Age of frontier No,122(全文)
プロローグ
この世界には、町があって人が住み、木々が広がる森や清らかな水が流れる川、活気ある市場や退廃的な賭け事をするための遊技場、人々がレジャーを楽しむビーチやプールもあった。
働く人や、休日を満喫する人の賑やかな声、明るい音楽もそこかしこで流れている。
ただ、陽射しというより、ただの照明が町を照らしている。
それがこの町、世界の正体・・・宇宙船の中に広がる空間・・・あるいは移動するコロ二ー。それだけが人々の住む世界だった。
開発公社にて
古びたコンクリートでできているように見える建物の中、憂鬱そうな顔をした男が一人、遊技場で交換した甘そうな菓子を食している。
「トール・・・お前またパチンコに行ったのか・・・仕事中なのに。」
トールは目つきの悪い男で、中肉中背で少し筋肉質な男だった。細マッチョという言葉が彼には会っている。黒髪の彼の髪型は、普通だ。
上司と見られる男が呆れたようにそう言った。
「良いじゃないですか課長・・・行ったって。だってもうすぐ俺はそういうのとはかけ離れた生活を送らないといけないんですよね。仕事で。」
憂鬱そうに男は上司にそう答えた。
「嫌なら辞めちまえ馬鹿野郎。とにかくだ。あっちへ行くまでには溜まった事務仕事は残すなよ。」
「もう終わってますよ。引き継ぎも済ませました。」
「生意気な野郎だな。」
とは言え、男は優秀だったのでそういう口の訊き方でも許されるところはあった。
「トール・・・お前は優秀な事務員だった。本当に・・・本当に残念だ。」
そう悲しそうなセリフだが上司は笑っている。
市役所にて
新築された巨大な施設、船内で一番大きい建物。
光が差し込む窓が多く、曲面が多用された立派な施設だ。
そこは市民七万人の政治や行政の中枢となる重要な場所だ。
産業建設課は一階の隅、税務課の横にデスクがいくつか置いてある。
ここは特にこの自治体における人類存亡をかけた重要な案件が事務処理されるところだ。
税務よりも重要な仕事、産業建設課だ。
「コンキスタくん。」
「はい。課長! お呼びでしょうか?」
元気に返事をした彼女はプラチナブロンドの髪をゆらしながら、回転する椅子を蹴って上司の方を向いた。彼女は男を惚れさせてしまうナイスバディな女性だ。
性格は天真爛漫で楽観的、顔つきは目鼻顔立ちはっきりしていて、グラビアアイドルみたいな子だった。ただし、すごくモテそうなのに、権力を持っている父親が怖いのか結婚相手も付き合おうとする人が誰もいない。
「すまんが十時だ。お茶を淹れてくれないか。」
「はい! 喜んで!」
さっと立ち上がると給湯室に向かって彼女は広い庁舎を走って行く。
「とてもあの評議員の娘とは思えんな・・・。」
「課長・・・それはどういう意味で?」
新人職員が上司にそう声をかけた。
「あの子は上級試験に合格したエリートキャリア官僚にして評議員のコンキスタの娘。最後は親のコネでこの市役所職員になったのだが、よく私のいう事を素直に聞いて真面目に働いてくれる。それに可愛い。」
コンキスタと呼ばれた彼女は評議員、アベル・コンキスタの娘、エル・コンキスタだ。
「ああ・・・コンキスタ先生の娘さんですか?」
「おう。そうだよ。新人。」
「増税したのに俺たちの給料を減らしたあの悪名高いコンキスタの娘か。」
新人はそう憎まれ口を叩いた。
「おいおい。市役所職員が自分たちのトップの悪口を言うもんじゃないぞ。怖いお父様にしばかれるぞ。」
上司が新人をそう注意した。
雑談をしているとすぐに彼女は戻ってきた。
「はい。みなさんにお茶をお持ちしましたよ。私が自宅で作ったお茶菓子も一緒にどうぞ。」
エル・コンキスタ・・・彼女と彼女の淹れるお茶とお菓子は産業建設課の潤滑油のような温かい存在だった。
「本当にできた娘だ・・・。」
第一話 風の吹く大地に立つ二人
コロニーには季節が無く。生活空間は暑くもないし、寒くもないから風が吹くこともない。セクションに応じて適切な温度管理がなされていた。だから仕事で風の吹く大地に立つのはある種の苦痛でもあるが、同時に生きていることを実感する快感でもある。そして今はとにかく暑い。自然の暑さは身に応える。サウナみたいなものだと思うのは気休めに過ぎない。
ようやく見つけた惑星No.122・・・。人類は地球という住処を捨てて数千年を経てもなお、発見できた住める星はまだこれだけだ。
そのNo.122の星を探索し、開発するのは開発公社の仕事である。
そして、その担当者は開発公社企画課所属のトール・バミューダと市の担当者、産業建設課のエル・コンキスタだ。
その担当者二人は風の吹く大地に立っていた。
☆☆☆
数か月前 開発公社
「この砂漠ばかりの星を開拓するだって? 馬鹿を言うな! 小役人!」
電話口で怒鳴り散らすのは開発公社の担当者のトール。
『すみません。ですが・・・これは評議員の意向でもありまして・・・開発することが決まっているのです。』
「小役人! 貴様! 評議員が死ねと言ったら死ぬのか? 馬鹿なのか!」
『ですが・・・こちらの調査では人が住めるという結果が・・・』
「うるせー。こっちは何年もこの仕事をしてるんだよ。これは経験上無理だ! ふざけるな! 他の星にしろよ!」
トールは電話を叩ききった。種々の数値は人間が住める星だがただ単に行きたくなかっただけで怒ってしまった。
「おい。トール・・・あんまり市役所の職員をいじめるな。」
「人類(俺)の生死と未来がかかってるんだ! 黙れ! じじい!」
「ちょっと裏で話そうか・・・。」
上司が横柄な態度のトールを注意した。
「俺に向ってじじいはないだろ。じじいは。」
「え、怒るとこそこですか?」
惑星探査・・・特に人が住む星となると、責任と自分の命もかかっている。
理由・・・生き物が住める星という事は当然、生き物が住んでいるのだ。未知の細菌や猛獣、地球と同じような進化を辿っていれば恐竜がいたり、宇宙人や先住民もいるかも知れない。ちょっと過酷な方がちょうどいいという説もある。
トールは見たことが無いが火を噴くやつもいるかも知れないし、寄生して腹を食い破ってくるような恐ろしいやつもいるかも知れないというより、それらは実際いた。経験で知っている。
トールは本音を言えば正直なところ『どこにも』行きたくないのだ。
緑地のある星で緑地に降り立ったときは秒で死んでしまった経験もある。
トールはクローン人間で、その土地で何が起きたか、脳に埋め込まれた電子チップで死ぬ度にデータが回収されて新たなトールが生まれるのだ。
実際、何度となく危険な目に遭い死亡することを繰り返してきた。つまり、探査は悉く失敗だったということだ。そういう記憶が引き継がれているので時々寝ているときにうなされることもある。
しかし、他に仕事が無く、高給取りのこの仕事を辞めてしまうということは人生を捨てることにもつながってしまというより、遺伝子レベルで探査に向うことが決められているのだ。
自治体は常にエネルギーを消費し続けているため、早く定住できる星を見つけなければならない。惑星探査には莫大な費用が掛かるが、それは致し方ないことでもある。この仕事をしているからこそトールは増税には賛成だった。
何故なら増税があれば多少なりとも探査生活はマシになるだろうと踏んでいたからだ。
☆☆☆
数か月前 市役所
「コンキスタ君。どうした? 泣いているのか?」
「開発公社のトール・バミューダさんがこの星は無理だって・・・。意地悪を言うのです。」
誰だって電話口で怒鳴られれば気分のいいものでは無いし、罵声を浴びせられれば傷もつく。
「ちょっと砂漠が多いくらい何だって言うんですかね? あいつ。」
「ん? No.123は砂漠が多いのかい?」
「課長・・・No.123は、三十年前に人を送り込んだけれどとても過酷な環境で駄目だったじゃないですか。そこではなく、No.122です。No.122は良い線言っていたけれど、保留されていた星です。それ以上の環境下の星は無いのです。酸素の濃度ほか、大気中の空気も重力値も人間が住むのに許容範囲内で丁度よく、大気中の毒素も放射線も人間が住めるレベルです。こんな奇跡的な星は探してもなかなか見つかるものではないはずです。」
エル・コンキスタは何千項目にも及ぶ人が住める星の条件から合致する星へ探査衛星を送り出す仕事をし、丁寧に一つ一つ調べ、ようやくこのNo.122を発見した。
ここで他の自治体にこの星を奪われる前に取らなければ、さらに悠久の時を宇宙船はさまよい、いずれこの宇宙船の乗組員は滅んでしまう。
人々は少しずつ進化して、より多くの放射線にも耐え、毒素にも耐える身体へと進化している。砂漠がちょっと多いくらいの理由で、恐竜やモンスターがいたり、ましてトール・バミューダという意地悪な屑に罵られたからと言って、人類の未来を放棄することはエル・コンキスタにはできなかった。
「う~ん。砂漠はともかくだ。モンスターはまずくないかな?」
「大丈夫。ぶっ殺せば良いんです。」
上司の質問にエル・コンキスタはまっすぐに前向きにそう答えた。
「しかし・・・トール・バミューダにその根性があるかどうか・・・実際の探査をする彼の身になって考えたらモンスターがいる星なんて行きたくないと思うのが普通だと思うよ。」
「何を言っておる! モンスターなど狩れば良いんじゃ!」
評議員のアベル・コンキスタがエルと同じことを言いながら話に割って入った。
大柄で筋肉質、それでいて理知的な目をした銀髪の男、ここが古代中国だったら間違いなく将軍だったに違いない出で立ちだ。スーツに身を包み、胸に評議員を証明する徽章をつけているが似合わぬほどにこの宇宙にあって野性的な男。アベル・コンキスタだ。
「ひ!・・・アベル様・・・。」
エルの上司が怯み、畏れてしまうような存在感だ。
「コンキスタ評議員・・・こちらには何か御用がおありですか?」
エルは他人行儀にそう聞いた。公私は分けて考えるというポリシーがあるからだ。
「なかなか開拓が進んでおらんようではないか。産業建設課長よ。」
「え? ああ・・・いや・・・その・・・。」
誤魔化そうとしている。
「例の星の探査はどこまで進んでいるのだ? 莫大な経費をかけているのにこのまま何の成果も無いとまずいことになるぞ。分かっているのか?」
「もちろん存じております。今、エルさん・・・いやお嬢様が調査なさっている星No.123へ開発公社の者を送り込む手配をしております。」
「あの・・・課長No.123ではなくNo.122です・・・。」
小さい声でエルが訂正した。
「そうか・・・いよいよ人を送り込むか・・・ようやくここまで来たか・・・。エルよ。良くやったな。」
アベルがそう自分の娘を褒めながら頭をなでようとした時、エルは触るなと言わんばかりにその手を振り払った。
「ふ・・・大人になったなあ。エル。」ちょっとだけ寂しそうなアベルであった。
「職場では公私を分けていただかないと困ります。」
エルがアベルを睨みつけている。
「それにしてもいよいよ旅立つときが来たという事だな。エル・コンキスタ。」
腕を組み涙ぐみながらアベルはそう言い出した。
「お父さ・・・コンキスタ評議員それはどういう意味ですか?」
「お前の小さい頃からの夢を叶える時だ。」
☆☆☆
惑星No.122にて
これは今、エルが行き倒れている。ここNo.122での事だ。
酸素濃度や大気に含まれる毒素は許容値だ。
しかし重力は1.05G、単純に体重がプラス5%になる重力でこの星の一日は約四十八時間つまり通常の人間の一日の活動時間の二倍だ。トールはエルの体重などの個人情報は知らないが、痩せていようが太っていようが関係ないことは確かだ。
エルは自分が来ることは想定していなかったらしい。
つまり疲れているから倒れたのだ。
「おい! 起きろ! 移動するぞ!」
しばえらく寝かせた後、声を荒げてトールはエルを起こした。
乗ってきた宇宙船は必要最小限の荷物で、ミッションに必要な物資や人材はこれから送られてくる事になっている。
トールとエルは打ち合わせなどで何度か顔を合わせてはいるが共同で生活するなどの訓練は受けていないため、お互いの素性や細かいところまでは理解していないほぼ他人の間柄だった。
エルにしてみれば事あるごとに電話口で怒鳴られて傷つけられる嫌な奴くらいの印象。
トールにとっては仕事とは言え自分をこんな辺境へと追いやる小役人でちょっと美人だけど嫌な女くらいの印象だ。
本来であればお互いを信用し信頼が無ければこの仕事は成り立たない。
トールはエルがここにいるという事で自分が自治体政府からも信用されていないという印象を受けた。・・・監視役か・・・。くらいの印象である。
「すみません。バミューダさん。」
一日、四十八時間・・・。簡単に言えば昼の長さが一日、夜の長さも一日である。この行動時間の長さと重力1.05Gの環境はたった二十四時間で一週間分の労働を絶え間なく続けたようだとエルは感じた。
しかし、必要な物資、特に当面の水と食料は現在の地点から十キロメートル先に降下されている。これは行政が二人にその場に留まらず少しでも探索させるためのミッションでもあり、万が一物資が二人に衝突するという危険を避ける為でもある。
トールは逆関節式二足歩行型トラクター『シュナイダー』に乗り、パチンコの景品の紙袋に入った菓子を食べているので多少疲れていないが、エルは徒歩で移動しなければならない。シュナイダーの歩き方はダチョウと同じで見た目もそれに近い。大きさは全高5m、全長2mだ。速さも簡単に言って速い。
時々、トールはパチンコの景品の菓子を嫌々分けてくれるが、エルにとっては屈辱でしかなかった。菓子はトールの私物で、食料は一週間分しか用意されていない。だが、十キロメートル進めば一月分の食料がある。
二人のミッションはまず水と食料など物資が落ちた場所へ向かいつつ、先遣隊百人の着陸地点を探して宇宙船に着陸地点のビーコンを送るのだ。
・・・こんなひょろい男に負けてたまるか。私は評議員の娘にして偉大な開拓者・・・、冒険者たちの血・・・コンキスタ家を受け継ぐ者なのだから・・・。
エルはそう心の中で呟いては重たい脚を前に進めた。
この重力では服ですら重い。そのため薄着をしているが、何より重たい二丁の銃はコンキスタ家の誇り。腰につけたホルスターにしまっている。
・・・今は歯を食いしばってひたすら歩くしかない。
二人ともそう思っていた。
「しっかりしろよ。小役人! 昼中には物資に辿り着くぞ!」
「はい!」
今は素直に聞いているが、今に見ていろと思うエルだった。
☆☆☆
昼間、エルが頑張って歩いたため、物資に辿り着いた。
当面の水と食料、ろ過装置を手に入れたのでこれでこの地の水も飲むことが出来る。
・・・だが不安だ。
トールはそう思ったが口には出さない。
拾い集めた枯れ木と持って来た菓子類の包装のゴミで作ったたき火のそばで、疲れて眠っているエルに、トールはシュナイダーの中にしまってあった毛布を取り出してかけた。
そんな優しさも見せる。
重力はたったの5%増しだが、機械に乗っていても激しく疲労させる。凄まじい肩コリと頭痛にトールは悩まされた。
十キロ・・・たった二十キロだが到着するまでに歩いた時間としては八時間も費やした。エルが眠って休んだりもしたので二時間の休憩をして十時間かかった。
何度となく倒れそうなエルを、トールは見捨てなかった。
・・・危なかった。まさか荷物を開けるパスワードがエルの生体反応だったとは・・・。
エルを見捨てると物資が手に入らないため、自分も死ぬのだから必然的にトールはエルを助ける義務が生じるのだ。
この星で死んだ場合、母船にシュナイダーの記憶が送られ新しいトールのクローンが作られ、記憶が移植されるようにできている。
トールはエルにシュナイダーのトランクに乗ることを何度か進めたがエルはそれを拒否した。やんわりと断られた。
自分を荷物と一緒にするなという強い意志を柔らかい言葉で言われた。
返ってそれがこの星での生き方として正解だったのだろう。
この星を自分の足で歩いたほうが早く順応できる。トールは肩こりと頭痛に苦しんでいるがエルは気持ちよさそうにぐっすりと眠っている。
・・・その違いが出たな。
トールは頭痛薬と睡眠薬を飲んでようやく眠れた。
トールが眠っている間に、エルは起きて届いた食料を調理した。
レトルト食品なので調理と言っても温めるだけではあるが、普段の食事もあまり生の物というのは宇宙船内では手に入らない。
しかし、裕福なエルの家柄では生の食料っぽいものが手に入るのでエルは調理も得意だ。
よく手作りの菓子などを職場に差し入れることもあった。
食事を温めて用意するのは、トールが寝ているエルに毛布をかけたことに対する礼のつもりだ。この男に借りは作りたくなかった。
「よく、男女二人でこんな辺鄙なところに行くことを父は許したものよね・・・。」
エルはそう呟いた。
その点には何かしら裏があると思うエルだった。
正直なところ、エルは自分のプロポーションには自信があり、それは自他ともに認める。
人は、美人で可愛らしいエルには誰だって甘くなりそうなもの、しかしトールは厳しく当たるし怒鳴る。
・・・おやじにもぶたれたことは無いのに・・・。
そんな昔の古典アニメのセリフを思い出す。
トールはエルに対し欲情しないのだろうか・・・。それも何だか悔しいエルだった。
そんなことを考えながら火を強くしたとき、エルは視線を感じた。
エルは辛そうな表情で眠っているトールを起こさなければ・・・。
ホルスターに手を伸ばし、銃を抜く。
一瞬、エルの身体に悪寒が走った。
二丁拳銃にはそれぞれに特徴があった。左手に持った銃『虎』は衝撃波を発射して敵に衝撃を与えて吹き飛ばすタイプで、出力を抑えて生物を生け捕りにもでき、高出力では対象を破壊することもできる。右手に持った銃『火竜』は熱線を飛ばすタイプで、低出力で火を起こしたり、高出力で対象を熱で切ることも出来るレーザー銃だ。
・・・獣がいる・・・。
夜行性の獣・・・見た目で分かる肉食性・・・。体長は約三メートルと巨体だ。
トールに石を投げて起こした。
「痛ぁ! 何だ!」
そんな風に怒っているトールより怒り猛る猛獣は二人のうちどちらかを狙うか迷うような素振りを見せている。
牙を持ち、四足でしなやかに歩く黄色と黒の迷彩柄の獣・・・虎と明らかに違うのは目が四つもあるという事だ。
「俺に任せて逃げろ!」
トールはそういうと火のついた薪を拾って猛獣に向かって投げた。
獣は火を恐れる・・・そんな地球の常識は通用しなかった。
確かに一瞬、怯んだが獣は勇気がある生物だったようだ。怒りの表情をトールに向け今にも襲い掛かろうとしている。
大きく吠え、トールを威嚇し、飛びかかり、一瞬のうちにトールを押さえつけた。
獣が牙を突き立てて齧りつこうとした瞬間。
エルは引き金を引いた。
脇腹に衝撃波を喰らった獣の身体がくの字に折れ曲がって大地に転がる。
「こんなところで死んでどうするんですか!」
「すまない・・・助かった。」
獣は死んでいないのか、起き上がってさらに襲い掛かろうとしている。
しかし、エルは今までになく生き生きとしている。
エルは襲い掛かる獣の顔面に衝撃波をさらに撃ち込み、牙を折る。
獣が立ち上がり、襲い掛かろうとするが、その度にエルは衝撃波を撃ち込み、さすがの獣も学習したのかその場から立ち去った。
「怖い女だ・・・。」
「は?」
トールは傷ついて立ち去って行く獣を目で追いながらそんな風に思ったことをそのまま口に出してしまっていた。その後の『は?』にトールはエルの苛立ちを感じた。
☆彡
第二話 ミッション①~水を手に入れろ!
