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[AOF]第四話 ミッション③ ~食料の調達。狩りをします。

「私はどちらのミッションにしても一緒にいた方がいいと思うのですが・・・あなた一人で大丈夫ですか?」

 トールは頭を掻いた。既に心の中ではエルを信頼し始めていたがエルの方はそう思ってくれていないと、トールは感じた。
 仕事の関係という以上に二人は一緒にいる理由は無い。
 ミッションが別々だったらそもそも話すことも無いだろう。
 ここは宇宙船よりもずっと広く、閉鎖された空間では無いが二人しかいなければどんなに広くてもここにある世界は非常に狭い。
 プライベートというものが存在しない世界である。

「俺は大丈夫だ。行ってくるから待っていてくれ。」

「そこまで言うなら・・・私は食べられそうな動物を探してきますね。」

 しばらく休んだ後、トールはシュナイダーの操縦席に戻って運転を再開した。

 この日の天候は曇りだった。
 この天気はこの星に来て初めてだった。

 昼間と夜、八時間ずつ眠ることでちょうどバランスが取れる、

 エルは夜が始まってから八時間、昼が始まってから八時間眠るサイクル、トールはエルが起きたら八時間眠るというサイクルでできるだけ二人のうちどちらかは起きていると言うサイクルを取ると言う取り決めをした。

 二人とも起きている時間はトールが起きてからの夕方と、明け方という事になった。

 次のミッションは食料の調達である。

 以前、エルを殺そうとやってきた暗殺者の持ち物をトールが探し、その辺にいる動物を探して捕まえて調理するのをエルが担当することになった。

 お互いに別々にミッションをしようということである。

 暗殺者の持ち物に食料や水、役に立ちそうなものがあれば、それを拝借するのだ。
 まず、自分たちを殺そうとした暗殺者の銃は手に入れた。
 トールはシュナイダーから荷車を外して出かけて行った。

 待ち合わせはあの竹林の近くに設置したテントである。
 トールはもう一度森のあった位置へと向かった。
 心当たりというより勘ではあったが、もしかしたら暗殺者が持ちこんだ情報端末などが落ちていれば暗殺者の宇宙船の位置も分かるかも知れないとトールは考えた。
 シュナイダーに念のため武装を施す。
 前部についているアームのマニピュレーターに暗殺者が持っていたマシンガンを持たせれば武装は完了。簡易的な火器管制システムがシュナイダーにはもともと搭載されており、銃を持たせることもできるし、槍を投擲したり、弓を放つことも可能だ。
 シュナイダーのデフォルトの主武装は後方のアタッチメントに取り付ける事ができるレーザー砲であるが、それはまだ送られてきていない。

 これは星を自治体同士で取り合う、もしくは現地で知的生命体がいて争いになった際に使う兵器である。エルが持っているレーザー銃『竜』より百倍くらい強力な砲撃兵器で使うと建物でも巨大なコンクリート壁でも破壊する事ができる。

 何も無いところをうろうろしているというのは何とも心もとないというか不安である。
「シュナイダー。見つかりそうか?」
「ミツカラナイデス。」
 暇過ぎて機械に話しかけてしまう。酷く残念そうにシュナイダーは返事をした。
「着信アリ。」
「何だそれ。」
「『本国』カラノ連絡デス。」

 本国とは自治体ではない。自治体が元々属していた『国』のことである。

『本国』の方が先にここへ移住したのだろうか。
 数百年前から連絡が取れなくなっていたため、自治体は国から自然と独立してしまっていた。

「『本国』? 何だそれ。」
 トールの知らない情報である。

「内容ヲ閲覧シマスカ?」
「再生しろ。」

 トールはそう命じた。

・・・我々が宇宙へと進出してから二百年、ついに我々の住むべき故郷となり得る星を発見した。ここは広く、散り散りになった同胞たちを集めても全員がここで生きていくことができると、第千二百六十五代大統領である私、九垓は確信した。

 本国からのメッセージはそれだけだった。

 いつ大統領が決まったのか、何年前の通信なのかそれは分からないが、こういう良く分からない情報がトールにとっては良い暇つぶしではあった。大統領の名前から考えるに、この本国というのはトールが属していた自治体の上部の『国』とはまた別ものと思われる。

