危機に立つ日米中の「海洋限定戦争」に対して、アジア太平洋の軍拡競争の停止を要求しよう!
本論文は、2021年12月8日発行の拙著『ミサイル攻撃基地化する琉球列島―日米共同作戦下の南西シフト』の「結語」。アジア太平洋の軍事情勢が緊迫している中、全国の皆さんに全文を公開したい(図はCSBA・戦略予算評価センターのアジア太平洋へのミサイル配備計画)。
メディアの「台湾有事」キャンペーン
2021年3月の、米インド太平洋軍司令官(当時)・デービッドソン発言以来、性懲りもなく「台湾有事」キャンペーンが、連日のように繰り広げられている。デービッドソンの上官であるミリー統合参謀本部議長が、その発言を修正して以降も、この発言は一人歩きしている。というか、「台湾有事」――戦争を待望する戦争屋どもが、わが国にはゴロゴロしているということだ。
例えば、退官後も自衛隊の南西シフトを強力に推進する、元西部方面隊総監・用田和仁などは、「今年以内に台湾有事で衝突が起こる、来年は本格的戦争になる」と、ネットメディアに嬉々として書いている。こういう軍事評論家だけではない。中国通と称する評論家らも同様。始末に負えないのは、本来、こういう問題では検証した報道をすべきメディアが、全く何の検証もせずに「台湾有事」論に与していることだ。
この「台湾有事」キャンペーンの意図・目的については、本論で繰り返し検証してきた。結論からいうと、第1列島線防御態勢の完結のために、台湾を日米の南西シフトに組み込むことであり、台湾とフィリピンの間の、ルソン海峡の封鎖態勢づくりである。
それにしても、「台湾有事」論者というのは、現実認識、歴史認識の全てが根本から欠落している。本論でも触れてきたので繰り返しはしたくないが、例えば、中国の原油はその90%がマラッカ海峡を通過しなければならない。つまり、「世界の工場」である中国自体が、「海洋の平和」なしに、国の存立さえできないのだ。
歴史認識と言えば、これらの「台湾有事論」は、中国軍の台湾侵攻が前提となっているが、こうした世界貿易で成り立っている中国が、中国を含む世界経済の崩壊に直結する「台湾侵攻」の暴挙を行うと主張するというのは、完全に思考力が停止している。おそらく、新型コロナ禍で世界中がパニックになっているが、そのパニックに日本中のメディア、知識人なども汚染されてしまったのではないか。
例えば、中国の「還球時報」の胡錫進編集長は、「台湾への武力行使は米国との全面的な武力衝突を覚悟しなければならず、『直面するリスクと挑戦に冷静に対処すべき』」として、武力統一論を戒める文章を寄せたという(『虚構の新冷戦』東アジア共同体研究所 琉球・沖縄センター編、岡田充執筆論文)。
ここでは、逆説的に「武力統一」が可能な条件として「①中国軍が第1列島線周辺で圧倒的優勢に立ち、米軍が容認できないほどの代償を払うまでの実力を有すること。②中国の市場規模と経済競争力が米国を越え、米国や西側の経済制裁を無力化する実力を備える」という2条件を上げたという。
ここで重要なのは、「経済制裁を無力化する実力」というものが、果たして可能なのか、ということだ。統計数字から見てみよう。
日米中の経済的相互依存と戦争
2019年の日本の輸出先の第1位は、アメリカで19・8%、第2位は中国で19・1%、輸入の第1位は、中国で23・5%、第2位は、アメリカで11%である(財務省貿易統計)。また、2020年の日中の貿易総額を双方の輸入ベースで見ると、3402億ドルであり、日本の輸入貿易総量の25・7%が中国である(ジェトロ)。そして、2020年のアメリカの輸出先は、中国が8・7%、日本が4・5%で、輸入は中国が18・6%で、日本が5・1%である(米商務省統計)。
