証人2世がたくさん声をあげるようになったことが大きいです。銃撃事件以後、最初にマスメディアで発信するようになったエホバの証人2世のひとりは私だったかもしれませんが、私がいろいろ自分の体験を熱心に語っても、「エホバの証人」という単語は報道できないと言われました。
──そうでしたか。
横道 しかし、そのあと続々とエホバの証人2世が活発に取材に答えて、支援団体を作る動きも活発化して、マスメディアもエホバの証人問題をはっきり認識するようになりました。
そして2023年5月23には、法務省が「こどもの人権SOSミニレター」を全国の小中学校に配布すると発表しました。虐待やいじめなどの悩みを幅広くすくいあげようとするものです。
──横道さんは何か貢献しましたか。
横道 いえ、とくには何もやっていません。マスメディアの各種媒体や宗教2世問題の本(『みんなの宗教2世問題』、『信仰から解放されない子どもたち』)で、私は「学校に「宗教問題で困っている子いませんか」というメッセージの啓発用ポスターが貼られるようなれば、だいぶ変わるのではないか」と訴えていました。しかし公明党が野党にいますから、実現は厳しいんじゃないかなと内心では思っていました。ですが今回、ポスターよりもさらに効果的と思われるミニレターが実戦配備されることになったのです。
──横道さんとしては感無量ですよね?
横道 Q&Aもミニレターも基本的にはとても評価しています。しかし実効性が不透明な点、そして与党としてはじぶんたちと統一教会の関係の追及を打ちきりにしたいと思ってやっているという面はあるはずなので、楽観視はしていません。
──あおいさんは「生死観、生きているだけで罪だという原罪感覚、欲望を満たしてはいけないような感覚を、記憶が曖昧なまま持っています」とのことでした。これはエホバの証人2世の状況として一般的なものですか。
横道 そうですね。ただし、もしかしてそのような体験はカルト宗教の問題というより、宗教教育を受けた人が多く感じるかもしれないですが。
──カルト宗教だけでなく、宗教そのものに問題があるのですか。
横道 「宗教被害」と言いうるものを受けた、と本人が思っていたら、それがカルト宗教とは言えないような新興宗教でも、そして新興宗教ですらない伝統宗教でも、人権問題と見なされるべきでしょう。
──一般的には伝統宗教では人権問題が問われていない気がします。新興宗教でも、多くの宗教は同様のはずです。
横道 エホバの証人も長らくカルト宗教と見なされてきませんでした。たしかに輸血問題は騒ぎになりましたが、品行方正な信者が多いですし、多くの新興宗教と異なって拝金主義的ではないですから、むしろ新興宗教のなかでは模範生的な教団と見なす人も多かったと思います。しかし人権意識が進んで、「ムチ」や「忌避」に対する疑問が高まり、現在では公然とカルト宗教として論じられるようになったのです。
──それでは、そのような「宗教被害」にからんだ人権問題が発生する宗教が今後ほかにもあると?
横道 充分にそう言えるでしょう。ある程度の歴史があれば、後ろ暗いところがまったくないという組織は、存在しないと思います。宗教団体でもそれは変わりません。
──あおいさんは「横道さんが宗教から受けたと思われる価値観への影響を伺えたら嬉しいです」と書いていました。
横道 大きすぎて要約するのが難しい。いちばん大きな問題は、長期にわたるムチの体験によって幽体離脱的な離人感やフラッシュバックなどを発症したことです。診断は受けていませんが、離人感・現実感消失症や複雑性PTSDを患っているのは確実だと思います。
──精神疾患とは異なるレベルでの影響もありますか。
横道 研究者としての私の専門分野は宗教学ではありませんが、私がやってきた研究はほとんど宗教問題(プロテスタンティズム)やカルト的な集団の問題(ナチズムなど)に関わるものでした。ですから私の人生は宗教2世としての、そしてエホバの証人2世としての経験なしに語ることはできないと思っています
──発達障害者としての横道さんと宗教2世としての横道さんの関係についても、聞いてみたいです。
横道 発達障害という精神疾患は、先天的な障害です。自閉スペクトラム症とADHD(注意欠如・多動症)の診断を受けています。診断を受けていないものの、発達性協調運動症もはっきりとありますし、限局性学習症の傾向もあります。それに対して、先ほど述べた離人感・現実感消失症や複雑性PTSDは後天的なもの、いわゆる「二次障害」です。
──たくさんの精神疾患をお持ちなんですね。
横道 また私はアルコール依存症も診断されています。
主治医によると、依存症にかかる人は多くの場合、発達障害者やアダルトチルドレンなんだそうです。アダルトチルドレンというのは、子どものときに家庭が壊れていた人ですね。宗教2世もアダルトチルドレンの変種と言えそうです。
そしてアダルトチルドレンの問題とは、複雑性PTSDの問題だと思います。それは長期間の囚われによって、PTSDがより厄介になってしまうという精神疾患です。ですから私は発達障害に複雑性PTSDがかけあわせさった依存症者というわけです。
──以前、依存症は快楽に溺れて起こるのではなくて、苦痛をやわらげようとして罹患してしまうと話していましたよね(https://note.com/makotoyokomichi/n/n70cc7d60e8f2)。
横道 私は典型的な例と言えると思っています。
──それらの二次障害の問題は宗教2世問題であまりトピックになっていませんね。
横道 宗教2世は、過去の問題をいつまでもぐちぐちと恨んでいるのではなくて、過去の出来事を原因とする二次障害を患っていて、過去ではなく現在において苦しみの真っ只中にいるんだということが、もっと多くの人に理解してもらわなくてはいけないと思っています。