 自治体という区切りより大きい人類の組織は歴史の教科書で学ぶところ、トールの知識では少なくともそう言ったものは解散されたことになっている。
「シュナイダー・・・メッセージの発生源はどこだ?」
「西へ三十キロノ地点カラ繰リ返シ出サレテイマス。」

「何の為に出しているんだ・・・。」
「分カリマセン。」
 さすがに機械が思考して答えを出すことは出来ない。答えを出すためにはとりあえずそこへ行ってみるしかない。
 トールはエルに連絡を取ることにする。
 エルは無線の端末を持っている。
 シュナイダーに備え付けのタッチパネルを操作してエルを呼び出す。
 エルはちょうど何か料理をしているようだ。
 良く分からない生物をたき火の炎で焼いているグロテスクな映像が写し出される。

「一人焼肉か。コンキスタ。何を狩ったんだ。一体。」
 話しかけると、エルはカメラに向かって振り返った。
 ホログラムでエルのコピーが目の前に現れる。
 向こうも同じ状況だ。
 よく見ると、トールが学校の授業で昔見た古典映画、『エイリアン』のような緑色の寄生生物のような生き物を焼いている。

「良い匂いですよ。早く戻ってきて一緒に食べましょうよ。」
 狂っている。

「何が・・・一体何があったんだ! コンキスタ! 待て! 食べるんじゃあない!」

 トールは片手で目を覆った。ちょうど映像が途切れる。
 とにかくすぐ戻るしかなかった。
 トールの外出は何の成果も無かった。

 ☆☆☆

 トールが戻ると、エルはその生物のモツを焼き始めていた。
「よく食べる気になったな・・・。」
「いや、本当に空腹だと何でもいけますね。」
 エルはそう言いながら生物を焼いている。

 そこには何のためらいも無い。
「私、さっきこいつに襲われたんですよ。一応成分の分析は済ませてます。食べられますよ。これを食してお腹や身体を壊すリスクは三パーセントです。」
「お前、この前の水は俺から先に飲ませたのにこいつを食べるときは自分から行くんだな。」
 トールは呆れて口を開けた。
 しかし、肉を焼いている匂いはしない。
 どちらかというとちょっと焦げ臭いような青臭いような匂いである。魚とも違う。
「成分を分析したところこいつ・・・この見た目に反して半分は植物なんですよ。とてもヘルシーな味わいです。」
 なるほど、そうか・・・とトールは納得しない。

「何でそんなものを食べる事にしたんだ・・・。」
「あなたが私の分の食料を置いて行かなかったからですよ。」
 食料を置いていくのを忘れていたことをトールは激しく後悔した。

「食べて下さいよね。」
 そう笑顔で言われてしまうとエルの悪意っぽいものが感じられた。
 それではもはや食べざるを得ないトールは一口食してみた。
 それはとても甘く、まるで新鮮なキャベツを焼いたような美味しさ、加えて臭みの無い肉の旨み、濃厚な脂質を含んだ肉汁が思考を蕩けさせるが、それでいて後味はスッキリとしている。
 そんなキャベツと肉を同時に堪能できるかのような当たり前の美味しさ。見た目からは想像がつかない・・・まさかである。エイリアンとプレデターが口の中では手を繋いで仲良くしているかのようなそんな有り得ない美味しさであった。
「どうやら食べられそうですね。じゃあ私も一口・・・。」
 エルはそう言うと一口食べた。
「なるほど、これは、ソースがあるともっと美味しく頂けそうです。」
 塩がもう少し欲しいところだとトールは思った。
 しかしエルのこの発言の違和感は何だろう・・・また人体実験されたというか毒味に使われたと言うことに、トールは気づいたが何も言わなかった。

 ・・・それでいいんだ・・・。一人にした俺が悪かった。
 トールはそう反省した。

「で?」
 エルはそう言うと首を傾げた。

「ん? 何だ?」
「私は狩りをして食料を手に入れるミッションを成功させましたが、あなたの方はどうだったんですか?」

 トールは暗殺者の乗っていたと思われる宇宙船の探索をするために出かけたが結局見つけられなかった。つまりは何の成果も無い。

「何の成果も無かったのですね。ダサッ。」
 エルはトールに向けて自分の成果を誇りながら馬鹿にしたように笑う。

「う・・・。」
「ここに来る前は私をいじめていたくせに、口ばっかりの人だったのですね。トール・バミューダという人は・・・。」

 立場は逆転してしまったようだ。

「しかし、収穫が無かったわけでは無い。」
 トールはシュナイダーが受け取ったメッセージをエルに見せた。

「どう思う。」

 立場が逆転したからと言ってもトールは大人なので取り乱すことも無く淡々と振る舞い、エルもまた黙ってその事実を考えた。
「罠かも・・・でも、私はそれだったら西へ移動するルートを行っても良いと思うけれどどうです?」
 つまり、エルは危険性を視野に入れつつも行くことを提案した。
「そうだな。行ってみようか。」

