~ワーキングマザーが白血病治療中に考え・感じたこと~ すべきでないことリストを作らなくては
「くれぐれも、無理はしないでくださいね。 大事にしてください」
病気をした人は、こう周りからよく声をかけられる。
挨拶代わりのようなものである。
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
こちらも、お決まりの返事をする。
だが、実際には、無意識に無理なことをしてしまうのが、病人や病み上がりの人達だ……
2019年のお正月明け。
白血病治療のため長期入院していた私に、一時退院許可が出た。
待ちに待った一時退院だ。
年末はクリスマス、自分の誕生日があり、さらにお正月と続く。いつもなら華やかな時期を、味気ない病院で過ごし、私は心の底から辟易としていた。一方で、治療は順調に進んでいた。ここまで頑張ったのだから、退院となる春までこの状態をキープしたい、という気持ちが強まっていた。
「外出したら、気分転換のため散歩をしよう。
綺麗な空気を吸い込むのは、きっとストレス解消にもいいだろう……
何より歩くのは、運動不足の足腰にも良いはずだ」
室温が完璧に調整されている病室の中で、大半を過ごしていた身である。防寒は重要だ。一時退院中に風邪などひいたら、次の治療が延期となる。それだけは避けなければならない。
私は、ダウンコート、帽子、手袋、それと革のロングブーツ、と念入りに準備をし、自宅近所の公園に向かった。
12月から約1か月間、私は長期に渡る抗がん剤治療のため病棟から出ることを禁じられていた。1日の歩数は、300-400歩ぐらいであったと思う。運動をしてこなかった脚は、軽やかには動かなかった。ヒールがずしりと重い、頑丈なブーツを履いていたから、余計そう感じたのかもしれない。
「筋力をつけるために、あと3周したら帰宅しよう」
そう公園を歩きながら私は呟いた。
脚が重いのは筋力が低下したため。筋肉をつけるけるため、負荷をかけて動かすのが良いと思い、ロングブーツの重さを感じながら、多少辛いと思いながらも、頑張って散歩を続けた。
「どうしたのだろう…… 脚がずきずき痛くて眠れない……」
久しぶりに自分のベッドで眠りについたのに、両脚がギンギン痛くて夜中に目が覚めてしまった。痛み止めを飲んだり、冷やしたり、温めたり、自分で出来る限りのことをしたが、痛みはひかなかった。
「重いブーツで歩きすぎたのが、良くなかったのかな……」
その痛みは、手が腱鞘炎になった時の痛みに似ていた。
筋力が低下した脚に、重いブーツを履いて歩き回ったこと、この痛みについて改めて考えると、腱鞘炎が一番ぴったり当てはまる。深刻な状況ではないと分かり若干安心したが、腱鞘炎になった部位が広かったため、手のひらや手首が腱鞘炎になった時の痛みとは比較にいならならない。そして、なぜか、夜横になると痛さが増した。ろくに寝られない日々を2晩過ごし、やっと3日目の夜に睡眠をとることが出来た。
「手や手首のように、脚が腱鞘炎になることって、あるのでしょうか?」
再入院した際、看護師さんに質問してみた。
「筋力が低下しているときに、無理に脚を使えば、腱鞘炎のような状態になり得ますね」
やはり、そうか……
若い頃に運動をしていた人には当然の事なのかもしれないが、非運動系部活に入っていた私には、脚も腱鞘炎になるとは想像できなかった。
「重いブーツを履きながらの散歩……
筋力つけるために、良かれと思って頑張ったけど、無理してしまったなぁ」
病人は、ほとんどの場合無理をしていると思って行動していない。でも、健康を取り戻したいという気持ちが強いからこそ、いつもやらないことにチャレンジしてしまうことがある。
周りの人は無理をしないでくださいね、と言う。でも、無理をしているのかどうなのかが分からないのである。
治療受けたことで身体がどのような状態になっているか、患者自体が分かっていない可能性も高い。だから、より具体的なアドバイスが必要だ。
具体例が書かれた白血病患者が「するべきでないことリスト」があれば便利だろう。
「一時退院の際に、筋力をつけようと思って重い靴やブーツを履いて散歩をしないように」
これが、私が身をもって発見した「するべきでないこと」だ。
その他にも、
「毎日やると決めるルーティーン的な運動は、設定しない」
「すぐに横になれない状況で、2時間以上の活動はしない」
「キャンセルできない用事は、約束しない」
「自分が治療中であることを知らない人とは、出かけない」
これらをリストに加えたい。
白血病患者が治療中に「するべきでないことリスト」があれば、私のように脚を腱鞘炎状態にして眠れない日々を過ごす患者さんを、減らすことが出来るだろう。
実際に患者だった者が、治療中の体験をもとにリストを作れば、きっと説得力のあるものになると思う。
私は、白血病患者としての経験を明確に覚えている間に「するべきでないことリスト」を作るという宿題を、自分に出すことにする。
治療中の時間をより快適に過ごせる患者さんを、増やすために……