物資の補給に関するミッションは長距離の移動しかなかったが、ミッションは続く。
そこで終わりではない。
次のミッションは水辺を探し、ろ過して飲むという人体実験と、この星の生き物を調理して食べるといういずれも人体実験である。
「大丈夫です。私、料理が得意なんです。」
・・・いい笑顔だな。しかし、いくら料理が得意でも・・・そもそも食べられるかどうか・・・。それが問題だ。
しかし、いずれにせよ先に食べさせられるのではある。一応逆関節式二足歩行型トラクター『シュナイダー』には毒素があるかどうかをチェックする機能もあるが未知の毒ということもありうる。
物資は前回のミッションで調達したため、食料に関してはしばらく問題ないが、住むところが無い。宇宙船が降り立ったのはこの星の生態系が分からないため、砂漠の中心なら安全であろうということで、そもそも居住空間は無いし、帰りの燃料も無いのだ。
だからそれも作って行かなければならない。
必要な資材は適切な場所を探し、そこから信号を送り、そこに送ってもらい、基地を建設する手はずになっている。
水辺の探索ミッション・・・調査衛星からは捕らえきれないからといって闇雲に歩き回り探索するというものでもない。シュナイダー・・・逆関節式二足歩行型トラクターは歩くことでさまざまな情報を収集しながら自動的に地図を作製している。こうして衛星から捕らえきれない情報を収集するのだ。
ちなみにシュナイダーは工具を装着することで農耕を行なうことも可能な便利な乗り物なのだ。
「シュナイダー・・・音響探査モード。」
「スタンドバイ。オンキョウタンサモード。マスター」
水を含む地下資源の探索もこれ一台だ。
「ださっ・・・。」
小さな声でそう言ったエルの言葉をトールは聞き逃さなかった。
「ださいだと? ださいと言ったのか小娘! 貴様はシュナイダーの素晴らしさを何も分かっちゃいない!」
太陽電池と小型原子炉を動力とし、この星の過酷な環境に耐える素晴らしいマシーンの良さをエルは分かっていないとトールは思ったが。いちいち格好をつけて機械に音声操作で指示をだしていて機械に自分のことをマスターと呼ばせてしまうことが格好悪いと思うエルにも一理はあった。
地下の水脈を辿り出口は海へ、入り口は山へと繋がっていると思われる。
そのことを踏まえてどちらへ行くことが利口か・・・。
トールが腕を組み、あごに手を当てて考えていると、エルはL字型の金属棒を両手に持った。
「何をするつもりなんだ?」
「ダウジングです。迷った時はこれです。」
「馬鹿か。そんなまじないみたいなことで水辺に辿り着けるとでも思っているのか?」
「冗談ですよ。何をムキになっているのですか?」
運というものに人生を任せてもうまく行った試しがないトールはそういうオカルト的な発想は好きではなかったため、その方法で水辺を探すことは却下した。
トールは運を信じていないその割にはパチンコが好きだ。
二人はとにかくシュナイダーが作った地下水脈の地図を頼りに歩きだした。出来るなら淡水の湖を探す必要があるため、上流を目指すことになった。
相変わらず、エルは徒歩だ。
日光が容赦なく照り付ける過酷な環境だ。肌に汗が付きべとつき、そこに風で舞う埃や砂がまとわりついて気持ちが悪い。
特にエルは薄着だ。
トールが目のやり場に困ってしまうような恰好である。察するに砂ほこりの気持ち悪さは彼女の方がすごいだろうとトールは思った。
しかし、あえて何も言わない。
見通しが立たないのでは駄目だと思い、双眼鏡で周囲を見渡してみる。
水がありそうな森などは見当たらない。
「なあ。小役人・・・訊きたいことがあるんだがいいか?」
トールが口を開いた。
「私のことをそうやって馬鹿にするのはやめてもらえませんか? 私はエル・コンキスタというちゃんとした名前があるのです。」
「すまない。名前で呼ぶのは照れ臭いから代名詞で呼びたいのだが丁度いいものが思いつかなくてな。」
「馬鹿じゃないのか。『あなたは』とか『さん』をつけて呼べばいいでしょう? トール・バミューダさん。」
口を開くと喧嘩になってしまうような二人だった。昨日、猛獣からトールを救った事で若干立場が変わっている。
「すまなかったよ。エル・コンキスタさん。ところで訊きたいことがあるんだがいいかい?」
「ええ。何ですか?」
ここで聞く質問を間違ってはならない。
例えば彼氏はいるのか? 他にも質量(体重)やスリーサイズなどは訊けない。
宇宙船のルールで、AIが産まれた時から結婚相手は決められている。だからその質問に意味はない。それより重要なことがある。
「この星には植物はあるのか?」
予想を裏切る普通の質問だった。
「植物・・・地球では酸素を作る細胞を持っている生物ですね。まったく同じものは厳密に言えばいないですが近いものはいるようです。それにこの星なら我々が持ち込んだ植物も生息できるはずです。この話は打ち合わせでもしましたよ?」
エルはそう答えた。
酸素を作り、根を生やして生きる生物がいるのならばこの星には住むことが出来る。
「不思議なものだな・・・。」
「何がです?」
「人間という生き物も本来この星になければこの星にとっては異物。本来なら住めるはずがないだろう。こうやって宇宙服も無しに生きられる空間があるという事が不思議だとふと思ったんだ。」
エルはトールの言っている意味がよくつかめず、首を傾げた。
人類が地球という星を捨てて以降、宇宙船が新しい人類の住処だった。
そこには作られた空気と作られた環境があり、それはいつ小さな小惑星と当たって壊れるか分からないくらい・・・快適すぎるが綱渡りと同じくらい不安定な空間だった。
だからこそ、第二の故郷となる星を人類は求めて旅をしている。
今は、水を求めている。
「うーん。参った。」
「どうしました?」
かれこれ数時間も歩いているがなかなか水辺が見当たらない。
植物の生い茂る森があればそこには必ず水もあると踏んでいたトールだったがそれが見つからない。
おそらく半径三十キロ以上の範囲には無いようだ。しかしこの真下に水脈の途切れた場所がある。
昨日、十キロメートルの移動に四時間も費やした。
水脈の調査も途中で途切れた。
おそらく地下に大きな水たまりがあり、そこから先に流れていないか、そこから湧き出ているのだ。
トールは状況をエルに説明した。
水脈が途切れたということはここに穴を掘ると、水が出て来る可能性がある。
それも大量に・・・。
「どう思う。コンキスタさん。」
水脈が途切れたのであればここに穴を掘り、ベースキャンプをここに設置するしかない。
「私が思うところだとここから離れた方がいいと思いますが・・・。」
「どうしてそう思う?」
「見て・・・足跡がここで途切れているのです。」
自分たちの足跡が途切れているのであれば分かるが、周りを見渡すと確かに他の動物の足跡が円を描くようにここで途切れている。
まるで突然ここから消えたかのように。
しかも消えたのはかなり大きな生物の足跡だ。
トールはシュナイダーが作り出す画面ばかり見ていて周りが見えていなかった。
もし、ここで巨大生物に襲われたら確実に死ぬ。
「私、小さい頃に見た地球の資料映像で聞いたことがあるんです。象という生き物は水を求めて何百キロ以上もの道のりを旅するって。しかも水の匂いを頼りに進むことができると・・・トール・バミューダさんもそれを知っててここまで来たのでは?」
そんなことは考えてもいなかった。シュナイダーにはある程度この星のマップが登録されているが、詳細はここで調査していく。
確かに。合理的に水を探すなら植物よりも動物の足跡を追った方が手っ取り早い。
・・・例えば昨日襲ってきた四つ目虎の後を追った方がもしかしたら効率よく水を見つけられたかも知れない。いや、あいつを追いかけるのは自殺行為で無理だった。
突然、地面から槍のような植物が芽を出した。
竹みたいな植物だ。
あと数センチ伸びる位置がずれていたら確実に死ぬ勢いだ。
「ワーニング。ワーニング。」
シュナイダーから警報音が鳴り始める。
エルは素早く走り出した。その場から一目散に逃げる。
トールも一瞬出遅れたがシュナイダーを操作して走り出した。
地面から飛び出す竹やりのようなものが二人を追いかける。
明らかに意思を持った何かが二人を殺そうとしている。
約五百メートル。
全力で走ってようやく二人は逃げ切ることに成功した。
二人とも話す余裕もなく無言で逃げた。
振り返ると竹でできたオアシスが出来ている。中央部には湖も見える。
決して足を踏み入れてはいけない楽園。
もはや戦うという話ではない規模の森が目の前に広がっていた。
そうして一日が過ぎて夜の一日が来た。
印象として、このオアシスは生きているというイメージだ。
実際、動物が食われてこれの養分となってしまっているかどうかまでは分からないが、あの勢いで出て来てオアシスから外に出るとピンポイントでエルとトールを追いかけてきたことから考えるとこれは巨大な肉食植物なのだ。
二人は交代で森を観察することにした。
昼の暑い時間には森は湖と一緒に地面に沈んでしまう。夜中と明け方に生える生物だということがわかった。
幸いまだ宇宙船からの水も食料もある。
エルは先に眠った。今日も過酷な一日だった。
昼間二十四時間活動するのは単純に人間にはキツイ。なおかつこの重力下ではなおさらだ。今は柔らかそうなエルの身体もそのうちガチガチのボディビルダーみたいな肉体に変わってしまうかも知れない。
トールにとってどうでも良いことだった。
早くゆっくりと休める拠点を作らなければならないと疲れて眠っているエルの寝顔をみながらトールは思った。
デス・オアシスと名付けた目の前の森を望遠鏡で観察していると、周囲から動物が集まって行くのが見えた。動物たちに見つからないようにトールは息を殺した。
昨晩襲ってきた種類の生き物も中へと入って行く。
葉と葉が擦れる音と動物の悲鳴が聞こえる恐怖の森。
地面からのびる槍が突き刺さると地面に引きずりこまれていくのが観察できる。
森を制圧するには、もちろん森に潜む敵ではなく、森そのものを制圧しなければ中央部の湖から水を手に入れることはできない。
湖で水を飲むことは出来るらしい。
しかし動物たちはそれを飲み普通に帰る途中で槍に刺さって死んでいるので、湖の水に毒が入っているという事は無い。
しかし水欲しさに入って行って死ぬのでは・・・惜しいがここは諦めるしかないとトールは考えた。
☆☆☆
八時間後、トールはエルを起こし、交代で眠りについた。
夜の砂漠は放射冷却現象でとても冷える。
火を起こさなくてもシュナイダーのそばにいれば暖は取れるが、トイレも風呂も無い生活はエルのような若い女性には耐えがたいものだ。
活動拠点を作るという考えは心の底から二人は一致していた。
「デス・オアシス・・・動かないただの森ならいい拠点になるのに・・・。」
これはエルの独り言だ。
寒さで体が震えるのか恐怖で震えるのかエルは身体が震えていた。
とにかく不気味な森だ。
トールは既に他を探すことを考え始めていたが、エルはこの森を攻略する糸口を探していた。
大人しく座って行動しないのは性に合わないエルは眠っているトールを起こさないように周囲を散策することにした。見たことのない生き物がこの星にはかなりいるという事がこのオアシスを見て分かった。
夜の闇に光り輝く虫、獰猛そうな肉食生物。おとなしそうで大きな草食動物。草食動物なのに狂暴そうなものまでいろいろなものがいる。
エルにとっては好奇心が刺激される環境だった。
襲われた森の入口まで歩いて着いた。
石を拾って中に放り込んでみる。
何も起きない。
どういうルールで森に襲われるのか・・・エルは探ることにした。
この森をよく観察すると虫は住んでいる。
虫は特に森に殺されたりはしない。
動物は・・・ネズミのような生物を見かけるがそれは殺されない。
殺されるのはもっぱら大型の生物のようだ。
エルは少し大きめの石を拾い、森の中に投げ入れてみた。
重さが十キロぐらいの岩で、エルは投げた衝撃で肘に少し痛みを覚えた。
何も無い地面では森は何の反応もしない。
岩を竹にぶつける。
すると、今度は岩が落ちた地点から突然竹が伸びて岩を砕いてしまった。
エルは左のホルスターから衝撃波を放つ拳銃『虎』を抜いた。
『虎』は衝撃波を連射できるタイプのマシンピストル。
フォアグリップを立てて両手でしっかり持つことで射撃姿勢を保持すれば、正確に連続射撃を行う事も出来、ある程度の狙撃も可能だ。
何度か威力を調整して通り道を探る。
竹に衝撃波を当てるとそこをめがけて別の竹が攻撃をする・・・そういうシステムになっていることをエルは理解した。
つまり、竹にある程度の加重がかかることでこの森は獲物を探知するのだ。
触れないように進めば水に辿り着ける。シュナイダーは絶対に入れないというわけだが、このイライラ棒のようなものをクリアすれば人間一人くらいは入れそうだ。
エルはそう森の仕組みを理解したところで森の中へ入って行った。
エルは早速、その森の特性をトールに話すことにした。
森を攻略できると分かると嬉しくて足取りも軽かった。
「起きて下さい! バミューダさん!」
「何だ? やけに元気だな。まだ暗いぞ?」
眠い目を擦るトールだがすでに眠ってから八時間は経っているから眠り過ぎなくらいではある。
夜も二十四時間近くあるからあと八時間は眠っていられる。
エルはもうすでに森の中央部まで侵入し水を汲んで帰ってきたところだった。
「見て下さいこれ。」
嬉々としてエルは水筒を出した。
「何だ? 水? 飲めってことか?」
トールが水筒に口をつけて飲もうとするのでエルは彼の頭を叩いて止めた。
乾いた音が響きわたる。
「バカ! まずは水質調査が先です。ろ過も必要でしょう!」
「は? 何を言っているんだ?」
「聞いてください。実は私・・・。」
エルがトールに事情を説明しようとした時、水筒が破裂した。
「何これ? え?」
トールが寝ぼけている。エルもいきなりの事で驚いた様子だ。
往復二時間、緊張しながら歩いてようやく手にした水が爆発するとはエルも思っていなかった。この状況に目が覚めているはずのエルにもついていけなかった。
「何だ? お前・・・おでこに赤いニキビ? が光っているんだが?」
「何を言っているんです? ニキビなんてない・・・はず・・・。」
苦労して手に入れたせっかくの水が爆発して泣き出しそうなエルは思わず屈む。
「ワーニング! ワーニング!」
突然、シュナイダーが騒ぎ出した。
蚊がなくほどの小さな音だがエルの耳元を何かが通り過ぎるのが分かった。
「どうしたシュナイダー!」
「半径五百メートル以内、西カラノ銃撃ヲ探知シマシタ。火薬、モシクハレールガンヲ使用シテイルト思ワレマス。マスター逃ゲテ・・・」
シュナイダーに弾丸が命中したらしい。シュナイダーのボディに穴が開いていた。
「走って!」
エルはトールを無理に立たせて森へ向かって走った。
二度目の銃撃でエルは敵の姿をはっきりと目で捕らえていた。
トールは良く分からない汗で手が濡れていることも含めてエルが森へと走って行くことが分からなかった。
あの水が森の中央部から持って来たものだという事も知らない。
「敵はスナイパーのようです。銃はP990。ブルパップ方式のサブマシンガン・・・実弾銃です。レーザーサイトとスコープのついた銃でこちらを狙っていました。」
「サブマシンガンだと? そんなもので? 狙っているのか? まじか? ていうか、銃声で何か分かるような訓練してるのか?」
「うるさい! さっさと逃げるのです。」
トールには珍しくエルがすごく苛立っているように見受けられた。五百メートル先から狙われているのにそんなものが見えるとは目が良いなんてものではないぞとトールは思った。
「私は視力を遺伝子操作で強化されているんで見えました。銃声も学習してます。」
何を言っているんだろうと言う感じの顔をしているトールを見て自分のことを教えてあげた。それより森へ向かって走って行くということの考えが理解できないことの方がトールには恐ろしい。
「ここで敵を撒きましょう。森へ入ります。絶対にここに生えている竹状の植物に触れないでください。死にます!」
エルはトールの手を離し、慎重に森の深くへと進んで行った。
「どういう事だ? エル! 説明してくれ!」
「敵のことですか? そんなの知りませんよ! 私たちを狙っているとしたら別の自治体か、同じ自治体から派遣された暗殺者です。私がコンキスタだから狙われているのかもしれません。」
エルはそう答えた。
トールはエルの後について歩いていく。
「森の中にもし、万が一敵が乱射して来たら・・・ごめんなさい。恐らく銃弾ではなくこの森に殺されます。」
エルはそう言った。
スナイパーと言っていたから無駄に撃っては来ないと踏んでいるのだろう。
それより、森に入ってどうしていいのか分からないことの方がトールには恐ろしい。
「敵じゃない。敵はこのさいどうでも良い。森の歩き方が俺にはよく分からないんだ。」
「敵が聞いていたらまずいから静かに・・・。私の手から離れないであと竹には触れずに移動します。とにかく竹に触れなければ何も起きません。」
小さな声でエルはそう言い、静かに森のルールをトールに説明した。
エルには考えがあって森に入った。この地雷原の塊のような森に一人で入り、そこをすすむ術を身につけた。その信じられないほどの勇気なのか馬鹿でなかったら、今頃は銃で撃たれて死んでいただろう。
エルが考え出した最適なルートを通り、森を進んでいく。
追手も森へと入って来た。
エルの考えでは敵はそこで死ぬ算段だった。
しかし、敵は二人を見つけると容赦なく撃ってきた。
植物に当たる度にそこを植物が攻撃する。
思わず植物に触れそうになりながらそれでも二人は前へと進んでいく。
エルはレーザーピストル『竜』を右のホルスターから抜いた。
「あいつ!」
エルが激昂し、銃を構えて撃ち返す。
これならば植物に当たっても加重をかけずにレーザー銃は貫通する。
しかし当たらない。
「落ち着け! エル! お前はただの公務員だっただろ! そんなもの撃っても当たらないだろ!」
トールはエルを落ち着かせようと思って良かれと思って言ったが逆効果だった。
「うるさい! バーカ!」
エルはレーザーピストル『竜』の出力を最高値に設定し、撃ってくる方に向けて発射した。トールの目の前が閃光で一瞬眩んで見えなくなった。
確実に撃った方の竹が無くなり敵の姿が確認できる。しかし竜の閃光は当たらなかったようだ。
エイリアンでも殺してしまいそうな未来的な形をした銃でこちらを狙っている。
「残念だったね! もう詰みだよ! エル・コンキスタ!」
スナイパーはどうやら若い男のようだ。五十メートル先で男がそう叫んだ。トールは誰なのか知らないが、エルを狙ってきたことだけは確かなようだった。
「詰んだのはあんたの方。死ねぇえ!」
エルは『虎』を低出力で連射した。
「何やってるんだ。そんなの何の意味も無い。無駄無駄!」
スナイパーは馬鹿にしたようにそう叫んだ。
五十メートル先のスナイパーには衝撃波は命中しなかった。
サブマシンガンを構えてスナイパーもまたこちらに向かって数発撃つ。
しかし、弾丸が届く前に、既にエルが仕組んだ罠が発動した。
衝撃波はエルがレーザーピストルで倒した竹に命中し、スナイパーの足元から無数の竹が伸び、身体を貫いたのだった。
二人は敵スナイパーを殺害したあと、エルが当初予定していた通りに水を採取して森を脱出した。
エルはレーザーピストル『竜』のカートリッジを外すと、シュナイダーで充電した。
最高出力『閃光』は一カートリッジにつき一発しか撃てないという欠点がある。
エルとスナイパーの激戦により、森は竹だらけになってしまったので脱出には余計時間がかかった。
シュナイダーは無事だった。二人が離れた隙にシュナイダーを破壊しておけば確実に二人を仕留める事が出来ただろう。トールはシュナイダーに装備した工具、水質調査機能付ろ過装置に汲んできた水、一リットルを注ぎ込む。
「シュナイダー! チェック開始だ!」
「ハイ。喜ンデ。」
何か返事がおかしいがおかしいと思ったのはエルだけだった。
「コレハ。ろ過スル必要ノナイウマイ酒。」
しばらくしてシュナイダーはそう答えた。
「シュナイダーろ過せよ!」
「コレハウマイ酒。」
「シュナイダーろ過だ。」
「コレハウマイ(ry。」
トールが命令してもシュナイダーはそう答えて聞かない。
何か陰謀を感じたトールだった。
「良いじゃないですか。もう疲れたので飲みましょ?」
エルはにっこりと笑ってトールにまずは一杯勧めた。
トールが一口飲んでみると確かに口当たりの良い甘めの酒だった。
「どうやら飲めるようですね。もう一杯いかがです?」
エルが更に勧めるのでトールはもう一杯おかわりした。
人体実験だとは知らずに・・・本当に大丈夫と分かったところで酒に弱いエルも一杯だけこの星の自然に湧き出る酒を飲んだのだった。
恐らくあの竹状の生物が発酵して酒になっているのだろう。本当にうまい、とトールもエルも思った。
☆彡
第三話 ミッション② ~二人の事情 木を切ります。
・・・数か月前・・・
トールとエルがいた自治体・・・宇宙船という閉ざされた空間において、社会は極めて安定していた。
議会の席でエルの父、アベル・コンキスタは演説する。
「環境が閉ざされているからこそ、安定せざるを得なかったと言い換えても良い。
我々の属するこの自治体は、社会主義という世界であり、全てが平等に分配される社会だ。どんなに本人が努力しても突出できないし努力しなくても貧困にあえぐこともない。
しかし、そうして無理に安定した世界がそこで完結するという事は無いのだ。そこで完結したら滅ぶという事を人類は歴史を学ぶことで知っているからだ。
宇宙船は決して永久機関ではない。
悠久の時を旅する事は出来ないため、幾度となく他の空気や大気の無い星から採取した物質を溶接するなどして補強や修理が行われて何とか旅をしているのが現状である。
この千年もの長い間、宇宙を旅ができたことは奇跡なのだ。」
自治体の議会はこのまま宇宙船と社会の構造を保持し続けていこうという保守派と、人の住める星を探して開拓して移住を目指し、そのために社会の変革を目指す改革派に分かれて対立していた。
「全てが平等だからこそ、争いの無い世の中になり、狭いところに大量の人口を押し込めたこの自治体を統治できているのではないか? そして宇宙船は確かにアベル・コンキスタ評議員の言うとおり永久機関ではないからこそ、これからも保守をすることにこそ予算をつぎ込むべきだ。
それに、人々から税金を多く取ることになるのに社会保障に資金をちゃんとつぎ込まないのはおかしいのではないですか?」
保守派の評議員、Kキムはそのように答弁を返した。
「いや、そんなことよりも今まで以上に開拓に資金をつぎ込まなければならないのです。他の自治体では星への移住を決めたところ以外では既に滅んだところもあるという情報がある。」
評議員の他の改革派がそう補足説明を挟んだ。
「それは百年も前の情報でしょう。」
評議会では野次も飛び交う。
自治体同士の繋がりは単純に距離が数光年規模で離れてしまっているが故にそれだけ情報に時間差を生んでしまっていた。
保守派と改革派の争いは、今に始まったことではない。
人々が地球に住んでいた頃からよくあることだったが、宇宙船ではより単純で閉ざされた空間だからこそ深刻な問題になっていた。
この宇宙船内には人種差別がある。人類が滅びない為に自然に増えている人々と、遺伝子が改良されて新しい環境に適応した人々との間である。
星の環境に適応できる人材は生まれたときから既にどんな仕事に就き、何をするのか決められている。
例えばトールは記憶を引き継ぐ事ができる強化人間であり、『輪廻』というシステムが組み込まれている。彼がわずか二十代にしてベテランなのは何度となく開拓する星へと送り込まれ、何度も死んでいるからだ。
彼の人生は一度きりではない、クローンとして作られた頭蓋骨に埋め込まれた電子チップを彼が死ぬとシュナイダーが頭蓋骨を割り、それを回収して宇宙船に持ち帰り、また記憶と一緒に新しく生まれてくる彼に埋め込まれる。
