炒飯
頭がぼーっとすることが増えていた。
5分でできる作業に4日ぐらいかかってしまった時にこのままだと取り返しの付かないことになりそうだなと思い、休むことを自分で決めた。
周りの人は仕事量が増えたからと言うが恐らく違うと思う。
だからと言ってその理由を明確に答えることはできない。
身体にまで不調をきたすことは今まであまり無かったように思う。
今でも体調不良で合っているのかよくわからない。
休むほどでもない鈍い違和感がゆっくり身体の中を様々な場所から通り過ぎていく。
恐らく病名も無ければ時間が経てば一時的に癒えてしまうようなこの手触りが自分的にも何とも収まりが悪いなとは思っていた。
まず化粧ができなくなった。
できなくはないが元々苦手なのもあって順番や選択などの組み立てにかなりの精神的なエネルギーが必要になった。
スタッフやメンバーにお願いすることにした。
理由を説明しなかったのでそれに対するバッシングはかなり辛かったが、ライブの日の私の脳内作業量は膨大でその中から化粧が無くなるだけでかなり助かった。
その辺りからできないことが雪崩式に増えていきやっと私は異変に気付く。
読書もテレビも筋トレもダイエットも歯医者も家事も買い物も友人との外出も今までの当たり前が緩やかにストップして、人としての生活力みたいなものがどんどん擦り減っていった。
そしてそれは少しずつ仕事にまで影響を及ぼすようになる。
先日のライブでのオケ作成を間違えたりしたのもひょっとしたらこの影響かもしれない。
決められた時間内での作業のペース配分が(元々苦手ではあったが)より難しくなった。
例えば何時に目的地に到着する為には、何時に起きて、シャワーを浴びて、ドライヤーをして、出掛ける準備をして、家を出て、駅に着いて、電車に乗ってといったそれぞれの所要時間が全く計算できなくなった。
いや、元々そういう人間だったじゃん。
と言われればそれまでなのだが、いつもよりそれらに対しての対策を講じようと頭を動かすと眩暈がして動けなくなることが少し増えた。
ただ、ライブ中はそういった症状は無かったんじゃないかなと思う。
たまに「ライブ中にぼーっとしてたね」とか「ライブと関係ないこと考えてたでしょ?」なんて言われることがあるけど、それはまぁ昔からよく言われてたことである(全然偉そうに言うことでは無い)。
休むことに関してはかなり前から実は考えていた。
元々自分なんてグループに要らないと思っていたからだ。
新メンバーを入れたのも正直こうなることを予期していた部分も無いことは無い。
応援してくれる人たちのおかげでそんな考えも少しは変わったが、未だにこの世界での自分の価値に自信がある訳では無い。
私を推してくれる人は少ない。
だって女の子じゃないから。
こんな当たり前のことをみんなの優しさで勘違いしそうになるが現実的な数字を見ると背筋が凍る。
でもそんな言い訳はしたところでどうしようも無い。
それでも頑張るって決めたんだから。
もう「まきちゃんは女の子です」と言うのも止めた。
それは自分にとってとてもポジティブなことだと思う。
長年のぬめり重なった後ろめたさから少しずつ潤いを与えてくれたのは応援してくれる人たちのおかげだ。
女の子に憧れがある女装が好きなおじさんがこの世界で何人に推してもらえるだろうか。
頑張りたい。
ただ毎年自分に課しているのは、1人でも自分を応援してくれる人が増えなければアイドルを辞めるということ。
増えている実感は正直無い。
でも、だから休めたのかもしれない。
5人のライブ映像を観てかなり驚いた。
結構シビアに観たつもりだが、ライブがとても良かった。
自分がメンバーだということを忘れるぐらい「やっぱり5人組って理想だなぁ」とか「衣装のコントラストも良いな」とか「こういうアイドル居たら推してるだろうなぁ」とか「良い曲だな」とか色んなことを思った。
そして、ふと我に返る。
前日、かなり過保護過ぎるぐらい長文の指示をメンバーとスタッフに送った。
「全然休んでいないじゃん」と思われてもおかしくないぐらいのある種猟奇的なまでのあの文章の洪水をいったい何人が咀嚼できたんだろう。
少しでも安心したかったんだろうし、免罪符が欲しかったのかもしれない。
そう思っていたがライブへのアドバイスは結構反映されているように感じた。
ちゃんと読んでくれたのかもしれない。
ライブを休むことで仕事がほんの少しずつ進めることができた。
それが自分のストレスをかなり和らげてくれている。
私のプライベートの時間のほぼ全ては運営業務に費やされる。
ライブが少ない時期になると「やっと運営業務ができる」といつもホッとしていた。
今1番困っているのは創作時間が全く無いことだ。
その時間を少しでも作る為に早く溜まっている仕事を片付けたい。
そんな折、我々に関する事実と異なるインタビューを目撃してしまう。
そして、かなり理不尽なオファーの断られ方をしてしまう。
立て続けに起きた2つの出来事は怒りと哀しみの比率がわからないぐらい視界をブラックアウトさせた。
私はナメられやすい。
常にずっと誰かにナメられている。
理由はわかっている。
力が無いからだ。
何も言い返さないからだ。
でももうそろそろそういうのを止めようと思う。
守る子たちがいたから今まで耐えれてきた。
でもそれが誰の為にもならないことがやっとわかった。
休むことを決めてから1つだけ身体にいいことが訪れた。
不思議なものである。
更に夏バテに近いような形で食欲も少し減退していてここ数年でかなり太ってしまった私にとってそれはとても嬉しかった。ボーナスタイムである。
実は休みのうちにしたいことが1つも無い。
私は今、無気力だと思う。
何の欲も夢も無い。
無くなってしまった。
いや、見えなくなってしまった。
ただ、見えないのにとても濃度の濃い欲を内側から感じる。
繋がりたい。
この業界では語弊があり過ぎる言葉ではあるが、私の貧弱なボキャブラリーの泉の中でようやく掬い取れたのはこの言葉だった。
寝たら少し落ち着いた。
今欲しいもの。
私のことが好きな人の言葉が欲しい。
端的に言うと安心させてほしい。
いつの間にこんなに弱くなってしまったんだろう。
でもそんな甘えたこと言っちゃうまきちゃんかわいいねと頭を撫でたくなる自分もいる。
そんな時でも野球とサッカーがあってよかった。スポーツを観るのが私は好きだ。
120冊溜まってる週刊誌を少しずつ読んでいく。こっちの世界ではやっと夏が終わった。
この日は簡単な仕事だけ済ませてまた眠った。
ごめんね。
今日は何もできないなと起きてすぐにわかった。
餃子の王将の炒飯が無性に食べたくなった。
いったいどうしたんだろう。
いつも必ず天津炒飯を頼む私がである(いや知らんがな)。
あまり見てなかったThreadsをたまたま開いた時にふと思い立って、ずっとやってみたかった短歌を書こうと思った。
「奥森皐月さんが麺 OF LIFEをThreads上で褒めている」とティンカーベル初野から連絡が来てからアプリをダウンロードだけしていてほとんど動かしていなかった。
ひだりききクラブに憧れていたので自分もこういうのをやってみたいなとずっと思っていた。
自由律俳句よりは制約のある短歌が自分には合っているような気はしていた。
いつか私の短歌の感想を瑞々しい2人の感性を通して聞いてみたい。
衝動ゆえの少し痛い部分もあるが初心者が突発的に書いた割にはとても自分らしく良く書けたと思う。
きっと私はこうやって文章を書ける環境に身を置きたい思って休むことを選んだ。
やっと書けた。
ありがとう。
ごめんね。
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