#35 恋愛事情 −アレッピー
※この文章は2013年〜2015年の770日間の旅の記憶を綴ったものです
アレッピーのゲストハウスに滞在中、掃除や洗濯を終えたジンスと、よく一緒にテレビを観た。
特によく観たのはインド映画。歌や踊りが満載で、まるでミュージカルのようなボリウッド映画の楽しさは今やとても有名だけれども、ここアレッピーでは、マラヤラム映画も沢山観ることができた。中でもラブコメディーやロマンスものは、主人公の男女二人の密着度が高く、本当に甘~い空気がいっぱいで観ているこちらが恥ずかしくなってくることもあるくらい。
インドの恋愛事情に詳しいわけではないけれど、欧米や日本などとは大きく異なり、ヒンドゥー教の教えに従って若い男女が人前でオープンに交際できる環境では無いんじゃないかな…というイメージを持っていた。だから、テレビで気軽に観られる映画やドラマがこんなにも甘い恋愛モノで溢れていることが、かなり意外だった。
オーナーの一人リシャードは、よく自分の前の彼女の話をしていた(わたしが尋ねた訳でもないのに)。わたしがパソコンでFacebookをチェックしていると「ちょっと貸して」と言って自分のFacebookを開き、その彼女の写真を見せてくれた。彼女との思い出を語りながら。彼曰くの”ガールフレンド”の中には、インド人だけでなく、ヨーロピアンの旅人の女の子も何人か含まれていた。そんな風だったから、20代半ばの若い彼らは古く厳しい伝統に縛られることなく、随分サバけているんだなぁ…と思った。
けれども一方で、外で偶然会ったわたしと立ち話をしているところを知り合いに見られるのを嫌がっていたし、ある時ここに泊まっていたアメリカ人の一人旅の女の子をバイクでドライブに誘った時も、自ら誘ったくせにいつもと違うサングラスをかけ、バンダナでマスクをして、まるで「変装かい!」と突っ込みたくなるような出で立ちで彼女を後ろに乗せて、走り去って行った。後から聞くと「バイクの後ろに女の子を乗せているのを知り合いに見られて、色々言われるのが嫌だから」と、ややきまり悪そうに言っていた。だったら誘わなきゃイイのに…と思ったわたし。
実際のところ、いつも女の子のことを話題にしていたとしても、ここアレッピーで、結婚前の若い男女がオープンな恋愛をするのは難しいようだ。リシャード曰く、ここではまだlove marriageは数パーセント。ほとんどは親が決めたArranged marriageらしい (あくまでも彼の話であって, 正確な数値はわからない).
そして彼自身「必ずしもlove marriageを望んでいない。love marriageが良いか、arranged marriageが良いかはGodが決める。今の自分にはわからない」と言っていた。それを聞いた時、わたしは新鮮な驚きを感じた。
もう一人のオーナーのディニッシュは、滞在が長くなったわたしに「いつも散歩しているだけだと退屈だろう」と言って、バイクで近郊の村や湖や、バックウォーターエリアに連れて行ってくれた。この時も、最初は、あきらかに肌の色と顔だちが違う外国人のわたしをバイクの後ろに乗せて走ることに抵抗感があったみたいだけれど、その素振りをできるだけ見せないように気遣ってくれたところが、うれしかった。
伝統的なカルチャーがまだ根強く、若い人たちの意識にも強く影響している一方で、欧米さながらのオープンな恋愛を推奨するかのような刺激が溢れている。そんな相反する状況に、何とも言えない矛盾と憐れみを感じてしまった。