すなわち、日本の中国との貿易額は、すでに2009年にアメリカを抜いてトップに立っており、アメリカもまた現在、中国との貿易は、世界の中でトップを占めている。
このような中でバイデン政権は、トランプ政権の対中貿易政策を基本的に踏襲し、中国とのデカップリング(分離)を行いつつある。しかし、アメリカを始め、世界の国々に広がっている、中国に全面的に依存したサプライチェーン(供給連鎖)の再構築は、ほとんど不可能である。
貿易総額でもそうだが、さらに、アメリカの存立に関わる「米国債保有残高」についても、中国は、1兆961億ドルという世界最大の米国債を保有しており(2021年統計で、日本の1兆2767億ドルと並ぶ保有額)、仮に中国が米国債全ての売却を行えば、一挙にドル恐慌が爆発し、アメリカ経済の全面的崩壊、ひいては中国を含む世界経済の完全崩壊へと陥っていく。
私たちは、歴史の教訓を思い起こさねばならない。あの第2次世界大戦に突き進んだ根本には、世界経済の崩壊があったのである。29年恐慌から始まる世界経済危機は、1930年代には、その大不況を乗り切ろうとして世界各国の「経済ブロック化」を引き起こした。イギリスの「ポンド・ブロック」に始まり、アメリカの「ドル・ブロック」、日本の「円・ブロック」と。これらは、域外に対して差別的な高い関税を維持するなど、排他的な経済圏を形成したのである。つまり、「経済制裁を無力化」する以前に、「世界経済は分断」されてしまっていたのだ。
こうしてみると、「還球時報」の編集長が挙げた「中国の武力侵攻」の条件には、米中日などの「世界経済のブロック化」という、もう1つの重大な要件を付け加える必要がある。
このような、現実的、歴史的認識を検証することなしに、無責任に「台湾有事」を煽る政治屋、メディア、売文屋などの煽動については、厳しく批判しなければならない。
「朝鮮半島有事」を煽り、「国難突破選挙」とまで言い放って解散総選挙を行った安倍。「朝鮮からミサイル飛来」と言って、子どもたちに、防空頭巾を被させ、漫画的な避難訓練をさせた政府・自治体。イスラム勢力などからの「テロ襲撃」と言って、駅のホームのゴミ箱まで点検させた、メディアを含む「テロ脅威論」の煽動――いずれもその後、その煽動の責任、結果の責任を、誰もとらないうちに、うやむやにされたのだ。
その責任をとらないどころか、その煽動に与しないジャーナリストや社会運動を敵視し、社会から排除しようとさえしたのである。
沖縄を再び戦争の最前線にするのか?
このような、「台湾有事」キャンペーンを始めとした政府・自衛隊の意図・目的は、すでに繰り返し本文で検証してきたように、日米共同の対中対決政策――新冷戦体制づくりにある。そして、特に私たちが認識すべきは、日本政府・自衛隊は、アメリカの戦略に沿って、あるいはそれを利用して、自らを世界大的な軍事強国として実現しようとしていることだ。言い換えれば、軍事大国の実現ということである。
このような、軍事強国・大国の武器が、空母の保有であり、日本型海兵隊の新編であり、敵基地攻撃能力の保有である。言い換えれば、軍事強国としての「砲艦外交」を実現――「夢よ、もう一度」という、あの旧日本軍の再来である(戦前の日本は、世界有数の軍事大国!)。
こういう日本・自衛隊にとって、対中対決政策を中心とする南西シフト態勢づくりは、軍事強国へ突き進む、重大な水路となっているのである。というのは、「尖閣危機」「台湾有事」、あるいは「領土」問題などでの国家主義を煽ることができるからである。
こうして現在、琉球列島――東・南シナ海は、厳しい、重大な戦争の危機が生じつつある。もちろん、この琉球列島に生じている危機は、中距離ミサイル配備問題で明らかになったように、九州から日本本土の危機へ直結していく。
私たちは、この危機を打開するためには、今、何が必要なのか?
