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2024年6月28日(金)     彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール    加藤訓子プロデュース        スティーヴ・ライヒ・プロジェクト  全6話 その5

前回の記事は、次のように終わりました👆

・・・・機会があれば、そのエンジニア氏(間違いなく超優秀)ご本人に、その真意を教えていただきたいような気もします👆

② 照明について

ああ、もう2700字を超えてしまっています💦 この項目については、次の記事に書くことにします🙇 お楽しみに(^_-)-☆👆

というワケで、この記事では「照明について」から書こうと思います👆

② 照明について

この項目では、2つの結論を述べたいと思います👆
1 「演奏会の半分は、光でできている」こと
2 スティーヴ・ライヒ・プロジェクトの照明は秀逸であったこと

1 「演奏会の半分は、光でできている」こと

今や世界的となった映画監督、押井守は、次のように言っています・・・「映画の半分は、音でできている」と。なるほど、と思いました。確かにその通りだと👆 そして実験してみました(笑)押井作品の映画を、音なしで見てみたんです👆・・・これはすでに「映画」ではありませんでした(笑)

そうなんです、映画は確かにその半分は「音でできている」のです。そして私は思いました。音楽も同じであると・・・つまり、音楽に当てはめると、こうなるのです👆「演奏会の半分は、光でできている」と👆

光の具合い、つまり見え方によって、音楽の聴こえ方、と言うか、鑑賞者がその演奏会から感じ取る「何か」は大幅に変化するのです👆 演奏会を催す人は、この事実をきちんと把握していなければならないはずであり、演奏会は、その光の具合い、つまり照明の設計方法によって、

鑑賞者が受ける印象は、大幅に変化する事を知った上で、演奏会全体を設計すべきです・・これについての詳細は、拙著「演奏会の作り方」に詳述してありますので、ご興味の向きはご一読なさることをお勧めします👆 また、実際のステージを今ここでお見せする事は出来ませんが、

YouTube、風間真のページに、私の楽団、ChicagoPROJECTの演奏動画を公開しています👆 これの照明設計シナリオは私が、デヴァイスの具体的な組み上げは、元シルク・ドゥ・ソレイユの照明担当者S・J氏が担当していました。ご興味の向きは、是非ご視聴ください👆

ところがです👆 思うに、少なくとも現代日本のクラシック音楽においては、照明をきちんと設計していない演奏会が殆どです。私はいつも、「本物は10分の1」と主張していますが、やはりここでも言えてしまいます👆 ジャンルに限らず「本物の演奏会」は、10分の1ほどしかありません💦

現代日本のクラシックの演奏会は、演奏者の出入りに合わせて、フィルターも何もないただの灯体(我々はこれを「生灯り」と呼んでいますが)を、無造作にオンオフしているだけの演奏会が殆どです。彼らはこれを「虚飾を排した・・・」などと、苦しい言い訳をしているワケですが・・・(笑)、

これではまるで、レストランに入って美味しい食事を期待したのに、出てきた料理は冷凍食品を電子レンジで加熱しただけのような、極めて味気ない、薄っぺらな皿が出てくるばかりで、料理の満足感を得られないままに演奏会は終わり、席を立つことになる・・・照明不全の演奏会に、このような印象を持っているのは、私だけでしょうか❓

演奏会を催す人は、照明の持つ重大な力を、きちんと勉強し、ある程度以上の知識と技術を身に付けた上で、演奏会を設計すべきです。照明の設計には、膨大な知識と経験と技術が必要です。しかし演奏会を催すのであれば、それを身に付けるプロセスを省いてはなりませんし、照明の設計に手を抜いてはならないのです👆

私は、世の演奏会主催者全員に問いたいです。「照明はどのように設計したのかね❓ 言ってみたまえ👆」と。

2 スティーヴ・ライヒ・プロジェクトの照明は秀逸であった事

大変よい照明でした👆 何ら奇を衒う要素はなく、極めてオーソドックスに、きちんと演奏者を照らし、光線の幅(つまりは広がり)、方向、強度はよく考えられ、光量は必要にして充分👆 決して派手ではありませんでしたが、演奏者を際立たせるに、充分に美しい光が、ステージに照射されていました🌸

この照明のコンセプトはおそらく次のようであったと思われます👆 演奏会の最初から最後まで、統一感を崩さないように注意しながら、光線の陰影による美しさを、予算の範囲内で、可能な限り、実現しようとすること👆  であったに違いないと考えます👆

