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③怒濤の半年間

2014年5月、トーベ評伝をひたすら
翻訳する日々が始まった。

出版翻訳の経験はゼロ。
しかし、初めてだから…という言い訳は
通用しない。そんな言い訳がついた本が
読みたい・買いたいと思われるはずもない。

冷静に考えると恐ろしくなったが、私には
実績がない分、失うものもなかった。

遡ること数年前。
精神的に追い詰められて
抗不安剤や抗鬱剤を服用しながら
その日一日を何とか生き延びていた頃は
世の中というキラキラした(ように見えた)
世界の中にはどこにも居場所がなく
深く深く掘られた狭い井戸の底で
息をひそめるようにしていた。

2014年はそこからようやく地上に出てきて
きょろきょろとあたりを窺いつつ
「帽子にサングラス」で防御しなくても
歩けるようになっていた…という状態だった。
そこに飛び込んできた、この先はきっと
二度とやってこないであろうオファー。
少しでも可能性があればやってみよう、
という気になったのだ。

翻訳の担当は10章以降の後半部分。
爽やかな気候の5月はあっという間に過ぎ、
6月は梅雨らしい天気が続いた。
絵本『さみしがりやのクニット』の
引用部分を訳しつつ、窓の外の雨音に
時々じっと耳を傾けて
「この雨音を懐かしく思い出す日が
いつか来るんだろうな……」と思っていたのを
今でも覚えている。

なーんて、悠長なことを考えていたら
当然時間が足りなくなり、
「前しか見えない目玉をつけて」
必死に追い込みをかけ、8月1日に
最終章の第一稿を提出した。
(座り過ぎ・同じ姿勢を取り過ぎ…で
前々日にぎっくり腰になりつつ……)

やったー!締め切り前に出せた!!
と喜んだ私は出版翻訳初心者。
ここからがまた大変なのを全然
わかっていなかった。

原稿の修正作業や前半分との
整合性を検証したり、
共訳から生じるギザギザ凸凹を
整えたり、図版のキャプション訳や
年表のチェック等々、
ゲラになる前も、ゲラを修正した後も
びっくりするほどの作業の波がやってきた。
そして、どれもめっちゃ面白かった!!

ちなみに、担当編集者さんや校閲さんは
(大抵の出版社がそうだと思うが)
スウェーデン語は解されない。
でも、訳文の誤りを的確にご指摘いただいた。

その秘密は簡単、
訳文が日本語として意味が通りにくいものは
翻訳に何かしらの誤りがあることが多い

という翻訳の基本原則だ。
原文を理解していないと、こじつけの日本語訳に
なってしまうという……。

評伝に関わる方々の膨大な作業を経て
11月上旬に校了、そして
11月26日に発売となった。


酒井田成之さんの装丁が美しい本。
カバーをめくると、Toveのサインが現れる。

旧版評伝、図書館でお探しいただけるとお目にかかれるかも……

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