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ダイヤ問答 【新作落語台本】

妻「マサシさん、お茶が入りましたよ」

夫「おお、すまないね」

妻「気分はどう?」

夫「まぁ、よくもなく悪くもなくだ……俺ももう長くないからな」

妻「そんなこと言わないでよ」

夫「自分の体のことは自分が一番よくわかってらぁ……それに、一年近く入院してたのに急に退院して自宅療養だなんて、どう考えてもおかしいだろ」

妻「そ、それは……」

夫「あれだけたくさん飲んでた薬もひとつもなくなってさ」

妻「治ったの! 病気が治ったのよ」

夫「……ほぼ寝たきりのこの状態でか?」

妻「こ、これからどんどんよくなって、来月あたり筋肉ムキムキになってるわよ」

夫「それはそれでおかしい……この前までなんの薬を飲まされてたんだって話だ」

妻「とにかく大丈夫! 絶対大丈夫だからぁ……うわーん」

夫「泣いちゃったよ。まったく、お前は嘘がつけないな……あのな、死ぬ前に最後の頼みがあるんだ」

妻「なに?」

夫「そこは否定しないんだな……最後の頼みだ、聞いてくれるか?……俺をダイヤモンドにしてくれ!」

妻「……お薬飲む?」

夫「大丈夫、俺は正気だ……まぁ、少し言葉足らずだったな。俺の遺骨をダイヤモンドにしてくれってことだよ」

妻「……お薬飲む?」

夫「だからそれはなんの薬だ? いやね、この前、新聞の広告で見たんだよ、そういうサービスがあるって……お前には若い頃から貧乏で散々苦労をかけてきて、結婚指輪すらろくに買ってやれなかった。だからさ、俺の最初で最後のプレゼントとして、俺自身をダイヤモンドにして贈ろうかと……」

妻「なかなか大胆な発想ね……気持ちは嬉しいけどさ、それいくらかかるの?」

夫「ざっと百五十万くらい」

妻「ひゃ、百五十万!」

夫「まぁ、俺の治療費三ヶ月分だな」

妻「給料三ヶ月分みたいに言わないでよ」

夫「そのあたりは俺の死亡保険金でなんとかなるだろうよ……頼む、これは俺の遺言であり、お前への愛の証だ」

妻「もう、そんなこと言って……まぁ確かに結婚指輪もなかったし、プレゼントなんてもらったことない。でもね私、結婚して後悔したことなんて一度もないわよ」

夫「そうか……ありがたいこと言ってくれるじゃねぇか」

妻「マサシさんはどうなの? 私と結婚してよかったと思ってる?」

夫「おう、当たり前だよ」

妻「じゃあ、私の一番好きなところは?」

夫「うーん、そう一番って言われるとなかなか難しい……そうだなぁ、うーん、うーん、うーん(腕組みしたまま下を向く)」

妻「そんなに考えること? ねぇちょっと、いったいなんなの一番は……ねぇねぇマサシさん、マサ……え? マサシさん? マサシさん!(泣く)せめて答え言ってからにしてよ……気になるから……」

というわけで、あっさり旦那さん亡くなっちまいまして、やれお通夜だ葬式だと慌ただしく時間が過ぎていく。そんな中でも、一応遺言だからと奥さんは律儀に旦那さんの遺骨をダイヤモンドにする手続きを進めまして、四十九日が過ぎてしばらく経ちました頃……。

