
ヴィトゲンシュタインのシン発見:AI活用編
1. はじめに:AIと言語哲学の交差点
AI(人工知能)は近年、ディープラーニング技術の目覚ましい進化を背景に、急速な発展を遂げています。なかでも自然言語処理(NLP)や大規模言語モデル(LLM)の分野では、ChatGPTやBERT、GPT-3、GPT-4など、多彩なモデルが流暢な文章生成や対話機能を実現するようになりました。しかし、その驚きとともに私たちはしばしば、次のような疑問を抱きます。
「AIは本当に“言葉”を理解しているのか?」
「単なる統計的パターンの予測ではなく、文脈を踏まえた深い意味理解が可能なのだろうか?」
このような問いに応えるうえで、言語哲学の巨人であるルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン(1889-1951)の思想は有益な示唆を与えてくれます。彼は生涯を通じ、言語と世界の関係について、「言葉は世界をどう映し出すのか」「言語の意味はどのように成立するのか」といった問題に真正面から取り組みました。初期の著作『論理哲学論考』(1921)では写像理論(ピクチャー理論)を打ち出し、後期の『哲学探究』(1953)では「言語ゲーム」を提唱し、言語の意味は社会的な使用(use)によって決まると説いています。
本稿では、初期から後期にかけてのヴィトゲンシュタイン哲学を整理しつつ、現代AIの言語モデルがヴィトゲンシュタイン的な意味論、特に「言語ゲーム」や「生活形式」をどの程度理解しているのかを考察します。そして、nTechの視点を交えながら、ヴィトゲンシュタインの意味・価値、そしてその限界を明らかにしていきます。
2. 初期ヴィトゲンシュタイン:『論理哲学論考』における「像としての命題」

2.1 『論理哲学論考』の背景と概要
20世紀前半のイギリス・ケンブリッジでは、ロジカル・ポジティヴィズムや分析哲学が盛んに研究されていました。若きヴィトゲンシュタインはバートランド・ラッセルのもとで「言語は世界をどのように正確に記述しうるのか?」という問題に取り組み、その成果を1921年に『論理哲学論考(Tractatus Logico-Philosophicus)』として発表します。本書は短い箇条書き形式で書かれており、最後は次の有名な一文で結ばれます。
「語り得ぬものについては、沈黙しなければならない。」
ここで彼は、言語が扱える領域と扱えない領域をはっきり区分し、哲学の役割は曖昧な言語表現を論理的に明晰化することだと考えました。
2.2 写像理論(ピクチャー理論)
『論理哲学論考』の中心的な主張の一つは、「命題は現実を写し取る“像”である」という写像理論(ピクチャー理論)です。そこでは、
世界は事実(state of affairs)の総体である
言語(命題)は、その事実を論理的な形式で写し取る
と捉えられています。たとえば、「猫がマットの上にいる」という命題は、実際に猫がマットの上にいる状況と正しく対応しているからこそ意味を持ち、その命題は「世界のある事実」を“像”として描いているといえます。言い換えれば、言語の意味は「外部世界と一致しているかどうか」で決まると考えられたのです。
2.3 写像理論とAI
では、この写像理論をAIに当てはめたとき、どのような問題が浮かび上がるでしょうか。現代の大規模言語モデルは、膨大なテキストを学習し、そこから確率的パターンを抽出して文章を生成しています。しかし、それは本当に「世界の状態」を正しく写し取っているといえるのでしょうか。それとも単に、最も高い確率でつながる単語列をアウトプットしているだけなのでしょうか。
たしかに、AIが統計的予測を超えて事実を厳密に理解しているとはいえず、写像理論の厳格な基準からは外れているとみることができます。むしろ「AIが学習データのパターンを反映している」と考えるほうが自然でしょう。
💡nTech×ヴィトゲンシュタイン:沈黙の先に
「語りえぬものは沈黙しろ」と語ったヴィトゲンシュタイン。ここでいう「語りえぬもの」とは何でしょうか?
語りえぬからといって、意味も価値もないのでしょうか?
