「地獄に落ちるわよ」

……という殺し文句をピシャリと放って相手を黙らせたうえで、ゴーインに自分の言うことを聞かせていた占い師が、テレビでブームになっていたことがある。案の定すぐに消えたが、悪ノリしたテレビも一時期は彼女をもてはやし、数字が取れていたのであろう、しょっちゅう画面上で見かけていた記憶がある。
人を脅して、不安を煽って言うことを聞かせる。この手口、私は大変苦手だ。と言うか、すでにヤクザのやり口ではないのか。

何ヶ月前ものことだが、息子がサッカーの試合で頭部を打って気絶した。
シュートを打とうして片足体勢に入った瞬間に、スライディングで滑り込んできたキーパーと接触したのだ。そのまま後ろに倒れて頭を打ったのだが、倒れたまましばらくピクリとも動かないので、正直本当に焦った。幸い意識も１分後には取り戻し、とにかく脳神経外科へと車で急行し、CTをとったりいろいろと処置をしてもらったのだった。

おかげさまで何事もなかったのだが、その病院のレントゲン画像で息子がストレートネック気味なことが判明した。首にはこの体操をすると効果的だと言って、やり方を教えてもらった。が、そこからが面倒臭かった。
渡された手帳に毎日体操をしたかどうか記録すること。そしてそれを見せに再度通院することを言い渡される。さもないと「必ず、君はまた同じことをやる」と「今度は失神では済まないかもしれない」と言われる。「君は小学校１年生のときにも（ロフトから落ちて）頭を打ち、また今回もやった。次も必ずある」と。
二度あることは三度あるとは、医師の発言としては、なんとも科学的根拠のない話だ。「必ずまたやる」ってそれは呪いか。「次は失神よりひどい」とは脅しか。

確かにストレートネックは衝撃を逃しにくいので、これからもサッカーを続けるうえで問題ではある。そして体操がストレートネックに良い、というのは正論だったとしても、この話の持っていきかたが納得できないのである。そして「どうせ言っても君らは体操しないんでしょう。なら『手帳』『再通院』という縛りでもって習慣化してもらいますよ」という患者に対する信頼のなさも残念だ。根本は治そうという気持ちがあるのかもしれない。それはありがたいのだが、けれどもこの病院イヤだなぁ、が正直な感想だった。
実際のところ、頭部打撲はもう問題がなかったのだから通院しなくてもいいのだが、体操の有無を手帳に記してわざわざ電車に乗って持って行くのが面倒……。もし手帳を持って再び病院に行ったとしても、またきっちり医療費を取るし、行くといつもリハビリ科に回されて、ウォーターベッドに乗せられたり、また同じ体操のレクチャーを受けてその追加料金も取られると思うと、なんだかなぁ、気が重い。
子どもの前で医師に言われたのだから、教育的な意味で嫌でも病院に再度行くべきかなとも思ったが、私はこの医師と信頼関係が結べないので、結局すっぽかすことにした。しかし数ヶ月経った今でも、子どもは毎日肩の体操を習慣にしている。

どの医療を選択するか否かは私たち次第なのであるわけで、義務ではない。そして脅して強要する医師は尊敬できない。
人は医師や専門家から「命に関わる」と言われると、たいていは恐怖に背中を押されて言うことを聞いてしまいがちになる。でもそんなときも、自分の不快感や医師の誠実さとよく向き合い、もし信頼関係に疑問を持ったら、どんどんと病院を変えて行こうと今回改めて決意したところだ。

医師ではないのだが、近所の自転車屋さんは、
「僕の言うことを聞かないと、お子さんの命が危ないんですよ！」と言って、いろいろパーツを追加で買うように提案したり、高いメンテナンスをさせようとして大変に困った。そのメンテナンスを受けないなんて、あなた母親失格ですよ！と言わんばかりで、話を切り上げてくれない。
彼は何度も商店街で「命が、命がかかっているんですよ！」と連呼し、１時間以上も自転車の安全に対する演説をぶちまけた。ちょっとヤバい人なのかわからないが、とても客商売とは思えない。その自転車屋さんは著名人の親戚なので、知名度でどうにか食べていけているのだろうか。私が自分で直したタイヤのパンク跡を見て、「これだからシロウトが……」とブツブツ言われるし、本当に感じ悪いんだよね！　二度と行きたくない。
命が危ないと言われても、何も私は小学生の自転車をシャコタンにしたわけでも、違法改造したわけでもない。親子で曲乗りして自転車屋にやってきたわけでもない。息子の自転車のスポークの不具合を見てもらいに来ただけである。
確かに、自転車はときには命に関わるもの。関わるのだが。
この高いパーツを買わなければ、このメンテナンスをしなければ人命に関わるのならば、それは国で規制すべきなのである。それが本当なら、それはもう行政の問題である。今度からそっちに掛け合ってもらいたい。
とりわけ彼の自転車愛はすさまじく。ともすると善意であるからたちが悪い。信念に基づいているから、あれだけプッシュするのだろう。もう信仰のレベルだ。宗教の勧誘と何ら変わらない（から厄介だ）。
まぁ、その自転車屋さんもあの脳神経外科も、行かなきゃいい話なんだけどね。

そう。世の中に絶対はない。
私は「絶対」とか「必ず」をつける人の話は鵜呑みにしないようにしている。
その言葉が付くと脅しが入っていると疑ったほうがいい。人を思い通りに動かそうとする圧を感じる。

「ハルマゲドンは起きる。絶対起きる。人は死ぬ、必ず死ぬ」と言い切って、入信させたり出家させたり、信者をコントロールしようとしていた人とか。
「中国が、北朝鮮が、ロシアが危険だ」と危機感を煽って、憲法を改正しようとのたまう御仁とか。
「このままでは、シミやたるみができて大変！」と言って、高い化粧品をいくつも買わせるBAとか。
それって立派な脅しなのだ。