旅に出る:韓国の場合④
タクシーは4人を乗せて走り出した。
行き先はホテルのある西大門まで。
すると、やれやれと落ち着くまもなく、
走り出すやいなや、歳の頃は50代に入ったくらいと思われる小柄な男性運転手は、私達にこう言った。
「アー、イマヨナカナノデ、シンヤリョウキンネ!ホテルマデ10000ウォン!4ニンダカラ、4バイデ、40000ウォンネ!」
はい?
ちなみに昼間使ったタクシーは高くてもせいぜい5000〜6000ウォンだった。
しかも、タクシーで料金を人数でかけるってなんやねん。
ぼったくりやん。
瞬間、同じ職場の同僚のアドバイスが全員の脳裏に蘇る。
ボッタクリタクシー = 毅然とした態度で断れ
我らは一斉に口を開く。
「はい?40000ウォン?ないない!お金持ってない!ノーマネーね!払えないんで今ここで下ろして!だからブレーキ踏んでってば。お金ないんですよ。ってかなんで4倍?おかしくない?今なら戻れるからすぐに下ろして乗らないから!早く下ろして!」
全員が一斉に断った。
毅然ではなかったかもだけど。
とにもかくにも払う気はない。
タクシーは渋滞に入り、まだ50mも進んでいない。
今すぐ乗ったことを無かったことにして下ろして欲しい。
彼はまさかここまで反論されるとは予想しなかったのだろう。
かなり焦った表情で、
「40000ウォン!40000ウォン!」と
声を荒らげ出した。
40000ウォンとの叫びの中、タクシーは渋滞を抜け、みるまにスピードを上げ出した。
ソウル市内の片側7車線はあろうかというメインストリートをタクシーは走る。
大都会とはいえ、深夜3時、
他に走る車はほぼない。
私たちも止めて欲しいが故にずっと運転手に止めるよう訴え続けていた。
その時だった。
急に運転手は右に急ハンドルを切り、と同時に急ブレーキを踏んだ。
私たちの体は大きく左に傾き、そして止まった。
驚いて思わず目をつぶる。
止まったと思い目を開けたその瞬間。
「40000ウォン!」
運転手の顔が大きく見える。
運転席側に傾いた私に、運転手はギリギリまで顔を近づけ、にらみつけ、すごんでいる。
その時
「いや、そんな近くですごまれても。」
と何故かえらく冷静に思ったことは、今でもよく覚えている。
私はつとめて冷静に。
いや払えない、下ろして欲しいと、運転手に話を繰り返した。
しかし気づけば、後ろの3人は急に黙りこくっている。
私だけが必死で話をし続けている。
これは後で聞いた話だが。
この時後部座席の3人は固まって何も言えなくなってしまっていたそうだ。
何故かというと。
運転手は「40000ウォン!」と叫ぶたびに
左拳を振り上げ、私の顔すれすれまで
振り下ろす動作を繰り返していたらしい。
私は運転手の顔が視界いっぱいで全く気が付かなかったのだけど。
そんなことを数分続けただろうか。
運転手は大きく舌打ちをして、また急にアクセルをふかし、猛スピードでメインストリートを走り始めた。
タクシーは蛇行しながら走っていく。
時にはいくつもの交差点を曲がり、気付けばどんどん走る道が細くなり、周りの風景が変わっていく。
その頃には
もう誰も何も話せなくなっていた。