まるで人権というものが無視されているようだが、彼ら作業員には相続税がかからず、自分が稼いだお金を自分に引き継ぐ事ができ、彼は開拓する惑星に送られる前に、遊興費に使ってしまうのだ。就職や働くことに自由はない。彼は辞めたいと思った時にそれを辞める事ができるが、遺伝子レベルで辞めるとは言えないようになっている。
そのことを本人は知らない。知らず知らずのうちに誰かの分からない記憶が脳に埋め込まれ、知らず知らずのうちに同じ仕事に就き、いつか宇宙船へと戻れると信じて開拓地へと旅立つのだ。
しかし、それを繰り返した結果、開拓地へと送り込まれる時本人は、今度はこの星に骨を埋めることになるのだと覚悟をするように彼の精神は進化していった。
保守派と改革派の違いや、人種差別はそこにある。
遺伝子操作を主に実行してきたのは当初は保守派で、改造された人間をモルモットとして扱い最初は人権を認めてすらなく、人権を認めるようになり、そこに費用や資金が発生し、さらに星を開拓することが困難で成果が思うように上がらず、無駄なことだと考えるようになった彼らは現状がそれで良ければそれでいいと考えるようになった。
現在でも保守派のエリートは強化された人間を所詮は作られた人間と下に見ており、現状が良ければそれでいいと思っている評議員が民衆を扇動している。
改革派はどちらかというと、強化された人間の中でも古株の方でなおかつそれが変異した人々やその家族で構成されている。
人を人と思わず、自分の都合だけで動く保守派のエリートに対し、彼らは一時期反乱を起こし、権利と自由を勝ち取った。これが船内戦争である。開拓することを止めて要らなくなる強化人間を保守派が処分しようとしたことがきっかけで起きた内戦だった。
改革派は人類を存続させることが第一という強い目的意識を持ち、そのために宇宙船を修理し開拓を続けるという責任と信念を持ち、その行いに対価を求める。自分が何者なのかという事を遺伝子レベルで知っていて、使命を果たし、そのために働くことに誇りを持った人々・・・それが改革派である。
☆☆☆
「頭の固い連中だ・・・保守派め・・・。奴らは自らこの宇宙船を修理したことが無いから危機感が足りない。頭がお花畑で幸せにできている! まったく。」
アベルの家に招かれた開発公社の社長、キドは禿頭を掻きながら愚痴をこぼした。
「今民衆は保守派の支持に傾いておる。増税が原因だがな。」
アベルはそう返事を返した。
「コロニーの耐用年数は本来なら百年。それを千年近くも使い続けたら駄目だろう。さすがに無理がある。ものすご~く無理があるよな。原価償却してから九百年も過ぎて、ダメでしょ。」
評議員のアベルと開発公社の社長のキドは同じ小学校に通った同級生で古くからの友人だったのでこのように話をする。酒を飲むと尚更である。
「それを保守し続けろと言うから保守派というのだろ?」
「ははっ。アベルよ。評議員になっても変わらないな。うまいことを言う。常識だけど。」
キドは一口ワインを飲んだ。見計らってアベルは継ぎ足す。
「まぁ、お前も飲めよ。アベルよ。」
アベルは手をかざして断った。
「何だよ。評議員様は下々の勧めた酒というか俺様の酒が飲めないのか?」
アベルは元々アルコールに弱い。本来なら政治家には向かない。
おどけているがキドは知っていてそう冗談を言った。
「まあそう言うな。」
アベルは酒を注ぐ。
「ところで酒が飲めない評議員が酒を俺に飲ませたりして何か話があるのか?」
「ああ・・・別に勧めたわけでは無いがどう思う?」
「何が?」
「その酒はうまいか?」
アベルは唐突にそう質問した。
「本物志向というのが今は流行りだが結局のところこの船内で供給される食料なんてものは全てが本物風の偽物、バターとマーガリン、ビールと発泡酒の違い。」
「そうだな・・・そういう故事があるな。」
キドは頷いた。
実際二人ともに本物の食料を食したことはあまり無い。エルが本物だと思っていたものも本物志向の偽物だ。宇宙船で供給されるチキンは鶏ではなく頭も毛も羽も無く培養された肉塊である。
細菌の無い空間で作られているので生でも食すことができるが、ポークもビーフもミルクも野菜でさえも、天然自然の食料などは存在しない。
完全栄養食という食料が配給されており、全てをミキサーで混ぜたものが宇宙船では主食となる。一部の富裕層が本物志向という形の食事を取ることができる。
「一生に一度でも本物を知りたいとは思わないか?」
アベルはそう語る。
「分からないではないが・・・しかし・・・だから娘を行かせるのか? 死んでしまうかも知れないのに。」
キドは少し呆れた表情でそう言った。
「最初は儂も反対していたがな。あれは儂に言ったよ。ここにいても死んでいるのと変わらないとな。あいつが評議員を継げばいいと思ったが、行った方がここにいるよりは長く生きられるかも知れん。」
アベルはキドの目を見てそう言った。
「どういう事だ?」
「エルは儂の子だ。この儂にも奴らは刺客を差し向ける。前に儂の乗る車両に毒ガスを出す装置がつけられていた。」
アベルは謀殺されそうになったことをキドに話した。
「奴らって何者だ?」
「知らん。だが恐らく保守派のアグリッパか誰かが俺を殺そうとしたのだろう。」
アベルは短くそう答えた。
「娘は優秀な奴と一緒に行けるようにしてやってくれ。出来れば女性が良い。」
「それは無理があるぞ。条例で開拓に行けるのは男女そろってと決まっているからな。そこは諦めてくれ。しかし、トール・バミューダは優秀だぞ。」
キドはそう答えた。キドはそう言うと遠い目をした。トールに関しては知り合いでもあるし、その境遇に同情もする。
☆☆☆
・・・惑星No.122にて・・・
エルは顔を火照らせて眠っている。とても悩ましげな表情だ。
・・・飲めないなら飲まなければいいのに。
森から拾ってきた竹状植物と、パラシュートの大きな布でテントを作った。竹状植物は頑丈で、なおかつ竹と同じようによくしなる材質だった。
この日は休みだ。
この星は地球の二日で一日なので、この星の三日と半日で地球時間の一週間という状況になる。しかも眠れるのは夜だけと考えると心身への疲労感を払しょくするためにも二人には休暇が必要だった。
着陸してから三日目なので休暇を取るには若干早い。
トールの体調はエルとは逆に好調だった。
晩酌する習慣はなかったトールだが少しの酒が薬になったようだ。
トールはエルがテントで休んでいる間に、竹状植物の残骸を拾い集めるという労働を始めた。
簡単に言うとそういうもので住むところに加えてシュナイダーで引く荷車を作り、エルの負担を減らす作戦である。トールは本来、戦闘員では無い。暗殺者の使っていた銃を森で拾っても撃ち方が分からないからシュナイダーのマニピュレーターに装備した。意外にもシュナイダーはトラクターであると同時に簡易戦車にすることもできる。
エルの持っている二丁の拳銃も装備できる。
だが、戦いや狩りはエルに任せた方が無難である。
荷車の作成を行なった。シュナイダーはトラクターなので、後ろにさまざまなアタッチメントを着けられるようになっている。
まだ農耕に適した土地を発見していないため、送られてきていないが水を撒くための装置や畑を耕すための装置などを取り付ける事ができる。
今はアタッチメントに竹を縛りつけて思うような形に組み合わせれば良い。
イメージ的には西部劇に出て来るような幌馬車である。
荷車をシュナイダーに取り付けてそれを牽かせるのだ。
トールは器用に効率よくその仕事を熟すつもりだ。
これでエルを乗せて運ぶ事ができる。
汗が額を伝う。
拾いに行く作業も歩きではきつい作業である。
重力と昼夜の長さが元々いた地球という星での労働は別物で精神的につらいとトールは思った。
ここまで移動が徒歩だったエルに対し、ここへ来て頭が下がる。
重力が若干重くなる星なので若干きつい。
例えば操縦席に乗っているトールの膝の上にエルが乗るというシーンも思いつくがそれは最終手段だ。
精神的に四倍きつい仕事でも終われば達成感も四倍というものだ。
しかし疲労も蓄積されている為に作業は難航した。
だんだんどうでも良くなってくる。
「あれ? 休むのではなかったのですか? 何をしているのですか?」
エルが寝ぼけ眼を擦りながら大工仕事をしているトールに近づいた。
人間が眠ることができる時間も限界があるものだと起きてきたエルを見つめながらトールは溜息をついた。
「シュナイダーに荷車を作ってつけているんだよ。」
「何で?」
「荷物を運ぶためだ。馬鹿。」
トールはエルの為にしていることだと素直には言えなかった。
「荷物ですか? なるほどです。私も手伝います。」
エルはそう言うと近くに落ちていた竹を適当に拾ってトールに渡した。「いいよ。お前まだ疲れているだろ? 休んでいろよ。」
「酷いな。馬鹿って言ったり役立たずって言ったり。私を何だと思っているのです?」
若干酔いが冷めてないのか普段よりも話す。役立たずは言い過ぎだが言っていない。
「仲間だ!」
「う・・・ん。そんなに熱く言わなくても良いんですよ。あなたの気持ちは理解しましたので私は何をしますか?」
トールは頭の中でイメージをしながら作っていたので具体的な形などがまとまっていなかったことにエルに手伝ってもらうとなってから気が付いた。取りあえず材料を近くに持ってくるところとシュナイダーに牽かせる部分の大元になる骨組みができたところまでだ。
シュナイダーに取り付けられたコンピュータには設計図などを描く機能もあるのでそれを使ってトールは設計図を作って何が必要なのかをまとめた。
「なるほど。そうすると私は取りあえずこの竹を図面の長さに均等に切って床を作ります。」
トールは自分が開拓者として色々な作業に取り組むというよりはデスクワークが得意ということを再認識した。
エルは楽しそうに作業をしている。レーザー銃で肉食植物(この星の竹)を切ったりロープでつなげたりしている。
荷車には問題点もある。
砂漠では砂に車輪を取られて進まなくなることもあるし、岩場ではちゃんとしたスポークや空気の入っていない車輪では振動が腰に直接ダメージを与えてしまう。
また軸受けが植物で輪を作るだけの簡単で脆い構造ではすぐに壊れてしまうだろう。
その問題をクリアするにはベアリングの軸受けと空気の入ったタイヤが必要だ。欲を言えばタイヤを支える軸に対し縦揺れを軽減するスプリングなどもあるとなお良い等と、トールがいろいろ考えている間にエルは床を作り終えた。タイヤは左右に二個ずつ取り付けをする。
次はタイヤの作成だが、そんなものはどこにもないので、竹をしならせて円形に丸め、そこに何本かスポークをつけて中心を竹で固定して車輪を作った。車輪は歪で車輪の軸と軸受けは油などが無いのでシュナイダーで引きずると嫌な音がするだろう。
すぐに瓦解しそうな作りだが二人で協力してアーチ状の屋根の骨組みを取りつけ、テントにも使っていたパラシュートをかけてそれは完成した。
馬車のような外観だ。
後は荷物を積んで運ぶだけだ。
「乗ってくれ。」
トールはエルにそう声をかけた。これでようやくまともに旅ができるというものだ。
「私が? 荷物を運ぶって聞いたけれど私が荷物だって言いたいのですか?」
「そうだ。お前はその・・・大切な仲間・・・荷物だからな!」
トールは小声でそう言ったが聞こえていたエルはトールから目を逸らした。
「あくまでも荷物なんですね。」
エルはそう言いながらもトールの言うとおりに二人で作った馬車に乗った。
☆☆☆
食料は今のところ、トールがトランクにしまっている菓子類と前回の資材調達ミッションで送られてきたものがまだあるが、現実問題として現地調達できなければこの先、生き残ることは出来ない。早く安全な着陸地点を探し、次は百人の人員が補給されることになっている。
最悪の場合は二人とも餓死するだろうという危機感をエルは持っていた。
荷物を運ぶためと聞いてこの荷車を作ることに協力したのも、食料を大量に運ぶことができるようにするという目的もあった。
自分を運ぶ為に作られているとは思いもよらない。
それだけ大切にされているという事にエルは感謝しようかとも思ったが実際は荷物のついでなのかも知れないと思うとその気持ちは薄れる。
すべては生き残るためにしている。
人間はお互いしかいない星、ここが楽園だとしたら二人はアダムとイブだがそんな想像は若干うすら寒いとエルは思っている。将来、誰も来ないで置き去りにされたら、その時は覚悟をしてずっと二人でいなければならない。
どんな状況でも幸せになりたい・・・とエルは心の底からそう願っている。
「どうだ? 乗り心地は?」
「ばっちりですよ・・・。」
乗り心地は意外にも良い。疲れもあってエルは眠くなった。
眠っている間に移動が完了するのだからとても便利だ。
トールも荷車に乗り込み、二人で休息を取る形を取った。これでは意味がないとエルは思った。
「なあコンキスタ。」
「何ですか?」
トールはうつ伏せで寝ているエルに声をかけた。
「正直なところ俺は今回の開拓について色々な条件を聞いているうちに嫌になっていた。」
「・・・そうですか・・・。」
「考えても見ろ。こんな砂漠に送り込まれたが。そもそも砂漠を選んだのって生命体が少ない土地だと考えてだろう。緑地も海もあるが、そこの安全性が分からないから砂漠なんだろう何をしても何をするにもここは面倒な星だ。」トールはそう言った。
そう言われてしまえば元も子も無いと思うエルだった。
自分の仕事が地球に変わる人間の住める星を探すという途方もない仕事ではあるし、ようやく見つけたこの星も何とか適応できるかどうかのぎりぎりの星だ。
確かに客観的に見ればこの星よりも宇宙船の方が生活環境は段違いに良いものだろうが、持続可能かと問われると宇宙船は厳しい。人類が狭い宇宙船で生存し続けられるということは難しいのだ。
管理され、誰もが病気にならず、その代わり誰もが生きる事に対して自由を奪われた宇宙船という限られた空間に存在する自治体はディストピアというものだ。
そんなところから解放されるには可能性が低くてもいつ見つかるか分からない完璧な代わりよりはこの星で我慢してでも次の住処を作らなければとエルは考えていた。
やはりこの男とは価値観が違い過ぎて、この先のミッションも一緒にこなせるかエルは不安になった。
「でも唯一良かったと思うのは一人じゃなかったことだ。」
「え?」
「俺一人でここに送られてくると思っていたからな。最初は・・・俺自身、高い給料で雇われていても俺はそういう実験動物。金というものは使えなければ意味が無いとここへ来て、いや来る前からそう思っていた。だから本当はずっと宇宙船にいたかったんだ。」
トールはそう言った。
何が言いたいのか察しはつくし、こういう説教みたいな話は嫌いだがエルは黙って聞くことにした。
「でもここへ来て何というか俺は若干楽しくなってきた。」
「そうなのですか?」
「最初の打ち合わせであんたに会った時、こっちの苦労など何も知らない小娘の命令で人が住むのには向かない星へと送り込まれるのかと思って俺は絶望してた。酷い話だろ。
俺ら作業員はいつだって帰るということはそもそも前提として無いのにもかかわらず、誰だか分からない開拓の『前世の記憶』を埋め込まれ、それが素敵なことだと洗脳されてこうして送り込まれて『ここで死ね。』と言うのだから。しかもこんな糞な星で」
聞かなければ良かったとエルは思ったし、聞いているとだんだん鬱陶しくなってくると思ったので話をさえぎる。
「要するに私が一緒に来て良かったと思っているのでしょう? はいはい。良かったですね。」
エルはそう返した。
「い・・・いや、そんなこと言ってないぞ。」
トールは慌ててそれを否定する。
「行っておきますが、この星は素敵な星なのですよ。我々二人だけじゃ却って砂漠しか選べなかったのは仕方ないと思いますが、確かに化け物もいるけれど森もあるし海もある。謎の古代文明の遺跡だってあるかもしれないし、生き物もたくさんいる。しかも事前調査でローバーがこの星の探査で発見した生物のたんぱく質は人間にも食すことができるそうです。人類はここを手に入れるべきなのです。糞な星と言わないでください。」
と、エルはこの星の魅力を熱く語った。つまり、このミッションはただ次の人類の住処を探すためだけではない冒険をするという魅力があるのだ。
☆彡
第四話 ミッション③ ~食料の調達。狩りをします。
「私はどちらのミッションにしても一緒にいた方がいいと思うのですが・・・あなた一人で大丈夫ですか?」
トールは頭を掻いた。既に心の中ではエルを信頼し始めていたがエルの方はそう思ってくれていないと、トールは感じた。
仕事の関係という以上に二人は一緒にいる理由は無い。
ミッションが別々だったらそもそも話すことも無いだろう。
ここは宇宙船よりもずっと広く、閉鎖された空間では無いが二人しかいなければどんなに広くてもここにある世界は非常に狭い。
プライベートというものが存在しない世界である。
「俺は大丈夫だ。行ってくるから待っていてくれ。」
「そこまで言うなら・・・私は食べられそうな動物を探してきますね。」
しばらく休んだ後、トールはシュナイダーの操縦席に戻って運転を再開した。
この日の天候は曇りだった。
この天気はこの星に来て初めてだった。
昼間と夜、八時間ずつ眠ることでちょうどバランスが取れる、
エルは夜が始まってから八時間、昼が始まってから八時間眠るサイクル、トールはエルが起きたら八時間眠るというサイクルでできるだけ二人のうちどちらかは起きていると言うサイクルを取ると言う取り決めをした。
二人とも起きている時間はトールが起きてからの夕方と、明け方という事になった。
次のミッションは食料の調達である。
以前、エルを殺そうとやってきた暗殺者の持ち物をトールが探し、その辺にいる動物を探して捕まえて調理するのをエルが担当することになった。
お互いに別々にミッションをしようということである。
暗殺者の持ち物に食料や水、役に立ちそうなものがあれば、それを拝借するのだ。
まず、自分たちを殺そうとした暗殺者の銃は手に入れた。
トールはシュナイダーから荷車を外して出かけて行った。
待ち合わせはあの竹林の近くに設置したテントである。
トールはもう一度森のあった位置へと向かった。
心当たりというより勘ではあったが、もしかしたら暗殺者が持ちこんだ情報端末などが落ちていれば暗殺者の宇宙船の位置も分かるかも知れないとトールは考えた。
シュナイダーに念のため武装を施す。
前部についているアームのマニピュレーターに暗殺者が持っていたマシンガンを持たせれば武装は完了。簡易的な火器管制システムがシュナイダーにはもともと搭載されており、銃を持たせることもできるし、槍を投擲したり、弓を放つことも可能だ。
シュナイダーのデフォルトの主武装は後方のアタッチメントに取り付ける事ができるレーザー砲であるが、それはまだ送られてきていない。
これは星を自治体同士で取り合う、もしくは現地で知的生命体がいて争いになった際に使う兵器である。エルが持っているレーザー銃『竜』より百倍くらい強力な砲撃兵器で使うと建物でも巨大なコンクリート壁でも破壊する事ができる。
何も無いところをうろうろしているというのは何とも心もとないというか不安である。
「シュナイダー。見つかりそうか?」
「ミツカラナイデス。」
暇過ぎて機械に話しかけてしまう。酷く残念そうにシュナイダーは返事をした。
「着信アリ。」
「何だそれ。」
「『本国』カラノ連絡デス。」
本国とは自治体ではない。自治体が元々属していた『国』のことである。
『本国』の方が先にここへ移住したのだろうか。
数百年前から連絡が取れなくなっていたため、自治体は国から自然と独立してしまっていた。
「『本国』? 何だそれ。」
トールの知らない情報である。
「内容ヲ閲覧シマスカ?」
「再生しろ。」
トールはそう命じた。
・・・我々が宇宙へと進出してから二百年、ついに我々の住むべき故郷となり得る星を発見した。ここは広く、散り散りになった同胞たちを集めても全員がここで生きていくことができると、第千二百六十五代大統領である私、九垓は確信した。
本国からのメッセージはそれだけだった。
いつ大統領が決まったのか、何年前の通信なのかそれは分からないが、こういう良く分からない情報がトールにとっては良い暇つぶしではあった。大統領の名前から考えるに、この本国というのはトールが属していた自治体の上部の『国』とはまた別ものと思われる。
自治体という区切りより大きい人類の組織は歴史の教科書で学ぶところ、トールの知識では少なくともそう言ったものは解散されたことになっている。
「シュナイダー・・・メッセージの発生源はどこだ?」
「西へ三十キロノ地点カラ繰リ返シ出サレテイマス。」
「何の為に出しているんだ・・・。」
「分カリマセン。」
さすがに機械が思考して答えを出すことは出来ない。答えを出すためにはとりあえずそこへ行ってみるしかない。
トールはエルに連絡を取ることにする。
エルは無線の端末を持っている。
シュナイダーに備え付けのタッチパネルを操作してエルを呼び出す。
エルはちょうど何か料理をしているようだ。
良く分からない生物をたき火の炎で焼いているグロテスクな映像が写し出される。
「一人焼肉か。コンキスタ。何を狩ったんだ。一体。」
話しかけると、エルはカメラに向かって振り返った。
ホログラムでエルのコピーが目の前に現れる。
向こうも同じ状況だ。
よく見ると、トールが学校の授業で昔見た古典映画、『エイリアン』のような緑色の寄生生物のような生き物を焼いている。
「良い匂いですよ。早く戻ってきて一緒に食べましょうよ。」
狂っている。
「何が・・・一体何があったんだ! コンキスタ! 待て! 食べるんじゃあない!」
トールは片手で目を覆った。ちょうど映像が途切れる。
とにかくすぐ戻るしかなかった。
トールの外出は何の成果も無かった。
☆☆☆
トールが戻ると、エルはその生物のモツを焼き始めていた。
「よく食べる気になったな・・・。」
「いや、本当に空腹だと何でもいけますね。」
エルはそう言いながら生物を焼いている。
そこには何のためらいも無い。
「私、さっきこいつに襲われたんですよ。一応成分の分析は済ませてます。食べられますよ。これを食してお腹や身体を壊すリスクは三パーセントです。」
「お前、この前の水は俺から先に飲ませたのにこいつを食べるときは自分から行くんだな。」
トールは呆れて口を開けた。
しかし、肉を焼いている匂いはしない。
どちらかというとちょっと焦げ臭いような青臭いような匂いである。魚とも違う。
「成分を分析したところこいつ・・・この見た目に反して半分は植物なんですよ。とてもヘルシーな味わいです。」
なるほど、そうか・・・とトールは納得しない。
「何でそんなものを食べる事にしたんだ・・・。」
「あなたが私の分の食料を置いて行かなかったからですよ。」
食料を置いていくのを忘れていたことをトールは激しく後悔した。
「食べて下さいよね。」
そう笑顔で言われてしまうとエルの悪意っぽいものが感じられた。
それではもはや食べざるを得ないトールは一口食してみた。
それはとても甘く、まるで新鮮なキャベツを焼いたような美味しさ、加えて臭みの無い肉の旨み、濃厚な脂質を含んだ肉汁が思考を蕩けさせるが、それでいて後味はスッキリとしている。
そんなキャベツと肉を同時に堪能できるかのような当たり前の美味しさ。見た目からは想像がつかない・・・まさかである。エイリアンとプレデターが口の中では手を繋いで仲良くしているかのようなそんな有り得ない美味しさであった。
「どうやら食べられそうですね。じゃあ私も一口・・・。」
エルはそう言うと一口食べた。
「なるほど、これは、ソースがあるともっと美味しく頂けそうです。」
塩がもう少し欲しいところだとトールは思った。
しかしエルのこの発言の違和感は何だろう・・・また人体実験されたというか毒味に使われたと言うことに、トールは気づいたが何も言わなかった。
・・・それでいいんだ・・・。一人にした俺が悪かった。
トールはそう反省した。
「で?」
エルはそう言うと首を傾げた。
「ん? 何だ?」
