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寧静の流れ 闇を舞う光

その街を訪ねた理由は、蛍だった。
田んぼの中を走るローカル線を降りると、そこは山間の古都、山口県山口市。
街を流れる一の坂川ではこの季節、ゲンジボタルが見られるという。

地図を頼りに歩くと、川はすぐだった。岸の桜が影を落とすせせらぎに、悠々と鴨が泳ぐ。
幕末、志士たちが行き交い、新しい時代のために多くの血が流れた歴史が嘘のような、長閑な風景だ。
カフェに入り、夜が更けるのを待った。

文庫本から目を上げると、外はとっぷり暮れていた。
店を出て、川に近づくと……いた。
そこかしこに、黄色い光がふわりふわり。
人気のない上流へと歩き、たどり着いた小さな橋で、川の中ほどに立った。
驚いた。
一匹や二匹ではない。
視界を埋め尽くす、蛍の乱舞。
闇の中を明滅しながら飛び交う光は、美しくもあり、妖しくもある。
ふと、かつてこの地で命を散らした若者たちを思った。

川は、寧静な昼の表情からは窺い知れぬ、別の顔を隠し持っていた。


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