地域の音を奏でる楽器ゴツタン
「箱三味線」と呼ばれるゴッタンの低く素朴な音が、ビル地下にある打ち放しのコンクリート壁の会場に広がる。ゴッタンは鹿児島、宮崎に伝わる杉材の伝統楽器。北九州育ちの私にはなじみがなかった。
ゴッタンの由来については諸説ある。中国雲南省の弦楽器・古弾(グータン)が九州に伝わりゴッタンに展開したとか、琉球の三線(さんしん)が薩摩に伝わり薩摩瞽女(ごぜ)の練習用三味線として作られたなど。今では「伝説の」や「幻の」が必ず「上の句」に付くほど、謎の多い楽器である。確かなことは、戦前まではどの農家にもあり、手慰みに弾いて楽しんでいたが、戦後は手にする人が急速に減ったという事実である。
鹿児島で暮らし始めた40年ほど前、名手・荒武タミさんが東京国立劇場企画の「日本音楽の流れ―三弦」で演じたとの報道で初めて知った。国立劇場といういわば権威や格式ある場に、タミの素朴で野太い演奏が響き、霧島山麓の視力を失くした芸能者が聴衆の心をわしづかみにした、と報じられたと記憶している。この舞台を機にタミの名とともに、絶滅危惧種のようになっていたゴッタンが再評価されることになる。しかしその後、時代の流れで弾く人がいなくなったと思っていた。
ビル地下の演奏会で、タミ直伝の伝統的な弾き語り唄を引き継ぐ人。教育活動の中で子供たちにゴッタンの習得と伝承に取り組む先生。エレキゴッタンに改造しポップな曲調にしたミュージシャンに出会った。ゴッタンは多様な響きで地域の音風景として定着し、現在進行形で変容し続けていた。3密の不安が消えた時また聴きたい。