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推しがどんな存在かによって推し方が変わる

こんにちは。

牧 菜々子です。

大好きな推しでも、その推しが人なのか物なのか、場所や概念なのかによって推し方が変わります。

過去の偉人であれば、この先の新たな展開は見られなかったり、対面は叶わなかったりという面があります。

その代わりに、今のようにSNSですべて知って驚かされることもありません。

物であれば、集めたり持ち歩いたりできますし、場所であれば都合をつけていつでも行くことができます。

概念が推しであれば、推し活のためのコンテンツが出されているわけではないので、課金するという応援の仕方はできないかもしれませんが、閉鎖したり終了したりすることもありませんから、急な知らせに驚くこともありません。

推しが何かによって、推し方は違ってきます。

今を生きる人であっても、フィールドはどこか、また顔を出しているかどうかによって、どう応援するかが変わります。

ですが、どんな推しであっても、推している間は没頭できて、高揚感があることに違いはありません。

大好きな気持ちは同じですから、あとは推しが何なのかによって叶うことと叶わないことがあること、事情が違うこと、それぞれに残念な面とうらやましい面があることを頭に入れ、それぞれの推し方を「いいね!」と尊重し合えると素敵ではないかと思います。