妻「届いたわ、大村マサシ様……こんな立派な桐の箱に入っちゃって……(箱を開ける)まぁ! 立派なダイヤモンド! さすがは百五十万……で、これがマサシさん? 不思議なもんよね……あのメタボな中年が、こんな綺麗な宝石になるなんてさ……(嗅いでみる)加齢臭しない。当たり前か……でもなんだか焦げ臭いわね……あっ大変! 台所でお魚焼いてたんだった! ああもう、すっかり炭になっちゃって……でもそういえば、ダイヤも炭でできてるのよね、ご存じでした? って、そんなうんちくはいいのよ……あれ? おかしいわ……私さっき、ダイヤをちゃぶ台に置いたはずなのに……なんで畳に転がってんのよ……慌ててたから落ちた(ダイヤを掴もうとする)あら?(掴もうとする)え?(掴もうとする)え? 掴もうとするとダイヤが逃げていく……幻覚? 私もお迎えが近いのかしら……あれ? いない! どこ? 百五十万! いたいた、今度はテーブルの上で跳ねてるわ……ノミみたい……光るノミね、百五十万の。でも、信じられないけどこれって……ダイヤに魂が宿ってるってこと? ね、ねぇ……あなた、マサシさん?……ダメだ、跳ねてばっかりでちっともわからない。どうにか会話できないものかしらね……そうだわ! チラシの裏に、あいうえお、かきくけこ……と。できた、五十音表。はい、これを使えば会話できるでしょ。あなたは……いったい誰? 動いた……『ま』うん……『さ』すごい……『こ』? し、じゃなくて、こ? ま、さ、こ……マサコって誰よ! あ、また動いた……『あんたこそ誰よ』いや、私は……大村ヨシエよ!『知らない』知らないわよ、こっちだってマサコなんて……え?『主人はどこ』主人って、そもそもこれ主人の遺骨から作ったダイヤ……『つべこべ言わずに主人を出しやがれ、このババア』まぁ口が悪いわ、このダイヤ!……口ないけど。もうなにがどうなってるのやら……あら電話。ダイヤモンドの業者からだわ……ちょっと、電話だから一旦跳ねるのやめておとなしくして! 箱に戻って待機! ハウス! ハウス!……もしもし、おたくのダイヤモンドが暴れて大変……え? 取り違い?別人の遺骨のダイヤが届いてる? なんでそんな……え? 間違って主人のダイヤが届いたお宅の方が……家が近いから直接お見えになる、って……いや、急にそんなこと言われても困るんですけど! もしもし、もしもし?」

谷「すいませーん、ごめんください」

妻「え! もう?」

谷「わたくし、谷と申します。ウチに間違って届いたご主人をお連れしました」

妻「ちょっとやめて! ご近所に聞かれたら騒ぎになりますから……」

谷「あぁ、すいません、わかりました……お宅にウチの家内が届いているようで」

妻「なにもわかってない……ひとまずお上がりになって。散らかってますけど」

谷「どうも、失礼します……あ、家内はこの箱の中ですか」

妻「ええ……あなたの声を聞いて、桐の箱ごと跳ね回ってますわね」

谷「やっぱり……動くんですね」

妻「ええ、信じられないことに」

谷「(小声で)……開けたくねぇなぁ」

妻「そんな!」

谷「いや、家内と私は再婚同士でしてねぇ。とある地域の集まりで出会って、ま、自分で言うのもなんですが、家内が私に一目惚れして。で、そのまま押し切られるように籍を入れたんですが、まぁ束縛と嫉妬が激しいのなんの……私が他の女性と親しげに話しただけで問い詰められる始末で……流行り病でぽっくり逝って、やっと解放されたと思ったのに……」

妻「……なんとなく、お察しします」

谷「気性が激しくて、口も悪くて」

妻「……お察しします。え?……ということは、ウチの主人も動くんですか?」

谷「ええ……最初は驚きましたよ、手のひらの上でダイヤがひとりでに転がりだすもんですから……でも、どうしていいのかわからない。で、ひらめいたんですよ」

妻「……これね」

谷「そう、五十音表!」

妻「みんな考えることは同じなのね」

谷「それで、ご主人が洗いざらい身の上を話してくれて、こちらの住所も教えてくれて……それで、ダイヤモンドの業者に電話した次第なんです」

妻「なるほど……ええと、じゃあとりあえず奥様を箱から出したほうがいいんじゃありません? さっきから桐の箱を突き破らんばかりに暴れてますけど」

谷「仕方ない……マサコ開けるよ……(箱を開ける)痛え! おい、いきなり顔に向かって飛び出してくるヤツがあるか! 少しはダイヤになった自覚を持て! おそろしく硬いんだから……おい、鼻の穴に入るのはやめろ、息ができない!」

妻「大変ね……じゃあ、私もご対面といこうかしら。マサシさん……(箱を開ける)あら綺麗! さ、いらっしゃい……おずおずと手のひらに乗って……なんだかペットみたいでかわいい。正直言って、はたから見たらすごく異様な光景なんだろうけど、なんだかもう慣れちゃったわ」