結論から言えば、全平和勢力、平和を望む全ての民衆が、日本と中国の軍拡競争の即時停止――軍縮交渉に直ちに入るべきことを、アジア―世界世論に訴え、日本と中国の政府に要求することだ。
そして、言うまでもなく自衛隊の「島嶼防衛戦」は、平時から有事へとシームレス(切れ目なく)に発展することが想定されている(防衛白書など)。これは何を意味するのか? つまり、平時と有事の切れ目、区別がないということは、先島―沖縄の民衆らは、戦火を避けて島外へ避難する時間的余裕は全くない、ということである。
確かに、制定された国民保護法では、住民避難が定められている。だが、同法では、政府が「武力攻撃事態」「武力攻撃予測事態」などを認定(有事事態・戦争宣言)することが必要であり、平時から緊急事態へ、有事事態へと切れ目なく移行するこの戦争では、住民避難は、全く不可能である。
現実に、自衛隊制服組の島嶼防衛研究では、「島嶼防衛戦は軍民混在の戦争」になり、「避難は困難」としている。だから、この研究の一部では、避難は困難だから、イスラエルのように各家に地下サイロを造るという見解も出されている。
そして、実際の「島嶼戦争」でも、作戦面からして住民避難は困難だ。この戦争の初期には、自衛隊は宮古海峡などの主要なチョーク・ポイント、中国軍の予想上陸地点や港湾に、大量の機雷をばらまくことになる。
このような事態の中で、先島諸島だけで10万人を超える住民らを避難させる輸送手段はない。民間輸送においてもだが、自衛隊による輸送においても、その手段は全くない。実際に、国民保護法による住民避難の法律上の実施責任は、自治体であるが、先島などにはその輸送態勢は全くない。自衛隊にしても、「作戦上支障ない限り協力する」としているが、自衛隊の第一義的任務は戦闘行動である。
(注 既述の統合幕僚監部『統合運用教範』および「防衛省・防衛装備庁国民保護計画」[2005年]には、有事下の自衛隊による国民保護に関して、以下の記述がある。双方とも同文。
「防衛省・自衛隊は、武力攻撃事態等においては、我が国に対する武力攻撃の排除措置に全力を尽くし、もって我が国に対する被害を極小化することが主たる任務であり、この防衛省・自衛隊にしか実施することのできない任務の遂行に万全を期すこととなる。このため、防衛省・自衛隊は、その機能及び国民からの期待に鑑み、主たる任務である我が国に対する武力攻撃の排除措置に支障のない範囲で、国民保護等派遣を命ぜられた部隊等又は防衛出動・治安出動を命ぜられた部隊等により、可能な限り国民保護措置を実施する」(『統合運用教範』第3章「武力攻撃事態及び存立危機事態における行動、第11款「国民保護のための措置」、傍点筆者)
このような、島民・住民の避難が不可能という状況下で、見てきたように「島嶼防衛戦」は、対艦・対空ミサイル部隊が島中を移動し、戦場と化する。また、島嶼間の高速滑空弾や、島嶼間の巡航ミサイルなども、雨霰のごとく降り注ぐのである。琉球列島の小さな島々は、この中では、焼き尽くされ、破壊し尽くされるだろう。
ワシントン海軍軍縮条約による島嶼要塞化の禁止
今日のアジア太平洋地域の軍拡競争は、1920~30年代の軍拡競争に類似しているが、しかし、この軍拡を阻み、軍縮へと導いた貴重な経験を、私たちは持っている。
第1次世界大戦直後、アジア太平洋地域は、激しい軍拡競争へと突き進み始めていた。だが、この時代の中で、なんと日本政府の提案によって、1921年、ワシントン海軍軍縮条約による「島嶼要塞化の禁止」条約が締結されたのだ。
そして、決定的に重要なのは、この条約では米・英・日は、軍艦の保有数を制限した軍縮条約を締結(主力艦の対英米比6割、いわゆる5・5・3への制限)したが、この中にアジア太平洋地域の「要塞化禁止条項」が、取り決められたのである。
条約は、太平洋の各国の本土、および本土にごく近接した島嶼以外の領土について、現在存在する以上の「軍事施設の要塞化」が禁止された。日本に対しては、千島諸島・小笠原諸島・奄美大島・琉球列島・台湾・澎湖諸島、サイパン・テニアンなどの南洋諸島の要塞化を禁止した。
アメリカに対しては、フィリピン・グアム・サモア・アリューシャン諸島の要塞化を禁止した(1921年12月13日、日米英仏が調印、22年8月5日批准、23年8月17日公布の四カ国条約。正式には「太平洋方面ニ於ケル島嶼タル屬地及島嶼タル領地ニ關スル四國條約」。条約の締結により日英同盟は廃棄)。
しかし、1930年代に至り、戦争の危機が深まってくるにしたがい、日本は、日本統治下のサイパンのアスリート飛行場(現サイパン国際空港)を始めとして、秘密裡の軍事基地建設を進めて行くのである。
こうして日本は、1934年12月、ワシントン海軍軍縮条約の破棄を決定し、アメリカに通告、1936年、ロンドン軍縮会議からの脱退も通告した。軍縮条約は実行力を失い、第2次世界大戦に雪崩をうって突入していくのである(1944年には、沖縄・与那国・石垣島・宮古島などの先島で、基地建設が始まる)。
琉球列島の「非武装地域宣言」
このような、アジア太平洋戦争の時代の軍縮の努力は、いかなる意義を持つのか? これは私たちに、歴史の教訓をリアルに残しているのではないのか。
現在、日本において、アジア太平洋で激しく広がっている軍拡競争を、軍縮に導く動きや努力は、どのようになされているのか。南西シフト下の先島―琉球列島への自衛隊配備を、ただただ傍観したり、見過ごしているだけではないのか?