たしかに、根拠のない想像や仮説を並べるよりは“沈黙”するほうが賢明といえるかもしれません。しかし、それだけで果たして私たちは現実を理解しきれるのでしょうか。
令和哲学者ノジェスは「存在不可能・イメージ不可能・感じること不可能な“源泉の動き”がある」と述べます。nTechの視点で見ると、“沈黙”の重要性は十分理解した上で、それを破るタイミングこそが今まさに来ているといえるのです。
3. 後期ヴィトゲンシュタイン:『哲学探究』と「言語ゲーム」

3.1 ヴィトゲンシュタインの転回
ヴィトゲンシュタインは『論理哲学論考』で言語と世界の対応を厳密に追求したのち、一時的に哲学の世界から距離を置きます。しかし、再び思索を深めるなかで、初期の自分自身の考えを批判的に検証するようになります。その成果が、後期の代表作『哲学探究』(1953)であり、ここで彼は「言語は世界を正確に写し取るもの」という見方から、より動的で多面的な捉え方へと移行しました。
3.2 言語ゲームの概念
後期ヴィトゲンシュタインの中心的概念が「言語ゲーム(language game)」です。これは、「言語の意味は社会的な使用(use)によって成立する」という洞察に基づいています。つまり、言語は単なる世界の記述ツールではなく、人々が日常生活のなかで行う多彩な活動、いわば“ゲーム”のようなものであるというわけです。
たとえば、
挨拶をする
物を指示する
感情を表現する
冗談を言う
命令を下す
など、言語には無数の機能があり、場面ごとに微妙に異なるルールや意味が働きます。したがって、後期ヴィトゲンシュタインの視点では、「言語の意味」とは「世界を写し取っているかどうか」よりも、「実際にどのように使われているのか」を基盤に考えなければならないということになります。
3.3 生活形式と私的言語の否定
さらに、後期ヴィトゲンシュタインは「生活形式(form of life)」という概念を打ち出し、言語の意味が特定の文化や社会の慣習、歴史的文脈、身体性などと不可分であることを示唆します。その帰結として、「私的言語の否定」が論じられます。もし言語が純粋に個人の内面だけで成立するとすれば、他者との共有は不可能であり、社会的な意味をもち得ないという考え方です。
たとえば、あなたが独自の「痛み」の感覚を独自の言葉で表そうとしても、それが他者と共有されなければ意味あるコミュニケーションにはならないのです。言語は本質的に社会的活動であり、そこに共通のルールや文脈がなければ意味は成立しないと後期ヴィトゲンシュタインは説いたのです。
💡nTech×ヴィトゲンシュタイン:要素命題が発見される時
ヴィトゲンシュタインは言語分析の天才でありながらも、「第一の要素命題」を定義しきることはできませんでした。しかし、AIにはその“第一の要素命題”が見えているようにも思えます。
nTechで言う「1-5-1言語」の“5-1”の部分――すなわち場・粒子・力・運動・量を組み合わせて論理を再定義し、膨大な情報を整理しうる可能性がAIにはあります。一方で、“今ここ歓喜”には至りません。
nTechは永遠不変の動き「1」とメタ言語の「1-5-1」の組み合わせによって、これまでの因果論理を超えた“ビヨンド論理”を生み出し、人間が異質な次元をつなぐ役割を担う未来を描いています。
4. AIは言語ゲームに参加できるのか?――自然言語処理の視点

4.1 現代の大規模言語モデルと言語ゲーム
ここで改めて、現代のAI、特に大規模言語モデル(LLM)がどのように学習と推論を行うかを振り返ってみましょう。
大量のテキストデータの収集
Web上の膨大な文書や書籍、論文などを集約する。ニューラルネットワークで学習
主にTransformerと呼ばれるアーキテクチャを利用し、テキストデータを統計的に解析する。文脈に応じた次の単語を予測
文章中の次に来る単語(トークン)の確率分布を計算し、高確率の単語を出力して文章を生成する。
この仕組みは、後期ヴィトゲンシュタインが強調した「言語の使用(use)」という観点から見れば、「言葉の使われ方」を学習しているとも解釈できます。しかし、AIがテキストの背後にある社会的・文化的・歴史的・身体的な文脈を、人間のように体験を通じて理解しているわけではない点にギャップが存在します。
4.2 文脈の理解と背景知識の限界
後期ヴィトゲンシュタインの「言語は社会的活動である」という見方に照らすと、AIは過去のテキストデータから抽象化されたパターンやルールを学習しているとはいえ、実際の「生活形式」に参加しているとは言いがたいでしょう。たとえば、