「私は狩りをして食料を手に入れるミッションを成功させましたが、あなたの方はどうだったんですか?」
トールは暗殺者の乗っていたと思われる宇宙船の探索をするために出かけたが結局見つけられなかった。つまりは何の成果も無い。
「何の成果も無かったのですね。ダサッ。」
エルはトールに向けて自分の成果を誇りながら馬鹿にしたように笑う。
「う・・・。」
「ここに来る前は私をいじめていたくせに、口ばっかりの人だったのですね。トール・バミューダという人は・・・。」
立場は逆転してしまったようだ。
「しかし、収穫が無かったわけでは無い。」
トールはシュナイダーが受け取ったメッセージをエルに見せた。
「どう思う。」
立場が逆転したからと言ってもトールは大人なので取り乱すことも無く淡々と振る舞い、エルもまた黙ってその事実を考えた。
「罠かも・・・でも、私はそれだったら西へ移動するルートを行っても良いと思うけれどどうです?」
つまり、エルは危険性を視野に入れつつも行くことを提案した。
「そうだな。行ってみようか。」
☆☆☆
シュナイダーに荷車をつけて出発する。
荷車の幌を外すと、荷車はさながらエル専用の銃座になる。
実際はテクニカルというテロリストが乗ったピックアップトラックみたいなものではあるが似たような形だ。
行く手には取りあえず何も無いようでいて、巨大生物の群れが見えた。
昆虫を大きくしたような狂暴そうな形だ。
あれに襲われては一たまりもない。
「なあ。コンキスタ。」
「何です?」
「本当に住めるのか? ここ・・・。」
トールは群れを回避しながらメッセージの発信元へとシュナイダーを走らせる。
シュナイダーは時速四十キロの速さで歩を進めている。車と比べると遅いが歩くよりはずっと早い。
シュナイダーは設計上、10Gまでの重力下でも通常動作するよう設計されており、最大出力で時速百キロで走り、その移動中でも射撃のアタッチメントにつけるレーザー砲での射撃を行う事ができ、捕捉した敵を確実に仕留めることができるだろう。
しかし一台であの群れを殲滅するにはレーザー砲がなければ無理だ。
重力による疲労で巨大生物と戦うほど二人は体力が残っていない。
「住めるかどうかではなく、ここに住まなければならないのです。」
エルはトールの質問にそう答えた。
「他の星は何百年と見つからなかったからか・・・。」
これを逃すと、確かに人類は宇宙船の中で滅び去るのをただ待つだけになってしまう可能性がある。二人の生命の価値が試されているのだ。
「しかし、メッセージを聞く限りだと・・・既に人が住んでいる可能性もありますが・・・。」
「帰れないぞ。それは分かっているか?」
トールはエルにそう聞いた。
トールは自分が使い捨ての人間だと言う事を生まれながらに知っている。
ここに来ることそれ自体は当たり前のことであり、死ぬまで宇宙船に帰ることは許されない。帰ることが許されているのは頭に埋め込まれた電子チップだけなのだ。無理だと分かれば捨てられる。
だからこそ慎重になり、例えこうした何とか住める星が見つかったとしても安全なのか、本当に住めるのかそう言った不安と苛立ちを送り込む側にはぶつけざるを得なかった。
来てしまったら今さら文句を言っても遅い。
「分かっていますよ。今に皆ここに来ます。早くここを住める状態にしましょう。いずれ邪魔なこの星の生態系をめちゃくちゃに破壊しつくして、重力以外は地球と同じ環境にしましょう。」
帰る場所の無い二人はこの星を侵略するためにここにいるのだ。
冗談みたいな発言ではあるが切実にこの星の環境を破壊して作り変えなければ人間は生存できない。
「そうだな。まさか人間がこんな立場になるとは地球に住んでいた頃の人類の資料とかを見ると考えられないがな・・・。地球を侵略してくる宇宙人を地球人が撃退するような映画ばかりだった時代もあったみたいだしな。まさか逆の立場になるとは皮肉なものだ。」
トールはそう言った既に古典になってしまった映画が好きだった。
いつも地球に来た宇宙人の方を応援してしまう。彼らはいつだって超技術で旅をし、帰る星を失い、自分の居場所を求めて人類を徹底的に殺そうとした。
対する人類はいずれ自分たちが同じことをしなければならないことを知らず、その時持っている武器だけで懸命に戦い、自分たちの居場所を奪おうとする外敵に対し、自分を犠牲にしてでも追い出した。そうした各々の姿に涙すら流してしまう。どんなに内容が下らないと思ってもその生存競争はいつだって悲しいことだ。
「ふーん。」
エルはトールの背中を見ながら軽くそう言った。
「私もそう言う映画好きです。逆の立場になってしまったっていう感想は私もそう思います。宇宙人の方を応援しちゃいますよね。ああ・・・人類なんてその時に滅んでしまえばよかったのに。」
エルはそう言った。実際他の宇宙人と人類は遭遇していない。
思っている事が共通しているとはトールにとっては意外だった。しかし、もしかしたらこの感覚は宇宙へと出た人類共通の感覚なのかもしれない。
特に遺伝子までも変えられて生きる人々は自分のことをもうすでに過去に地球にいたころの人類と同じものだとは思っていない。
「ふふ・・・我々は宇宙人だ・・・。」
エルは笑いながらそう言った。
人類が生き残ってハッピーエンドな映画として人類はもうその映画を見る事は出来ない。
全て侵略者が失敗して終わった悲劇の映画なのだ。
しかし、トールはそうやって笑ってしまうエルのことがいつの間にか好きになっていた。
巨大生物に気付かれないよう砂丘の稜線に隠れながらトールはシュナイダーを走らせる。
蟻が大きくなったような人の身の丈を超えた全長約十メートルの巨大生物とはいずれ戦わなければならないが、今はその時では無い。
遠回りをしている。敵に回すとシュナイダーの倍くらいのサイズだとすると戦いを避けて、中心部まで行かなければならない。
時速四十キロで走っているなら三十キロメートル先まで行くのに直線なら一時間とかからずに行けるはずではあるが、遠回りを強いられ既に一時間以上が経過している。
群れは何千匹の大群のようだ。
間を縫うように行くという事も避ける。道を塞いでいるのがたとえ一匹でも戦いを避ける。一匹を殺して何匹も集まって来たのでは大変な事になってしまう。
好戦的な性格のエルもこの時ばかりは弁えて、銃をいつでも撃てるようにしていても決して自分から撃とうとはしなかった。
そもそもこの出力の銃が効くのかどうか、そこからして不明だった。
何を食す生物なのか、シュナイダーを止めて二人は砂丘の稜線から巨大生物を観察した。
「奴らは一体何だろうな。」
トールは望遠鏡を覗きながらエルに質問した。
奴らは全て静止しているように見えた。ただ、風に吹かれて揺れるようだ。地面にも風が吹いているから砂が動いてそう見えるかも知れない。
「私にも分からないです。」
「まぁ・・・そうだろうな。」
トールは嫌味でも無くそう思ったことを口にした。
「すみませんね。事前調査が足りなくて。」
その通りだと思うがこの場でそんなことを言い争う気はトールには無かった。
「よくあることだ。分からないなら今からでも調べようぜ。」
「!」
エルは思わず声に出さずに驚いていた。
「どうした?」
「いや。そんな前向きなことをあなたが言うとは・・・。」
トールはとにかく観察を続けた。
「あの生物たちの下に何かあるな・・・。」
巨大生物がいる地点がちょうど先ほどのメッセージの発信源と重なっているのかもしれない。トールにはそのようにも見えた。さすがに三十キロメートル先なので見えないが可能性はゼロでは無い。
「私もそう思います。巨大生物といっても蟻に似ているから生物だと思うのであって本当は別の何かかも知れないし・・・。」
それも一理ある。トールが見たところでも何かしている様子は無い。蟻という生き物は働き者というが、この星の蟻がそれに当てはまるかどうかは分からない。
「どうするコンキスタ?」
「私に判断を委ねるのですか?」
「いや、意見が聞きたい。」
エルは自分のあごに手をあててしばらく考えた。
「近くに行ってみますか?」
エルはそう言った。ふざけた意見だとトールは思ったが、エルは真面目に言っているし、それはトールも言おうと思っていたことだ。危険と恐怖に満ちた平原を越えなければならない。ここで止めておこうとトールもまた思ってはいなかった。
「触れなければ大丈夫・・・かもしれないです。」
と、エルが自信のなさそうに言うが、実際はどうなのか分からない。
「よし、乗った。何かあったら焼肉をおごれ!」
「エイリアンの肉でよければいつでも。」
おごれと言ってもここでは金銭というものや貨幣経済がそもそも無い。
しかしエイリアンの肉・・・正直なところうまいのだかまずいのだか・・・トールをそう言う微妙な気持ちにさせる微妙な返しである。この状況で焼肉をおごれというのも突拍子もない冗談ではある。
トールは少しだけ元気になった。
疲労から来る躁鬱状態・・・クライマーズハイのようなそれもある。アドレナリンが血中に放出されて交感神経を刺激する。闘争か逃走。生物が己の危険から身を守る、あるいは捕食する必要にせまられるなどといった状態に相当するストレス応答を、全身の器官に引き起こす。
同様の感覚をエルも感じている。
アクセルを踏むとシュナイダーが走りだし、加速していく。
銃座になっていた後ろの荷車を取り外し、トールの膝の上にエルは向かい合うように乗った。
「骨が折れるな。」
「何か言いましたか?」
「とにかくしっかり掴ってろ!」
発言をお茶に濁しつつシュナイダーは走り出した。
すごい速さである。
加速すると、エルの身体がGでトールに押し付けられる形になる。
時速百キロなのに、シュナイダーは自動で左右にステップを繰り返しながら巨大生物をすり抜けていく。そのたびにエルの身体がトールにエルが叩きつけられる。
無事にその群れを抜けた。
エルの言うとおり、触らなければOKだった。
トールが気絶気味だったのでエルが代わりに周囲を観察できた。
巨大生物は動く気配すらなかった。
「おい。こら痴漢野郎。起きろ!」
エルは状況を説明するためにトールを叩いた。
「ん? どうしたんだ?」
寝ぼけている。自動運転だから何とかなったがマニュアル操作なら大事故である。
「聞いてください。シュナイダーが地下に何かあると言いつつ通り過ぎましたよ。」
「! しまった!」
「しまったじゃないです。しかし、あれは多分巨大生物と言っては見たものの多分違いますね。まるでオブジェみたいでした。動くのかな? あれ。」
取りあえず銃で撃ってみようとするエルをトールは止めた。
「触らぬ神に祟りなしというだろ。そうやってすぐ撃とうとするのはやめなさい。」
エルは立ち上がってシュナイダーから降りた。
「神か・・・そんなものいるんですかね?」
未来の世界でも宗教というものは存在する。
信じるものは救われるという意味を人間は理解している。信じるものは幸せなのだ。生きていくことに対するすべての責任を神に押し付けることができてしまう。
「俺は・・・神は信じていなくても運命っていうものはあると思う。」
トールはそんなものは信じていなかったが、エルとこの星に送られてきたことをそう感じている。
「運命? そんなものは自分で切り開くものですよ。」
エルは力強くそう言った。
自分の力で抗えないものなど無いとその時はそう思っていたのだろう。
その強さが常に絶望と隣合わせであることをエルはその時気がついてはいなかった。
☆☆☆
情報の発信源を探して二人は歩き続けた。
しかし、いつまでも辿り着かない。近づけば近づくほどに何故か遠ざかって行く。
「罠か?」
トールは疑問に思ったこと、予想されることを率直に口に出した。
「あまりいい気分ではないですね。」
発信源が常に一キロ先を示して動いているのだ。
まるで逃げるようにゆっくりと向かっても、高速で追っても同じ距離を保ったまま逃げていく。
その状態が二時間も続いていた。
「面倒だな。」
トールはそう呟いた。
「発信源が移動していることはやはり何者かの意思が働いているに違いないですよ。」
エルはそう冷静に分析した。
トールもまた同じ意見だ。
「闇雲に動いても駄目だ。誘導されているのかもしれない。もしかしたらこの星には既に人間が住んでいるのかもしれない。」
「そうですね。」
次の行動を二人は考えた。
この先は単独行動を取るのは危険だという考えで二人は一致していた。
罠かも知れないと思いつつ一定の距離をシュナイダーで走っていると今度は信号の発生源へ近づき始めた。
発生源に着くとシュナイダーでは入れない遺跡なのか洞窟になっているようだった。
この蟻型オブジェがもしかしたら前回来た自治体の遺産なのかもしれないと思いつつシュナイダーから暗殺者が持っていた銃を外し、トールはシュナイダーに使い方をレクチャーさせた。
「銃弾ハ現在ノ私ノ装備デ百発製造可能。周囲ノ蟻型オブジェヲ使エバ概算デ一兆発製造可能。」シュナイダーはトールに最後にそう言った。実質無制限に撃てるな、とトールは思った。
遺跡の入り口にシュナイダーを残し、地下へ向かった。
☆彡
第五話 ミッション外行動・遺跡探査
「俺の方がこの道のプロだから俺の後からついて来て。」
「分かりましたお願いします。」
良いところを見せようとしているのだろうとエルは思って少しにやっとしてしまった。
人が一人ずつ通れるようになっているが、入り口は明らかに人工的な階段になっていた。
迷わないように一歩一歩入って行くとドンドン先が暗くなっていく。
小型の懐中電灯で照らすと虫が這っていたりする。地下には小部屋がいくつかあって寝床のようなものが置いてある部屋ばかりあった。百人くらいは住めそうなくらい道沿いに部屋があった。中は外と比べれば涼しい。
ボロくなって何年経過したか不明だが蛇口が無くなっている水道から絶え間なく水が流れている。日が当たらないせいか、白い苔が生えている。
上下水道の設備があるらしいことが分かった。
最奥に巨大なモニターのある設備があった。シュナイダーから通信が入る。
『そこから信号が出ています。解析したいのでVRゴーグルを使ってシステムを眺めてください。』トールはシュナイダーの指示通りにシステムを眺めると使い方などが見えた。
『解析完了。このシステムは『本国共通システム』のサーバー拠点です。』
VRゴーグルにスイッチの位置や色々な使い方が表示されており、記録されているので電源を入れようとするも、当然のように電源は入らなかった。『蟻型オブジェは恐らく本国共通システムで駆動するロボットかと思われます。また、遺跡はそのまま人が住むのにすぐれています。この周辺十キロ以内に先遣隊百名を追加で呼べるよう我々の自治体に要請します。また、エンジニアと本国共通システム関係は支援を要請しましょう。』
何と言ってもシュナイダーは搭載されているスピーカーがあまり良くないが、通信機越しだと音声がきれいに聞こえる。
「それも良いだろう。だが共通システムで本当に蟻型オブジェが安全かどうか確認する必要がある。分解作業をしてくれ。」
シュナイダーがマニピュレーターに搭載されている色々な工具で蟻型オブジェを分解しようとした時だった。
周囲の三匹が動き出してシュナイダーに攻撃を始めた。
『緊急事態です。分解を試みたところ襲われています。自治体に新型シュナイダーも要請しました。私が破壊されたら新型とレーザーキャノン付きの機体が来るよう手配しました。危険です。そこに引き籠っていてください。』
こうなるとしばらく外に出れない。
シュナイダー・・・逆関節式二足歩行型トラクター兼戦車、万能マシン。AI(学習記録型コンピューター)が搭載されている、今までトールとシュナイダーはたくさんの戦いを経験しているし、他の探査担当者に伝説的な強者が搭乗することでシュナイダーは強化されたトラクターだ。だがしかし、あくまでトラクターだ。
もしかしたらあの数の敵と一体で戦うという無茶をシュナイダーはしている。トールはその様子を見に行った。
「危険なんでしょ! 行っちゃダメです!」
エルはトールを止めた。
「あいつは俺の大事なパートナーだ。壊れたら俺も死ぬ。」
「冷静になって。既に自治体に要請したって言っていたし。危険は冒しちゃだめです。」
遺跡の入り口から戦いの様子を二人で見ていた。
シュナイダーは高くジャンプすると力強いキックで応戦していた。三対一が二対一の戦いになっていた。
『破壊方法の分析完了、これより残り二体を破壊します。』
トールが見たことのないシュナイダーの戦い方。伝説の搭乗者のデータで動いていることはよくわかった。
『戦闘終了しました。』
大きさ全長10m高さ5mの敵をおよそ半分(全高5m、全長2m)のシュナイダーは余裕で撃破した。
「勝ったかぁ」
載ってなくてよかったとトールは思った。あの動きは恐らく自治体で行われていたシュナイダーカップ格闘大会の優勝者の乗りこなしを学習したものだろう。見たことがある。
「強すぎですね。シュナイダー。」
エルはそう素直な感想を言った。
「まあな。俺の相棒だからな。」
本当はここまで強いとは知らなかった。
「イエ、敵ガ、ポンコツデシタ。既ニ解析済デスガ。敵ハパフォーマンスを100%発揮シテイマセンデシタ。」
「お前もスピーカーがポンコツだな。聞き取りづらいぞ。」
「ジャア、マダ其処等ニ落チテイル機械カラスピーカーヲトッテ移植シマショウ。」
スピーカーを取ってトールは取り付けた。
『スピーカーの移植が完了しました。』
☆☆☆
百人の応援を要請したのは良いが、ここに置いてある変なオブジェをどう扱うかが問題だ。誰が何のために設置したのか、遺跡の守りだということは何となくわかる。しかし、本当にそうなのか。
「シュナイダー。こいつらの技術は何だと推測される?」
『例えばこの回路を見るに基の技術は地球と仕組みは同じです。良く見ると、トランジスタやCPUが確認できました。基盤に記されている言語は、英語なのでやはり地球人がこの惑星へ一度来た痕跡があるかと推察されます。ただ、バッテリーが故障しており、正常に作動するマシンはあまりないと見られます。すべてを同じ状態なら片っ端からぶっ壊すのに二時間あれば行けると思いますが、動力が100%の状態で動かれると私は壊れるでしょう。』「シュナイダーさん強いんですね。」
エルがそう感想を述べた。
「シュナイダー。こいつらの再プログラミングや修理はできるか?」
『可能です。ですがバッテリーが故障していると思われるので補給と応援が到着しだいでなければ無理かと思います。』
「シュナイダー、破壊した蟻型オブジェから使える部品でお前自身を強化できそうなものはあったか?」
『奴らは電力不足で使えないようだったのですが『レーザー砲』と、『鋭い爪』が入手可能です。マニピュレーターも一つ追加できそうです。』
『マニピュレータ』と『鋭い爪』を背中に設置すると、まるでサソリのようなデザインになった。後ろから来た敵を倒せると同時に地面を耕すこともできる。
レーザー砲は頭部に設置した。
レーザー砲は直に照準を合わせられる。段々いかついオリジナル機体が出来てくる。
これなら暗殺者も怖くない。
☆☆☆
彼らはどこの誰なんだ?
分かりません。ただ、我々とあまり変わらない人種です。同じ地球から来ていると思います。話している言葉から推察するに基はヨーロッパの人々かと思われます。
久しぶりの『外交』をしないといけないな。
しかし、『赤蟻』を撃退できるほど強いロボットだな。
ああ、まるで恐竜のような見た目だ。
我々アジアの自治体『日本国』と彼らは共存できるだろうか。
基本的にそうだよな。宇宙で出会った人間同士、共存しないといけないだろう。
それに『赤蟻』だ。あれが起動できれば広大な砂漠を草原にも森にもできるだろう。
しかし、彼らはまだ少ない。二人だけじゃ心細いだろう。
☆彡
第六話 ミッション④~移住案内
評議会
トールとエルの報告が超高速通信により評議員会で行われた。
「この星の砂漠へ来てひと月が経とうとしておりますが、我々トール・バミューダとエル・コンキスタは生存しています。ここへ自治体ごと住めるかどうかそれは分かりませんが、ここはセオリーどおりにまず百人、次は千人と徐々に大規模に移住を開始すべきと現場では判断しております。最初の百人はこちらの地域、北緯19度東経15度のこの地域への人員の派遣を要請させて頂きます。残念ながら土地は肥沃ではないかもしれません。肥料や南国原産の作物の種子と農作業者を合わせて送っていただけるようお願いいたします。地球系の技術で作られたと思われる機器が多数発見できました。エンジニアの派遣も合わせてお願いします。細かい情報はデータで確認してください。」
評議委員会はこの報告から始まった。
アベル・コンキスタは自分の娘が無事だということに安心した。
トール・バミューダと愛機のシュナイダーもその星の素材で色々な強化をされているのを見るとトールの自分の娘へのやさしさを感じた。
調子は良さそうだ。
「先遣隊の報告は以上だ。百人規模で住める場所があることが分かっている。計画通り百人を送り込みたいと考えます。」
アベルはそう言った。改革派が与党となっているこの評議員会は百人を送り込むことに賛成している。そのための降下作戦用の宇宙船は完成している。
「改革派はいつもその調子だ。何故無駄な派遣を続けるのか説明しろ!」
そうだそうだと保守派の評議員はやじを飛ばした。
「改革派の見立てではもうこの船の維持をする方が難しいと考えている。」
「この船は船団を組んでの人々が暮らしている。いいか、かつて人類の総人口は最大で百十億人いたが、もしこの船団以外の生き残りがいないとしたらもう七万人しかいないんだ。今ここで百人送り込み、千人、一万人と送り込むことで、この船で暮らす人々は徐々に減っていくが、減らさざるを得ないほど毎年保守の継続が厳しいという報告を作業者の連合組合からされている。みんな、いいか、この船は、この船団は、新天地を発見しなければ確実に滅ぶのだ。よく覚えておけ!」
アベル・コンキスタはそう言い切った。
「アベル氏! あんたは沈む船から脱出させるために、自分の娘を送り込んだんだろう。」
保守派の議員代表のアグリッパはそう言った。
「それはそのとおりだ。というか、保守派はそんなに安全な土地だったらまず自分の娘を送り込めと以前の評議員会で言っていたではないか。」
保守派はアベルの高潔さに何も返す言葉もなかった。
「計画としては、十人乗りの脱出艇を指定された座標の十キロ圏内に落とす。更に十機のシュナイダーを降下して一班につき一機、シュナイダーの構成は一機が医療用、四機は戦闘用のアタッチメントをつける。五機は農耕用だ。そして食料一月分それでいいか?」
議会が静まり返っている。
「保守派としても今度の星の開拓でこの宇宙船の人口を削減することは更に船を生き永らえさせることに繋がる。だからこの話は保守派に取っても良いはずだ。次回は航空機も送り込む予定だ。」
アベルは評議会でそう発言した。
☆☆☆
アグリッパは送り込んだ暗殺者を返り討ちにされたということを知っている。
今回は戦闘用のシュナイダーを送り込めることになっている。改革派に内通者がいて、次は暗殺者の兵器として使える。降下部隊の一部隊十人は戦闘部隊だったが、暗殺者集団にした。
何としてもエル・コンキスタを殺したいとアグリッパは考えていた。
アベルの娘を殺せばアベルは激昂するだろう。そして、狂ってしまうだろう。そうなればあいつを評議員から締め出せるはずだという計画だ。
アベルさえいなければ改革派はまとまりを無くす。アグリッパはただ単に権力が欲しいだけの人物だった。
☆☆☆
暗殺者の会話
エル・コンキスタはターゲットだけれど前に降ろされた暗殺者を殺してしまったという情報があるよ。どうしてもしないとダメかな。私、この話から降りたいんだけど。アグリッパ氏は暗殺さえ成功させたら戻って来れるというけれど、それは無理だと思うんだ。
俺もそう思う。アグリッパは多分、あそこにずっといるだけだから。それが保守派というものだろう。大体金払いも悪いし、いくら金を貰ってもあの星じゃ無意味だろう。まだ使いどころのない金すらもらってもねえ。
暗殺辞めようか。俺、エルさん好きだし。
え、好きなの?