優秀な照明設計者が、この演奏会の、音楽的な方向性をよく理解した上で、この照明を設計したに違いありません。そしてそれ以上に感じた事は、主催者の加藤訓子自身が、演奏会における照明の重要さを、きちんと理解している芸術家である、という事です。そうでなければ、あのように美しく、効果的な照明の設計を、指示できるはずがないからです。

この美しい照明のおかげで、この「スティーヴ・ライヒ・プロジェクト」は、文字通り「美しい輝きを放つ❣」演奏会になったのでした🌺

<2>演奏が始まりました

これでやっと、演奏開始後の事を書くことができます💦 読者の皆様、お待たせして申し訳ありませんでした🙇💦 では参ります👆

第1部 4曲

① FOUR ORGANS(1970)

この曲は、複数台のオルガンの音を再生し、それに合わせてステージの加藤訓子が、片手に1本ずつ、計2本のマラカスを、演奏中ずっと同じリズムで鳴らし続ける、という曲。演奏時間約20分。20分❓ え❓ まじ❓

これ「君、やってみたまえ」と言われたら、プロの打楽器奏者でも、これができる奏者は、まずいないだろうと思います。・・・できるワケないぢゃん💦 だって20分連続❓ それも再生されるオルガンのテンポに寸分の狂いなく合わせながら❓💦 

20分後に訪れる曲の終りもきちんと把握した上で、寸分の狂いなく、再生音と一緒に生演奏も終了するんです💦💦・・・できるワケないぢゃん💦・・・・・ああ、最初の曲から、すでに人間業ではありませんでした💦

加藤訓子、この離れ技を、軽々とやってのけましたね💦 演奏中の動き方、よく見ると、足首、脚、股関節、上体、肩、腕、手首、首回り・・・それらの骨と筋肉が、エネルギー消費を最小限に抑えるべく、確実に全てが連携して、美しく、淀みなく動いていました💦💦・・・・これの描写は、漫画、永野護原作、ファイブスター物語の主人公の言葉を引用したいと思います👆

主人公、天照が、超大型戦闘兵器モーターヘッド「ヤクト・ミラージュ」の操縦補助者(ファティマ)パルテノが大気圏外から地上に、美しく、そして安全に着地した時、この仕事を賞賛して言ったのです👆「さすがパルテノ、上半身のフローティング・バランスに一分の無駄もない・・・」

② NAGOYA  MARIMBAS(1994)

マリンバを演奏する加藤訓子を見たのも初めてでした。聴きました・・・というより「感じ取りました」と言うべきかもしれません。加藤訓子の音は、重く、厚く、大きな響きでした💦・・・そして1音鳴らす度に、ホール天井からの初期反射音が明確に聴こえてきました💦

マリンバ奏者は、数多く知っています👆 が、マリンバを鳴らした瞬間に、天井からの初期反射音を「キンッ🌺」と明確に響かせられる奏者は(この音が、マリンバの音楽を美しく彩るのですが)、加藤訓子の他には、一人しか知りません💦 加藤訓子はマリンバを演奏しても、稀有な奏者です👆

この曲の演奏で、最も驚いた事は、1音1音が「太い」という事です👆それも半端な太さではありません💦 抽象的に褒める事は簡単ですが、マリンバ奏者を多く知っている私としては、もっと具体的、物理的に述べたいです👆

ああいう太い音、つまり美しく重厚な印象の音を出すには、マレットの適切な降下速度と、打鍵直前に、おそらくはほんの僅かですが加速する演奏技術がないと、決して出すことのできない音のはずです。こんなにも太い音を出せるマリンバ奏者を、私は他に知りません💦💦 加藤訓子はそれができる奏者です👆

以上2曲を聴いて思いました👆 スティーヴ・ライヒという作曲家、旋律、和声、形式(ひょっとしたら、そういう捉え方自体が間違いかもですが💦)そういう音楽要素、特にリピート回数と、音の動きが変る際の組み立て方、やはり西洋近代音楽ではなく、東洋のどこかの音楽の影響を受けているような気がしてなりません👆

③ PIANO PHASE(1967/2021)

ああ💦 もう3000字を超えてしまっています💦 以後の内容は、次回に譲る事にします、ご容赦下さい🙇💦

記事の記述では、演奏会は、まだ始まったばかりです(笑)次回から、いよいよ演奏会は佳境に入ります👆 お楽しみに(^_-)-☆

スティーヴ・ライヒ

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