#102 ヨーグルトの国
※この文章は2013年〜2015年の770日間の旅の記憶を綴ったものです
ここを訪れる前、わたしの周りでは、なぜか前評判があまり良くなかったブルガリア。
「どうしても行きたい!」という強い思い入れがあった訳ではなかったから、それを聞いて、行くのをやめることもできたけど、バルカン半島を南下してマケドニアまでやって来て、この後トルコへ向かうルートの関係から「せっかくここまで来たし」「美味しいヨーグルトを食べられるかもしれないし」「リラの僧院は見てみたいし」ってことで行くことに決めた。良くない前評判というのが主に治安の面だったので「少しでも危ないめにあったらすぐにトルコに抜ければいいし」と腹をくくって。
ちなみに、バルカン半島を南下して来たなら、最後はギリシアに行く旅人が多いと思うけれど、シェンゲン協定で定められた90日を既に使い果たしていたわたしは、もう今からギリシアに入ることはできなかった(はず)。そこは素直に諦めて、無謀なチャレンジはせず。
ところで、実際にブルガリアを訪れてみると、危ないめに合うどころか、そんな思いをすることは一度もなく。わたしの中では「のんびり気持ちよく過ごせた国」のかなり上位に位置することとなった。
首都のソフィアは、わたしが訪れた時期がちょうど正教会の復活大祭(カトリックで言うイースター)だったせいか、閉まっているお店が多くて、一国の首都なのに驚くほど人が少ないことには心底驚いたけれど、だからといって危険な雰囲気を感じることは全くなく。もちろんあまり夜遅くに一人で出歩かないという最低限のルールは守った上でのこと。2015年のちょうど誕生日の日にリラの僧院を訪れて、僧院の前で売られていたヨーグルトを食べて、なんだかとてつもなく御利益があるような気分になれた思い出の地。
特に気に入ったのは北東部にある古都ヴェリコ・タルノヴォ。
ここでは、旧市街を抜けて丘を登りきった所にある宿を事前に予約していた。バスターミナルからそこへたどり着くまで80リットルのキャリー・ケースを引っ張って、旅人泣かせのデコボコ石畳の道を登るのはそれはそれは辛かったけれど、でも宿のテラスから見える街とツァレヴェツ (Tsarevets) の丘の要塞の景観は、その汗だくの苦労に十分報いてくれるものだった。
この宿の管理をしていたのがアレックスという男性。
最初に会った時は当然ブルガリア人だと思っていたら、なんと彼はスコットランド人の旅人だった。初めは旅人としてやって来たのが、ここヴェリコ・タルノヴォの町に惚れ込み、この宿のオーナーと意気投合し、今は管理人を務めながら、たまに長期の休みをとって旅を再開するという暮らし。
以前は旅人として、今は宿の管理をしながら多くの異国の人々に接しているためか、もちろん彼の性格も大いに関係あると思うけれど、英語ネイティヴにも関わらず、あんなにも分かりやすい英語で話してくれた人はいなかった(ネイティヴの英語の方が、わたしにとっては分かりづらいことが多かったから…)。
歳も同年代。彼の旅での経験や今の生活のことを聞いていると「そういう暮らし方もあるんだ…」という驚きと共に、私のこの旅を終えた後のことについて、日本風のガチガチの枠に入れて考える必要はないのかもしれないなぁ…とぼんやり思ったりした。
毎朝の朝食に彼が作ってくれたベニッツア(パイ生地の中にチーズの入ったパン)も絶品だった。バルカン半島に来てから、クロアチア以降、似たような味・形で名前を変えたパンをあちこちで食べてきたけれど、やっぱり毎朝の焼きたてサクサク・パリパリを頬張る日々は最高だった。
ヴェリコ・タルノヴォの後に訪れたプロブディフは「7つの丘の街」と呼ばれるほど丘が連なる起伏に富んだ街並み。ブルガリア民族復興期の独特の建築様式が残る旧市街にはアンティークショップが数多くあって、それらを物珍しくひやかし歩くのが楽しかった。
ブルガリアの街を歩いていて意外だったのは、物乞いしているジプシーを見かける機会が驚くほど少なかったこと。というか、ほとんど見た記憶がない。その前に居たマケドニアのスコピエではかなり多く見かけて、時にはふらふらと寄って来られて怖い思いをしたこともあったので、街歩きの時に身構える気持ちが強くなっていた。けれどブルガリアに来てからは、少なくともわたしが訪れた街では、彼らを見かけて気が滅入ることはなかった。
いつも思うことだけど、誰かがすごく気に入って「超オススメだよ!」という場所が、必ずしも自分にとって素晴らしい場所になるとは限らないし、逆もしかり。例えばわたしにアフリカのマラウイのことを聞く人がいたら、どんなに公平な態度を示そうと思っても、きっとネガティヴなコメントが多くなってしまう。けれどその人が行った時には素晴らしい出会いがあるかもしれないし、大きな感動を伴う景色に巡り合うかもしれない。
行く前に「あそこはイマイチだったよ」なんて聞くとテンション下がってしまうけど、ヘタに期待値が高くない分、感動のハードルが低くなったりするものだ。だから、治安を含めて事前にある程度の情報収集をすることはもちろん重要なのだけど、それに左右され過ぎず、新たに訪れる土地では、いつもフラットな心でのぞみたいというのが教訓。なかなか難しいんだけれど。