好きだよ。だって可愛いじゃん。
まぁ、まぁ確かにね。俺も同じ高校卒業したけれどミスコン優勝してたものね。
一人一丁のP990はありがたいけどね、モンスターもいるらしいし。
☆☆☆
開拓地
まずエンジニアチーム男女十名と専用シュナイダーが送られてきた。
寝床になる遺跡をエルが案内した。
「水はあるし、今は使えないけれど、中央の部屋に外の蟻型オブジェを動かすことに使われていたのであろう制御室のようなものがある。皆さんにはこれの修理をお願いしたい。また、外のオブジェを使えば、恐らく田畑を耕すことができる。」
トールはエンジニアたちに現状を説明した。
エンジニアは早速システムを確認し始めた。
「どこかにメモリーがあるはずだ。古いUSB規格のものやフロッピーかも知れない。ハードディスク、SSDとにかく、みんな、探してくれ。データが飛んでなければ我々のシュナイダーであの群れをコントロールするのだ。」
「了解しました。」
エンジニアチームのリーダーはこの建物の設備を直すよりデータだけ何かしらの方法で抜き出して作った方が早いと判断した。
「お二人とも探査活動お疲れ様です。このチームのリーダー。マーク・サクライという者です。」
「私はエル・コンキスタです。こちらはトール・バミューダさんです。」
「マークさんさぼってないであなたも探しましょうよ!」
そう言ったのはマークという男性と同じチームメンバーの女性ハルだった。マークは見た感じオタクっぽくて小柄でひょろい感じの男性で、ハルは色白でオタクっぽい眼鏡をした女性だった。
「いや、彼らが最初に探検してくれたから我々百名はやってこれたんだから。チームのリーダーとしてあいさつするのは当たり前だと僕は思ったんだけど。」
「ああ、じゃあ私ハルっていいます。小さい頃から同じ訓練を受けて来たこのチームが大好きです。」
そういう自己紹介ならと渋々ハルも塩対応な挨拶をした。
部分的で完全に平等なカースト制度。
宇宙旅行をより効率よく進めるため、職業を家庭ごとに何をして何に特化して教育を受けさせるか、引き継がれて決められている。なお、給料は年功序列で何をしていても母船では徐々に給料が上がっていき、尚且つ同じ給料が支払われるシステムだ。ただし、その業務内で先進的なことができるとボーナスが付くようになっている。
徐々に物資と共に医療班、武装した部隊も合流して来た。
基本的に彼らは先遣隊の命令を聞くようにということになっている。
医療班はまず、トールとエルの二人の健康診断を行った。
トールとエルがこの現地で一番重責のあるポジションになる。
この社会が安定したら代表者は選挙で判断される予定だ。
どのような結果が出るかで本当にこの星に住んで大丈夫かどうか分かるが、二人には健康上の問題は無いということが分かった。
百人の割合は男性二十人、女性八十人と女性の方が多い。
船内は一夫一妻制で人口抑制するため一夫婦につき二人の子供を作ることが義務だった。
体調その他、男性もしくは女性に不妊治療などが必要な場合はAIが判断し、離婚を促し、的確な相手をお互いに見繕うという人口減少も人口増加もないバランスを取り続けて来た。幼いころから相手はある程度決められている。
しかし、最初に十万人だった自治体の人口は今約七万人となっている。理由としては持続可能な社会が崩れてしまったことも理由にあるが、船団の老朽化問題に伴い、人口を削減しながら旅を続けなければ近く滅んでしまうというAIによる計算結果が出ているからだ。
早く移住先を見つけなければ滅ぶのは時間の問題。この星を発見できたことは奇跡だ。
これからは人口を爆発的に増やすため一夫多妻、多夫多妻制にすることが船団の作った法律で決まっている。そのため、人口比率が男性より女性の方が多いといういびつなメンバーが送り込まれた。そして、この星では船内になかった自由恋愛が認められている。
マークのチームは二手に分かれ、中央コントロール室と見られる遺跡の最奥の部屋の探索と、外のオブジェの分解、分析を始めた。
「マーク主任! このポンコツオブジェを分解しました。したところ分かったことですが。」
「どうした?」
「これは元々生き物だった可能性があります。そこに我々の技術の制御基板が入れられて動いていたようです。動いた物とトールさんのシュナイダーが格闘したものだけが完全な機械でした。それと他の蟻型オブジェは空洞になっています。もしかしたら生物の抜け殻かも知れません。」
これはトールが万が一に死んだときに使用しているシュナイダーが情報を母船に送るシステムを応用したものらしいことが分かった。
「この生き物の電源を入れるのは恐らく危険です。資源として使うことを提案します。」
確かに外骨格の材質が分析できていない金属質になっているが、シュナイダーで計測したところ、節は頑丈でそれ以外は簡易的な建物を作ることにも向いていることが分かった。
「トールッ氏! 農耕担当リーダーのミッチェンっす。水脈があることは分かっているし、この砂漠は見たところ、色々な夏野菜が作れるっす。ナス、トマト、キュウリ、何でも行けるんでえ、取り敢えず苗を作るためのハウスが要ります。この邪魔なオブジェをどかしてハウスつくりませんか?」
ミッチェンは何だか変な若者言葉なのかギャル語をしゃべる。背が高く、茶髪の天然パーマでポニーテールをしている。日焼けを気にしていない感じで筋肉質な雰囲気の女性リーダーだった。
「あ! このシュナイダーの後ろについてる荷車は竹っすか? どこで手に入れたっすか?」
トールは来た時に襲われたオアシスの肉食植物のことをミッチェンに話した。
「ああ。ハウスづくりにぜひ欲しい。てか建材にもできるしたくさん刈り取ってきましょうよ。この星で食べられるものは他にあるっすか? この星で取れるもので独自に食べれるものがあると栽培でも畜産でもなんでもできっすよ。」
「それならこれが食べれるよ!」
エルはエイリアンみたいなものを写真で見せて説明した。
「最初は雑草かと思って引っ張ったら現れて襲われたんだけれど焼いて食べてみたらキャベツと肉を同時に食べているみたいな味だったよ。シュナイダーの分析によるとどうも動物と植物のハイブリッド種みたいなものらしいよ。」
「OKっすね。良いじゃないっすか。ヘルシーだし。食物繊維とタンパク質も取れるすごい植物っすね。あれだ。畑の肉だ。大豆みたいだけど大豆じゃない。ミドリムシが大きくなったような生物っす。てか一々襲われるんすね。何でそんなに食肉植物ばっかり生えてるんすかね。多分他にも動物がいそうっすね。」
「ああいると思うよ。まだ見てないだけで肉食動物もいたし。目が四つある虎みたいなのにも襲われたな。」
「へー。まじ人間殺しに来る環境っすね。」
トールとエルは頷いた。
「植物を食べる動物がいないから。多分この星のこの砂漠地帯は食物連鎖の頂点に立っているのが植物なんでしょうね。でもさっきエンジニアが話していたようにあれが死体じゃなく抜け殻なら巨大昆虫もいるでしょう。怖いなー」
「まあこの虫の抜け殻も頑丈だし建材に利用できるだろう。」
「そうっすね。まだ農耕できる環境を作ることが先決何で、百姓五十名と、シュナイダー五機でこの辺一帯を開拓しましょう。」
ミッチェンはかなり頭が切れることが分かった。
この頭が切れる農耕部隊五十人の代表者なので、派閥があるとすればこの農耕部隊のトップがこの集団のトップと見ても良い。
この星の緑地の地域ではなく砂漠から開拓を進めるのは、生物が少なさそうだという理由で進められている。
☆☆☆
暗殺部隊十名は、なぜか森と砂漠の堺の地域へ派遣された。
アグリッパに言われたようにエルを暗殺しようとしていることがアベルにバレたと思われる。上層部の争いにはうんざりだと暗殺部隊隊長ゲルグは思った。
森の方が安全なのか、それとも砂漠の方が安全なのか。
「隊長、俺ら『自治体』から捨てられましたね。こんなところに放り出されて。物資もこんなところに送ってこないでしょう。」
部下のコバヤシがそう言った。
「隊長! 砂漠じゃ食べ物の確保も厳しいと推察されます! 我々は森に行きましょう!」
「いえ、合流を目指すべきです。」
部下がやんややんやと意見を言いだした。
「仕方ない。我々は独自にやって行こう。とにかく。俺たちは間を取ってこれから森へ入っては外へ出るという冒険を行うぞ。今シュナイダーが一台しかない。バラバラにならないように。全員通信端末を使って離れたら連絡を取り合おう。外からの支援はまあ確認はしておこう。」
追加物資の調達は彼らには厳しかった。
「了解!」
「あと、この端末で砂漠にある本体、トール氏と話せるはず。今一旦連絡を取る。」
☆☆☆
後十人来るはずだと思っていたトールではあったが連絡があった。
しかも堂々と暗殺者を名乗っている。
どうしたものかと話を聞いて見ると、エルを殺すようアグリッパから言われているという話だった。そんなことがアベル氏か誰かにバレたのか遠いところに着陸したと言っている。最初からではあったがエルを殺すというチームではあったが辞めようということに自分たちで決めたという。
母船でのごたごたがこっちにまで影響がある。ああ、うんざりだ。
トールはそう思った。
この中にもエルを暗殺しようとしているメンバーがいるかも知れない。
エルを守らなければ。何で?
トールはふと思った。
しかし答えは出ていた。トールはエルが好きなのだ。自覚なく。
大体から言って船内のAIで決められた相手、つまり婚約者がいるだろう。クローン人間のトールにはいないが。
「あの! トールさんこの百人の中に婚約者とかいらっしゃいますか?」
エルが突然そう言いだした。ただの興味本位のようだ。
「いや。俺はいわゆるクローン人間だから婚約者なんていないんだよ。」「そうですか。私もです。」何だか嬉しそうに見えた。
「え! 船内に決められた相手がいてまだ来ないとかじゃないの?」
エルは首を横に振った。
「私の婚約者はアグリッパの息子なんですが。そいつは嫌な奴なのでお断りしたのです。」
「そんなことが許されるのか?」
「嫌なのですよ。親の七光りのアグリッパジュニアなんて。あいつと一緒になるくらいなら一生独り身で良いと思っているのです。」
アグリッパは保守派船内生活重視思想者だった。アベルは改革派船外移住優先主義者、AIはその組み合わせに政略結婚を薦めて来ていた。
アグリッパとアグリッパジュニアは乗り気だったが、エルとアベルは拒否した。AIの意見に反することをするのは犯罪だが、移住探査に参加することで懲役などを避けた。また、これに関して、実は『評議員の不逮捕特権』をフルパワーで使っている。
それが権力者の娘がわざわざこの星に来た理由である。
ただし、この星では、多夫多妻という形での結婚が基本となっている。
言い方を変えるとパートナーや家族同士の合意があればいくらでも不倫しても良い。そのかわりドンドン人口を増やさなければならない。そして、まずは、農耕部隊を中心に一万人の胃袋を満たせるだけの食料生産を目指していかなければならない。建築資材はあるにはあるが、それ以上にハウスを作るため、分解した蟻と、竹に近い殺人オアシスの竹で大量のハウスが完成した。
次に来る千人、更に来る一万人に向けて準備を進めていく。
今は遺跡の中に住む者もいるし外にテントを作って生活している人々もいる。
このような人口調整は二十年周期でAIが計算していた。
ここでも同じだ。二十代から三十代の若者が派遣されているが、当然二十年後は四十から五十才、その二十年後は六十から七十という年齢になり、徐々に人々は減っていく。
一夫多妻制を取るのは、人口ピラミッドを正常にするために考えたときに働き盛りの二十代から三十代の人口を常に一定以上確保するために多夫多妻制をとっている。
オブジェの蟻を全部片づけたら大量の建築資材として利用されることとなった。トールは理系っぽい考え方をしていたが、性欲は普通に強かったので妻がニ人から三人欲しいと思っていた。
この百人のメンバーは男性一人あたりに少なくとも女性三人から四人の相手がいるようにメンバーが産まれた時から紐づけされている。ただ、開拓先ではそこは自由で良いということになっている。
☆☆☆
「中央コントロール室の解析が完了しました。」
トールにエンジニアのマークから報告があった。
「ついでにシュナイダーや航空機やドローンの管制を行うためのシステムを導入したので、試しに使用して状況を確認しましょう。そう言えば、中央コントロール室の件なのですが、結局最初から作り直した方が早いと考えて作りました。」
システムを分析して何をするために作られたシステムだったのか知りたかったが、できないじゃあ仕方ないな、とトールは思った。
「このコントロール室は再現できなかったですが、やっぱりあの蟻のオブジェを動かすためのシステムだったと推察されます。」
マークはそこまでの情報は掴めていた。
洞窟の最奥にあるのでここは冷暖房が必要なかったが、システムが起動すると若干熱いと思った。
「しかし、なんだなー。せっかく移住できそうな遺跡を発見したのに利用者が少ないなぁ。みんなは入れるのに。」
トールは残念そうにそうつぶやいた。
「え? それはそうでしょう。だってプライベート空間が欲しいからみんなテントを作っているんですよ。だってここに密集して住むのはちょっと嫌でしょう。プライバシーが守れないから。良いんじゃないですか? まあ取り敢えずここは外で何かあったときのシェルターとして使えば良いかと思いますよ。」
マークの話し方は大人の事情が分からない子供に説明するかのような言い方だった。トールはプライベートを守れないと聞いて、ああ、みんな仲がいいのか。そう思った。
「因みになんだけれど、マークは誰とか、何人と寝たんだ?」
「それは、まぁ同じエンジニアチームの・・・。」
「ちょっと! 言わないでよ!」
ハルが恥ずかしそうに言うのを止めたので大体分かった。
「そうですよ。聞くだけ野暮です。」
マークにそう言われるとは思わなかった。
「ところでこの遺跡なのですが。恐らく巨大な戦艦かも知れないです。」
マークは予想外のことを言い出した。
☆☆☆
三十人の戦闘部隊は農耕部隊と協力してハウスやテントの作成、あとは外敵になりそうな巨大生物を狩りに出たりしていた。
「エルさん。水道工事他、ハウスもある程度完了してます。部隊を編成して更に奥地の探査に行きたいのですがいいですか?」
遺跡内とエンジニアチームの中央部はトールの担当、外はエルが指示を出すなどしていた。
「良いけれど、守備が手薄になるのはなぁと思うんだけれど。どんな計画?」
「一応五人編成、シュナイダーは武装したものを一機使えればと思います。」
エルはその人数なら守備は手薄にならないと思い良いと思ったが、一応トールにも確認しOKを出した。
「農耕できる生物を探してきて欲しい。特にこれ。襲われるから注意して群生地とかあったら見つけて欲しい。」
エルはトールと食べたキャベツと肉の味がする生物を見せた。
「分かりました。それじゃ行って来ます。」
この言葉にエルは彼らのやる気を感じた。
「行ってらっしゃい。私たち開拓団の誇りを胸に行ってください!」
命がけの旅のつもりはなかった戦闘部隊五名だったが団体行動から離れて行った。
このレイ・カーターが装備している戦闘部隊の武装はARC1118というレーザー銃と火薬を使った実弾を両方使える銃で武装している。この銃の特徴は、まずレーザーが到達し生物に焼けるようなダメージを与え、そのうえで追って実弾が着弾する仕組みになっている。非常に強力なタイプの銃だった。
「あ、その前に代表者の名前を教えてください。」
エルは普通にこの百人全員の名前を知らない。代表者だけでも覚えておこうと思って何気なく聞いた。
「私は、レイ・カーターです。」
代表者の男はそう名乗ると「では。」と言って探索に出掛けた。
レイ・カーターは、背の高い男で髪の毛を肩まで伸ばしているイケメンだな~とエルは思った。
☆彡
第七話 ミッション⑤~先住者との交流とエル暗殺作戦
日本国民
ついに彼らは大規模な移住を開始したね。
村長、でもまだ百人程度です。
それは、我々とあんまり変わらないな。
確かに我々の人口は百人くらいだよな。追加でなかなか来ないですね。我々は見捨てられたのでしょうか?
完全に見捨てられたな。結局、赤蟻は使われなかったな。建築資材にされてしまった。
動かし方が分からなかったのでしょう。仕方ないです。
まあ、我々も使えなかったしなぁ。
☆☆☆
旧暗殺部隊
砂漠は夜の方が涼しいので昼間は休んで夜動く。こう言う感じのサイクルになっている。
エル暗殺部隊改めエルファンクラブは緑地と砂漠を行き来する生活を行っていた。
森の中の方が食料を狩るのに充実していた。
P990の弾丸が尽きたら不安なので弓や槍などを作って狩りをした。しかしながら弾は結構余っている。これだけあれば戦争もできそうだ。
肉食植物が多いと聞いていたが森の中にはそういったものは逆にいなかった。
植物を食べる動物、『鹿モドキ』と名前を付けたがP990なら一発で仕留められるので仕留めて食べたが美味しかった。しかし、鹿モドキの内臓、特に肝臓は毒だったので食せなかった。
「ゲルグ隊長! トール氏に森は安全だと報告しましょう。」
「いや、まだこの星で一週間も過ごしてないのに安全だと言い切るのは危険だぞ。ヤン。」
「やあ、皆さん。私は日本国の佐藤です。一応外交官兼将軍兼村長です。」
「何だこいつ! 木の上から声をかけて来たぞ! 全員他にいないか索敵しろ。」ゲルグはそう警戒した。
「いや。我々はあなた方と争うつもりはないから話を聞いてくれ。」
佐藤と名乗る男は木から降りて来た。
落ち着いた雰囲気、さすが代表者だと部隊長は思った。
「お前らは何人いるんだ!」
ゲルグはそう怒鳴った。
「えっと恥ずかしながら約百人です。集落へ案内いたしますので来て頂いてもよろしいですか?」
「わが部隊は十名だが、その程度の人数なら我々だけで殲滅できてしまうが受け入れるのか?」
ゲルグは相手に舐められたら駄目だと思いつつそう言って脅した。
「隊長。日本国。私の先祖も漢字で小林と書いてコバヤシと読みます。古くは私の家も日本国だったので、多分良い奴らです。」
コバヤシが隊長を止めた。
しかし、ここに長く居る日本国は地の利がある。声をかけられた時点で木の上に潜んだ一人一人が自分たちを殺せるポジションにいた。
もめたらただでは済まなかったとゲルグは悟った。ゲルグは砂漠の部隊にこちらへ来るよう命じた。そしてトールに通信を入れた。
「トールさん。ここには日本国という百人規模の人々が大陸北部の森林地域に住んでいることが分かりました。彼らは友好関係を結びたいようです。我々は言って見れば捕虜のような状況になるかもしれません。」
これから先、すごく不安だ。ゲルグはそう思った。
『了解した。応援は出せないが、集落に着いたら相手の武装なども確認し彼らの移住歴などをうまく聞き出して報告してくれ。こういう時は基本的に和平が大事だ。場所によってはこちらがそっちへ行っていいかどうか、もしくはこちらへ招くか、戦略を立てたい。』
通信は一旦これで閉じた。
☆☆☆
開拓地
「コンキスタさーん! 先住者がいるってぇええええ!」
トールは奥のコンピュータルームから飛び出してエルを探した。
エルは屋外でミッチェンと話をしていた。
「え、先住者いたんすか? 何人?」
ミッチェンに聞かれた。ミッチェンはおしゃべりだからすぐ他の仲間に知られることだろう。
「一応百人と聞いている。ってなんでミッチェンさんはエルと話してたんですか?」
「それは、エルさんに」
「いや、それは言わないで。プライバシーって知ってる?」
「え、別にいいっすけど。いずれ皆で考えないとまずいっすよ。」
ミッチェンは慌ててエルに発言を遮られて、少し驚いていた。
「日本国という団体が来ているらしい。」
「へぇ。あの国の自治体まだあったんだ。」
エルは腕を組んで自分のあごを触っている。
「戦闘部隊の何名か、派遣してみますか? 先ほどレイ・カーターという将校が5名連れて探索に出掛けたからあと二十五名の戦闘員が使えるけれど・・・。」
「なら一応部隊長と相談しよう。ジャック・バーヤー大佐を呼んでくれ。」
警備に当たっていた部隊長のジャック・バーヤーがオフロードバイクのようなメカで駆け付けた。P990を背中に掛けている。
ジャックは髪の毛が若干後退している金髪碧眼の筋肉質な男だった。
バイクがあるなんてエルもトールも知らなかった。取り敢えず状況を説明した。
「相手の持つ兵器を確認しなければ。こちらも動けない。それより問題はレイ・カーターが率いているエル・コンキスタ暗殺部隊の方だ。」
いきなり内戦が始まるようなことをジャックが言い出した。
「どうしてそんなことが分かるんだ?」
トールの質問にジャックは率直な答えを出した。
「ゲルグの部隊はアグリッパに金で雇われた部隊、つまり傭兵だ。貨幣の価値がないこの現場では、仕事はしないと私に連絡があった。しかし、レイ・カーターは保守派が用意したエリート部隊だ。我々残った部隊より上等な兵器を持っている。精鋭ということだ。」
ジャックが言っていることは本当なのだろうか?
