サイレンが鳴らない
皆さんの暮らす町では
サイレンが鳴りますか?
22年前、初めて長崎以外の土地で
8/9を迎えた私が抱いたのは、違和感でした。
11:02にサイレンが鳴らない。
隣県でありながら
カルチャーショックを受けたのをしっかりと記憶しています。
先週、長女と訪れた長崎県立美術館
運河ギャラリー「祈りの花瓶展」。
文芸ユニット
"Decchi"や"てんびん座"のメンバーでもある
もりきょんくんも、その活動に関わっていて、その発信から、興味を持ちました。
その展示の中に
同じく違和感を感じたという記載を目にし、それを共有できる人が居て、それもキッカケとなり、この活動に繋がっていることを知ることに。
数日後
再び、もりきょんくんの発信から、「まちあるき」の企画の存在を知り、参加させて頂いたのです。
祈りの花瓶を制作された
長崎出身で、東京在住の毎熊さん、ご本人から、展示についての解説や、その経緯についての、お話も。
先週、長女と二人で訪れた時とは、また違った視点と感覚で、見せて頂けました。
毎熊さんと同世代で、彼女の活動について、学生時代に触れていた"もりきょんくん"。
フリーのライターとして活動していく中で、長崎・平和について考えた時に、毎熊さんの存在を思い出し、ホームページにたどり着き、メールを送ったとのこと。
穏やかで、しなやかな雰囲気の"もりきょんくん"に、そんな"衝動"と"熱さ"があることも知って、なんだか新鮮だったし、勝手に親近感まで。
そもそも
毎熊さんは
学生時代の卒業制作についてのテーマを考えていた頃、自分の個性・アイデンティティーを探っていて、長崎出身であること、そして、長崎の外に出たことで感じた、あの「違和感」を思い出し、そのテーマが定まったとのこと。
思いとイメージが固まると、1ケ月足らずで、花瓶の制作に漕ぎ着けたそうです。
vase to pray projectは、6年目に突入。
「原爆」というキーワードから、もちろん「恐怖」を連想してしまう方がいらっしゃるのも事実で、活動していく中で、そういった方に出逢う場面も。
それでも
「花瓶」という新たな切り口から、平和について考える機会になった人との出逢いの方が多数で、年々、その手応えも感じているようです。
捉え方、感じ方、受け止め方は、それぞれの自由です、と語る毎熊さん。
その余白こそが、若い世代にも浸透しやすい温度なのかもしれない。
長崎だけでなく
日本だけでなく
海外の皆さんにも届けたい思い。
そのために
伝えたいことが
出来るだけそのまま伝わるようにと
英語の翻訳をお願いする先にも
こだわって、その発信に力を入れています。
「思い」や「目標」を自覚した人は、強い。
これは、この数年、出逢ってきた人たちから、学んだことです。
毎熊さんの役割。
もりきょんくんの役割。
私の役割。
私が長崎出身で被爆3世であること。
長女が祖母に
被爆体験をインタビューして
映像として残してくれたこと。
祖母とのお別れに
訪れて下さった方に
その映像を見て頂けたこと。
原爆が無ければ
私は生まれていなかったかもしれないこと。
今
私が長崎に滞在中で
今回の展示と企画に参加できたこと。
すべてが繋がっていて
終戦から77年の今
佐賀暮らしの年数が
長崎暮らしを越えるこの夏に
昨日、共有できたことを軸に
それぞれの視点による発信の仕方があっていいのかも。
そういう思いで
私は、私の言葉として残す選択をしました。
展示は、8/15/日まで。
10月には
トークイベントも予定されているそうです。
そして明日は
長崎に原爆が投下された
8月9日を迎えます。
11:02
あなたの暮らす町で
サイレンが鳴らなくても
一緒に黙祷しませんか?
1分だけ、同じ歴史を経て生きている今を、共有できたら。
そして
いつか、それぞれのタイミングで、じっくりと考えてみる、触れてみる、そんなキッカケになると嬉しいです。
今回、まちあるきに
参加されていた
長崎暮らしが15年となる
「はせさん。」
私と同じ1977年生まれで
お子さんがいらっしゃる「親」としての視点も重なった気がしています。
有意義な時間をご一緒できて良かったです!
ありがとうございます!
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