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24/100 ジェームズ・M・バリー著「ピーターパンとウェンディ」/時は止めることができず、そして

夏休みにやりたいことのひとつに「香水を買う」があった。

「イングリッシュペアー&フリージア」という香りがある。以前友人の誕生祝いにこの香りのシャワージェルを買ったのだけど、友人にふさわしい、そう思って選んだはずのその香りに気がつくと魅了されていた。以前彼にプレゼントしてもらったなかなか高価な香水がまだたっぷりと残っていて、買うと決めるにあたってちょっとした後ろめたさがあったのだけど。

デパートの、お店がある一角は混んでいた。店員さん達は皆接客中、私はテイスティング台の前で順番を待った。目の前には3人組の女子大生と思われる子達。これもいいそれもいい、と十枚弱の試香紙を扇子のように広げて難しい顔をする。結局決めきれずにまた来ます、そう言い残して彼女たちは名残惜しそうに立ち去った。

私は、といえば他の香りに目もくれず、目当ての香水を買った。今の私は学生と比べたら金銭的にずいぶんと自由だから、この香りが欲しい、そう思えば気軽な気持ちで買えてしまう。だから別に吟味する必要はなくて、いつかまた欲しい香りが出てきたら買えばいい、そんな風に思っている。

ただ帰り路、そんな自分を何だか残念に思った。家に香りを持ち帰って、どれがいいのだと頭を悩ませる時間、それを私はいつの間にか失っていた。あの大学生の子達、これ、と決めてまたお店に足を運ぶ時はさぞかし高揚し、ショッパーの袋をぶら下げ街を闊歩する時、私よりきっとずっと誇らしい。

ウェンディは、ピーターに言わなければなりません。「わたしは年をとったの、ピーター。わたしはもうとっくに20歳はこえたの。ずっと前にオトナになったの」「オトナにならないって約束したのに!」
(中略)
わたしが知る限りでは、ピーターが一生のうちで恐いなんて感じたのはこの時だけだと思います。「明かりをつけないで」ピーターは叫びました。ウェンディは、悲しみに打ちひしがれたピーターの髪をなでてやりました。ウェンディは、もうピーターのことで深く傷つくような小さなコドモではなかったのです。ウェンディは、全てを笑顔で見守るオトナなのです。でも笑っている目は、涙でぬれていました。
ジェームズ・M・バリー著「ピーターパンとウェンディ」

小さい頃に手をとった「ピーターパンとウェンディ」。当時私はウェンディを冷たいなあ、と感じ、ピーターにいささか同情的だった。

今読むこの一節はずいぶんと違う。時は止めることができず、そして後戻りすることもない。ウェンディの心境とシンクロする、そんな心持ち。


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