 ☆☆☆

 シュナイダーに荷車をつけて出発する。

 荷車の幌を外すと、荷車はさながらエル専用の銃座になる。
 実際はテクニカルというテロリストが乗ったピックアップトラックみたいなものではあるが似たような形だ。
 行く手には取りあえず何も無いようでいて、巨大生物の群れが見えた。
 昆虫を大きくしたような狂暴そうな形だ。
 あれに襲われては一たまりもない。
「なあ。コンキスタ。」
「何です?」
「本当に住めるのか? ここ・・・。」
 トールは群れを回避しながらメッセージの発信元へとシュナイダーを走らせる。
 シュナイダーは時速四十キロの速さで歩を進めている。車と比べると遅いが歩くよりはずっと早い。
 シュナイダーは設計上、10Gまでの重力下でも通常動作するよう設計されており、最大出力で時速百キロで走り、その移動中でも射撃のアタッチメントにつけるレーザー砲での射撃を行う事ができ、捕捉した敵を確実に仕留めることができるだろう。

 しかし一台であの群れを殲滅するにはレーザー砲がなければ無理だ。
 重力による疲労で巨大生物と戦うほど二人は体力が残っていない。

「住めるかどうかではなく、ここに住まなければならないのです。」

 エルはトールの質問にそう答えた。
「他の星は何百年と見つからなかったからか・・・。」
 これを逃すと、確かに人類は宇宙船の中で滅び去るのをただ待つだけになってしまう可能性がある。二人の生命の価値が試されているのだ。

「しかし、メッセージを聞く限りだと・・・既に人が住んでいる可能性もありますが・・・。」

「帰れないぞ。それは分かっているか?」
 トールはエルにそう聞いた。

 トールは自分が使い捨ての人間だと言う事を生まれながらに知っている。
 ここに来ることそれ自体は当たり前のことであり、死ぬまで宇宙船に帰ることは許されない。帰ることが許されているのは頭に埋め込まれた電子チップだけなのだ。無理だと分かれば捨てられる。
 だからこそ慎重になり、例えこうした何とか住める星が見つかったとしても安全なのか、本当に住めるのかそう言った不安と苛立ちを送り込む側にはぶつけざるを得なかった。

 来てしまったら今さら文句を言っても遅い。
「分かっていますよ。今に皆ここに来ます。早くここを住める状態にしましょう。いずれ邪魔なこの星の生態系をめちゃくちゃに破壊しつくして、重力以外は地球と同じ環境にしましょう。」
 帰る場所の無い二人はこの星を侵略するためにここにいるのだ。
 冗談みたいな発言ではあるが切実にこの星の環境を破壊して作り変えなければ人間は生存できない。

「そうだな。まさか人間がこんな立場になるとは地球に住んでいた頃の人類の資料とかを見ると考えられないがな・・・。地球を侵略してくる宇宙人を地球人が撃退するような映画ばかりだった時代もあったみたいだしな。まさか逆の立場になるとは皮肉なものだ。」

 トールはそう言った既に古典になってしまった映画が好きだった。
 いつも地球に来た宇宙人の方を応援してしまう。彼らはいつだって超技術で旅をし、帰る星を失い、自分の居場所を求めて人類を徹底的に殺そうとした。

 対する人類はいずれ自分たちが同じことをしなければならないことを知らず、その時持っている武器だけで懸命に戦い、自分たちの居場所を奪おうとする外敵に対し、自分を犠牲にしてでも追い出した。そうした各々の姿に涙すら流してしまう。どんなに内容が下らないと思ってもその生存競争はいつだって悲しいことだ。
「ふーん。」
 エルはトールの背中を見ながら軽くそう言った。
「私もそう言う映画好きです。逆の立場になってしまったっていう感想は私もそう思います。宇宙人の方を応援しちゃいますよね。ああ・・・人類なんてその時に滅んでしまえばよかったのに。」
 エルはそう言った。実際他の宇宙人と人類は遭遇していない。
 思っている事が共通しているとはトールにとっては意外だった。しかし、もしかしたらこの感覚は宇宙へと出た人類共通の感覚なのかもしれない。
 特に遺伝子までも変えられて生きる人々は自分のことをもうすでに過去に地球にいたころの人類と同じものだとは思っていない。