例えば、SNSなどには、「日中の経済相互依存関係の中で、戦争など起きるわけがない」、「核戦争の時代に島嶼占領・奪還はあり得ない」、あるいは、「大国・中国を敵にして地対艦・空ミサイル配備など空論だ」という、政治的・軍事的現実を見ようともしない、無責任な主張が溢れている。こういう無責任な言動や傍観から、私たちは脱するべきだ。
それは、先島―琉球列島において、政府・自衛隊が進めようとしているこの自衛隊配備=「島嶼防衛戦」に対し、世界に向かってそれを拒む「非武装地域宣言」を行い、一切の軍隊の配備・駐留を阻むことだ(現在の「戦力」の凍結から始まる)。
この宣言は、ハーグ陸戦条約第25条に定められた「無防守都市」であることを、紛争当事者に対して宣言することであり、国際的にも認められたものだ。この宣言によって、琉球列島などへの攻撃は国際法違反となるのである。かつて、フィリピンのマニラを始め、この宣言を行った都市は、歴史的にも数多くある。
そして、周知のように、戦前の先島―沖縄は、国際法上の「無防備地域」であった。1944年3月、沖縄本島、先島諸島への日本軍上陸までは、軍隊・基地は全く置かれていなかったのである。
私たちは、このような歴史に学び、先島―南西諸島の無防備地域宣言を、確固としてアジアと日本―世界に発信しなければならない。
日中平和友好条約に立ち返れ
今日、日本では、「歴史修正主義」が蔓延り、「嫌韓・嫌中」がウイルスのように広がっている。この先頭に立っているのが、政府・自民党であり、右派メディアだ。
この状況を見ると、アジア太平洋戦争において、日本が中国を侵略し、2千万人とも言われる中国民衆を虐殺してきた歴史などは、全くなかったかのようだ。だが、「足を踏んだ者は忘れても、踏まれた者は一生覚えている」。あのアジア太平洋戦争への深い反省は、私たちの世代にとっても、忘れてはならない。戦後世代には、「戦争責任」はないが、それを放置してきた「戦後責任」はあるのだ。中国語には「血債」という言葉がある(人民を殺害した罪、血の負債)。この「血債」を全く忘れてしまい、中国脅威論を語る人たちを、私たちは信用してはならない。
なるほど、現在の中国の軍事力増強や、南シナ海の行動(対抗的なものも含めて)は、許容できるものではないだろう。しかし、中国の歴史を考えれば、その行動の論理は理解できる。すなわち、中国は、アヘン戦争以来、180年以上にわたり、帝国主義各国に侵略され、蹂躙され、膨大な民衆を殺戮されてきたのである。このような国が、「過剰防衛」という行動をとっても不思議ではない。
その国に対して、アメリカは「東シナ海内」に閉じ篭もることを要求しているのである。つまり、アジア太平洋の覇権を、アメリカは絶対に譲り渡さないということだ(米軍のA2/AD戦略)。
だが、戦争国家・アメリカの後追いをいつまでも続けておく必要はない。日本は、1978年、中国との間で、日中平和友好条約を締結し、相互に「武力による威嚇および覇権を確立」することを禁止するという歴史的確認を行った。
この歴史的約束を今こそ、しっかりと確認し、相互の軍拡の停止――軍縮と平和外交を押し進めるべき時である。
現在、日中間には、厳しい軍拡競争の始まりによる危機が生じている。しかし、危機の時こそ、物事は本当に試される。この危機を、今、日中の平和に導くことは可能である。
(注 日中平和友好条約(1978年8月 12日)
第一条 1 両締約国は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に、両国間の恒久的な平和友好関係を発展させるものとする。
2 両締約国は、前記の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する。
第二条 両締約国は、そのいずれも、アジア・太平洋地域においても又は他のいずれの地域においても覇権を求めるべきではなく、また、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国又は国の集団による試みにも反対することを表明する。[以下略、傍点筆者])
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現在、日米軍隊による南西諸島全域へのミサイル基地建設造りが急ピッチで進んでいるが、これを報道するメディアがほとんどない。この全容を現地取材…
私は現地取材を重視し、この間、与那国島から石垣島・宮古島・沖縄島・奄美大島・種子島ー南西諸島の島々を駆け巡っています。この現地取材にぜひご協力をお願いします!