
恋人の心変わりに気づいた彼女は、拳銃を取り出して彼を撃った
ミス・オーティス・リグレッツ
「ミス・オーティスは、本日のランチにお越しになれないそうです」と執事がマダムに伝えるところから、歌が始まる。なぜミス・オーティスが、ランチに来られなくなったのか、その理由がふるっている。
昨日の晩、ミス・オーティスは「ラヴァーズ・レイン」で、恋人とはぐれてしまった。今朝になって恋人の心変わりに気づいた彼女は、拳銃を取り出して彼を撃った。その後、収監されたものの、荒れ狂った群衆によってミス・オーティスは留置場から引き摺り出され、柳の木に吊るされた。死の間際に彼女は愛らしい顔を上げ、ランチをご一緒できないと叫んだそうです......。
作詞作曲は、コール・ポーター。1934年に発表された。
初めて聞いたのは、ベット・ミドラーのバージョンだった。アップテンポで軽快にスイングしていて、疾走感のある小気味いい仕上がり。楽しげな歌と感じたものの、歌詞を読んでみてビックリ。こんなダークな物語が隠されていた。
多くはスローなバラードとして歌われる曲だ。名演と賞されるエラ・フィッシュジェラルドやアニタ・オデイの歌唱もバラード。ベット・ミドラーのヴァージョンはむしろ例外的な解釈なのかもしれない。しかし初めて聞いてオッと思ったのが運の尽き。あの息もつかせぬ速いテンポのベット・ミドラーの歌いっぷりが、ボクの「ミス・オーティス・リグレッツ」だ。
この歌を覚えてしまったのには、もう一つの理由がある。
家の近くの一橋大学と津田塾大学のキャンパスをつなぐ散歩道が、同じく「ラヴァーズ・レイン」と呼ばれていたからだ。恋人たちの小径。生い茂る木々の間を抜ける、武蔵野の面影を残す1キロほどの道筋。なんて素晴らしい愛称なのだろう。
かつて津田塾大学内の寮に暮らす彼女に会いたくて、夜中に忍び込もうとした一橋大生がいた。ところが、鉄条網に引っかかって守衛さんに見つかってしまった。かくして運悪くズボンを破いてしまった当のご本人から聞いたエピソードだ。
このラヴァーズ・レインが、中学時代のボクの帰宅時の通学路だった。