「ふふ・・・我々は宇宙人だ・・・。」
 エルは笑いながらそう言った。

 人類が生き残ってハッピーエンドな映画として人類はもうその映画を見る事は出来ない。
 全て侵略者が失敗して終わった悲劇の映画なのだ。
 しかし、トールはそうやって笑ってしまうエルのことがいつの間にか好きになっていた。

 巨大生物に気付かれないよう砂丘の稜線に隠れながらトールはシュナイダーを走らせる。
 蟻が大きくなったような人の身の丈を超えた全長約十メートルの巨大生物とはいずれ戦わなければならないが、今はその時では無い。
 遠回りをしている。敵に回すとシュナイダーの倍くらいのサイズだとすると戦いを避けて、中心部まで行かなければならない。
 時速四十キロで走っているなら三十キロメートル先まで行くのに直線なら一時間とかからずに行けるはずではあるが、遠回りを強いられ既に一時間以上が経過している。
 群れは何千匹の大群のようだ。
 間を縫うように行くという事も避ける。道を塞いでいるのがたとえ一匹でも戦いを避ける。一匹を殺して何匹も集まって来たのでは大変な事になってしまう。
 好戦的な性格のエルもこの時ばかりは弁えて、銃をいつでも撃てるようにしていても決して自分から撃とうとはしなかった。
 そもそもこの出力の銃が効くのかどうか、そこからして不明だった。
 何を食す生物なのか、シュナイダーを止めて二人は砂丘の稜線から巨大生物を観察した。
「奴らは一体何だろうな。」
 トールは望遠鏡を覗きながらエルに質問した。
 奴らは全て静止しているように見えた。ただ、風に吹かれて揺れるようだ。地面にも風が吹いているから砂が動いてそう見えるかも知れない。
「私にも分からないです。」
「まぁ・・・そうだろうな。」
 トールは嫌味でも無くそう思ったことを口にした。
「すみませんね。事前調査が足りなくて。」
 その通りだと思うがこの場でそんなことを言い争う気はトールには無かった。
「よくあることだ。分からないなら今からでも調べようぜ。」
「!」
 エルは思わず声に出さずに驚いていた。
「どうした?」
「いや。そんな前向きなことをあなたが言うとは・・・。」

 トールはとにかく観察を続けた。
「あの生物たちの下に何かあるな・・・。」
 巨大生物がいる地点がちょうど先ほどのメッセージの発信源と重なっているのかもしれない。トールにはそのようにも見えた。さすがに三十キロメートル先なので見えないが可能性はゼロでは無い。

「私もそう思います。巨大生物といっても蟻に似ているから生物だと思うのであって本当は別の何かかも知れないし・・・。」

 それも一理ある。トールが見たところでも何かしている様子は無い。蟻という生き物は働き者というが、この星の蟻がそれに当てはまるかどうかは分からない。
「どうするコンキスタ?」
「私に判断を委ねるのですか?」
「いや、意見が聞きたい。」
 エルは自分のあごに手をあててしばらく考えた。

「近くに行ってみますか?」

 エルはそう言った。ふざけた意見だとトールは思ったが、エルは真面目に言っているし、それはトールも言おうと思っていたことだ。危険と恐怖に満ちた平原を越えなければならない。ここで止めておこうとトールもまた思ってはいなかった。

「触れなければ大丈夫・・・かもしれないです。」
と、エルが自信のなさそうに言うが、実際はどうなのか分からない。

「よし、乗った。何かあったら焼肉をおごれ!」
「エイリアンの肉でよければいつでも。」

 おごれと言ってもここでは金銭というものや貨幣経済がそもそも無い。
 しかしエイリアンの肉・・・正直なところうまいのだかまずいのだか・・・トールをそう言う微妙な気持ちにさせる微妙な返しである。この状況で焼肉をおごれというのも突拍子もない冗談ではある。
 トールは少しだけ元気になった。
 疲労から来る躁鬱状態・・・クライマーズハイのようなそれもある。アドレナリンが血中に放出されて交感神経を刺激する。闘争か逃走。生物が己の危険から身を守る、あるいは捕食する必要にせまられるなどといった状態に相当するストレス応答を、全身の器官に引き起こす。

