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ゴースト・シンガーという"影武者"のお話し

 この春からNHK BSプレミアムでアンコール放送中の連続テレビ小説「あまちゃん」。初めて見ていると言う方には申し訳ないのだが、ここでささやかな種明かしをしてしまう。

 薬師丸ひろ子演じる"鈴鹿ひろ美”のレコードで歌を吹きこんでいたのは、実は小泉今日子演じる"天野春子"という設定で物語は進んでいく。天野春子は、鈴鹿ひろ美の"影武者"。「あまちゃん」では、このように称していた。
 これはドラマの中の出来事だけではない。実際にそういう歌手がいる。

 ゴースト・シンガー。
 映画俳優が劇中で歌う際、彼、あるいは彼女が歌っているかのように見せつつ、実は他の歌手の吹き替えの歌声を使う。そうした歌手のことを、英語ではこう呼ぶ。
 アメリカの女性歌手、マーニ・ニクソン(1930 - 2016)は、その影武者、ゴースト・シンガーとして、実際に一生を生きた女性だ。映画「マイ・フェア・レディ」におけるオードリー・ヘップバーンの歌声は、すべて彼女によるもの。ウエスト・サイト物語」の「トゥナイト」も、「王様と私」の「シャル・ウィー・ダンス」も、彼女が歌っていた。

 しかし彼女の名前は、映画のエンドクレジットに登場することはなかった。あまつさえ映画会社は、吹き替えをしていることを公表しないとする契約書に、サインをさせた。ニクソンは俳優の発音や声色までまねて歌い、俳優本人とも親しみのこもった交遊を持ったことから、やがてハリウッドで”史上最強のゴースト・シンガー"と呼ばれるようになる。しかしその存在は、長い間にわたって秘密にされていた。

 マーニ・ニクソンには、彼女の名前の本名でリリースされたオリジナル・アルバムがある。ピアノ一台をバックに、美しく端正なヴォーカルが響くガーシュイン兄弟の作品集「Marni Nixon Sings Gershwin」だ。ガーシュイン作品に捧げるニクソンの感謝や愛が、歌声から伝わってくる。ポピュラー曲とも、クラシック曲とも聞こえるのは、編曲と伴奏がクラシック・ピアニストのリンカーン・マイヨーガだからなのか、いや、もしかするとこれが発表当時のガーシュインの音楽そのものを表現する演奏なのかもしれない。

 マーニ・ニクソンには、数人の子供がいる。その一人が、1977年の全米7位曲「ロンリー・ボーイ」のアンドリュー・ゴールド(1951 - 2011)だ。


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