岩一個の動きで世界的ニュースに
7月24日の夜は慌ただしく過ぎた。夕食後の9時前、テレビに「桜島で爆発的噴火 警戒レベル5に引き上げ」のテロップが。激しい噴火をした時は、火口から14㌔離れた我が家でも、大きな音がし窓ガラスが揺れ、硫黄の臭いが届く。そんな気配は一つもなかった。
民間企業が桜島の東側に設置している「桜島ライブカメラ」を思い出しアクセスした。爆発が起きた時間に戻してみると、山頂が赤く染まり数秒後に燃えているような岩石の塊が中腹に落ちていた。しかしすぐに真っ黒な山肌に戻り、その後変化はなかった。
鹿児島市に半世紀以上暮らして桜島の噴火で思い出すのは、1970年代後半から10年間の時期。一日何度も数千㍍級の黒煙を上げる日が続いた。真夏のある日、見渡せる青空が完全に黒い噴煙で覆い隠された。数分後外気が涼しくなった。太陽の光が灰で遮断されたためだ。恐竜の全滅の時代を体感した気がした。噴石が桜島のホテルの屋根と床に大きな穴を開けた事故も。降灰除去にロードスイーパーが使われたり、宅地内の灰を捨てる黄色の克灰袋(こくはいぶくろ)の無料配布もこの頃から始まった。
10時半ごろに鹿児島市が避難指示を出した後に、携帯やSNSに県外の知人から「大丈夫か」の問い合わせが続いた。大正大噴火規模の爆発が起こり、市街地まで避難が呼びかけられたと思ったようだ。
噴石が火口から2・4㌔以上飛ぶと警戒レベル5になる。翌日の調査で「記録超え」の噴石は1個だけだった。大山鳴動噴石一個が大ニュースとなり、娘が住むメキシコの地方都市のローカルラジオ局も放送した。