30年間の刷り込み
平成の30年間。
ずっとデフレが続いた。
当時、40〜50代の働き盛りだった人たちが、
デフレの30年間を経て、今、70〜80代。
よく街中で見聞きする、
「これ、安かったんだよー!」
と嬉々として会話しているのは、70〜80代くらいのかたが多い。
安い=ラッキー、という感覚が身体に染み付いているのがわかる。
どこか哀しい気持ちになる。
別に、バブル経済の頃が良かった、なんて1ミリも思わない。
ハリボテの幸福感は、本物じゃないと思うから。
今は格差社会が拡がっていて、少しでも安く生計を立てることに余念が無い気持ちもわかる。
私も、夕方のスーパーで値引き後の惣菜や弁当を買って帰る。
単純に、ホクホクした気持ちになる。
30年間、固定化した生活環境による刷り込みの影響の大きさを思い知らされる。
お金に支配されて生きていることすら忘れてしまうほど、
無意識レベルで、安い価格のもので間に合わせることをいつの間にか考えている。
人間が小さくなってしまった。
豪胆な人たちをめっきり見かけなくなった。
30年間。人生基準で見れば長すぎる。
世代交代する以外に、世相が変わることは無いのかもしれない。
ノスタルジーとしてではなく、厳しい現実として。
それでも私は悲観していない。
日本文化の担い手が、日本好きの外国人やAI、ロボットに代わっても、
それはそれで日本らしい歩みではないか、と感じるから。
決して他人事ではない備忘録。