20.父親の居ないファザコン
プロローグから続いています。
義父に頼る人がいないことは知っていた。
でも、こうするしかなかった。
私は義父を見捨てたのだ。
心が痛い。
私は鬼だ。
心が痛い。
弟はどうなるというのか。
でも、どうにか弟だけには連絡をとっていきたい。
何かあったら…
考えたくも無かった。
私は一つ新しい携帯電話を購入し横浜へ向かった。
義父の目を盗んで弟に会いに行ったのだ。
弟はまだ小学生。
きっと何も分からないだろう。
弟に会い私はこう伝えた。
何かあったら、この電話でお姉ちゃんに電話するのよ。
弟はチンプンカンプンだっただろう。
何かあったらこの電話にお姉ちゃんの電話番号と
お仕事の電話番号を入れてあるから、
必ず電話するんだよ。
お父さんには内緒のお姉ちゃんとの約束だからね。
マナーモードというものにしてあるから
音は出ないんだよ。
でも隠しながら、いつでもどこでも持ち歩くんだよ。
横浜駅で1万円とともに弟に携帯電話を渡した。
小学生にとって大きな金額。
こんなにお小遣いはいらないと言う弟。
でも、もしかしたら。
それが私の脳裏からはなれることは無く、
何度も会えないときのお小遣いだと伝え渡して帰ってきた。
それ以来、弟の消息を
携帯会社から毎月送られる明細書で確認するようになった。
電源が入っていれば請求されるはず。
そう思い、毎月の明細書が送られる度に、
弟が元気でやっている証拠だと自分自身に言い聞かせていた。
そして、私はすべてを振り切るように
私は目の前のことに没頭していった。
仕事、プライベート、
それだけを見ていくようになっていく。
そして、時折、戸籍や住民票を確認する。
まだ引っ越していない。
学校は通えているんだな。
明細書と一緒に戸籍や住民票で
暮らしぶりを見守るしか無かった。
そんなことを繰り返すうちに、
ふと私の淋しさがうごめき出してきたのだ。
私の本当のお父さんは誰なんだろう。
そんな風に
私の半分が見えなくなっていくように感じた。
彼に伝えてみた。
本当のお父さんに会ってみたい。
いつか会わなければならない日が来るのだったら
生きてるうちがいいかもね。
彼はそんな風に答えてくれた。
自分の戸籍を過去に辿る。
父親の名前をまじまじ見たのはこの時がはじめてだった。
すぐに父親の住んでいる場所を見つけることができた。
もう戸籍を辿ることには慣れていた。
でも、実の父のことを知るのは喜びだけではなかったのだ。
母と離婚後すぐに別の人と結婚し、
子どもが数人居ることも同時に知ったからだ。
私と大して年齢も変わらない。
異母兄弟というやつだ。
見たことの無い父に見たことの無い兄弟が私にはいた。
悔しかった。
父家族がどんな暮らしをしているのか知らないが、
最低限父家族は一緒に暮らし、
見知らぬ兄弟たちは両親の元で育っている。
戸籍や住民票がそれを物語っていた。
知らなければ良かった事実かも知れない。
でも、実父が他界したときには
何らかの連絡が私の元に来ることが、
日ごろ相続などの仕事もしていたので知っていた。
彼はそれを言っていたのだ。
そして、私も一目見てみたかった。
写真すらない実の父親という人の顔を
一目だけでいいから見てみたかった。
祖父を父と思っていた時期があった。
義父が養父となり、パパと呼んだ時期があった。
でも…
時系列が分からなくなるほど色んなことがあり過ぎた。
だから私の半分はどこにあるのか?
そんな想いが湧いたのかも知れない。
彼に薦められ、
週末、実父の自宅に行ってみることにした。
会う気持ちは無かった。
全く無かったと言えばうそになる。
でも、どんな顔かだけ。
一目だけ…そういった想いの方が強かった。
家の前に行ってみる。
電気は消えていて誰も居る気配は無かった。
そして、玄関先で私の入る隙間は
どこにも無いことを感じざるを得なかった。
そこには見ず知らずの家族が
幸せに暮らしている様子があることが、
表札や無造作に入れられた傘立を見ただけで充分伝わった。
私の父は私が生まれるとすぐに居なくなったのだ。
そして、もう何十年も前から
私とは別の世界で暮らしていたのだ。
当初は、会えなかったときに手紙でも残そうかと思っていたが、
そんな気持ちもすぐに消えた。
私の家族。
…ではない。
私が娘です!
なんて名乗り出る勇気なんて、もはや無い。
彼と近くを散歩しながら、
もう二度とここには来ないと誓っていた。
一度だけ。
ただ一度だけ見てみたかったが、
知らなくていいことが世の中にはたくさんあるのかも知れない。
そうやって、自分自身を慰め言い聞かせてた。