20世紀ノスタルジアを超えて
長年、総務省の「ふるさとづくり大賞」の動画取材を続けてきた中で、地域の変化を嫌う人に出会うことがあります。
先週、新越谷で取材仲間との暑気払いを行った際、私自身も似たような感覚を持っていたことに気づきました。
今回は新越谷にまつわる私の個人的な話です。
まず越谷市を簡単に説明すると埼玉県では所沢と同じくらいの人口(34万人)で、大きな市に入ります。
新越谷駅の鉄道は東武線ですが、すぐ近くにJR武蔵野線も通っています。「みんながアクセスしやすかろう」という理由で幹事のOさんが何気なく暑気払いの場所に決めました。
私はLINEを見て、一瞬心がざわつきます。
20世紀の終わり頃、私は通っていた大学が越谷の隣の草加にあり、当時付き合っていた彼女と学校帰りによく新越谷で遊んでいたのです。だから新越谷=彼女の思い出でした。それでなんとなく行くことを避けていましたね。
ただ、地域創生ジャーナリストとしては現在の新越谷に興味がありました。
というわけで、20数年ぶりに新越谷へ。
駅前の団子屋は変わらずに営業していて、懐かしさで胸がいっぱいになりました。相変わらず安くてうまい人気店です。
学生時代によく通ったスパゲティ屋「るーぱん」。今はもうありません。駅近くの好立地なのに空き店舗になっていました。
彼女との待ち合わせによく使った図書館もなくなり、スポーツジムに変わっていました。
南越谷駅前にあったTSUTAYAもなくなっていました。映画監督を目指していた私にとって、ロシアの映画監督タルコフスキーなど海外で評価の高い作品のVHSを取り扱っている貴重な店でした。(当時はDVDもまだ普及していなかった)
映画と言えば、1990年代に「耳をすませば」というジブリ映画がありました。ストーリーはほとんど覚えていませんが、主題歌「カントリーロード」のワンフレーズは不思議と耳に残り続けています。
最後の「思い出消すため」が学生だった私には理解できませんでした。むしろ思い出は大事にした方がいいじゃん!と。しかし今になってその意味がわかる気がします。
ふるさとづくりも、過去に浸るだけでは前に進めません。例えば、赤字路線の鉄道の廃線が決まったとき、住民が反対するのは、その電車に多くの思い出がつまっているからです。
しかし、その懐かしさは胸にしまい、未来のために新たな一歩を踏み出す勇気が地域の再生に必要なのだと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。