「我々の部隊は元々あなたの父であるアベル・コンキスタを守る守備隊。ここではエル・コンキスタを守るよう指示を受けているそして実は諜報部隊だ。」
☆☆☆
取り敢えずエルは遺跡の中での作業を監督する立場に変更となった。
遺跡の外での任務はトールが引き継いだ。
「なあジャック。アグリッパが送り込んだ刺客はそれだけなのか?」
「そうだな。トール、お前エル・コンキスタが好きだろ?」
ジャックはこちらに指をさしてそう言った。
図星だ。
「エルはアグリッパジュニアを振ってしまったので他の船内メンバーがマッチングしなかったのだろう。ネットが炎上していたなAIのいうことを聞かないから。だからエルには決められた相手がいない。お前も何度も繰り返し作られたクローン人間なんだってな。お互いに相手がいないんだから一緒になってしまったらどうなんだ?」
ジャックはトールの背中を叩いた。
なかなか力強く叩くなぁと、トールは思った。
「俺は多分エルが好きだ。」
「いいや、確実にお前はエルが好きなんだ。」
トールが静かにつぶやいたことをジャックは強めに言った。
「しかし、なぜレイ・カーターは何故敵に回ったんだ。」
それはトールからしたら当然の疑問だった。
「彼ら五人はアグリッパから家族を人質に取られているか残った家族に危害を加えると脅されている可能性がある。母船の中にも我々の仲間がいて、その件の解決に尽力している。」
☆☆☆
日本国先遣隊の案内でゲルグ隊十名は村へと入った。
戦車五台や航空機四機、ヘリ三機などこちらが持ち込めなかった武器や兵器はあるが、人数が百人では動かしきれる数ではないとゲルグは見た。ただ全員が軍人なら別だ。
どちらかと言えば数こそ正義な軍備のようだ。ゲルグは兵器の写真などをすぐさまトールやエルに送信した。
「私は日本国先遣隊代表の佐藤竜です。こちらは私の妻、佐藤恭子です。」
子供の姿もちらほらと見える。
この森で長く暮らしてきたらしい。
「すごい。」
ゲルグは素直にそう思った。ここの場所には子供の数も含めて約百人しかいないということが分かった。しかし、この村の建物はテントだけ作った自分たちの居場所と比べると。ちゃんと家が建てられていた。
住み心地は良さそうなのに何故、人員が追加されないのだろう。ゲルグはそう疑問を持った。
「いや。我々は先遣隊と言っても犯罪者の集まりですから、船の中で要らなくなった戦車や航空機、戦闘機、輸送ヘリ他、兵器はあるんですがね。それも用済みだからあるのです。」
「犯罪者、どういうことですか?」
犯罪者だと聞いてもゲルグは彼らと戦うことに気が引けた。子供が多いからだ。
「我々は思想犯罪者なのです。国の方針で独立や自立しようと考えを持つことが禁止されていた中で、独立したいと考えた事が国のAIにバレて最初に男女合わせて五十人がここへ降ろされ、暮らすことになったのです。」
それで、子供が生まれて百人の村が出来上がったということが分かった。
☆☆☆
トールにゲルグから連絡があった。
写真で見ると、旧世紀時代的な兵器がたくさんあるようだ。しかし、戦車で砲撃されたりするとこちらもただでは済まない状況だということも分かった。ただ、航空機は欲しいとトールは思った。
次の追加部隊は千人にしようと思っていたトールだったが、彼らとの合流、物資の交換などは必要だろう。特に家。家は建てたいと考えていた。彼らの技術も資源も役に立つかもしれない。
いや、そんなことよりエルはどうしよう。彼らが持ち出した兵器の威力もジャックから聞いている。どうしよう。あーあどうしよう。トールはため息をついた。
エルは取り敢えずほっといてもこの遺跡の中に居れば良いだろうと言っていた。
困ったな。本当に。頭がごちゃごちゃして来た。
トールの通信機は全員とつながるようになっている。取り敢えず。まず取り敢えずだ。
「もしもし、レイ・カーターさんですか?」
『はい。トールさんから連絡があるとは、じゃあもう我々のエル・コンキスタ暗殺計画は聞いていますよね。ジャック・バーヤーから。ジャック・バーヤーが本当はエル・コンキスタを狙っているんですよ。ジャック・バーヤーその他、戦闘部隊はみんな狙っているんですよ。』
レイ・カーターは心理的にこちらを揺さぶって来た。こいつが本当にエルを狙っているかも知れないのか、ジャック・バーヤーは信じるべき相手ではないのか。本当のところはどうなんだろう。
『もう切りますよ。眠いんで。』
レイは中継を切ろうとしてきた。
「ちょっと待て。待ってくれよ。」
トールは必死に考えた。こんなことを言うレイ・カーターはジャックとの協力関係にある自分とジャックを切り離そうとしている。これは『離間の計』ともとれる。ますます怪しいと思った。どうすれば、どうすればエルは助けられるんだ。ああ、どうすれば。
「すまないが明日。遠征の成果があったらこっちへ戻ってきてくれ。」
『分かりました。ジャック・バーヤーがその場にいないことを確認出来たら戻ってもいいです。』
「分かった。じゃあそれで頼む。しかし、ジャックがいないことはどうすれば証明できる。信用する?」
『ジャックが何らかの理由で死んでいれば信用します。』
「そう言われてもジャックを殺すのは無理だ。ちょうど、日本国の生き残りのところへ行かせようと思っているがそれでいいか? お前らの家族はアグリッパに人質にされているのか?」
『ジャックがそう言ったのか?』
何故か電話口の戸惑っているようだ。
「そうだ。ジャックは確かにそう言っていた。お前たちのことを心配していたし、お前たちの家族の救出作戦を母船でアベル・コンキスタ氏としていると聞いている。彼らは諜報部隊だと言っていた。」
『そう・・・ですか。いずれにしてもあいつがいない環境で無ければ我々は行けません。アグリッパに家族を人質にされているのは事実です。だから我々は、エル・コンキスタを殺し、それを証明するためにジャック・バーヤーも殺すことが任務なのです。でもこちらではどうにもできない。でも、そちらならどうにでもなることがありますよね。』
「え? 何を言ってる・・・。暗殺者だということを認めるのか?」
どうにもならないけれどどうにでもなること・・・。なんだそれ。
『いいえ。我々は暗殺者ではありません。食料の調達を行い、帰還しますのでよろしくお願いします。ジャック・バーヤーを殺してください。分かりましたね。エル・コンキスタも殺しにもどりますから。』
通信はこれで終わった。
アグリッパ・・・あいつさえいなければ・・・。
ジャック・バーヤーの母船の部下、彼らは人質に取られた彼らの家族を救えるのだろうか・・・。ジャック・バーヤー、母船の部下にはアグリッパを暗殺して欲しい。
アグリッパ・・・あいつさえいなければ・・・。
アグリッパ・・・あいつさえいなければ・・・。
アグリッパ・・・あいつさえいなければ・・・。
エルも・・・ここにいなければ・・・。
いなければ・・・。
誰もいなければ・・・。
いなければ?
いなければ!
「どうしたんです? トールさん。」
エルが話しかけて来た。
トールは一瞬戸惑ったが今の話を冷静にすることにした。
「レイ・カーターがエル・・・君を狙っているんだ。」
「知っていますよ。ジャックさんから聞いています。あの場で殺されなくて良かったです。」
「ごめん。エル・コンキスタ。君はレイ・カーターから殺されることになる。俺には止められそうにない。ジャック・バーヤーにも死んでもらう。」
☆☆☆
自治体評議会への緊急連絡が届いた。
『レイ・カーターがジャック・バーヤー大佐とエル・コンキスタを殺害しました。レイ・カーターは取り押さえることが危険だったためその場で射殺されました。』
トールの泣きながらの知らせと共にその陰惨な状況が報告された。
母船内は不穏な空気が漂っていた。アベル・コンキスタは涙を流して娘の死を悼んでいる。その様子にアグリッパ・スリッパは笑いを堪えていた。
レイ・カーターも死亡していればもはや誰の差し金かも、アグリッパだとみんな思っていても証言しないだろう。レイ・カーターの遺族も、何も言えないだろう。言ったら子供を殺すと脅せば大丈夫だ。
アグリッパはアベルに最大のダメージを与えられたとほくそ笑んだ。
『それで、本題なのですが。エル・コンキスタ氏、ジャック・バーヤー氏、レイ・カーター氏の葬儀のためというのもあるのですが、今、日本国の自治体は百人しかいないのですが、戦闘状態に入りかねない状況もあるので我々には数の利が必要です。追加の開拓要員とこちらへ移住して来た者たちの家族、合わせて二百人。医療系、保育系の人材も必要です。家族の子供もそうですが十五才以上の子供の移住もお願いします。自動車やロードローラー、航空機。ドローン。建築用の重機なども送っていただけると助かります。材料や資材、食料を現地調達できる目途は立ちました。また、シュナイダー用の園芸装備と、戦闘用装備は送ってください。レーザーキャノン付きのシュナイダーが欲しいです。』
トール・バミューダからの事務的な報告と支援要請が終わった。
「アベル殿、娘さん。亡くなったのですね。お悔み申し上げます。やはり惑星開発は難しいものですね。」
思わずぶん殴りたくなったアベルはアグリッパの胸倉を掴んで言った。
「貴様が謀殺したんだろ! 罪を認めろ!」
しかし証拠はないとアグリッパは思っている。
「いいえ? 私は何もしてないですよ。それより良いんですか?現地の葬儀に行かなくて。」
「俺は評議員だ。今は必要な資材と人材を彼らに送ることが先決だ。私情に流されている場合ではないのだよ。アグリッパ。」
そういうとアベルはアグリッパの胸倉を掴むのをやめた。
☆☆☆
数時間前
「レイ・カーターがエル・・・君を狙っているんだ。」
「知っていますよ。ジャックさんから聞いています。あの場で殺されなくて良かったです。」
「ごめん。エル・コンキスタ。君はレイ・カーターから殺されることになる。俺には止められそうにない。ジャック・バーヤーにも死んでもらう。」
トールは少し笑いながらそう言いだした。
「何をニヤニヤしているんですか? え? 私死ぬんでしょ?」
エルは少し深刻そうにそう答えた。
「俺はな。エルさん。誰にもこの開拓で死んで欲しくはないんだ。せっかく上手く行きそうなのに。俺が死ねばいいと思うのはアグリッパだけだ。ただ・・・よく考えたら、この星は中に入らない限り密室と変わらないじゃないかということに気が付いたんだ。」
「どういうことですか?」
エルは首を少し横にかしげた。
「エルもジャックもレイも死んだことにしちゃってさ。皆で口裏合わせちゃえば三人くらい死んでもバレない。いけるぞ。これなら。ついでに次の人材の要請は二百人規模で最初の百人の家族もつれて来るという約束にしたから、アベル氏が動いてくれるはずだ。アグリッパに人質にされる人を減らせるだろう。何よりエル、ジャック、レイという邪魔者や知っている奴が死んだとアグリッパに信じさせれば惑星開拓もより順調に行けるかも知れないぞ。」
トールはそういう答えを出してくれた。しかし父は許すだろうかとエルは思った。
ジャックにも同じ話をとおし、レイ・カーターその他全員に同じ話をしなければならない。大規模な通信で話すと敵に知られてしまうかも知れないということで、トールはエンジニアのマークを呼んで秘匿回線で話せるよう準備した。
トールは各代表と話をつけることにした。
『こちら、ジャック・バーヤー。トール氏、俺に連絡とは何の用だ?』
まずは当事者たちに作戦を連絡した。
『なんて雑な作戦なんだ。でも、俺もそれしかないと思っていたところだ。細かい打ち合わせはこちらとレイ・カーターとで策謀することにする。戦闘部隊には俺から説明しておく。一応、俺とエルは葬儀を行い。その様子は中継しよう一応エル・コンキスタは評議員の娘だ。葬儀では目から脳に弾丸が命中したことにして眼帯をつけさせよう。レイは簡易的な葬儀としよう。この星の初の犯罪者だからな。あまり丁寧にはすべきではないだろう。』
後は急いで口封じしなければならない。
『こちら、ミッチェンです。トールさん何の用ですか?』
ミッチェンにも同じ内容のことを説明した。
『了解です。農耕部隊もだんまりするように指示します。』
ミッチェンの了解も取った。
後はエンジニア部隊のマークにも念を押して置いた。あとは母船のアベルと連絡を取るだけだ。秘匿通信でアベルに連絡を取った。
『誰だ。非通知の電話なんてかけて来たのは。』
「アベル・コンキスタ様の電話で合っていますよね。私はトール・バミューダです。」
アベルの最初の一言は結構横柄で怖いなあと思いつつ名乗ってみたらそういう態度が変わった。
『トール君か。何だ一体?』
「単刀直入に言います。エル・コンキスタ嬢の命を狙う暗殺者の情報を掴みました。あなたの娘さんが明日、殺されます。」
トールは冷静にアベルに状況を説明した。
『それは本当か? その情報を掴んでいても、俺はエルを助けられない。情報を掴んで連絡して来たということは何かしらの対応策があるというのか?』
「あります。この星は入らなければ密室と同じです。全員でエル・コンキスタ、ジャック・バーヤー、レイ・カーターは死んだことにします。そうすればアグリッパは喜ぶでしょう。」
『なるほど。良い考えだ。詳細はジャック・バーヤーと相談して詰めておいてくれ。』
アベルは落ち着いてそう答えた。
「ついで、船内に残っているここに移住して来た者たちの家族はアグリッパの人質になりやすいと思われます。なるべく全員船内からこちらへ脱出して頂けたらと思います。労働力も足りないし、働ける人口を少しでも穴が無いように人口比率を調整していく必要がありますので、これからは子供も送り込んでください。」
『分かった。評議員の力でごり押しで移住を進めて行こう。』
「あと私事のお願いがあるのですが・・・この件が落ち着いたらエルさんを僕の妻にください。」
トールは電話越しではあったが頭を下げてお願いした。
『事件が終われば娘は死んだことになるのだろう・・・ならばよかろう。エルの気持ち次第で良ければ構わない。ファミリーネームもコンキスタを名乗るのは目立つ。エル・バミューダとして生きていく方が良いかも知れない。その代わり事件をしっかり終えてくれ。俺は君たち移住部隊に期待している。がんばれよ。若者よ!』
アベルは電話越しに前向きにそう言ってきた。トールはアベルの期待を感じた。よし、やるぞ。トールはガッツポーズをした。
「そういうことだから、エル。俺と結婚してくれ!」
「順番逆だと思います・・・。でもそういうところがトールさんらしくて可愛いですね。ちょっと古風な感じで言いますが、不束者ですがよろしくお願いします。」
エルは少し顔を赤らめてそう返事を返した。
☆☆☆
日本国の世捨て人たちにも連絡が伝わった。
「分かりました。エル氏もジャック氏もレイ氏もあったことがないが死んだことにするんだな。分かりました。」
彼らにも口をつぐんでもらわなければならないし、争えない。
しかし、交易を取るため、道を作らなければならない。と、トールも思っていた。ゲルグの部隊も道作りが始まれば駆り出されることになっている。
「ここはどういった土地柄なんですか? 何年こちらにいるんですか?」
ゲルグはここに住んでいる年長者に聞いた。
「ここは緑地帯なんだけれどほとんどの植物が食べるのに適さない毒草ばかりなんだ。だから小さい昆虫は結構いるがでかいのはいないな。そこの畑で、白菜とかレタスとか葉物野菜をメインに作っているし、田で稲を育てていたり、小麦も作っている。農産物には困らないな。何でも作れる。害獣の鹿っぽい生き物はタンパク質がたくさん取れるから狩りもしている。毒草に囲まれた地域だから、葉物野菜を作ってもそれを食う昆虫類やなんかはまぁまぁいる。大体来てから十年くらいは立ったかな。人数がもっといたら更に広々と田畑が作れるだろうが。何分我々は補給がない。ちょっと助けて欲しいくらいだ。」
「でかい昆虫・・・嫌な予感がするんだが砂漠地帯で発見された赤い蟻もいるのか?」
「まぁなぁ。以前来た人々は奴らをコントロールしようとしていたようだが。あれは抜け殻だからな。あれより一回り以上サイズが大きい蟻が砂漠にはいるだろうな。集団で千匹くらいで何組いるか分からんが、ここら辺は毒草だと分かっているからなのか奴らの攻撃はないが、砂漠はちょっと危ないかもしれない。」
毒草を持ち帰って周辺を覆うか引越しした方が良いかも知れないとゲルグは思った。
☆彡
第八話 ミッション⑥~お引越し
トールとエルはエルの偽装葬儀後。結婚式をすることになった。
本国への中継でエルと、ジャックの葬儀が中継することになった。
エルは右目に当たった弾丸が頭を貫通したという設定で目を眼帯で隠し棺に入れられた様子と、ジャックは心臓を撃ち抜かれたという設定で、死んだということで棺に入れられた。エルの花嫁姿が見たいと言っていたアベル・コンキスタのためエルは花嫁姿で仰向けに棺に納めらた。ジャックは戦闘服の胸に赤い血糊を塗った状態で棺に納められた。
レイもまた戦闘服で同じく胸を撃たれた設定で胸に血糊が塗られている状態で棺に納められた。
葬儀を中継したので母船ではもうエルもジャックもレイも死んだということがはっきりと母船には伝わった。
中継が終わり、眼帯を外してエルは起き上がった。
ジャックとレイも起き上がった。
「ジャック・バーヤー大佐!」
レイ・カーターはすぐにジャックに声をかけた。
「我々の部隊、家族のためにありがとうございました!」
「いや。お礼を言う相手はトール・バミューダだろう。俺たちの仕事は全てこの自治体のため『NLA(ニューロサンゼルス)』のためにあるんだ。俺もまさかこんな事態の収拾の仕方があるとは思わなかったぞ。いや、思いついたとして実行に移したかどうかは分からん。でも、トールの熱意に押されたな。あいつは俺の中では大統領だ。大統領って呼びたい。」ジャック・バーヤーはよかったなと言わんばかりに親指を立てた。
「我々はあなたの部隊が母船内でも活動していると聞いたから、作戦を決行できたと思います。トール・バミューダに同じような作戦を思いつかせようと心理的に誘導しようとしましたが、彼は自力で作戦を思いついてくれた。よかった。」
レイの中でジャックとトールには足を向けて眠れないと思った。
☆☆☆
偽装葬儀とエルとトールの結婚披露宴の翌日。日本国の生き残りへと向かったゲルグからジャック・バーヤーとトールに連絡があった。
『この星は森にすむ方が良いかも知れない。巨大な蟻が砂漠を支配しているらしい。』
「その情報はだれから?」
トールはゲルグからの通信に答えた。今はジャックとゲルグとトールが会議している。
『この村の長老っぽい人から聞いた。およそ十年前にここに来たらしい。あの赤蟻は脱皮した後の抜け殻らしい。黒い巨大蟻が砂漠の支配者というものらしい。千匹単位で移動していると聞いている。この大陸北側の日本国の連中によると、その地域は毒草に囲まれているため虫などが少ないらしい。』
ゲルグはそういった情報を得たことを話した。
「詳しいことは農耕部隊代表や、エンジニアチームも交えて話し合った方が良いだろう。」
ジャックは冷静にそう答えた。
「そのとおりだな。ジャック。どこにそいつらがいるか探そう。何ならシュナイダーのレーザーキャノンで絶滅させてしまおう。」
「いや、トール。それをしてしまった場合だと、生態系のバランスが崩れるだろう。どんな影響があるか分からんから、そういったことは慎重にすべきだ。襲ってくる群れがあれば危ないからその場合は殺してしまおう。しかし、もしかしたら日本国の連中は我々の労働力に期待しているだけかもしれない。引っ越しを促しているようだと、俺は感じる。」
ジャックは冷静にそう言った。さすが諜報部隊員。考えることが一段階上だとトールは思った。因みに部隊長は彼の部下が表向きには付いた。
死んだことになっているから彼は影の部隊長だ。
「引っ越しとなると、今、ハウスや畑で育てているものを一旦放棄するかそちらへ持っていく必要があるからな。ミッチェンと相談していかないといけない。マークのエンジニアチームのドローンを使った空撮でもその蟻のいる場所が分かるかもしれない。」
トールは引っ越しを選ぶか定住した方が良いのか、迷っている。
その赤蟻が脱皮して生まれた一回り大きいであろう黒蟻対策をしなければならない。
「ミッチェン。話があるんだが今良いか。」
トールはミッチェンに声をかけた。かなり深刻な話ではある。
「今行くんで、入り口付近で待ってください。」
ここは苗や農作物を作っているハウスだ。
今、全員に食料が行き渡っているのはこのハウス栽培を運営しているミッチェンのおかげだった。
ミッチェンは前に会った時より太っている? いや妊娠しているようだ。「ミッチェンこんな時に悪いんだけれど、あの赤蟻は脱皮して一回り大きい黒蟻がどこかを闊歩しているため、砂漠でこういった栽培を続けるのは・・・ちょっと厳しいかもしれない。」
ああこれだけは言いたくないな。トールはそう思いつつも言った。
「森に日本国の百人がいることは知っているよな。」
「ああ、そこに引っ越すんですか?」
ミッチェンはトールが言おうとしていることを遮ってそう言った。
「私・・・ちょっと妊娠してしまっているので代役にアリス・サーガッソーを充てますので、そちらと話をしてやってください。私は引っ越しもやぶさかではないんで。土壌の調査だったり、水源だったり皆が快適な環境なら。皆がここを捨てても良いと言えば良いと思いますよ。ただ、砂漠に着陸するのは私が言うことでもないかも知れませんが、仕方ないと思います。砂が柔らかいからクッション性高いですし。」
ミッチェンのしゃべり方が今までのギャルっぽさが無くなっている。やっぱり、せっかく作った農地やハウスを放棄したり解体することが、本当は嫌なのだろうな。と、トールは察した。ミッチェンの妊娠について、やっぱりなと思うところがあった。この星は地球の二倍一日が長い。だからこの星の時間軸で見たらだいたい半年後にベビーブームが来ることが予想される。早く医療要員や保育要員が必要だし、時間がたつほど自分たちの世代とベビーブームで生まれて来る子供たちと将来的に間が空くと労働力にムラができてしまう。だから子供も受け入れなくてはならない。
保育園なども作らなければならない。
一日にたくさんの子供がまとまって生まれて来るかもしれないから医療関係者もたくさん必要だ。医療関係者はこの自治体では全員医者と同じ処置ができるよう訓練されている。
トールはそう考えた。
あ~。自分はいつまでこの自治体の移住部隊の隊長を勤めなければならないんだろう。
選択が重い。
トールは遺跡の奥で作業しているマークに会いに行った。
「やあ、マーク、元気にしているか?」
トールが何気なく声をかけると「いや~ぼちぼちですよ。」という反応が返って来た。
「開発部隊はどういう方針で何を作っているんだ。」
もちろん開拓に必要そうなものを作っていることは分かるが、具体的に何をしているのか聞いていなかった。
「主に、無人機を使った周辺探査と通信アンテナの設置工事、特にここと日本国の人々との会話がしやすいよう整備しています。あと、ハルを中心としたメンバーで改良型シュナイダーGの設計開発をしています。」
「Gってなんだ?」
「Gはもちろん決まっているでしょう。シュナイダーの足回りはそのままに上半身の人型ロボットを作って、Gにするんですよ。そうすれば細かい作業をシュナイダーのAIにある程度まかせられるようにできます。あと資材、主に鉄が欲しいところですね。鉄工所、シュナイダーの製造工場や野菜工場、様々なところで機械化するための機械を作ることが我々エンジニア部隊の現在の目標です。」
何だかキラキラしているな、と、マークは元気に話すのでトールはそう思った。
「ちょっと困っていることがあるんだが、聞いてくれるか?」
「ええ? それ何時間もかかる話ですか?」
マークはマークで忙しいようだ。いつも雑用みたいな仕事を押し付けてしまい申し訳ない。
「日本国の人々との会話で掴んだ情報なのだけれど、ここに来た時、周辺に動かない赤蟻のオブジェのようなものがあったことを覚えていると思うが、あれは脱皮した後、巨大な黒蟻になって砂漠を闊歩しているとの話だ。日本国の人々が森を住処とできているのは森が毒草でできているため、襲われないという話なんだ。我々はそっちに移り住んだ方がいいか。どうか。そういうところで悩んでいる。」
トールは悩んでいることをトールに話した。その方がいいと思った。
「物事を決めるのに何でも一人で背負い込む必要はないんじゃないの?」
そう声をかけて来たのはエルだった。
マークが間に入って状況を推理して次のように述べる。