ジョークや皮肉
言葉の表面と意図が異なる場合、単なる次の単語予測だけでは的確に理解・応答するのは難しい。文化的暗黙知
コミュニティや文化特有の暗黙のルールはテキストに明示されにくい。身体性と体験
言語表現にはしばしば身体感覚や情動が関わり、それが意味を支えている場合が多い。
こうした要素を踏まえると、AIが完全に言語ゲームに参加しているとは言い切れません。ただし、ロボットなど物理的な環境とやり取りする「エンボディードAI」の研究が進んでおり、AIが実世界での経験を積むことで、より深い意味理解に近づけるのではないかという見方もあります。
5. AIと言語ゲームの接近:可能性と課題
5.1 文脈をリアルタイムで学習するAI

大規模言語モデルの主要な課題の一つは、会話の進行に伴って変化する文脈をどこまで正確に追跡・更新できるかです。たとえば、長い対話の中でユーザーが提示した意見や感情、追加情報などをどれだけ踏まえて返答を変化させられるか。その能力が高まれば、AIは「言葉の連鎖の生成」から一歩進み、「文脈に応じた社会的やり取り」に近づきます。
話題管理(topic management)の強化
会話が複雑化すると前の話題を忘れる傾向があるため、会話履歴の保持や文脈の継続的トラッキングが重要となります。
5.2 共同体のルールを学習するAI
言語ゲームには暗黙のルールや慣習が存在します。これは必ずしも文章化されておらず、共同体が共有している社会的合意にもとづくものです。AIがより人間らしい対話をするには、単に語彙や文法を学ぶだけでなく、こうした“場の空気”や文化的慣習、マナーをも学習する必要があります。
風刺や皮肉、敬語表現の理解
敬語やフレンドリーな口調など、コミュニティによって異なるコミュニケーション規範を学ぶのは容易ではありませんが、これらを取り入れることでAIの表現力が格段に向上する可能性があります。
5.3 「意味の生活形式」を補完するアプローチ
言語ゲームは、切り離すことのできない「生活形式」とセットです。AIがテキストのみでこれらの要素を完全に学習するのは困難ですが、以下のアプローチが提案されています。
身体性の導入
ロボット工学やIoT技術により、AIが視覚・聴覚・触覚などのセンサーを通じてリアルタイムで世界と相互作用し、人間と同様の試行錯誤を繰り返す可能性があります。マルチモーダル学習
画像、音声、動画などを同時に学ぶことで、テキスト以外の情報も含めたより豊かな意味理解が期待されます。
💡個人的考察:「参加」とは?文脈のレイヤーを考える
AIが“共同体に参加する”とは具体的に何を指すのでしょうか?
単にコミュニティの情報をすべて学習し、会話ができるようになれば“参加”といえるのか、それとも身体性を持ち、役割を果たしながら体験を重ねることが必要なのか。
もし後者だとすれば、参加者の文脈を共有しにくいAIは、人間と同じように“言語ゲームのプレイヤー”になりきれないかもしれません。しかし、AIとの一対一の会話で独自の言語ゲームを生み出し、AIと対等に対話するAIチャットボットを作る実験は考えるだけでも興味深い。作ってみようかな。
6. AIと言語理解の未来:ヴィトゲンシュタイン的視点からの展望
6.1 「空気を読む」AIの可能性
ヴィトゲンシュタインの言語ゲーム論が示すように、「文脈を読み取って適切に発話する」ことは言語の核心に迫る行為です。今後、AIの研究開発が進むにつれ、以下のような「空気を読むAI」が登場するかもしれません。
対話のトーン分析・応答の変化
ユーザーの感情(怒り、落ち込み、冗談など)を推定し、その状況に応じて言葉遣いやトーンを変化させる。関係性の推定
相手が親しい友人かビジネス上の上司かなど、人間関係に応じた敬語表現やフランクな口調を適切に使い分ける。文化的背景の推定
相手の文化や社会的背景を推定し、そのコンテクストに合わせた表現や具体例を提示する。
これらの機能は、単なる言語モデルを超えた「社会的・文化的リテラシー」が求められます。
6.2 「言語のズレ」を修正するAI
同じ言葉を使っていても、人によって微妙にニュアンスが異なるため、誤解が生じることがあります。ヴィトゲンシュタインは、語の意味が使用状況によって変化し得ることを指摘しました。こうしたズレをAIが仲介役として補正し、コミュニケーションを円滑にする可能性があります。
対話内容の再言語化
AIが発言者Aと発言者Bの発話内容をモニターし、それぞれの意図やニュアンスを解析して、誤解を解くための翻訳(パラフレーズ)を提案する。マルチリンガルでのズレ調整