谷「おいマサコ! どこへ行くんだ!……五十音表……『会いたかったわ、シンイチさん、愛してる』ああ、そうかい、そりゃどうも」

妻「……え? シンイチ……谷シンイチ……あの、もしかして、永田坂学園に通われてました?」

谷「ええ」

妻「野球部のエースで……」

谷「どうしてそれを?」

妻「やっぱりそう! いや、なんだか見たことある顔だと思ったの! 私よ、川崎ヨシエ!」

谷「川崎ヨシエ……あ! 新体操部のヨシエちゃん!」

妻「そう! いやー、なんて偶然かしら!」

谷「名字が変わってるから全然気づかなかったよ……高校卒業以来かな」

妻「そうね、懐かしいわ……あの頃、谷君、女子からモテモテだったわよね」

谷「いやいや、ヨシエちゃんこそ永田坂の妖精なんて言われてさ、学園のマドンナだったじゃないか」

妻「恥ずかしいわ……今じゃもうすっかりおばさんになって、妖精どころか妖怪よ」

谷「うん」

妻「否定しなさいよ!」

谷「いや、冗談冗談……歳を重ねても相変わらず美人で……痛え! やめろマサコ! 頼む、目はやめてくれ!……なんだよ?『なによ、焼けぼっくいに火がついちゃって』いや、ただの思い出話……『そっちがその気なら、私だってそっちのダイヤを略奪してやる』なにを大泥棒みたいなこと言って……『ダイヤモンド同士で再婚して、ダイヤモンド婚式まで添い遂げてやる』なんなんだよ、それは!」

妻「マサコさん、勘違いしないで! 私達、本当になんにもなかったの!……でも、たまに一緒に帰ったり、ボーリングに行ったり、お祭りに行ったり……懐かしいわね……私にとって、あの日々は青春そのものだったわ」

谷「やめてくれ、ヨシエちゃん! 痛え! それ以上勘違いするような話をされるとこっちの体が持たない!」

妻「ごめんごめん、つい……」

谷「とにかくおいとまするよ……ほら、マサコ、自分の箱に入って……ハウス! ハウス! どうも、お邪魔しました!」

妻「頑張ってー!……行っちゃった。さて、マサシさん、ふたりきりになったし、ゆっくり話しましょうか。乗って、五十音表……なぁに?『恥ずかしながら帰って参りました』なによ、かしこまっちゃって……『別に俺のことは気にしなくていいんだぞ』なにそれ……『俺が邪魔になるようなら、質屋にでも売ってくれ』なに言ってるのよ!……あ、もしかしてさっきの谷君? いやね、なに真に受けちゃってんの……谷君とは高校のクラスメイトってだけで、本当に当時もなんにもなかったわよ。それにね、万が一今からそういう関係にでもなってごらんなさいよ。あの性悪ダイヤにどんなことされるかわかったもんじゃないわ……あのね、マサシさん、私、今とっても嬉しいの。マサシさんが亡くなって、なんだか心にぽっかり穴が開いたみたいで寂しくてね……でも、こうしてまた、マサシさん、私の前に現れてくれた。私は人間、マサシさんはダイヤモンド。ちょっと特殊な形だけど、また一緒に毎日を過ごしていける……そう思ったら私、これから生きていくのが楽しみになってきちゃった!……どうしたの? ぶるぶる震えて……『号泣』あんまり号泣してる時に号泣って本人言わないけどね……あ、そうだ。ねぇ、マサシさんが亡くなる間際に、私の一番好きなところ、聞いたじゃない? あれ、なんて答えるつもりだったの? ずっと気になってたのよ……え?『料理が上手』(振り返る)ま、まぁ、弘法も筆の誤りって言うしね……え?『俺の一番好きなところは』そうね、一番ね……一度決めたことは最後までやり抜くところかな。なかなか真似できるもんじゃないわよ……マサシさんの意志の固さは」

【完】


・ ・ ・

新作落語台本募集2024の落選作でございます。
今回は今まで書いたものと比較して所作で笑わせる箇所が多かったように思います。
落語向きの話かな……と思いましたが、どうしても独白が多くなってしまう部分とそもそも題材がどうなんだという……(通勤路に遺骨をダイヤにする広告の看板があるので自分の中では結構前から気になってまして)。

2度目の決勝目指して、また来年がんばります!


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