「しかし、毒草を避ける性質があるとするとあいつらの主食は草なんじゃないですかね。でも、あんな巨大昆虫、重力が地球より若干重い星で昆虫がそこまででかくなるとは、知識が浅くて申し訳ないんですがないんじゃないかと。やっぱあれはロボットだったんじゃないかと思わなくもないんですよね。今、このエンジニア部隊のサブリーダーのニック・カーンが調査に当たっています。」
「もし、遭遇したとして一番恐ろしいのは人間が食われること。今、百人は入れる遺跡があるから避難できるけれど、人が増えればこの遺跡に人が収まり切れなくなってしまうかも知れない。あと踏みつぶされないことだな。」
トールは一生懸命考えながらそう言った。
「今栽培しているエイリアンみたいな肉と野菜を同時に食べられる食用生物も、もし寄生生物だとしたら、この砂漠の生態ピラミッドの頂点のその黒蟻に本来は寄生するのかも知れない。いずれにせよ、この星は分からないことばかりっすよ。」
ミッチェンもこのモニタールームに来てそう言った。
「食物の育成は順調なのか?」
ジャック・バーヤーがどこからか入って来た。
「順調です。潅水設備も整っているし、本当はここから離れたくないですね。」
ミッチェンが連れて来たアリスがそう言った。
アリスは線が細く小柄で、色白で少し幼い雰囲気もある。プラチナブロンドの髪などは若干エルと似ている。この星の開拓は当初十八才以上の成人で行われることになっていたが未成年?・・・ではないだろうが可愛い・・・。トールはそう思った。
「ここより環境が良いかどうか、あるいは協力関係をうまく結ぶことができるかどうか。私とトールさんとジャックさんで日本国へ行きませんか?」
アリスがそう言った。
「私も護衛として連れて行ってください。」
レイ・カーターが話に入って来た。
「じゃあ、明日の夜の時間に行くか。昼間暑いし。」
トールはそう言ってこの話を閉めた。トールとアリス、ジャックとレイがそれぞれシュナイダーとバイクでいくことになった。
「留守は私とマークに任せて! 行ってらっしゃい。」
エルはそう言った。
☆☆☆
ここでシュナイダー対バイクのレースが始まった。
四台の機械(マシーン)が道なき道をえらい勢いで疾走していく。
レースをしようと言い出したのはアリスだ。
日本国まで一直線の道を走る。砂丘を滑り降りたり登ったりする器用なシュナイダー乗りのアリスに対しおっさん三人は圧倒的に遅い。
もはや二位争いをするトールとジャックとレイだった。
トールはシュナイダーにレーザー砲とマニピュレータや爪を追加装備しているからマシンが重い。だから何も装備していないアリスのシュナイダーは速い。水質調査、土壌調査のアイテムしかアリスは持っていない。しかし、操縦技術の差を感じた。
一方バイクは砂に足を取られつつもスピードを上げていく。
トールはビリかもしれないと途中でそう思って諦めた。
四時間ぶっ通しで走ったあと、アリスが急に止まった。
全員が追い付いたあたりで、「休憩にしましょうと。」アリスが言った。
レースは一応中断したが、トップはアリス、二位は十分遅れでジャック、更に十分遅れでレイ、ビリがそこから三十分遅れてトールだった。
「速いな。アリスは。なんでそんなにシュナイダーに乗り慣れているんだ?」
ジャックが聞いてみた。
「私も伊達に何度も開拓地へ行ってないですからね。シュナイダーの訓練は幼いころからずっとやってきましたよ。ここ二百年位。」
「アリス・・・お前もクローン人間だったのか・・・。」
アリスはトールと同じだったということが分かった。
「私、五十分休んだんで、出発しますね! 皆さんも休んで良いし、ハンデをあげますので休んでも良いしもうスタートしてもいいですよ。」
アリスはシュナイダーでガンガン走り出してしまった。
トップを独走している。
「もういいや。シュナイダー。完全オートモード。目標地点まで俺を運んでくれ。寝るから。」「了解しました。マスター。」
シュナイダーに完全に運転を任せてアリスを追った。
「あいつらずるいな。」
ジャックはそうつぶやき全速力でスタートした。
「もう絶対負けられない。」
レイもジャックと同時にスタートした。
☆☆☆
レースの結果、アリスをトップに次いでジャック、レイ、トールの順にゴールした。
「いやー良く寝た。」
ジャックとレイはそういうオートモードが無いからトールの発言にちょっとイラっとした。
「トール氏、同じシュナイダー乗りなのに女子に負けるとかかっこ悪いですよ。」
「レイさん。無理して来なくても良かったのに。次からかっこつけないで車に乗ったらいいと思います。」
レイの発言に対しアリスがそう言った。
「まぁ。これから交渉したり話し合いをするんでトールさんが休めたのなら良かったです。」
「何でビリっけつのトールに甘いんだ。君、トールが好きなのか?」
ジャックはそう言った。
「まぁ。前世から結ばれてますよ。エルさんが来なかったらね。」
突然そう言われても困るがそんなような気もすると、トールは思った。「前世、嫌な思い出しかない。」
トールはそう言った。思い出の数だけ死んでいるからだ。
「No.123を覚えてませんか? 一緒に行ったじゃないですか。」
確か氷河期の星だった。水は多いし空気もここと似ていて人が何もしなくても生きられる土地だったが、ここより不毛の土地だったため断念(死んだ。)した土地だ。
「No.122のこの星は更にその前に一度来ていてモンスターにやられて死んだじゃないですか。かなり古い記憶なので思い出せないかも知れませんが一緒に来ましたよ。」
覚えていないことをアリスに怒られているように感じた。言われてみると思い出す。そうか、だから俺は移住に反対して開発公社時代、市役所の担当だったエルを虐めていたのか・・・。トールはそれを思い出した。
モンスターと戦うため、という部分についてもシュナイダーは進化して来た。
シュナイダーカップというレースや射撃競技、格闘戦を同時に行う競技があってそうしたデータがシュナイダーのAIに蓄積されている。以前の開拓よりシュナイダーは格段に進化した。エンジニアのハルがしているG計画も進んでいる。
だからここが見直されたわけである。
しかし、取り敢えず森に住むか砂漠に住むか。考えるためにここへ来たのだった。
アリスは早速シュナイダーで土壌の検査と地下水などを検査した。植物のサンプルもどんどん集めて確認している。
仕事が早い。
「うーん。別に草木は、毒素があったり、なかったりですね。土地や地下水は地球と同じくらい。そのまま飲んでも大丈夫でミネラルも過不足ないので理想的だと思います。あとは領土問題ですね。向こうのトップに会いに行きましょう。」
☆☆☆
ジャックとレイは森の中からトールとアリスの様子を見ているようにとトールに言われた。
「それにしても人口の割に兵器多いな。全員が兵士だと思っても良いかも知れない。」
「ああ、ちゃんと手入れがされていそうだ。あのヘリもあの航空機も戦車も現役で使えそうだ。」ジャックはレイの言葉にそう返した。
「破壊工作する?」 レイが少しおどけた感じにそう言った。
「いや、会談次第だな。トールとアリスには盗聴器を持たせてある。ここで会談の様子を聞こう。」
ジャックは得意げにそう言った。
☆☆☆
先に到着していたエル暗殺部隊改めファンクラブとトール、アリスは合流して日本国の代表者とあいさつし、見学などを行うことにした。
「私が今のところNLA(ニューロサンゼルス)の自治体から派遣されている開拓団の代表者のトール・バミューダです。」
「私は日本国開拓団の代表、佐藤竜です。」
二人は軽く握手をした。
「私は農耕部隊隊長代理のアリス・サーガッソーです。」
「私は佐藤竜の妻、佐藤恭子です。」
このふたりも握手した。
「あなた方は夫婦ですか?」
佐藤恭子がそう聞いてきた。
「いいえ、違います・・・。」
といって良いんだろうか。と、トールは思いつつそう答えた。
「我々は砂漠に住むか、あなた方のように森に住むべきか、黒蟻の情報を聞いてから思うところがあるのです。」トールはそう発言した。
「そうですね。我々も砂漠で襲われてここへ追い込まれたとも言えます。我々は数も少ないし、協力関係を結びましょう。ただし条件があります。」
佐藤竜はそう言った。仲よくしようという笑顔は見えるが、その裏で何を考えているのか分からない。ここで関係を悪くしたら、戦争が起きる。
「条件って何ですか? 協力する以外に何かあるのですか?」
トールはそう言った。何か利害があるのだろうか。
「我々の条件は水源の利用についてです。これを共同で利用するのであれば我々の通貨で利用料の支払いをお願いしたいのです。」
トールは少し疑問に思ったがその条件ってちょっとやばいんじゃないかと思った。
今、貨幣経済をここに持ち込むことで言うとこちらにとってはすごく不利だ。彼らのために働かなければ、彼らの貨幣が得られない。彼らのために自治体の労働力を売るわけには行かない。勝手に決められない。
「この森の別の水源を使うという形にしませんか? ここで農地を作るなら。」アリスは慌てず、冷静にそう言った。
「我々の領土はこの森全体です。」
ああ、そう来たか・・・と、トールもアリスも思った。
「ならばこの森以南は我々の領土としてよろしいですか?」
「駄目ですよ。この星は人類皆の物です。我々は全員来る予定なのです。」
トールが砂漠の話をしたらアリスは笑顔でそう言った。
「実は我々もなんですよ。」と、彼らは言った。怖いよ。と、トールは思った。しかし領土問題は太古の昔からある問題だ。
妥協は許されない。
「しかし、この土地でどんな農業ができるのか気になるところはあります。良かったら農地を見せていただいてもよろしいですか?」アリスは農耕担当として、見たら分かる。野菜は葉物野菜をメインに作っているようだ。
「穀物・・・炭水化物はどうされてますか? 稲ですか? 小麦ですか?」
「主には稲作です。奥の方にあるので、見て行ってください。小麦もあります。」
彼らの案内で言って見ると、彼ら百人が暮らすには問題なさそうな規模だった。しかし、実際のところ、食料の量はトール達の方がたくさん作っていた。
設備などもこちらの露地栽培と比べると幾分ましだ。
「それで一リットルあたり水はいくらの使用料がかかりますか? 我々は多種多様に野菜や果物、ここの土地で育つエイリアンみたいな奴、色々作ってます。穀物は小麦と芋、とうもろこし等です。例えば小麦なら百グラム当たりいくらで買ってくれるのですか?」
「水道代は、一リットルあたり0.24円です。小麦はそのまま買っても値段がつけられないのでパンにして売って頂けたら一個あたり百円で購入します。野菜も大体一個百円です。あと、小麦でラーメンを作る外食店を作ってくれたら一杯あたり1,000円で売れます。」
ラーメンを作って売るとそんなに稼げるのか・・・。やろうかな。ラーメン屋。トールはそう思ったが、アリスは食い下がった。
「土地や水を巡って我々と争うつもりなら止めることをお勧めします。」
そうだ。この種の話はそこに行きつく。相手は領土を主張している。
土地や水、燃料などを奪い合うために太古の昔から戦争はあった。
彼らの兵器に対し、こちらはシュナイダーが十機。レーザー砲も一応十機分来ている。それをシュナイダーに搭載すれば旧式の機械に負けることはないだろう。強いて言えば航空機やヘリからの攻撃に対してはシュナイダーでは力不足かもしれない。
どうやら、日本国は貨幣経済を作っているらしいことが分かった。
「しかし、お金はどうやって支払うのですか?」
「全て電子通貨となっていますが、中央銀行という形でそこが中心となってお金を増やしたりすることになっています。村ではこのデビットカードや借金するときはクレジットカードがあります。一応サーバーがあってそれで給料だったり、納税だったり個人の財産だったり管理されています。」
母船は貨幣が使えたしたっぷり給料も出ていたトールだったが派遣前に使ってしまった。
そんなことをふと思った。
「取り敢えず・・・取り敢えずなのですが。物々交換にしませんか? 最初は。こちらはまだ貨幣を取り扱う準備ができていないのです。我々はあなた方より厳しい砂漠の地を住処としています。まだ星の全容が分からない状況なので、引っ越すかどうかも少し保留させて頂きたいと思います。しかし我々の通貨とあなた方の通貨が交換できるような仕組みは考えられますか?」
アリスは二人に向ってそう言った。
「それは、あなた方の紙幣の価値次第だと思います。検討課題だと思います。まずは物々交換からしましょう。黒蟻の襲撃にはくれぐれもご注意ください。森は百人で住むには広いので・・・我々はお金を租税として取りますが是非考えてください。」
佐藤竜はそう言った。感情が読めない食えない人物だと一同は思った。
「よろしかったら。輸送ヘリでお二人を返しましょうか? シュナイダーは自動運転で戻れるのでしょう?」
「いいえ、我々はシュナイダーで帰還します。今日は会談をさせて頂きありがとうございました。」
面倒だしお願いしようかとトールが思っていると、アリスが代わりに答えた。
☆☆☆
ここにゲルグの部隊を残し、四人は砂漠の自分達の基地へ帰還した。
道中でアリスはペースをトールに合わせて話しをした。
「なあ。面倒だったしヘリで送ってもらっても良かったんじゃないか?」
トールがアリスに向ってそう言うと返事が返って来た。
「いや、駄目じゃないですか? だってシュナイダーを無人で帰してもしあいつらに取られたらやばいじゃないですか。別の自治体と会ったら基本的に疑ってかかるべきです。性善説を信じているのは、この宇宙では大バカ者です。」
アリスはトールを馬鹿にしたようにそう言った。実際馬鹿なのだが。
「しかし、トールさん。なんで都合よく私のことを覚えてないんですか? 何回も一緒に冒険して死んで来たのに・・・。いつも先に死ぬのはトールさんでしたが・・・。」
「ごめんなさい。覚えていなくて・・・。」
トールは素直にそう謝った。記憶のチップがアリスを削除してしまったのだろうか。
「ごめんなさいはいらないです。これからどうするのかです。私は結局あなたがいないと一生独り身なのです。私の方が正直、エルさんよりあなたにお似合いなはずだと思いますよ。わたしじゃだめですか?」
この自治体は多夫多妻制を取っている。だからといって婚姻は婚姻する者たち全体の意見が合致しないと出来ない決まりとなっている。だからこのアリスがどれだけ魅力的だったとしても、エルの了解は得なければならない。
しかし、目の前にちょっと魅力的な・・・いやすごく魅力的なアリスよりエルの方がトールの中で何かが上回っていた。
「エルさんが私より上回っているのって何? あのおっ〇い? あのでっかい・・・おっ〇いだけでしょ!」
「それ以上言うな。言ってしまったらアリスの品の良いイメージが崩れるから。やめて!」
トールは思わずヒステリックになったアリスにそう言った。
「アリスさんが俺の事を好きだと言うのは光栄だよ。でも、俺と一緒になりたいなら、エルともうまくやっていかないといけないんだよ?」
トールはこの星に一緒に送られて来たエルのことを特別に思っている。
今回の人生はエルと共にあると、トールはそこまで思っている。
「ああ。おっぱいのことは否定しないんだ。男なんて・・・fuc〇・・・。」「いやさ、それは否定できないよ。それも彼女の一部なのだから。」
トールはふと思った。あれ? それだけ?
「ほら、エルさんの好きなところ百個挙げてみてくださいよ。そしたら諦めます。」
「そんなことできるわけがないだろ。エルは一緒に来て頑張って来たんだよ。変な生き物に殺されそうになったところを助けてもらったり、エルを助けるためにアグリッパに送り込まれた暗殺者を止めたり大変だったんだよ。これから日本国とやりあっていくのにアリスさんは大事なポジションだよ。これから一緒に苦労するんだから、それを通じて仲よくなって行こうよ。この星では基本的に多夫多妻制なのだから。何人好きになっても良いんだよ。」
百個良いところ挙げるとか昔の歌で聞いた気がするけれど、百はない。たぶん百個好きなところがあったら、百個嫌いなところがある。男女の仲というのはそういうものだと、何故かトールはそう思っていた。
「分かりました。あなたと仲良くなる前にエルさんとお友達か少なくとも知り合いになります。」
☆☆☆
トールとアリス、遅れてジャックとレイは帰還した。
エルにさっそく先ほどの日本国の会談結果の話をした。
「貨幣経済・・・か。私たちが彼らから欲しい資源や欲しい物資ならどう考えても自治体をあげてここにやってくる私たちの方が人口の規模が多い分彼らが欲しいものの供給は楽だと思う。」
エルはアリスとトールの報告を聞いてそう答えた。
「奴らの兵器は旧式だが全部使って攻撃されたら今の状況だと全滅するだろう。常にシュナイダーにレーザー砲をつけておくわけにはいかないし・・・。」
ジャックはそう説明に付け足した。
「一番の問題はあの赤蟻の抜け殻で脱皮した黒蟻という巨大生物に襲われるんじゃないかという恐怖の件で、砂漠にはいつ奴らが来てもおかしくないということだったけれど、実はあれは生物じゃなく電気を流すと伸び縮みする黒いゴムでできた人工的な機械だということをエンジニアチームのサブリーダーのニック・カーンが突き止めてくれたから砂漠に住んでも問題は無さそう。経年劣化で動かなくなった機械だということ。まぁ、あの竹のオアシスとか、四ツ目の虎みたいな生物は危険だけれど。引っ越しはしなくて良さそうだと思われます。」
エルは出かけている間に分かったことを説明した。
「森に住む方がいいか、この過酷な砂漠で暮らすか・・・。砂漠に住むか森に住むか、メリット・デメリットを明らかにして住民投票した方が良い案件だと俺は思うがどうだろう。」
トールがそう言うとエルは頷いた。
「それと合わせて、もうトールさん代表辞めたいでしょう。きつくないですか?」
エルは選択に悩むトールに関して確かに良い決断をする。良い決断をするがその重責に疲れてきているのではないかと思った。
「まぁ、きつい。結果は見えているけれど住民投票しよう。」
「住民の要望も、まぁ分かるけれど吸い上げて行きましょう。」
☆彡
第九話 ミッション⑦~住民投票
住民投票はシュナイダーを使って行われることになっている。
住民の要望を集める作業や、いつまでもトールがこの集団の中心、仮に市長と名乗ることにして良いかどうか。選挙をすることになった。
それと合わせて住民の要望を集めることになった。
シュナイダーに相談すると全員で考えられるようになっている。要望は次のようなものが多かった。
・生活の安定 衣食住やインフラを整えたい。
・テント暮らしはもう嫌だ。家が欲しい。
・噂に聞いた日本国の村に住みたい。
・男性二十人、女性八十人の人口の割合いで女性が多い作業現場では妊娠した人が多い。早く作業員の増員を母船に望んでいる。
ここまでは、主に住民が思っていることだ。これを母船に伝えたところ、二百人ずつ、この星で一週間に三回、降りることが確定した。つまり六百人の増員で食料も彼らが一か月食べられるだけの食料の支援も行われる。また建築資材は基本的に現地調達が必要だが、組み立てるための工具やシュナイダー用の重機ロードローラーやチェーンソーユニット、航空機など今度の移住は大規模に行われることになった。また懸念材料にあった未成年の子供達を受け入れること、学校や保育園の設置も目標にある。
集団の代表の件はどうしたものだろうと、トールは思った。評議員会にも今回ばかりはエル、ジャック、レイの三名が生きていることも伝わるだろう。六百人もいれば、内通者がいても止められないだろう。
マークの秘匿回線でもう一度アベル・コンキスタ議員に連絡をした。
「また非通知の電話か・・・ということはトール君かな。」
「すみません。相談したいことがあるのです。今は百人の自治体ではあるのですが・・・人数が増えて来るとずっと僕が代表でいるのもどうかと思うので今回の規模の移住が出来たら段々自分が代表でいていいのだろうかと思うところが出てきてしまって。」
トールはそう言った全体を束ねるカリスマ性を持って改革を進めて来たアベル・コンキスタになら自分がどうすべきなのか教えてくれるかもしれないと思って電話した。
「君の心持など知らん。別に君たち開拓団はもうこの自治体の一部から独立した集団だと思って欲しい。だから、自分たちで何もかも決めるんだ。法律も含めてだ。なるべくたくさんの人々を君のいる星に降ろす。目標は三万人だ。こちらも支援を惜しまずしたいが、考えてみてくれ、君たちに人的支援をすればするほど保守派の方が、人口が増えてしまうからな。だからどうしても全員を降ろすことはできないだろう。だから三万人が目標だ。残りの四万人はこの宇宙船もろとも死ぬことになるだろう。そのころになると大部分のこの宇宙船を保守しているエンジニアたちはほとんどいなくなる計算だからな。」
アベルはため息をついた。トールは義父となったアベルもまたそういう苦労をしているのだということを思うとため息をつきたくなる気持ちも分かった。
「プラスに考えようか。トール君、私の愛娘エルは元気かね?」
「ええ。元気にしております。」
「孫の顔も早く見せろよな。」
トールは何故かアベルから肩を殴られたような気がした。
「私の娘が妻なのだから君は権力者でいていい。あとアリス・サーガッソーとは会ったか?」
なぜここでアリスが出て来るんだろうとトールが疑問に思っているとアベルが言った。
「あの娘は君の参謀にしなさい賢いから。そしてちゃんとしなさい。」
「どういうことですか?」
トールが疑問をぶつけるとアベルは、こう言った。
「あの娘の代わりにエルが先に行くことになった。あの娘もおそらく言ったと思うけれど、君のそれこそ前世からの運命の相手はあの娘だ。君には悪いことをした。」
とても言いづらそうにアベルはそう言った。
「確かに、でも先に結婚したのはエルさんです。エルさんを愛しています。アリスさんを受け入れて良いのですか?」
「いいよ。むしろ降ろした人々は男性一人あたりに大体妻が最低でも二人、平均三人~五人はいるからな。逆に妻を複数持てない男は世間から浮くぞ。」
こうして色々なアドバイスを義父から受けた。父親も母親もトールにはいないが、アベルを父親のようにトールは感じた。
☆☆☆
住民投票で問うことを決めて、シュナイダーで住民投票を行った。
トール・バミューダを代表(市長)として信任するか 賛成・反対
日本国と取引をするか 賛成・反対
元の自治体から独立するか 賛成・反対
住民、個々人に状況を説明しつつ色々な要望や不満なことをトールは一人一人に聞いて回った。この自治体の代表に関して立候補がなかったから信任するかどうかを問う内容とした。日本国との取引に関しては、家を建てるための建材として木が欲しいと言う事情があるため、相手の貨幣を使った取引、自分の持っている自治体通貨を作るかどうかが日本国と取引するかどうかの付帯条件となっている。賛成の場合は相手の通貨を利用しつつ、新たに自分たちの通貨も作り色々取引をすることにするということが含まれている。
元の自治体から独立するかどうか。これの付帯条件は、文字通り支援は元の自治体に要請するが、こちらですべきことはこちらの判断で実行するということと、法律などでも犯罪の取り締まりなどは同じように行うが、そのあたりのことについても独立するということを認めるかどうかそういった内容の住民投票だ。
投票の結果。
全員一致で、全部賛成で決まった。
これを全員に連絡が行き届くようトールとエル、アリスは説明してまわり、全員の理解が得られた。また、新しい住民がたくさんくれば状況も変わるが、この星では身を守るという意味も踏まえてとにかく家を建てなければならなかった。そのためには木材が必要になる。
☆☆☆
ゲルグとその仲間たちは日本国で働いてここでやって行くのも悪くないと思っていた。
一応皆に黙っているがいくらか稼げている。
森林の伐採と、開墾に日本国では需要があった。何故かこの戦闘部隊のシュナイダーは標準アイテムとして大型チェーンソーがついていた。そして、シュナイダーの足は歩き方を変えるだけで畑を耕すことができた。レーザー砲も武装としてついてはいるが。シュナイダーは便利過ぎた。
一ヘクタールあたり、一千万円も日本国は払った。
家は一件あたり三千万円、日本人に払うと日本人が作ってくれる。
お互いかなりウィンウィンな関係をゲルグたちは作っていた。
なぎ倒した木材は無料でくれるということだったので、これは本来属している自治体に送ることを計画している。現行のシュナイダーでは持ち運べないが、重機も届くことになっているし大丈夫だろうとゲルグらはすでに日本国で楽しく働いていた。
☆彡
第十話 ミッション外行動・愛の告白
