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死と向き合う(2)「来週会いましょう」
「来週会いましょう」
そう言ってBさんと電話を切りました。認知症でありながら、息子のことをとても心配していました。息子さん(身体障害・知的障害)の成年後見人として母親であるBさんに会いに行く日程の調整ができて、面談をしましょうという時でした。
いざ、面談の日、本人の自宅へ到着する前に準備ができているかを、電話した時でした。ちょうどBさんのヘルパーさんが電話に出て言われました。
「亡くなっています」
えっ、今日今から会う予定だったんだよ。
頭が真っ白。
「今からそちらに向かいます」とっさに出た一言でした。
タクシーを急いで拾い、自宅へ。タクシーの中ではヘルパーさんや、サービス提供責任者さん、ケアマネさんと現状確認。Bさんはもともと脳梗塞を発症しているから心配はしていたんだけどね。
自宅へ着いて、Bさんの部屋に着いたときには、警察も来ている。部屋は汚れていたものの、毛布のかかった膨らみがある。部屋の中は、9月下旬であるにも関わらず、暑い。
また、本人の財布や保険証がどこにあるのかも分からない。その後、台所で発見。
問題なのは「いつ亡くなったのか」ということ。
本日、訪問介護に来ていたヘルパーさんが訪問しても声がせず、部屋に上がってみると倒れている。責任者に連絡を取りつつ、心臓マッサージをしても回復せず。バタバタしているところに僕からの電話があったのこと。
家族は同居はしているものの、疎遠だったため、2,3日会わなくても気にはしてなかったらしい。
僕が電話したのが「先週の金曜日」に10分くらい電話していた。その時には、声も元気だったことは警察にも伝えました。
要するに、僕が金曜日に連絡をとってから、発見されるまでの行動や生活が分からない。電話が長いことはいつも通り。ちなみに、僕はBさんから毎週、電話をもらっていました。
バタバタしているうちに警察の聞き取りや、同居家族への聞き取りが終わり、解散となりました。
でも、これから。
息子さんの入所している施設に電話をして、面談が出来なかったこと、母のことを伝える。
そして、Bさんとの複数後見をしていたので家庭裁判所へ連絡。複数後見を解除する届け出などが必要とのこと。死亡診断書も添付書類の一つ。
死亡診断書を作成するにしても、病院ではなく、自宅で亡くなった場合は、時間がはっきり分からないから、公的機関に出す書類としては困ることがあるんだね。
僕としては息子さん(被後見人)にBさん(母親)が亡くなったことを伝えないといけないけれど、本人まだ知らない。どうやって知らせていいのかまだ悩んでいます。
Bさんの無念を考えると、これからの息子さんへの責任が重くのしかかってくる。
遺された人、遺された想いをこれからどう支えていくのか、守っていくのかが課題だと思っています。
そして、僕も遺された人の一人である。Bさんの、息子さんへの想いを代わりに行なっていく。
向き合うのは、死だけではない。自分と相手との関係性だったり、生き方について考えなくてはならない。そして、乗り越えないと「想い」だけが後ろに遺ってしまう。
死は「悲しい」だけではなく、「遺された人やモノ」へのメッセージも含んでいるのかもしれませんね。