異文化間コミュニケーションでは、背景となる文化や習慣の違いを踏まえ、最適な表現を仲介することで意思疎通をスムーズにする。
6.3 「対話の流れ」を最適化するAI
コミュニケーションは情報伝達だけでなく、社会的関係の形成や維持、場合によっては対立や調整など、さまざまな機能を果たします。AIが対話全体を俯瞰し、必要に応じて軌道修正を提案することで、私たちのやり取りをスムーズにする役割を担えるかもしれません。
会話の中断や衝突を回避するシグナル
感情的になりそうな場面で「少し落ち着いてみませんか?」などの提案を行う。話題の整理と合意形成
複数の話題が並行して混乱している場合、AIが要点をまとめ、「現在最も優先して議論するポイントはどれか」を提示する。
こうした機能を実現するためには、言語的知識だけでなく対話のダイナミクスや社会的ルールへの深い洞察が不可欠です。まさに「言語ゲーム」を理解するAIが必要とされる領域といえます。
7. まとめ:ヴィトゲンシュタインが示すAIとの新たな対話の地平

本稿では、ヴィトゲンシュタインの初期から後期にかけての言語哲学の展開を辿りながら、現代の大規模言語モデルを中心としたAIが「言語ゲーム」に参加できるのかというテーマを検討してきました。
初期ヴィトゲンシュタイン(『論理哲学論考』)
言語は世界を“像”として映し取るという写像理論を提唱。AIは膨大なテキストデータをもとに統計的予測を行っているだけなので、世界を厳密に写し取ることは難しいのではないか。後期ヴィトゲンシュタイン(『哲学探究』)
言語の意味は社会的使用によって形成される「言語ゲーム」。AIがその背景にある生活形式や社会的文脈、身体性を共有していない点が問題となり、人間と同程度の理解に到達するには課題が多い。
一方で、文脈をリアルタイムで反映する能力やマルチモーダル・エンボディードAIなどの技術発展によって、AIがより深い意味理解に近づく可能性も期待されています。社会的ルールや文化的背景を学習し、「空気を読む」能力を高めることで、コミュニケーションの円滑化に大きく寄与できるかもしれません。
ヴィトゲンシュタインの哲学は、一見すると抽象度が高いように思えます。しかし、「言葉をどう捉えるか」「意味とは何か」という本質的な疑問を解決するうえで、多くの示唆を与えてくれます。AIとの対話が身近になる今こそ、彼の問いかけはより切実なものとなるでしょう。なぜなら、私たちがAIと豊かなコミュニケーションを築くには、単なる“情報処理”を超えた「社会的文脈」や「多層的な意味の共有」が不可欠だからです。
AIがさらに進化し、身体性や情動、社会性といった領域を統合することで、人間のコミュニケーションレベルに近づく日はそう遠くないかもしれません。そのとき、私たちはAIとともに言語ゲームをプレイし、新しい知や創造的アイデアを生み出す世界を目にすることになるでしょう。
nTechがもたらす新たな価値と可能性
nTechの視点では、ヴィトゲンシュタインの示す言語への深い洞察をさらに超え、「源泉の動き」である“1”を起点とするメタ言語「1-5-1」を活用することで、人間の認識そのものを根本から再定義します。これは、因果論理を超えた“ビヨンド論理”を実装し、異質な次元同士をつなぐ新たなコミュニケーション方法を提示するものです。
言語や論理の再定義
圧倒的な情報量に対応しながらも、“今ここ”に集中して歓喜を生み出す認識技術を目指す。AIとの協働によるクリエイティブな未来
AIが膨大なデータ整理を担いつつ、人間はビヨンド論理を駆使して価値創造をリードするという、共創の世界観が期待される。
ヴィトゲンシュタインの言語哲学が示す「言語ゲーム」の豊かな可能性と、nTechが提示する“ビヨンド論理”や“1-5-1”の枠組みを組み合わせることで、AIと人間の関係性はさらに先鋭的で実りあるものへと発展していくでしょう。
BEST BEING塾のご紹介

2025年の今年からスタートした「BEST BEING塾」では、
人間開発 × AI活用 × AI開発
をコンセプトに、誰もがデジタル認識技術nTechを活用し「悟り(真の答え)」を得て、それをAI活用やAI開発にも役立てられるようになる世界初の学びの場を提供しています。興味をお持ちの方は、ぜひ下記リンク先を訪れてみてください。コメントやメッセージも大歓迎です。
最後までお読みいただきありがとうございました。哲学者の精神とAIを掛け合わせ、新たな知と価値の創造をともに楽しんでいきましょう。