トールは遺跡の最奥の指令室にエルとアリスを呼んだ。
「あの、もう重要案件だった。住民投票も済んだところでこれからも忙しくなると思う。」
トールはそう話を切り出した。
「まどろっこしいです。何が言いたいんですか?」
エルがアリスをちらっと見てからそう言った。
「え、本当に何の話ですか? 因みに例の件、私とトールさんが一緒になりたい件ならもうエルさんと話して置きました。ねえ。エルさん。」
アリスは若干エルのことが嫌いなようだ。
「トールさん。前回の補給部隊でお相手はいないって言っていたじゃないですか。でもいたんですね。なら、トールさんがアリスさんを紹介するのが筋でしょう。皆が来てから何日経っていると思っているんですか。」
これはトールが袋叩きに遭うパターンだと思った。
「いいですよ。私はアリスさん気に入ってますよ。妹のように思ってます。」
「話が早いな。アリスも妻にします。エルさん、良いですか?」
エルは今までのことを鑑みて思うところがあった。最初会った時、彼は卑屈でつまらないし、自分の事を虐めてくるいじめっ子・・・じゃないパワハラ野郎だった。
しかし、この星に来てから苦労を共にし、開拓の苦労も分かったし、彼は開拓になるべく行きたくないんだろうと思った。しかしアグリッパからの刺客を味方にするようなファインセーブをしてくれた。
エルはトールに逆らえないなと思っている。この先、アリスが間に入ってくると思うと、駄目だ。やっぱりトールとアリスに嫉妬してしまうだろう。
「その言い方は嫌。ちゃんと二人いるんだからそれぞれにしっかり愛の告白してください。」
エルは少し怒りながらそう言った。
「私も嫌。だって納得できない。この前聞いたじゃないですか? エルさんの魅力は私よりおっぱいが大きいだけですかって。エルさんの好きなところを百個挙げてください。って言ったら無理って言ったじゃないですか。私とエルさんは相容れないんです。私があなたの運命の相手だと言うのに。」
アリスもそう言って怒っている。
「分かった。じゃあ一人ずつ言います。まずエルさん。」
トールはそう言ってから少し息を吸い込んだ。エルはちょっと何を言うのだろうかと身構えた。
「俺一人ではこの星のみんなをまとめるなんてできなかった。それにまず死んでいた。それはきっとお互い様だと思う。開拓に行きたくないからって開発公社時代、エルさんは市役所の産業建設課の時、つっかかりまくって正直パワハラだったと思う。それも我慢して率先してこの星に俺と来てくれた。俺の人生はいつも失敗の繰り返しで死んだり生きたりを繰り返して来た。それが終わるのはエルさんとアベルさんのおかげだ。俺には両親がいないから最近、アベルさんはまるで父親のように思う。そのアベルさんの娘でエルさんはプレッシャーもあったかも知れない。けれど一緒に苦労して来た。そんなエルさんが俺は好きなんだ。言い換えたら愛しているってことだよ。」
「くどい。」エルは一言そう言った。表情は見えない。隠している。
「じゃあ次はアリスさん。多分アリスさんが最初からパートナーだったら冷静な判断が却ってできなかったかもしれない。だって一目でもう好きだもの。可愛いんだもの。一目ぼれだもの。俺の遺伝子は君を愛するように記録されているというそういうことだろう。俺は、気が狂うように君が好きだ。」
「あ~。おっぱいじゃなかったんだ。」
アリスは顔を背けた。やっぱり表情は見えない。
「もういいね。アリスさん。」
エルはアリスにそう言った。
「そうですね。私も満足しました。」
アリスもそう答えた。
「若いっていいっすね。」
マークが部屋の奥から顔を出した。
☆彡
第十一話 ミッション⑧~家を建てます。
遺跡最奥中央コントロール室にて
日本国との取引についてゲルグの部隊が先だって始めているという情報がトールの耳にも入って来た。
基本的には開墾の際に出た木材を無償で譲渡してくれるということで、ゲルグらは日本国に大使館という形で建物を作ってもらい、そこが外交の窓口であり、ゲルグたちの居住地も兼ねるということになった。
住み心地は砂漠のテント暮らしとは雲泥の差があった。
上下水道、電気、ガスが全部そろっている。
日本人の仕事を手伝うとお金がもらえる仕組みで、シュナイダーをフル稼働させたらたくさん稼げた。
着々と開墾した土地に種をまいたり、雑草は引っこ抜いたり農業には手抜かりがなく進められている。
そして、たまにゲルグたちに無償で野菜をお裾分けしてくれたりした。
ゲルグたちも野生の鹿っぽい生き物を狩って滞在している村で売ったりもした。
『大使館、ここはまあ、ホテルみたいなものを兼ねているので大浴場が男女別についています。ここは時間帯によっては独り占めしたりできます。この森や開墾した土地が見えます。
鹿モドキでバーベキューしながら日本国民が作ったビールで毎晩お祭り騒ぎしたりします。お金が足りなくなったら鹿モドキを売ったり開墾したりしてます。開墾は彼らによるともう自分たちの分では扱いきれない広さなのでいつ移民に来られても良いようです。さあ乾杯だー。あ。そうだ。我々は戦闘部隊だからこれ以上仕事はできないので農民部隊の移民・移住を進めてください。土地利用は野菜など作ってくれるなら無料でくれるそうです。あ~楽しい。』
ゲルグは日本国での様子を何かテレビ番組のようにバーベキューを楽しみながら最近の近況などを紹介したり報告したりして来たものをこの集団の閣僚クラスの人々が各々見ていた。
「速く交易路を作りたいな。エルさん。」
トールはゲルグの報告に対してそう感想を述べた。
日本国の民が作る家、どう考えても環境が良さそうだ。
「最初に出会った、四ツ目の虎、まだ被害は出ていないけれどああいう生き物や攻撃的な肉食植物などと戦わなければならない今の環境と比べたら天と地くらい差がありますよ。家に住むって言うのは。」
エルはそう言った。
「多夫多妻制だから。一軒あたりに必要なサイズがちょうど大使館と同じくらいですね。」
アリスが話に入って来た。
「そうだね。アリス。最終的に人口は増加し続ける予定です。当たり前だけれど、我々と子供たちの間の世代を埋めてくれる若年層も今回受け入れるから。どんどん家やなんかを建てないとね。」
エルがそう言うと、次はマークに報告があるということでマークに順番が巡って来た。
「シュナイダーの上半身を作ると言うG計画があったのをトール氏他皆さんご存じかと思いますが完成しつつあります。これが完成したら日本国に送り込み、建材を持ち運んだりその場に建物を建てさせましょう。」
それは良い案だった。早速二足歩行ロボットを見に行った。見に行くと農業ハウスで既に稼働中だった。もう完成と言って良いだろう。トールはそう思った。
上半身をつけたシュナイダーが地面に生えている作物を掘り出したりトウモロコシを収穫するなど色々な作業をこなしていた。
「いつの間に!」
シュナイダーはこれまでダチョウのような乗り物だったが上半身が付くことで、完全に人型ロボットで巨人と化していた。
「一応あのアームは二百キログラムのものを持ち上げるスペックです。手には兵器に転用可能なくぎ打ち機、チェーンソー、ドリルやドライバー、レーザーカッター、ペンチなどの工具を持たせられます。因みにこれを作るのにシュナイダーは二機必要になります。」
マークの妻、ハルはそう説明した。
「す・・・すごいな。G計画・・・。」
トールにはびっくりドッキリメカが目の前に現れたような衝撃を覚えた。
「因みにGって・・・。」
「ああ。ガン〇ムのGです。」
「その古典アニメ。大好きだったものね。ハルさん。」
「いや。マークさんが小さい頃そればっかり見ているからふと閃いただけですよ。」
マークにハルは得意げにそう言った。
「あと頭部バルカンにP990をメインの射撃武器にARC1118、あのエルさんの暗殺に使われそうだった強力な銃をマニピュレーターの片手で持って打てます。」
ハルはどや顔している。
「因みにこのシュナイダーは誰のやつなんだ?」
トールには見覚えのある傷だったり色々、見覚えがあるシュナイダーだった。
「この機体は下部が農村用のもので上部はトール氏のシュナイダーを分解して作りました。」
自信満々に言ってくる。ああ、やっぱり俺の・・・トールはショックだった。
「これはいずれこの自治体の象徴になる機体ですよ。当然、メインのパイロットはトールさんです。」
そう聞くとちょっとうれしかった。
「あと、お気付きかと思いますが足は逆関節から通常の人型関節になっています。重たい上部を支えるためそうなりました。スラスターの組み合わせでホバー走行も可能です。実はガンダムじゃなくドムです。」
またどや顔だ。ハルのものづくり能力は十分にわかった。
「これなら自治体間の移動もかなり早くできそうな気がするがどうなんだ? あとコックピットは?」
「まず自治体間の移動ですが。燃料を食うのでプロペラントタンクを積めば往復可能な設計です。燃料は水素です。スラスター以外は電力で稼働するので小型原子炉で十分です。一応ついていた太陽光パネルは外しました。背中の羽は空力制御で浮きすぎたり沈みすぎたりしないよう調整しながらホバー走行をアシストします。コックピットはこっちです。」
ハルはシュナイダーG型の後ろに回り何かボタンを押すとシュナイダーはしゃがみ後ろに乗り口が飛び出した。
シュナイダーの顔は無い。SUVの車両を正面から見たような見た目になっていてそこに手足が付いたようなデザインだ。
四角いボディにごついマニピュレーターが二つ付いていて更にもう一本の隠しマニピュレーターが背中の収納ボックスから必要な工具を取り出せる仕組みになっている。
「このAR(拡張現実)ゴーグルをつけて乗ってください。中は狭いです。」
何だろうこの狭さ。ARゴーグルは微細な景色を目の前に映し出した。
すげー。これはすげーーーー。見た方向の景色がきれいに見える。そういう物だと知っていてもすげーとトールは感動した。
一応リクライニングする座席ではあるが確かに狭い。完全に一人乗りだ。
『操縦方法はあまり変わってません。銃撃の訓練しましょう。』
外の声もキレイにスピーカーをとおして伝わってくる。
ジャック・バーヤーの射撃練習場に行った。
『P990射撃モードと言うとP990の照準に切り替わり、持っているスティックの引き金を引くと打てます。照準は見るだけで狙えます。』
言われるままにやってみるとすごい。全部的のヘッドショットだった。
『ARC1118射撃モードと言って、通常射撃と言うとレーザー銃で撃った後実弾が交互に連射されて飛びます。レーザー射撃、実弾射撃で射撃モードを切り替えられます。』
言われるままにトールは試してみると、すごい。全部的に命中して的が全壊した。
「おい! どうしてくれんだよ。的が無くなっちゃったじゃないか!」
ジャックがキレている。
『あと『通常下車(ノーマルアウト)』というと普通に降りられます。『緊急脱出(ベイルアウト)』というと座席が後ろに吹っ飛ぶようにできています。他には格闘モードもありますが、格闘モードは声でアクションします。例えば『飛び膝蹴り』、『メガトンパンチ』、『レーザーカッター』、『ドリルパンチ』、『チェーンソーアタック』、『ペンチプレス』など色々プログラミングされています。シュナイダーカップの動きも入っています。』
ジャックがキレているなか、ハルは淡々と説明し、トールは普通に降りた。
そしてジャックが物欲しそうに見ていた。
「おい。これ俺達にはいつ配給されるんだ。」
ジャックがそう怒鳴っている。
「これはトールさん専用のワンオフ機で農耕用なので戦闘部隊には配備しません。」
ハルがそう言うと、ジャック・バーヤーはこれまでになく残念そうな顔をした。
すごく欲しいらしい。
「これ、良かったらジャックに譲るよ。その代わりこれを使ったミッションは全部ジャックに任せることになるが良いかい? 農耕部隊に転属する?」
ジャックは眉間にしわを寄せて悩んだ。
「因みにシュナイダー用のレーザー砲は搭載できるのか?」
ジャックはちょっとそう言うところが気になったらしい。
「うーん。シュナイダーのパフォーマンスが二十パーセントダウンしますが肩に載せられますよ。」
ハルは少し懸念材料を話した。
「よし。俺にくれ! 農耕部隊に転属でも良いから。」
嬉しそうにそう言うのでトールはこの新型シュナイダーGをジャックに譲った。これで面倒なあの日本国(森)に大量に家を作る作業をジャックに任せられる。
代わりに戦闘部隊から二台のシュナイダーを譲り受けてここでの農耕用に使うことになった。
☆☆☆
国交
開墾の需要はもう日本国にはなかったので、土地の価格がタダになるまで下がった。
一応それ以上の人間が住むため、開墾もできることになった。
そして、日本国と同じように通貨を使うことにした。一応パン一個が百円なので、こちらはパン一個一ドル(百円)という体制を取ることにした。
日本国民は数が百人しかいないが、ここへはこの星の一週間ごとに二百人ずつ増えていく。ジャックは最初こそ楽しそうに作業をしていたが、すぐに飽きてシュナイダーのAIに作業を任せた。そして器用な日本人に内装は依頼した。
こちらから、日本人に売るべきものが無いので、こちらの貨幣で依頼した。
中央銀行に代わって、決済の記録を暗号化してシュナイダー各機が帳簿を有するブロックチェーンという技術でできたドルでの決済、NLA市民に各自働くことで毎月一定額の給料が振り込まれる仕組みを取った。
日本国から欲しいものはドル建てでも円建てでも買える仕組みを持った。
大使館と同じサイズや内装の建物一軒あたり五十万ドル(五千万円)で日本国に大量に作り、農耕部隊はハウスで育てた野菜苗や生産物を持ち、砂漠から森への移住を決めて、資材を撤収した。
戦闘部隊は、ここに新たに来る人々を保護するため、砂漠と森を往復する日々を送った。
エンジニアたちも順次、森へと移り、森の中に工場や、野菜工場を建設した。
取り敢えずは千人が住める規模の食料作り、大使館サイズ(一部隊、二家族が住めるサイズ)のものが家としてたくさん建てられた。病院なども整えられていった。
また、銭湯など公共浴場など日本国の良い文化が取り入れられた施設など人が住むのにすごく快適な環境が作られていった。
シュナイダーが大活躍だった。
☆☆☆
NLA母船にて
母船では順調な移住が行われていることをトールは評議会に報告した。
また、先に移住した日本国の人たちとの交流もうまく行っていて、貨幣経済が導入されたことも報告し、母船からの独立を宣言した。
アグリッパには別のルートからエル、ジャック、レイの三人が実は生きているということが送り込まれたスパイから報告を得ていた。
自宅で様子を知った彼は、悔しくて地団太を踏み、調度品の壺を蹴り壊してしまった。そして怒り狂って暴れた。
「アベルめ・・・。あの涙は演技だったか・・・。」
☆☆☆
評議会にて
アベルは評議会で次のような発言を行った。
「ついに、我々は移住先の確保に成功した。移住先の食料自給率は今のところ千人が移住しても大丈夫だということだ。あと、現地開発されたG型シュナイダーも量産して送り込む予定だ。」
すでに現地に向かった人々から人質を取ってエルやトールを暗殺されることの無いような状況に代わった。船内の状況も徐々に変わってきている。
「我々は改革派を中心に開拓精神、つまりフロンティア・スピリッツを持った人々を中心に安心して人を送り込める。今の百人は次の千人を、次の千人は次の一万人が住める環境を作って待っていてくれるだろう。我々がすべきことはもう完全に移住すると言う方向へ舵を取るべきだと思うがどうだ? 保守派諸君。」
船内の世論からして改革派の市民から船を降りていくことになる。
「葬儀を行ったはずのエル・コンキスタとジャック・バーヤー。レイ・カーターが生きているのはどういうことだ。葬儀の様子をわざわざ中継して見せて、隠し事が多い改革派にこれからもついていくと言うのは無理だ。船から降ろされている人々も優秀な人材ばかりだ。この船の整備はどうするつもりなんだ! ふざけるなよ改革派! しかも移民が独立宣言をして、それを許すと言うのか。
どういうつもりだ。答えろアベル・コンキスタ。」
アグリッパは怒り狂ったようにそう発言した。
「ほう、アグリッパ氏、ついに私を呼び捨てにしたな。非礼な態度は許してやろう。独立を許すのは現地での判断を早くするためであり、効率を重視した結果であり、こちらから干渉するのは良くないと判断した。開拓地へ赴くのは若者が中心だ。彼らのことは彼ら自身で判断し動くということだ。全て生き抜くためだ。法律に関してはこちらと揃えるが、適宜変更していくことになっているとの報告を彼らの代表トール市長が言っていた。彼らが偽装葬儀を行ったことは、私は何も知らなかった。殺し屋が娘を狙っているという噂があったが、娘が生きていて良かった。」
アベルはそうは言っても割り切っていた。
移民に送り込むのは自分の支持者たちだ。そうするともう改革派が減ってしまい選挙で評議員の立場になるのは難しくなってくるだろう。
「私もそう思います。今まで保守派としていましたが、もう保守派は・・・詰んでいると思います。つまりどうにもならない状況です。私の支援者たちも今では開拓地へ向かいたいとその意見が多数になってきました。」
そう保守派議員のKキム氏がそう言った。
もう保守派内でもこの移住計画に前向きな人々が増えてきているようだ。
アグリッパの腹心の部下の議員だと思っていた彼からの答弁にアベルは安心した。
「おい貴様! 何言ってんだ!」
アグリッパはそう野次を飛ばした。
「うるせー! もう無理だっつってんだろ。保守派議員なんて肩書など、俺はこのさい捨ててやる! 生き残りたいんだよ! 議員も辞めだ! 開拓団へ俺は参加する。この場で参加を表明する。」
そう保守派が一枚岩で無くなってきている。この宇宙船に残るのは最終的にはアグリッパ一家だけになりそうだ。おお、この造反はすごいプラスだ。彼と彼を支持している千人はもう降ろしても大丈夫だろう。まぁ、ただトールがこの議員を抑えられるかどうかは・・・別の問題だ。アベルはそう思った。
「他に船を降りたいと思う者は手を挙げろ。」
アグリッパはそう言って手を挙げさせようとしたが誰も手を挙げなかった。
アベルはアグリッパが聞いてもそうだろうなと思った。評議員はこの船を導く使命を持っている。最後の最後まで残らなければならないという役割を持っている。保守派も改革派もそれは同じだ。
「人々を次々と降ろす作戦に同意するものは挙手してくれ。」
アベルがそう言うと、改革派は全員手を挙げ、保守派も一部は挙手した。
評議員会は市民の代表者が集まって作っている議会だ。これは勝機があるとアベルは確かな確信を得られた。
「過半数を大きく上回って賛成ということだな。開拓にはなるべく早く参加したものから利益がある仕組みをトール・バミューダ市長は用意している。住まいも良いものだと聞いている。先着順に随時人が集まり次第、降下作戦を実施する。これで閉会として良いか。議長。」
アベルは議長に最後に確認し、会議は終了した。
☆☆☆
NLA貿易・教育センタービルにて
人口が千人を超えるころ、日本国が領土だと主張していた森に四十階建て全高百五十二メートルの巨大なビル『貿易・教育センタービル』と名付けたものが出来上がった。
日本国の住民たちはこの頃、NLAの市民に組み入れられた。
トールはこのビルの最上階から眺める景色が大好きだ。
周りはほとんど畑で、道路も整備されている。
遠くには大使館サイズの家々がたくさん建てられている。住民みんなが住めるような高級団地がたくさん建っている。
市民全員の食料を供給できるよう一階から四階までは平面の面積が広く作られていて、一階から三階は予冷庫兼市場となっていて四階はスーパーマーケットになっている。
五階と最上階には飲食店なども入っている。
六階から三十九階までは託児所、保育園、小中学高、専門学校などが入っている。
ここの託児所に、エルとトールの子が預けられている。ミッチェンの子もマークとハルの子も、ここに預けられているし、母船から来た子供達も元日本国の子供達もここで教育などを受けている。
人口ピラミッドはきれいな分布になっている。
ちゃんと下の世代の人口が多い。
環境は充実してきているのでアリスも妊娠しているが、何も心配はいらない。
トールは何だかやり切った気分になっていた。
ここは移民した人類が辿り着いたユートピアなのかディストピアなのか、それは住んでいる人がどう思っているか分からない。
カースト制度で子供の教育も変わる。農民は農民。兵士は兵士。上下関係はない。そして給与は変わらない。
教育に関しても、作業現場のプロから指導を子供たちは受ける。それが母船でのルールだったがトールは変更することにした。
小学校から中学校までは共通教育を行い、その人一人一人の特性に合わせて専門学校については古代で言えば大学レベルの教育をするものとなっている。さらに上の学校として大学を作ることもまた、検討課題ではある。
「あ、またこんなところに居て、何してるんですか市長!」
「いや~。景色を見ていただけだよ。」
新入りの人が来た。どうも母船の評議員だった人物の一人で保守派の人だ。
Kキムという人物らしい。彼の支持者ら千人と降りて来た人だ。
「評議員会は作らないのですか?」
「まぁ新入りさん。今は評議員会という形ではなく、様々な部門の代表者を集めて物事を決めていく方式を取っているところです。農耕部隊代表、戦闘部隊代表、エンジニアチーム代表、医療チーム代表、とにかく必要なものは現場から吸い上げてやることになっている。だから基本的に評議員会はいらないのではないかと、住民投票で決まった。あなたが何かの部隊のリーダーだったり重要なポジションにつかなければ、そういった会議には参加できないのです。今、空いているポジションは警察、法律部門の長が居ない。どれかできそうですか?」
Kキムはそういった専門知識を持ち合わせていなかった。ただ単に評議員に担ぎ上げられて何の専門知識もなく保守派議員として生きて来たに過ぎない。ここに来ているのは身体を張って開拓をする。そうした人々だった。だから空いてるポジションの説明を受けてもできない。
先頭に立って何らかの仕事をしている人物で、その代表者でなければ自治体の代表者が集まった会議には参加すらできない。支持者が千人いてもダメなのだ。何かしなくては。
Kキムはそう思った。
「保守派の議員だった私には代表者は務まらないでしょうか。」
「だから! 警察、消防、法律の長が居ないって言っているでしょうが。千人も支持者がいるんだから中にはその道のプロが多分いるしょう。自分に出来ないことは、人に任せるのですよ。あなたは人脈が武器になるでしょう。あなたは評議員。俺は、ただ単にNLAの自治体から開拓を任されてやって来た最初の人物でしかない。俺は農作業もするし、シュナイダーの修理もある程度する。その程度の人間なんです。市長という重たい役目を追っているけれど今、あなたの支持者が千人来て、その前に住んだ千人は俺の支持者だとしても選挙したらあなたが勝つのです。だからシャンとして人材を確保してください。」
トールはすごい横柄な物言いで元評議員にそういった。
「まぁ何もないなら、まずは農業部隊に入って農民から始めてください。私も同じでした。」
「分かりました。」
Kキムは頭を下げてここから立ち去った。
「なんか父さん(アベル)みたいだったよ。」
エルは娘とアリスと一緒に最上階のレストランに食事に来ていた。
「うーん。彼なら警察部隊とか作って代表者になれそうな気がしたんだけどな。なんか覇気がなくて拍子抜けしてしまった。」
トールも市長という重責に慣れ始めていた。
「ジャック・バーヤーに警察代表者は任せたらどうです?」
アリスが凄くもっともらしいことを言い出した。
「うん。そうだな。そうしよう。」
トールがそう言うと、レストランで食事をしていたジャックがやって来た。
「おい! 何を勝手に決めているんだ。あのシュナイダーから降りろっていうことか!」
怒るところそこなんだ・・・。トールはそう思いつつ。
「いや、そんなにあのシュナイダーが気に入ったならもうあれはジャックにくれてやるよ。警察の業務に役立ててくれ。因みに隊員は自由に募集して良いし、自分の元部下らで作って良いぞ!」
「やったぁあああああ! ありがとう。トールッ! シュナイダーをありがとう!」
シュナイダーを渡すだけで、ジャックは歓喜するのだった。
了
※ここで物語は終わります。
面白かったら『好き』か600円貰えると嬉しいです。
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