25.神様、お願い!嘘だと言ってください
プロローグから続いています。
義父の失踪宣告、弟の親権者の変更の手続きを
裁判所で行うことになった。
突然始まった学校関係諸々の支払いで代理人を立てる余裕は無く、
申立人を母として、書類すべてを私が用意することになった。
裁判所へ出向かう当日。
私は、裁判所という場所に行くこと自体初めてだった弟と母を連れて行こうとしたが、私の体調が優れない。
早く手続きを終わらせたかった。
すべてを終わらせたかった。
失踪なんていうものが身近に起こるなんて思いもよらず、
怒りをぶつける相手が見えない中で
悲しみや怒りの矛先をどこに向けていいのか分からないでいた。
もう一度、親子として、姉弟として一から出直したかった。
だから、淋しい想いや苦しい想いを早い段階で清算したく、
裁判所へ私が同行するつもりでいた。
なによりも、
何かをしていなければ気を紛らわすことができなかった。
でも、吐き気もめまいも止まらない。
弟と母に、どこに行き、何を提出し、
何を伝えたらいいのか事細かに説明し、
結局私は一人家に残ることになった。
しばらくすると、裁判所が義父の居場所を特定してきた。
そして、義父も裁判所の指示で弟や母と共に出向くことになったのだ。
後から聞いた話ではあるが、
弟も母も一言も義父とは言葉を交わさなかったようだった。
弟に至っては実の父から捨てられた想いが強く、
許すことの出来ない感情を抑えることで必死だったのだろうと
その目から窺(うかが)い知ることができた。
一生許さない。
一生許すもんか。
言葉には出さないながら、
裁判所から帰ってきた弟の目の奥に
私にはそんな悲しみと決意が滲み出ていた。
一ヶ月ほど経過した後、
親権者を母に移す手続きを終えることが出来た。
まだ未成年だったが
弟は意思を反映させることのできる年齢に達していたため、
裁判所は弟の意向をそのまま汲み取る形をとった。
学校への手続きや戸籍の変更、
様々な手続きが怒涛の如く終わりを告げる。
でも、私の体調は依然良くならない。
もしかして??
私はこれまで通っていた内科や心療内科ではなく
産婦人科へ向かった。
誰にも見つからないようなひっそりとした裏路地の産婦人科。
おめでとうございます。
妊娠○○週ですね!
古い診察室には不釣合いなほど明るい声でそう言われた。
頭が一瞬で真っ白になった。
神様、どうぞ嘘だといってください。
それが、私の脳裏に最初に浮かんだ言葉だった。
私は様々なことで疲れ果てていた。
失踪を知った直後、大学や結婚との両立、
いや、すべてことに一度終止符を打ちたかった想いも強く
事務所を退職していた。
そんなやり取りをしている矢先に、
義父の失踪を知り時間だけが流れていった。
あまりにも色んなことがあり過ぎた。
どこかで私は立ち止まりたかったのかもしれない。
そして何よりも環境を変えようとも何も変わらない
パニック障害という得体の知れない状態が怖かった。
私、薬飲んでる。
まるで走馬灯かの如くにこれまでのことが頭に思い浮かぶ。
立ち止まることが許されなかったような人生に一度余白が欲しい。
何もかもをやり直したい。
なのに…
何も変わっていない私のまま妊娠していいわけが無い。
ただでさえ普通のお母さんになれる自信なんてどこにもない。
普通の結婚生活が送れているなんて思ってすらいない。
そんな私が妊娠するなんて。
神様お願いですから、嘘だといってください。
私は診察後、
コンビニに寄ってタバコを買い、喫茶店へ向かいった。
そして目眩と吐き気を打ち消すかのように
コーヒーを頼みタバコをくぐらせながら、
自分の身に起きてることが嘘であることを願っていた。
つづく