大人に対する「反抗」とロックンロール
音楽文化論の聴講[第5回]
1950年代 | ロックンロールの展開と若者
大学の音楽文化論の授業の5回目は、「1950年代 | ロックンロールの展開と若者」でした。「その後のロックンロールの展開と失速、ロックンロールと若者たち、そしてその背景となった米国社会の事情を理解」するというものです。
まずはエルヴィス・プレスリー以降に登場した代表的なロックンローラーについて、それぞれのアーチストが革新したことを論点に、教示がありました。
ファッツ・ドミノ R&Bとロックンロールの両方のヒットを飛ばした。英国ロックへの影響大。
チャック・ベリー 印象的なギターリフを活用する演奏スタイル。後年になって高く評価されるようになった歌詞。
リトル・リチャード 派手なパフォーマンスとシャウト唱法。いち早くゲイであることを開示したことも、添えられました。
このほかカール・パーキンス、エヴァリー・ブラザーズ、ジェリー・リー・ルイス、エディ・コクラン、リッチー・ヴァレンス、バディ・ホリーが取り上げられ、それぞれ演奏映像を視聴しながら、ポイントを確認しました。
なかでもリードギター、リズムギター、ベース、ドラムというギター・バンドの編成の基礎を作ったとして、バディ・ホリーの大きな功績への言及がありました。
次いでロックンロール隆盛の背景にあった生活、特に1950年代に誕生した「都市のドーナッツ化現象」と「郊外」での若者の生活について、さらにアメリカにおいて「若者=ティーンエイジャー」がどのように登場したのかが、論じられました。大人が形成した退屈な郊外生活に不満を持ち、毎日を退屈に過ごしていた若者たち。そうした彼らの耳に飛び込んできたロックンロールは刺激に満ち溢れ、大変に魅力的なものだった、親が嫌がるのを承知で、自宅で大音量でロックンロールを流すこともあった、ロックンロールは若者の大人たちへの「反抗」を表明するツールの一つとなった、というのが授業での重要な論点でした。
そして最後に、アーチストの撤退や死などを契機に、ロックンロールが急速に失速した経緯に触れました。
帰宅してから「都市のドーナッツ化現象」と「郊外」がどのように始まったのか、この点を少し詳しく調べてみました。
1950年代、豊かな繁栄の時代が、アメリカに到来します。「1945年に2280億ドルだったGDPは1960年には5434億ドルに倍増した。それは人類史上にも稀な長期安定的な好景気であった」ため、「多数の余剰人口が大都市圏に流出」(1)し、「1950年代に都心に近い<内輪郊外(インナー・サバブス)>が全国的に建設され、アフリカ系その他が住み着き始めた都心を逃れた白人中流層が住み着いた」(2)とされます。彼らは「低利の住宅融資で郊外に一戸建てを買った新中産階級」であり、「大量消費に参加しついに「アメリカ的生活様式」を手に入れ」(2)ました。
この「アメリカ的生活様式」とは、物質的に「より良い生活」を目指すもので、洗濯機、テレビジョン、冷蔵庫などの最新の家電製品に囲まれ、ガソリンを大量に消費する大型のクルマを所有する生活でした。
1940年代中期以降の若者たちについて、著書「アメリカ音楽史」において、大和田俊之さんは次のように指摘しています。「1920年代の若者文化が大学生を中心に展開されたとすれば、第二次世界大戦後のユース・カルチャーの担い手は高校生である。彼らは戦後の好景気を背景に親から小遣いをもらい、放課後にはアルバイトに明け暮れた。子どもが稼いだお金は親に渡すという習慣は廃れ、親も子どもの趣味に口出しをしなくなった。端的に言えば、若者自身が主体的な消費者として市場に参加し始める」(3)。こうしてお金を手にした若者はロックンロールに飛びつき、同時に映画やファッションにおいても「若者」向けの商品開発が始まった、と受け取ることができます。
さらに「ロックンロール以前に、若者は存在しない」として、大和田さんは「ロックンロールとともに大人とは異なる価値観や行動様式を伴う「若者」という社会的カテゴリーが浮上した」(3)と述べ、「1920年代の若者文化は主に大学のフラタニティや体育会を中心に展開されたのであり、ロックンロールのファンを構成するティーンエイジャーよりは年齢層が高かった。しかも重要なのは、大学生のこうした活動が大人に対する「反抗」ではなく、むしろ大人社会への「憧憬」に牽引されていた点である」としています。ロックンロールに始まる「大人への反抗」を考える際に、この指摘は非常に示唆的と思います。
最後に、1955年にマサチューセッツ州西端の街、スプリングフィールドに生まれ育ったトム・アルドリーニョから、アメリカ買い付け中にボクが聞いた話を記します。彼はNRBQのドラマーとして活躍したと同時に、いつまでも熱心な音楽ファンでもありました。
たいていの家の居間にあるのは、家具調のステレオ装置。そこでは親の世代の好みの音楽、たとえばポップ・ヴォーカルやイージーリスニングなどのアルバムが、プレイされている。一方で少年時代のトムは、自室のポータブル・プレイヤーでロックンロールなどのシングル盤を聞いていたそうです。毎月のお小遣いで数枚の好みのシングル盤を買い、それを繰り返し何度も自室で聞くことが、トムにとっても最も楽しい時間だったと、語ってくれました。
自室のポータブル・プレイヤーでシングル盤を楽しむ。これはトムのみならず、恐らく多くの音楽好きのアメリカの若者に共通する体験だろうと想像します。もちろんプレイヤーの傍には、ラジオもあったことでしょう。ラジオで知って気に入った曲を、これとこれとに絞り、月に数枚のシングル盤を買う。そして楽しむ。
ロックンロールもその後のロックも、こうして熱い想いと共に聞かれていたのだろうなと、ボクは想像するのです。
1 中野耕太郎「20世紀アメリカの夢」岩波書店 2019年
2 越智道雄「幻想の郊外」青土社 2000年
3 大和田俊之 アメリカ音楽史 講談社 2011年