生き写しバトル
私はカメラマン。
今日は海に落ちる夕日を撮りにきた。
刻々と変わる空の色が美しい。
夢中でシャッターを切り、アングルを変えようと少し動いたところで誰かに腕をつかまれた。
見ると、薄幸そうな青年がつらそうに眉を寄せている。
「ゆきこ……」と青年が呟く。
「違います」
違うと言っているのに青年はとつとつと話し出した。
いわく、入水自殺した恋人と私はそっくりらしい。今日はこの海に消えた恋人の月命日で、花を手向けにきたら、生き写しかと思うほど似ている私がいたらしい。
「頬に触れてもいいですか」
戸惑っていると、背後から、
「ちょっと!!!」と怒りを含んだ女性の声がした。
「昨日、恋人の生き写しだって、私を口説いたじゃない!」
背後に、私とは似ても似つかぬ女性が、腕組みして立っていた。
「いや、それは……」
「あたしにも言ったわ」いつの間にか右にも女性。
「わしにも言ったな」左には男性。
「生き写しは私」「あたし!」「わしじゃ」
海に向かって大きく深呼吸する。海はいい。生命の母だ。地球規模でみれば人間なんてみな同じ。皆同じで、皆生き写し。
高尚な思考にふける私の背後で、「私」「あたし!」「わしじゃあああああ!」生き写しバトルは続いていた。
【毎週ショートショートnote】『ショートショート書いてみませんか?』お題発表!6/25|たらはかに(田原にか)
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