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フルーツポンチ、フォーミー。

演劇クラブ一筋だった私が小学6年生の前期に料理クラブを選択したのは、一にも二にも友達のためだった。最終学年、中学に行けば離れてしまう彼女たちと一緒に何かしたい。それだけだった。

食べることに興味がなかったし、作ることにも興味がなかった。

初めてまともに料理をしたのは小学3年生の調理実習で、20年前の記憶が正しければオムレツと味噌汁を作った。あの時だけはほんのちょっぴりやる気を出して家でも何日か作ったが、親とのたわいもないやり取りでぱたりとやめてしまった。

だから、食べてもらうことにも興味がなかった。

そんなマイナスのモチベーションから始まったクラブ活動の一発目、顧問の先生が調理実習のために用意したレシピはフルーツポンチだった。

……はい、終わった。

私は食物アレルギーの品目数がとにかく多い。重篤な症状を起こすものは少ないが、それでも間違いなく具合は悪くなる。そしてなぜか、特に果物がダメだった。

自分では単なる好き嫌いだと思い込んでいたのだが、親に症状を話したら血相を変えて「それはもう食べるのをやめなさい」と言われた。

だから、フルーツポンチなんてダメダメのダメだ。給食でもデザートがフルーツポンチの日は損をした気分になる。パイナップルにキウイ、サクランボに桜桃。果物だけ抜いたってシロップは鍋のなかで混ざり切っているから、一口だって食べられない。

おまけに、そんな日に限って献立は楽しみごとをフルーツポンチに振り切っているから最悪だ。

「同じだけ給食費を払っているのに」とマセた理由で、機嫌よくおかわりしていく男子を恨んだ。

そんな私とは対照的に、プリントを見ながら隣で「やったぁフルーツポンチだぁ」と無邪気に楽しそうな友達を見て、まあ彼女たちのそんな姿を見られるならいっか、なんて達観しながらレシピのプリントを見た。

びっくりした。

■材料
 ・サイダー
 ・白玉
 ・フルーツ缶(好きなもの)

■作り方
 ・器にフルーツ缶の中身をあけて、シロップは好きなだけ入れる。
 ・器にサイダーを注ぐ。

私が思っていたレシピとは違うし、私の中でこれは調理ではなかった。

だって包丁も火も使ってない。分量だって書いてない。
そもそも「好きなだけ」って何だ?

白玉くらい手作りするのかと思いきや、材料と書かれている時点で出来合いのものを使う前提。

材料の細かい分担は忘れたし、白玉を結局どうしたのか覚えていないが、とにかくフルーツ缶だけは自分の好きなものを持ってくるように言われた記憶がある。

***

当日、友達と調理室に行ってからバンダナとエプロンを付けた。箸が転がっても楽しい間柄だから、もうそれだけで楽しい。

かばんから持ち寄った材料を取り出していたあたりで、友達の1人が「あっ、そっか」と声を漏らした。

「有帆、フルーツ無理じゃん」

サクランボや桜桃の缶詰を持ってきていた友達がウーンと真面目に困り始めてしまった。

「いいよ、いいよ。みんな食べなよ」

元々、自分が食べるつもりはなかった。

自分だけ食べられないというシチュエーションに昔から慣れ切っていたし、そもそも食べることに執着がなかったから友達に言うのを忘れていた。

1つ1つの班を見回っていた先生が、「どうしたの?」と近づいてきた。

かくかくしかじか事情を話すと、先生はこともなげに言った。

「槇さんの器に、槇さんの食べられるものだけ入れればいいよ」

言われてから、机に並べられた材料を見た。

私が食べられるのはたった3つ。みかんの缶詰、白玉、そしてサイダー。

確かに、私にも食べられるものはある。

友達は申し訳なさそうにしながら、自分の器にフルーツを盛り付けていった。桜桃、サクランボ、パイナップル、みかん、そのほか私が覚えていない何らかのフルーツと、白玉。

私はシンプルに、みかんと白玉。ただし、みかんと白玉をそれぞれ大盛りにした。

それから、友達と一緒に、一斉に器へサイダーを注ぎ込む。しゅわー。

以上、完成。いただきまーす。

私が口に運んだフルーツポンチは、明らかに味の深みがなかった。果物は1種類だし、缶詰のシロップは入れすぎて甘ったるかったし、砂糖の甘味だけで食べる白玉はお汁粉には敵わなかった。

でも、自分専用という響きが思春期手前の私にはいたくお気に召したらしく、3年ぶりに「作るって悪くないな」なんて思った。

作ることに興味はない。けど、ただのフルーツ缶にサイダーを注ぐだけで料理になるのは敷居が低くていい。

食べることにも興味がない。けど、大好きな人たちと食べることはこんなにも楽しい。

食べてもらうことにも興味がない。上等、自分で自分の分だけ作ればよろしい。

その後の半年間で何を作ったのかちっとも覚えていないのに、20年前の初夏、あのフルーツポンチの味だけは今でも覚えている。

サイダーを飲むたび、爽やかな炭酸の中に甘ったるいシロップの味を探している私がいる。

***

あれから時を経て、私はいい大人と呼ばれる年になった。1人暮らしを始め、適当に食べようと思えばそうできるようになった。

そんな時にふと、あのフルーツポンチを思い出す。サイダーとみかんと白玉の不格好な、私が作った私のためだけのフルーツポンチを。

さあて、今日は何を食べようか、フォーミー。

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