18.安堵との出逢い
プロローグから続いています。
これまでにも増して、仕事に励むようになっていった。
そして仕事は大変ながらも充実した日々を過ごしていた。
事務所には新しい人も入り、
何か流れが変わっていくようにも感じていた。
そして新しく入った同僚とはすぐに意気投合し、
仕事帰りに事務所近くのアイリッシュパブへ二人で行くのが日課となっていく。
新宿西口に位置するそのパブには、
当時、旅行者や日本で働く様々な国の人たちが集い、
店内はさながら異国のような空間を見せていた。
女性二人でパブへ行けば、
どこからともなくカクテルがプレゼントされる。
そして定番のフィッシュ&チップスを食べながら、
色々な国の人たちと話すことが楽しくて連日のように行っていた。
ある日のこと。
いつものようにカウンターで同僚と話していると、
店の奥から大きな笑い声と共に
その店では珍しい日本語で話す声が聞こえてきた。
なんとなく気になり視線をやると
一人で来ているであろう日本人男性が
観光客らしき男性と話している姿が見えた。
もちろん相手の人は英語で返事をしているのだから、
傍から見ると何がどうして通じているのか分からない。
でも会話は成り立っているようで二人とも上機嫌だ。
そんな光景が面白く見え、そんなこともお酒の席だとあるんだなぁ…と、
私はほろ酔い気分で
一風変わった日本人と外国人男性の会話を眺めていた。
また別の日。
同僚とパブで飲んでいると、
先日の男性が日本人の友人と二人で来店してきた。
しばらくすると、
やはり日本語で横にいる外国人に話しかけては盛り上がっている。
二度目ともなるとさらに気になり、
次第に同僚との話題もその男性たちの話題となっていった。
見れば見るほど面白い。
話す相手は日本に来たばかりのイギリス人男性のようだった。
一人はずっと日本語を話し、
もう一人は絶えずに英語で返事をしている。
興味本位で話しかけてみた。
すると、当然のように大笑いしながら男性はこう答えた。
ここは日本だから、日本語喋ってれば通じるもんだ!
それを示すかのように
さっきの続きなのだろうか…またそのイギリス人男性に歴史の話をし始める。
日本語で武将の話を熱く語り、
イギリス人男性もなぜか真剣に聞き入っている。
そして絶妙なタイミングで男性の友人が相槌をうち、
さらに会話が盛り上がる。
なんとも面白く不思議な光景だった。
それから数回パブで会った頃だろうか。
私と同僚、一風変わった日本人とその友人の四人で会うことが増えていった。
パブで会うこともあれば一緒に新宿を飲み歩くこともあり、
時にはそのまま四人で私の部屋で朝まで飲み明かすこともあった。
二人の男性は地方から東京に出てきていた。
よく飲みに行っては東京での夢を語ってくれた。
同世代だった私たちは、まさに日々を謳歌していた。
眩しいくらいな日々だった。
四人で集まり笑いあう。
それだけで楽しかった。
そしてその出逢いから一ヶ月。
気付がけば一風変わった男性だけが私の家に来るようになり、
また気が付けば同棲するようになっていた。
この人が数年後、私の夫となることはまだ知る由も無い。
どちらからも付き合おうなど言ったことはなく、
気付いたら一緒にいたという感じだった。
好きだとか嫌いだとかそんな感情よりも、
一緒にいることが自然に感じ何よりも私には安堵を感じられた。
憶えていることが一つある。
それは、いつも彼が「今日も楽しかった」と必ず言うこと。
つまらない日だろうが、失敗してしまった日だろうが、
落ち込んでいようが、凹んでいようが、機嫌が悪かろうが、
一日の最後には必ず「今日も楽しかった」と言う彼に、
これまで感じたことの無い安堵というものを感じていた。
文句の一つも出ていいはず!
そんな風に思う日でも
一日の最後には「今日も楽しかった」必ず言ってくれる。
どんな日であろうが
ただただ繰り返し「楽しかった」と言われることに、
私は安堵を憶えたのだ。
しばらくして母にも彼を紹介し、三人で会うことも増えていった。
これまで私と母の間にあった見えない溝が、
勝手に埋まっていくようにも感じていた。
彼は相手が私の母であろうが姿も変えなければ遠慮もしない。
びっくりするような言葉が飛び出すことが何度もあったが、
彼女の母親という感覚は全く無いように見えた。
私の母であろうと彼にとっては「人」と話しているのだと、
次第に感じるようになっていった。
そして時々母と彼と三人で飲み明かしては、
私の部屋でそのまま雑魚寝するようなこともあった。
私と彼と母親の三人が雑魚寝するなんていう発想は無かった。
これまでの私や母の間にこういう価値観は全く無く、
そういったことができるような距離感の親子でもなかった。
でも、何かに巻き込まれるかのように、
そんな光景を作る場面が増えていった。
そこには久しぶりに感じる安堵感があった。
こんな私にも安堵して暮らす日がやってきたのかも知れない。
23歳。
私は安堵というものに出逢った。
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