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16.やっと…

プロローグから続いています。


再び私とは母、祖父母宅へ戻った。
引っ越してから一年も経たないうちに
祖母が他界したからだ。
入院してから2週間での急死だった。
まだ59歳。
突然の別れに何も出来ずにいた。


祖母は日ごろから小奇麗にしていた人で
入院の数日前に病気とは知らずにたまたま訪れた私に、
美容院で髪の毛をセットしたいから連れて行って欲しい
と布団で横になりながら言われたのを思い出す。
でも、当時私は様々なことでイラついていた。
祖母は風邪でも引いて、
いつもより元気が無いものとばかり思っていた。

具合悪い時に美容院なんてあり得ないわよ!

吐き捨てるように出てきてしまった自分が悔やまれた。
指先には、剥げた紫色のラメの入ったネイルが残っていた。



そして祖父、母、私の三人での生活が始まる。
そもそも祖父は母の義父。
実父ではなく馬も合わない。
今度は怒号という形ではなくその空間に沈黙が生まれた。
そんな三度目になる六畳二間の我が家に落ち着く場所はなく、
私は高校を卒業して一年もすると、
近くのマンションで一人暮らしをするようになった。


高校を卒業した私は、新宿にある法律事務所へ就職した。
家庭環境の事情をいつも案じてくれていた担任の先生が
私を推薦してくれたのだ。
法律なんて何も知らないが、
就職できれば自分の稼ぎで”今度こそ”自分の生活を面倒みられる。
そう思った私は、
これまでのバイトをすべて辞めて働くこととなった。

毎日が分からない世界だった。
「裁判」という言葉くらいしか知らない私は、
事務所内で説明される言葉が日本語に聞こえてこないほどだった。
訴訟、仮差押、強制執行、登記、訴状、準備書面、陳述書、
心裡留保(しんりりゅうほ)がどうとかこうとか訳が分からない。
一つ頼まれると、
その中に分からない言葉が沢山散りばめられている。
何を頼まれてるのかすら分からない。
毎日が法律用語との格闘で、
空いた時間が出来るたびに法律用語辞典から
ノートに一つ一つ書き写していった。


ただ、唯一「破産」という言葉だけには
変な親近感を憶えたのにムズムズした。
自宅に帰ってからも法律用語辞典で調べ、
翌日になると一つ一つ頼まれたことの意味を繋ぎ合わせる。
そんな日々が一年続き、
まとまったお金が出来た時にマンションへ引っ越したのだ。

築30年の古いマンション。
部屋はリフォームされているが、
お風呂は古いバランス釜で、エレベーターはよく停電する。
それでも私の城だった。
一年貯めたお金で好きなものを買い、
私の好きなものだけに囲まれる。
もう、余計な場面を見ることも無い。
私だけの城。

そこから事務所に通い、
習い事やスポーツジムにも通いはじめる。
さらにお金に余裕ができると、
仕事帰りに洋服やコスメを買い
大型連休には海外旅行にも行くようになった。
一人暮らしの淋しさを感じるときには、
行きつけのバーに飲みに行けば友達に会える。

やっと、やっと…
手に入れた私だけの落ち着く居場所。
落ち着く生活。
仕事が2年目になる21歳。
一人で裁判や登記書類を作成したり
裁判所へ申立てに行ったりすることが以前よりも板についてきた。
事務所は昔気質の無骨な個人でやっている弁護士事務所だったが、
その先生にもとても可愛がられた。
私が入所した時には60歳を目の前にするような大御所弁護士だったが
プライベートでは孫のような…
そんな感じで言葉足らずながらも色々なことを教えてもらった。


こうして私は一つ一つ積み重ねるように、
仕事のノウハウや様々な法律の仕組みを覚えていった。
そして、ある日ふと相続関係の書類を精査しているときに気付がついた。
戸籍や住民票を辿れば、弟の居場所が分かる!
私はすぐさま自分の戸籍を集める作業に入った。

普通は生まれてから結婚するまでに一つの戸籍しか存在しないのだが、
私の戸籍は何通にも及ぶ。
それを一つ一つ手繰り寄せるように取得していき、
とうとう弟の住んでいる場所を見つけることが出来た。

弟が住んでいたのは、かつて義父が好きだと言っていた横浜だった。嬉しくなった私はすぐさま手紙を書く。
もちろん弟宛に書いたとしても、義父に読まれることは想定済み。
どうか弟に会わせてください。
そんな内容の手紙を書き、
私の連絡先や事務所の連絡先を記載しポストに投函する。

当時三歳だった弟は、小学生になっている。
私のことを覚えているだろうか。
義父から返事は来るのだろうか。
最後に義父と会話したのはあの血痕が残るリビングだ。
私に吐き捨てるように「お前も俺を捨てていくのか!」と言われてから
6年ほど経過していた。


いろんな不安が交錯する中、
ひたすら祈るようにただただ返事を待った。
そして数日後、義父から私に電話が来た。
弟に会わせるから横浜の○○まで来なさい。
麻貴一人で来れば弟に合わせる。


母に合わせないというのがプライドだったのだろう。
母は義父から追い出されたと想い、
義父は借金地獄の中で見捨てられたと思ってたからだ。


次の週末に待ち合わせすることになった。
どんな顔をして行ったらいいのだろう。
弟は元気なのだろうか。
ご飯はちゃんと食べられてるのだろうか。
学校にも行けているのだろうか。
不安と期待を交錯させながら、
足早に横浜へ向かった。





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心理カウンセラー小園麻貴(こぞのまき)
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