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歯医者で不意打ちに合った話

親知らずを抜いた。このまま一生、温存しようかと思っていたのに、計画が狂ったのだ。

親知らずは20歳前後に生えてきて、そのころだとラクに抜歯できるといわれる。

英語では、ものごとの分別ができるころに生えるから、wisdom tooth(知恵の歯)というが、親知らずは口のなかで「悪さ」をする。

あらぬ方向に生えるものだから歯が磨きにくいし、寝不足だとまわりが腫れて痛くなるのだ。

80歳でも抜いている

ついに駆け込んだ歯医者さんは、口腔外科も兼務しており、親知らずを抜くことにポジティブだった。

「以前、歯医者さんに『親知らずは若いころに抜くもの』と言われた。中高年でも大丈夫か?」
歯医者「なぜ若いころなのか、どんな論拠があるのか(その歯医者さんに)論文を提出してもらいたい。親知らずを残しておくデメリット(よくないこと)はあっても、メリット(いいこと)はない。この間、80歳の患者さんも抜きましたよ」

「抜いたあとはしばらく安静にしないといけないのか?」
歯医者「当日は激しい運動を控えてもらいますけど。そういえば、抜いた翌日に競輪に出て、激しく自転車をこいでいた患者さんをたまたまテレビで観てびっくりしました」

というわけで、奥歯にできた虫歯の原因だった1本目の親知らずは、多少心の準備をしてから抜歯された。

まな板の鯉状態でYES

さて半年後、今回は2本目である。

検診のみのつもりで歯医者に来たら、口を開けて鏡を見せられ、

「親知らずが虫歯になっていますが、抜いていいですか」と聞かれた。

YESかNOの二択しかない。まな板の鯉状態にあっては、口を開けたまま、うなずくしかない。

「今日は原稿の締め切りだったなあ」と思い出している間に、親知らずまわりに麻酔注射が4本打ち込まれた。

口のなかで道路工事が始まった

こんなときは決まって、昔飼っていたネコたちと一緒にお花畑を走り回る様子を思い浮かべて気をそらすのだが、途中で「ガツン」とか「ぐいっ」とか、衝撃音が走って我に返る。

「意外と早く終わったかな?」とほっとしたのもつかぬ間、「あと残り5パーセントなので、もうちょっとですよー」と歯医者さんの声が斜め上から聞こえた。

破片がまだ、歯ぐきに残っているらしい。そこからは、口のなかで道路工事が始まったみたいな音と振動で、お花畑を思い浮かべる余裕はなかった。

抜歯が終わると、「よくがんばりました」と、めずらしく歯医者さんにほめられた。

いつもは私が緊張で力みすぎて、舌で治療の邪魔をする(わざとではない)から、怒られてばかりなのだ。

何か思い切ったことをするには、「不意打ち」をくらうのも悪くはない。

実際、親知らず1本目を抜いたあとから、私の口内環境はかなりよくなったのだ。


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斉藤真紀子
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