古きヨーロッパ・メルヘンの日本式翻案
エメラルドの伝説
スタン・ゲッツのアルバム「ヴォイシズ」に針を落とし、店頭に出すための準備を始めた。一曲目は「Once」。ドラムとギターによるリズムが始まり、ほどなくしてゲッツの乾いたサックスの音色が聴こえる。あれ、どこかで聞いたことがあるメロディだなと思い、ほどなくガブリエル・フォーレの「パヴァーヌ」らしいと気がついた。
薄暗い神秘の森の奥に歩みを始めるかのように、おずおずとゲッツのサックスが旋律をたどる。暗闇に目が慣れて目指す先を見通せるようになると、すこしずつ音楽が晴れやかになる。そうなるとはっきりわかる。やっぱり「Once」は、ジャズ風味を加えて演奏されるゲッツ版「パヴァーヌ」だった。
パヴァーヌは、19世紀後期から20世紀初頭にかけて生きたフランスの作曲家、ガブリエル・フォーレが1886年に作曲した管弦楽曲。透明で瞑想的な主旋律の美しさによって知られ、フォーレの中期を代表する作品と言われているという。
そういえばと思い出したのが、グループサウンズのテンプターズが、1968年に発表した「エメラルドの伝説」だった。「湖に君は身を投げた」から始めるメロディが「パヴァーヌ」の冒頭と似ていたような気がして、改めて聞き直してみた。するとメロディのみならず、転調の手法など、曲の随所から「パヴァーヌ」を思わせるものが聴こえてきた。作曲は、村井邦彦さんだ。なかにし礼さんによる古いグリム童話のような歌詞もまた、フォーレの「夢のあとに」に用いられたロマン・ビュシーヌの詩を下敷きにしていると思えなくもない。そこには恋しい人と共に空に飛び立つ夢を見たはずが、目覚めとともに消え去ってしまい悲嘆する主人公が描かれている。そういえばテンプターズのデビュー当初の衣装には、ヨーロッパの貴公子然とした雰囲気があった。
こうしてみるとテンプターズの「エメラルドの伝説」は、フォーレの「パヴェーヌ」と「夢のあとに」をトータルした日本式の翻案と言ってもいいような気さえする。偶然とは言い難い近しさを感じて、思わず興奮してしまった。
作曲の村井邦彦さんは、ディレクターの本城和治さんから「テンプターズの神秘性やミステリアスな雰囲気を、クラシックのドビュシーみたな感じで活かしたい」と依頼されたと、松木直也著「村井邦彦の時代」に記されている。本城さんは、村井邦彦さんを作曲家の道に導いた方だ。こうしてみると、あながちボクの推測も全くの的外れではなかったのかなと思いながら、うれしく読んだのだった。
ハイファイ・レコード・ストアが毎週金曜日に発行するメルマガに掲載していた「ポピュラー・ソング雑記帳」と題するシリーズ・コラム。気まぐれに、またこちらにアップしてみました。
写真はボストンのハロウィンの街角。ハーヴァード・スクエアの近く、旧クラブ47の辺りで撮影したように覚えています。