祈り

人は何のために祈るのか

新型コロナウィルス感染が世界中で猛威をふるい、自然の前では人間がいかに非力であるか、あらためて思い知らされる。一日も早く感染拡大が止まり、そして世界中の感染者が早く健康を取り戻せるよう、祈らずにいられない。

そんなとき、科学者と宗教学者の共著『人は何のために祈るのか』が、あらためて「祈り」への想いに深みを与えてくれる。

著者は、遺伝子研究の第一人者である村上和雄 筑波大学名誉教授と、宗教学者の棚次正和 京都府立医科大学教授。

祈りの本質とその効果や心構えについて、可能な限りサイエンスの視点からアプローチをしていて、さまざまな示唆を与えてくれる。

村上博士は遺伝子工学の研究で世界的に有名で、「遺伝子をオンにする」という言葉で一般によく知られている。もちろん、この本でも主な視点のひとつになっている。

そもそも、「祈り」とは何だろう? 主に語られていることを要約すると、

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祈りは、宗教的な祈りだけではない。世界平和への祈りもあれば、優秀な外科医ほど手術前に人知れず成功を祈っている。さらには、願望成就の祈りもある。

医療の分野では、祈りの治療効果についてハーバード大学、コロンビア大学等の大学が競って研究をしており、その効果を肯定する論文が多数出ている。

人類の歴史に目を向ければ、人類は数千年にわたり、すべての民族で祈りをささげてきた。

その理由は、大自然の前でやれることは限られていて、自分達以上の存在を意識せざるを得ず、生き延びるためには祈らざるを得なかったこと。そして、祈ったら良い結果が得られたからだ。

つまり、祈りとは私たち人間が、「目には見えないが、確かに存在する不思議な働き」に語りかけるコミュニケーションだった。

その「不思議な働き」とは、神、あるいは自然、宇宙であり、「サムシンググレート」(Something Great)とでも呼ぶべきものだ。

日本語の「いのり」の語源は「生宣り(いのり)」。「い」は生命力、「のり」は祝詞(のりと)で宣言を意味する。つまり、「いのり」は「自分は生きるぞ」という「生命の宣言」。

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優秀な外科医ほど患者の生と死の瀬戸際にあって、人智を超えた大きな力を感じるという経験を幾度となくしているだろうから、手術前の祈りはごく自然なことであるに違いない。

自分にとっての「サムシンググレート」とは何だろう。

人から「神を信じるか?」と問われれば、「信じる」と答える。しかし、その「神」という言葉に違和感を感じないわけではない。それは、「神の存在」を実感するような奇跡的な経験をしたことがないからだろう。

これまでの人生を通じて、この世の中には「摂理」もしくは「法則」とでも呼ぶべきものが存在するに違いないと感じており、その存在の方にこそリアリティを感じる。

この物質世界に物理法則があるように、それは次元を超えたところに存在し、それが「神」と呼ばれているのではないかと思う。

今回のコロナウィルスが、たとえ人の手が加わったものだとしても、その感染が拡大し、猛威を振るい、そして次第に収束していくのは、自然の力によるものだ。

その偉大な力を前にして人間が真になすすべがない今の状況は、

著者のいう「大自然の前でやれることは限られていて、自分達以上の存在を意識せざるを得ず、生き延びるためには祈らざるを得なかった」という、

太古から幾度となく繰り返されてきたであろう状況に似ている。

祈りが「サムシンググレート」に向けたものである一方、人間の内部にも祈りに密接に関連する存在があり、それが遺伝子だ。

著者の説明はこうだ。

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遺伝子は身体を作ることだけに働くのではなく、私たちが身をもって生きる営みのすべてを司っている。

心臓を動かし、栄養分を吸収し、エネルギーを作り出すのも遺伝子。遺伝子の働きなしに、私たちは呼吸することすらできない。

たとえば、子供が命の危険にさらされた時に、その親が奇跡的な力を発揮して救ったという事例はいくつもある。

それが可能だったのは、無我夢中でできるかどうかは考えずに、ほとんど無意識の行動だったからだ。その時、遺伝子のスイッチがオンになった。

つまり、私たちは自我を超えたところから働きかけたとき、遺伝子のスイッチがオンになる。

祈ることで奇跡的に病気が治る人もいれば、いくら祈っても何の変化も起きない人もいるが、それは遺伝子発現の差に過ぎない。

なぜなら、遺伝子構造の99%以上はみな同じなのだから。

だから、祈りの取り組み方や祈りの工夫次第では、治る可能性がある。

感謝するとは、現状を受け止め直すこと、いただき直すこと。その感謝のある祈りは、祈りの効用を最大限に発揮できる。

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祈りのなかでも、自分の病気の治癒や、試験、競争など自分の能力発揮に関わる願望成就の祈りの場合は、「その祈りがどれだけ強く潜在意識に働きかけられたかどうかだ」ということは一般的にもよく言われていることだ。

だから、さらにその先には「遺伝子のオン・オフ」が関係していると知って、「なるほど、そういうことだったのか!」と思う。

その事実を知ったからといって、努力して遺伝子をオンにできるわけではないが、それを知っておくことで何かが違ってくるのではないか、という気がする。

余命わずかを宣告された癌患者が、癌細胞を白血球がやっつけるイメージを強く抱き続けた結果、癌が奇跡的に治ったという事例があるように。

感謝することの重要性についても一般的によく言われていることだが、その感謝とは単にモラルとしてではなく、

深い感謝という心理状態、心の在り方が関係遺伝子をオンにしてくれるのだという”根拠”を示すことで、感謝への理解をより深めてくれる。

サイエンスの視点からの祈りへのアプローチについて著者は、

科学によって祈りを証明することは無理だが、大切なことはその時代ごとに科学が明らかにしたことを活用していくことだ、と述べている。

科学が急速に進歩しているこの時代だからこそ、そうした在り方は人生においてますます重要になってくるのだと思う。

              (写真はLLADROの「静かな祈り」)

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