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エリック・カルメンはラフマニノフがお好き?
恋にノー・タッチ
撮り溜めておいたNHKのEテレのテレビ番組「らららクラシック」を見た。この番組、司会の高橋克典さんによるツボを突くコメントや率直な反応が楽しく、いま放送されているテレビのクラシック番組としては、一番の面白さだと思う。ほぼ毎回を見ている。
その日の特集は、ラフマニノフ(1906-1907)の交響曲第2番だった。ラフマニノフといえば、あの叙情的なメロディと美しいストリングスのアンサンブルが特徴。いかにもロマンチックそのものだ。正面切って好きだというにはいささか恥ずかしく、はばかれる感じを持っていた。
交響曲第2番の魅力は、第3楽章に現れる美しく切ないメロディだとして音楽が流れた瞬間に、思わずあっと声をあげそうになった。エリック・カルメンによる1976年のヒット「恋にノー・タッチ」(Never Gonna Fall In Love Again)と、ほとんどまったく同じだったからだ。
このメロディがポピュラー音楽に転用された例として、チェット・ベイカーの「You Can't Go Home Again」も紹介された。
エリック・カルメンがラフマニノフを好きらしいというのは、かつて八木誠さんが書かれた文章を読んで覚えていた。ラフマニノフのピアノ・コンチェルトの一部がそのまま間奏に引用されるロング・ヴァージョンのエリック作「オール・バイ・マイセルフ」も、もちろん聴いていた。それなのに「恋にノー・タッチ」が、交響曲第2番の第3楽章のメロディの転用とは知らなかった。幼少時にクラシックの教育を受けているエリックのこと、その影響なのだろうか。1978年の世界歌謡祭にゲストとして初来日した際の武道館ライヴも見たエリック好きだったはずのボクにして、恥ずかしながら今この事実を知った。
それから交響曲第2番を、改めて繰り返し聴いた。ラフマニノフによる原曲は、一聴して組み立てを理解し、その仕組みが飲み込めるように出来ているとは言い難い。あちこちにぶつかりながら流れる川のように構成されており、その流れに身をまかせて聞くうちに、音楽に浸ることになる。その点でいうと、エリック・カルメンの「恋にノー・タッチ」は、実にわかりやすく整然としてる。ポップだ。ラフマニノフを聞き、「恋にノー・タッチ」を聞く。またはその逆。これを繰り返しているうちに、それぞれの魅力が、今いちど染み込んできた。そして誰はばかることなく、ラフマニノフを好きだと言いたい、そんな気持ちが湧き上がったのだった。
ハイファイ・レコード・ストアが毎週金曜日に発行するメルマガに掲載していた「ポピュラー・ソング雑記帳」と題するシリーズ・コラム。気まぐれに、またこちらにアップしてみました。
文中で触れているテレビ番組「らららクラシック」は、調べてみると2019年2月1日(金)の放送分だったようです。すこし寒くなり始めた季節に聞くと、やっぱりいいなあと思う、この曲のことを書いていました。