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お千鶴さん事件帖「因縁の玉」第五話②/3 

(三)

「こんちは。貸本です」
 翌日千鶴の家に貸本屋の行商人である定次がやって来た。普通の着物に藍染めされた木綿平織りの前掛けをして、己の背より高く細長い風呂敷包みを背負いこんでいるのが行商貸本屋の特徴だ。
 上がりかまちに風呂敷を解くと、様々な本が現れ千鶴の目は吸い寄せられる。
  毎回新しい本の粗筋などを説明してくれたり、千鶴の好みのものをよく知っていて四、五冊見繕っては置いていく。
 本にもよるが、一か月借りて、だいたい三十文ほど。おそばが一杯十五、六文ほどなので二杯我慢すればよい。借りれば、およそ売値の六分の一程度で済むのだ。江戸に貸本屋は七百近くあり、各々に顧客を持っておりその総数は十万人以上いると言われていた。流行りの八犬伝も庶民層を狙って当初貸本屋の数と同じだけ刷ったらしい。
「八犬伝はまだまだ続きまさあ。甲斐に続き越後が舞台になります」
「残る剣士を探しに行くのですね。いろんな所に行った気になれて楽しみだわ。絶対に読みますから置いていって」
「玉の不思議と言えばねえ、だいぶ前噂話を耳にしました。上方で、あれは確か今頃の季節でした。四、五年前地震がありましたでしょう? あん時、地震の後に火事が起こったのが数件ありました。まあ地震と火事はつきものです。ところが一件、地震の前に火事が出たところがあったようなんです。可哀そうにそこで亡くなった父娘の娘さんの方が水晶玉を握って亡くなっていたらしくて。かなり大きな水晶玉です」
「綺麗なんでしょうね」
「もう、キラキラ光っていたらしい。その玉はその娘さんのお姉さんだか妹さんだかが形見に持って行ったそうです」
「その火事は亡くなった方にとっては不運でしたが、その煙を見て近所の何世帯かは地震が起きる前に逃げ出しているんです。だから、助かったって。安普請の長屋の建物はちっと揺れれば壊れますからね、外の広い場に出た方が助かることが多い。お千鶴さんも気をつけなすって」
「はい、有難う。水晶が地震を予知なんてさすがにできないわね?」
「鯰が暴れたり、ネズミが逃げ出したりするって言いますけど」
「ネズミを飼っている、医者の寛西先生に聞いてみましょう、今度ね。あっそうでした、お得意様一人ご紹介するのを忘れていました。その寛西先生のお宅にも貸本に回ってもらえませんか?」
「そりゃあいい。有難うございます。難い本も取り揃えております。そこの行商の熊八さんからは以前に何かあったら頼むっていうことは聞いているんです。今度見舞いに行って報告してきますぜ」
「律儀なお商売なのですね」
「当然のことで」と、定次は頭をかいた。
「さっきの話で、災害にあったときの心得や日頃気をつけておいた方がいいというようなことを指南してくれる本はありますか。迷信とかじゃなくて証の確かなもの」
「そんなような本がありましたよ。明日それだけ追加に持ってきやす」
 貸本屋はにっこり笑って帰って行った。

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