自分を見る。自分を見る。自分を見る。
少し前から、どうも落ち着かなくて、どうしたものか?と考えた結果、
自力でどうにかするのがムリな気がして、
瞑想をしまくっている。
瞑想の効果は全くもって実感ってないのだけれど、
なぜだか、続けていればそのうち無意識領域に変化をきたし、そのうち何かが変わるような気がして、、、
いや、そうなればラッキーだけど、そうならないにしても
なんだか今は「瞑想」のような気がして、
とにかく毎日数回、座ったり寝転んだ状態で、静かに呼吸に意識を集中する時間を設けている。
世界を知りたかったら、「自分を見ろ」
自分自身を深く深く観察することが、知らない世界を知るきっかけとなり、
世界のしくみを知ることに繋がる。
だって、私たちは「小宇宙」なのだから。
そんなインスピレーションと共に、「自分を見ろ、自分を見ろ、自分を見ろ」って声が頭の中に響いた。
わたしは、私を知らない。
私すら知らない。
ましてや他人のことなんてわかるはずもない。
あぁ、わかるはずもないことをわかろうとする時間と労力、もう使わなくていっかぁ。
それより自分を見よう。
って、なんだか力が抜けた。
へぇ~あなた(私)ってそういうの、好きなんだ。
元々、客観視は得意な方だったけど、時に少し過ぎる気がして、自分がないような気がしたころもあったけど、
瞑想を続けているからか、わたしが私を見つめる視点がますます強くなっている。
毎日、私の行動選択に、わたしは「へぇ~」と新たな発見をしたかのような視点で見てくる。
ちくわとかしそとか、今までほとんど食べることのなかったものをよく食べるようになった自分を「へぇ~知らなかった!」というような気持で見ているわたし。
と、おいしいと味わう私。
孤独を愛しすぎて、とうとうこんなことになってきたのかしら。
なんだかわからないけど、これはこれで私の個性のような気がして、
ここを今までは(これではいけない)と抑えてきた気がするのを、
瞑想で、自分の感覚や気持ちに『そっとやさしく気づく』を続けるうちに、
ここをもっと尊重?してみよう、伸ばしてみようと思うようになりました。
わたしと私はどこに行くんでしょう?
少なからず、若林さんのエッセイ(質疑応答)の影響を受けている気もしています。