ロッカバラードへと変身してヒット曲になった
「恋のゲーム (It's All In The Game)」と言えば、オールディーズのコンピに必ずと言って良いほど、収録される一曲だ。歌っているのは、黒人シンガーのトミー・エドワーズ。
通常、よく知られているのは1958年に全米1位になったステレオのヴァージョン。ボクもこちらを聞いて知っていた。
ところがこの曲に、もう一つのヴァージョンがあるという。それが1951年に発表され、全米18位まで上昇したモノ版だ。
51年のこのヒット以降しばらく、トミーはパッとしなかった。レコード会社のMGMは、契約を打ち切ろうと考えた。58年に最後のレコーディングが行われることになり、会社側のスタッフは「恋のゲーム」のステレオ・ヴァージョンを録音してはどうかと提案した。ちょうどアメリカでステレオ・レコードの発売が、本格化しはじめた時期だ。
それに応えてトミーは、ロッカバラードのアレンジを発案した。そして録音されたのが、こちらステレオ版だ。こんどは全米、全英ともに1位のヒットとなった。
この2つを聴き比べると、いくつかの違いに気づく。
モノでは3拍子のワルツ。気ままに歌っているかのように聴こえるポップ・ヴォーカル・タッチ。美しいストリングスが印象的だ。
ステレオでは4拍子のロッカバラード。コーラスがコール&レスポンス風にハモるなか、三連譜を奏でるピアノなどのリズムに乗せて、くっきりとしたヴォーカルが響く。
アレンジの違いによって、同じ曲がこれほどに違って聴こえるのかと、思わず驚かされる。これはエルヴィス・プレスリーの登場をはさむ、1951年と58年という7年間の間に起こった音楽の変化を映し込んだ、ひとつの分かりやすい例なのかもしれない。
この「恋のゲーム」の成功以降、ロックンロール時代以前のヒット曲をアレンジし直して発表することが、ひとしきり流行した。
例えば「アット・ラスト」。
オリジナルは、グラン・ミラーのオーケストラの演奏だ。ベスト・アルバムの類に収録されることはまずないので、耳にすることは少ないかもしれない。1942年に、全米14位とヒットした。41年のアメリカ映画「銀嶺セレナーデ」において演奏風景が残されている。映画では、曲の後半でレイ・エベリーとリン・バリーのヴォーカルが登場する(レコードではレイ・エベリーのみ)。
グレン・ミラーの演奏を聴いたのは、ウェルナー・ミューラーのオーケストラが取り上げていたことがきっかけだった。スウィング・バンド風味たっぷりにムーディなダンス・チューンに仕上げられているグレン・ミラー版だが、ミューラー版(1977年のアルバム「センチメンタル・ジャーニー」収録)では、ストリングス・オーケストラが滑らかに美しくメロディを奏でる編曲になっている。リズムをキープする打楽器の音色は聞こえない。
これを女性R&Bシンガーのエタ・ジェイムズが、1960年に取り上げ歌っていた。聴いてびっくり、完璧なロッカバラードに生まれ変わっていた。
この種のアレンジに必須の3連譜のリズムを刻むピアノの音色が、しっかり聞こえる(トミー・エドワーズの「恋のチャンス」でも同様)。リズムも重く、全体にブルージィなムードが際立っている。そうと知らずに聞いてたら、エタ・ジェイムズにぴったりのR&Bチューンと思ったことだろう。
エタ盤は、翌61年に全米47位、R&Bチャート2位を記録し、彼女を代表するヒット曲となった。