 同様の感覚をエルも感じている。

 アクセルを踏むとシュナイダーが走りだし、加速していく。
 銃座になっていた後ろの荷車を取り外し、トールの膝の上にエルは向かい合うように乗った。
「骨が折れるな。」
「何か言いましたか?」
「とにかくしっかり掴ってろ!」
 発言をお茶に濁しつつシュナイダーは走り出した。
 すごい速さである。
 加速すると、エルの身体がGでトールに押し付けられる形になる。
 時速百キロなのに、シュナイダーは自動で左右にステップを繰り返しながら巨大生物をすり抜けていく。そのたびにエルの身体がトールにエルが叩きつけられる。

 無事にその群れを抜けた。
 エルの言うとおり、触らなければOKだった。
 トールが気絶気味だったのでエルが代わりに周囲を観察できた。
 巨大生物は動く気配すらなかった。

「おい。こら痴漢野郎。起きろ!」

 エルは状況を説明するためにトールを叩いた。

「ん? どうしたんだ?」

 寝ぼけている。自動運転だから何とかなったがマニュアル操作なら大事故である。
「聞いてください。シュナイダーが地下に何かあると言いつつ通り過ぎましたよ。」
「! しまった!」
「しまったじゃないです。しかし、あれは多分巨大生物と言っては見たものの多分違いますね。まるでオブジェみたいでした。動くのかな? あれ。」

 取りあえず銃で撃ってみようとするエルをトールは止めた。

「触らぬ神に祟りなしというだろ。そうやってすぐ撃とうとするのはやめなさい。」
 エルは立ち上がってシュナイダーから降りた。
「神か・・・そんなものいるんですかね?」
 未来の世界でも宗教というものは存在する。
 信じるものは救われるという意味を人間は理解している。信じるものは幸せなのだ。生きていくことに対するすべての責任を神に押し付けることができてしまう。

「俺は・・・神は信じていなくても運命っていうものはあると思う。」
 トールはそんなものは信じていなかったが、エルとこの星に送られてきたことをそう感じている。
 「運命? そんなものは自分で切り開くものですよ。」
 エルは力強くそう言った。
 自分の力で抗えないものなど無いとその時はそう思っていたのだろう。  
 その強さが常に絶望と隣合わせであることをエルはその時気がついてはいなかった。

☆☆☆

 情報の発信源を探して二人は歩き続けた。
 しかし、いつまでも辿り着かない。近づけば近づくほどに何故か遠ざかって行く。
「罠か?」
 トールは疑問に思ったこと、予想されることを率直に口に出した。
「あまりいい気分ではないですね。」
 発信源が常に一キロ先を示して動いているのだ。
 まるで逃げるようにゆっくりと向かっても、高速で追っても同じ距離を保ったまま逃げていく。
 その状態が二時間も続いていた。
「面倒だな。」
 トールはそう呟いた。
「発信源が移動していることはやはり何者かの意思が働いているに違いないですよ。」
 エルはそう冷静に分析した。
 トールもまた同じ意見だ。
「闇雲に動いても駄目だ。誘導されているのかもしれない。もしかしたらこの星には既に人間が住んでいるのかもしれない。」
「そうですね。」
 次の行動を二人は考えた。
 この先は単独行動を取るのは危険だという考えで二人は一致していた。
 罠かも知れないと思いつつ一定の距離をシュナイダーで走っていると今度は信号の発生源へ近づき始めた。
 発生源に着くとシュナイダーでは入れない遺跡なのか洞窟になっているようだった。
 この蟻型オブジェがもしかしたら前回来た自治体の遺産なのかもしれないと思いつつシュナイダーから暗殺者が持っていた銃を外し、トールはシュナイダーに使い方をレクチャーさせた。

「銃弾ハ現在ノ私ノ装備デ百発製造可能。周囲ノ蟻型オブジェヲ使エバ概算デ一兆発製造可能。」シュナイダーはトールに最後にそう言った。実質無制限に撃てるな、とトールは思った。

 遺跡の入り口にシュナイダーを残し、地下へ向かった。

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