クリスマスカラス
『サンタさんへ シュトーレンを食べてみたいです。ノアより』
その手紙を読んで、年老いたサンタは目じりを下げた。
ノアは貧しいながらも懸命に両親を手伝うとてもいいこだ。
シュトーレンか。魔法で出すことは簡単だが、老サンタはノアに何かしてやりたくなった。
ナッツやドライフルーツをたっぷり入れて、粉砂糖をふんだんにふりかけ、ノアのために特製のシュトーレンを手作りした。
クリスマスイブ。
山おろしの風によりひどい吹雪だ。一メートル先も見えない完全なホワイトアウト。老サンタにはトナカイもそりもいない。若い頃はそりにのってドイツ中にプレゼントを配ったものだったが、高齢により第一線は退いていた。担当地域は徒歩で回れるここカルフ村のみ。……それももう大分きつい。
はぁ、はぁと懸命に吹雪の中をただ歩く。
視界を遮られ、体力の限界。
『もう無理だろうか』そう思ったとき、一羽のカラスが目の前に現れた。
大きな黒い羽を広げ『ついてこい』というようにそれを波打たせる。
真っ白な世界で、黒い羽だけを頼りに道を歩く。
はたしてたどり着いたのはノアの家だった。
カラスがカァと一声鳴き、立ち去る。
老サンタはありがとう、と感謝のまなざしをおくり、そっとノアの家に入った。
ノアの穏やかな寝顔をみつめ、枕元にシュトーレンを置く。
「メリークリスマス」
小さく呟き、老サンタは静かに立ち去った。
翌年、ノアの家は貧しさを脱し、人並みにおいしいものを食べられるようになった。
老サンタが去ったあとも、ほかのサンタがほしいものをくれる。
でもノアは思うのだ。
あのときに食べたシュトーレンほど美味しいものはない、とーー。
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